第1話 社畜とJK、出会う

 夢から目を覚ますと、俺は見知らぬ場所に立っていた。

 何故か、いつも仕事の時に着用しているスーツ姿で。

 就寝時は確か適当なジャージを着ていた気がするんだが……謎だ。


 それはさておき、自称神様の言っていたことが本当なら、ここは異世界なんだろう。

 とは言え異世界、だけでは漠然とし過ぎだ。

 とりあえず俺は周囲に目を向け、情報を得ることにする。


 大前提として、空は明るい。恐らく昼間だ。

 どうやら俺が今立っているのは、平原を通る街道沿いらしい。

 その街道には、人々や乗り物が数多く往来し、とても賑わっている。


 そして、その街道を行き来する人々と乗り物は……俺が暮らしている現代日本で見かけるものとは、およそかけ離れていた。


 まず、道行く人の肌の色。詳しいことはよく分からないがざっくりと、白色人種ってところか。そして服装は、中世ヨーロッパを舞台にしたファンタジー映画やゲームからそのまま引っ張り出してきたような格好をしている。


 更に通行人の中には、何やら人間なのかも怪しい連中も紛れ込んでいる。亜人、ってやつだろうか。耳長のヤツはエルフかな、と想像できるが、あのモグラが人並みの図体を得て二本足で歩きだしたような奇天烈な生命体はいったい……。


 乗り物についても馬やら馬車やら荷車やら。それ以外にも、バカデカいトカゲみたいなのまでいる。


 それらの光景を眺めていて俺は、ああ本当に異世界に来たのだなと実感した。

 

 ――と、同時。


「おおー!? これが異世界かー……うんうん、いかにもファンタジーって感じで……うわあぁぁ」


 すぐ近くから、感嘆する女の子の声が聞こえてきた。

 ふと声がした方を見てみると、そこには。


 どう考えてもこの世界には不釣り合いな格好をした……より具体的には学生服と思しきブレザーとやや丈の短いスカートを着た、所謂女子高生が立っていた。


 ああ、自称神様が言っていたのはこのことか。

 しかし……なるほど、これはいかにもって感じだ。


 長く艶めく黒髪に、そこはかとなく気品を漂わせる横顔。

 まさに正統派、清楚系美少女JKといったところか。

 正直な話、年下のかわいいJKに癒されたい……というのは割と思い付きだった。特別、そうした趣味とか願望みたいなものを強く持っていたわけではなかったのだが……。


 この女子高生に関しては、年齢とか関係なしに惹き込まれてしまいそうになるような……そんな魅力があった。

 自称神様も、なかなかいい仕事をするもんだ。

 これなら自称を取ってやってもいいかもしれない……などと思っていると。


 女子高生が、こちらを見た。

 目が、合う。

 そして、じろじろと観察されてから。


「うーん、確かに年上ではあるけどさ……」


 女子高生は唸りながら、首を傾げ。


「……なんか微妙だなぁ」


 顔をしかめながら、そんなことを口にして。


「うん、間違いなくカッコいいおにーさんではないよね。イケメンとは対極って感じだし。なんていうか……くたびれた社畜、かな? スーツ着てるし。はぁ……あの子、神様って言ってたけど雑な仕事してくれるなぁ」


 いきなり好き放題言われた。

 その謂われない中傷かどうかはまた別としてあんまりな物言いに、ついムカついた俺は反射的に言い返していた。


「年上に向かっていきなり失礼だなお前」


 すると女子高生は悪びれる様子もなく、こう答えた。


「そうやってすぐ年齢持ち出す大人ってダサいよ。他に誇れるものないの?」

「ぐ……お前なあ」 


 生意気だが割ともっともなことを言われ、ぐうの音も出ない俺。

 対する女子高生はため息を吐きながら腕を組むと。


「てかさ、文句言いたいのはこっちの方だからね? 年上のカッコいいおにーさんと異世界旅行したいって願った筈なのに、蓋を開けてみたら『コレ』だもん」

「俺だってかわいいJKと異世界旅行したい、って願ったのにお前全然かわいくない」

「いや、自分で言うのもなんだけど……わたしって、それなりにかわいいでしょ?」


 言っている内容の割に、女子高生はやや自信なさげに尋ねてくる。

 確かに、見た目はそれなりどころかかなりレベルが高いのかもしれないけど。


「性格がダメ。なんかお前ビッチっぽい」

「び、ビッチじゃないしっ!?」


 あからさまに狼狽える女子高生。


「……まあ、流石にビッチは言い過ぎかもな。最近の女子高生なら、彼氏の一人や二人くらいいてもおかしくない……のか?」

「どうして自分で言ってて疑問形になるのさ。あと、それふつーにおかしいから。二人いたら流石にビッチでしょ」 

「なんだかんだ一人はいるわけか」

「ま、まあ周りの子はみんな大体、ね……」

「お前自身は?」

「……うるさい」


 ふてくされるように、女子高生は顔を背ける。 

 ……なるほど、何となく察しがついた。


「あれか、周りの友達にどんどん男ができて、自分だけ置いてかれそうになってる感じか」

「うっ……」

「だから『年上のカッコいいおにーさん』なんて願い事をした、と」


 反応を窺いながら、立て続けに言葉を投げかけると。

 女子高生は果敢に睨みつけてきた。


「そ、そっちこそ人のこと偉そうに言える立場じゃないんでしょどうせ! かわいいJKなんてお願いするくらいだしっ!」

「ぐっ、それは……」

    

 痛いところを突かれ、俺は言葉を詰まらせた。

 が、せめてもの抵抗として女子高生を睨み返す。

 そのまま少しの間、睨み合うが……。


「こんな争いしてても虚しいだけだな……」

「……うん。お互いしんどい現実を過ごしてるのが、更にしんどくなるだけだ、これ」


 二人して肩を落とし、盛大にため息を吐き合った。


「ったく、あの自称神様もいい加減なことしやがる。こっちの細かい要望無視して手頃なの引き合わせただけだろ」


 俺が愚痴をこぼすと、女子高生は「あ」と声をあげた。


「何となくそうかとは思ってたけど……そっちも夢にいきなり神様が出てきて、週末だけ異世界行けますとか言われた感じ?」

「ああ、そうだ。なんでも一つ願い事を叶えるっておまけ付きでな」

「じゃあ私たち、二人とも被害者みたいなものってことかー……」


 力なく笑う女子高生。


「まあ、そうなるな。悪いのは全部あの自称神様だ」


 そう言って、俺も苦笑いを浮かべた。

 そしてまた、ため息を吐き合った。


「さて、と……どうしよっかこれから」 


 女子高生は、気を取り直すようにそうひと言。


「まあ、お互い異世界旅行するつもりではあったみたいだが……」


 自称神様に引き合わされたからと言って、このまま一緒にって空気ではないよな、なんて言葉を続けようとした、その時。


「旅は道連れ、ってことでさ。このまま二人旅でいいんじゃない?」

「その相手が、くたびれた社畜とやらでいいのかよ」

「うーん……せっかく異世界まで来て旅行して、普通に生きてたら得られないような体験をしたとしてもさ。その価値観を共有できる人がいなかったら、つまんないじゃん」


 女子高生はさも当然のように、にししと笑う。


「……だから、俺で妥協しとくって?」 

「妥協? 妥協かー……まあ、『イケメンのおにーさん』って当てが外れた気はしてるけどね。そういうのとは、ちょっと違うんじゃない」

「じゃあ、なんだってんだ」

「なんでも願いが叶うって言われて、ただ旅行したいとだけお願いした変わり者同士なわけじゃん、わたしたち」

「自分で言うのかそれ」

「うるさい、いちいち茶化すな」


 げしっと、軽く脛を蹴られた。


「悪い悪い」


 俺は特に反省することもなく、平謝りしておく。


「はぁ……ともかくこれも何かの縁ってことでさ、どう? 一緒に二人旅」


 女子高生は割と軽いノリで、そう提案した。


 ……端々に失礼な物言いが目立つ奴ではあるが、案外根は悪い奴じゃないのかもしれない。

 旅行において、価値観を共有できる相手がいなければつまらない……というこいつの言い分も、一理ある。

 が口から出てくるのだって、孤独な社畜生活に疲れたからこそでもあるんだろうし。


「……じゃあ、そうするか」  


 なんかんだで俺は、女子高生の提案に乗ることにした。 


「よーし、それじゃあよろしくね? くたびれた社畜のおにーさん」


 女子高生はまた、にししと笑うのだった。

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