週末なにしてますか?美少女JKと異世界旅行とかどうですか?
りんどー
プロローグ 社畜、異世界に行く
金曜日、夜。
ああ違った。
もう二時間は前に日付が回ったので、土曜日、深夜。
俺はおぼつかない足取りで、ふらふらと会社から帰宅した。
飯も食わず、スーツを脱ぎ散らかしながらバスルームへと直行。
シャワーを浴びた後は頭を乾かす間もなく、ベッドへ向かい疲れ果てた身体を投げ出す。
明日もとい今日が休みだからといって、夜更かししたりはしない。
正直、そんな気力は残っていない。
俺は
都内にある中堅ゲーム会社に、デザイナーとして勤める25歳だ。
日が昇る頃に起きて出勤し、日付が変わって少し経ってから退勤して家に帰る生活をしている。
早出残業当たり前といった感じだ。
残業代は雀の涙、ボーナスに至っては全くない。
唯一マシなのは土日がしっかりと休日である点。
とは言え平日にきっちり疲労と眠気が蓄積されるせいで、休みの日にすることと言えば家で寝る以外にない。
趣味はゲームだったが、それを仕事にした結果、最近では正直あまり好きではなくなった。
大学進学の折に田舎から出てきて以来独り暮らし。
学生時代の友人はいるがお互い忙しくもう長い間連絡を取っていないし、彼女などはもう何年もいたことがない。
そんなわけで俺は、仕事と寝ること以外にやることもなく。
生きがいや心の支えになるようなものも持たず。
何がしたいのかすら定かではないまま何となく日々を消化している、所謂社畜なのだ。
いつも疲れて爆睡する俺が、珍しく夢を見た。
たまにあるだろう?
ああこれは明らかに現実ではないなと自覚できるような、そんな夢だ。
その夢で俺は、何もない真っ白な空間にいた。
そこには俺と相対するように、一人の少女が立っていた。
長く伸ばした金髪に、純白のワンピース。
簡素ながら不思議と只ならぬ気配を放つ少女は、俺と目が合うとにこりと笑いかけてきた。
「えーっと、あなたは長田謙信さん……で間違いないですね? なんかいかにも名前負けした感じの凡庸そうな顔つきですけど」
「開口一番ひどい言い草だなお前!?」
地味に気にしていることを、ピンポイントで突かれた。
夢の中に登場する、見知らぬ少女に。
「おっと失礼、つい本音が」
「全く失礼だと思ってないよな」
「それはまあ……私はあなたに敬われこそすれ、逆に礼節をもって接する必要はないと自負してますからね」
少女は悪びれずにふふんと胸を張る。
見るからに年下のくせに、どうしてこうも生意気な態度が取れるのか。
「ったく、何様のつもりだよ」
「もちろん、神様です。あなたがいるのとは別の世界の」
高らかに即答された。
「……」
何言ってんだこいつ、アホなのか。
「なんですかその、『何言ってんだこいつ、アホなのか』とでも言いたげな視線は」
「仕方ないだろ、いきなりそんな大ボラ吹かれたら」
「いやいや、ホラじゃなくて事実ですから」
少女は髪を靡かせながら、ぶんぶんと首を左右に振る。
「事実ねえ……そこまで言うなら、何か証拠でも出せるのかよ」
「ふむ……証拠と言うなら、今この状況がまさしくそれに当たるんじゃないでしょうか」
「この状況って……どの状況だ」
「こうしてあなたの夢に堂々と上がり込んで、言いたい放題喋ってるこの状況が、ですよ。あなたは美少女がこんな鮮明に飛んで跳ねて動き回る夢、見たことあります?」
言いながら、自称神様にして美少女(こっちは認めなくもない)は実際にその場で軽くジャンプしたり、くるりと回転してみせた。
ちなみにその時ひらりと弧を描いたスカートの中に見えた布地は、薄い水色だった。
眼福眼福。
「……なるほど。確かに、ただの夢で片付けられないくらい細かい部分まで作り込まれてるな」
「でしょう? これぞ、神の御業ってやつです」
にこりと、自称神様は得意げに笑う。
本気で信じるかは別として、眼福ついでに耳を傾けてみるくらいは良いかもしれない。
「それで? その神様とやらは、わざわざ俺の夢なんかまで、いったい何しに来たんだ?」
「おっ、良い質問ですね。これでやっと本題に入れますよ」
待ってましたとばかりに、自称神様はびしっとこっちを指さしてくる。
次いで、コホンと口元に手を当て咳払いをしてから、
「実はですね。あなたは幸運にも……異世界の神々に選ばれちゃったんです」
「神々に選ばれたって……選ばれると、どうなるんだ?」
「早い話がですねー、長田謙信さん。あなたは私たちの世界……つまり異世界へと行く権利を手に入れたんですよ。しかも、その世界に行く際に何でも一つだけ願いを叶えるって特典付きで」
異世界に行く。
これはつまり、異世界転移的なやつだろうか。
となると、なんでも願いを叶える特典とはチート能力を授けるみたいな感じか。
もし本当なら面白そうな話だが……微妙に腑に落ちない。
「でも……そりゃ何のために? 命懸けて異世界を救えとか、そんなのはごめんだぞ」
「大丈夫ですよ、私だってあなたみたいな凡人にそんなこと求めません」
割と定番っぽい展開は、不躾な言葉で一蹴された。
「……じゃあ、何が目的なんだよ」
「私たち異世界の神々が、たまたま選ばれただけのあなたに対して求めることは一つだけ。それは、楽しませることです」
「はあ……?」
「いかにもぴんと来てない生返事って感じですねえ」
「まあな」
仕方ないだろう。
神々がどうのとかいきなり言われても、平均的社畜である俺にはスケールが大きすぎる。
「ではざっくりとご説明しましょう。私たち永遠の時を過ごす神々は、ぶっちゃけ暇でした。だから箱庭として一つの世界という舞台を用意して、そこで生きる人々の有様を上から見物して楽しむことにしたんです」
なんだかものすごいことを、ものすごくざっくりと説明された。
「よく分からんが……なんか趣味悪くないか?」
「別に、こっちの世界で言うところのシミュレーションゲームみたいなものに過ぎません。あなただって、やったことあるでしょ?」
あるにはあるが、それを実際の世界や人間でやってしまおうなんて発想はついていけない。感覚が違い過ぎる。
俺は自称神様の話に耳を傾けつつ、そんな感想を抱く。
「ただまあ……同じ世界で何百年と続けていると、やっぱりマンネリ化しちゃいましてね。そこでちょっとしたスパイスとして世界に刺激を起こしてくれることを期待して、時たまこうして別の世界から人間を連れてくるってわけです」
「チート能力のおまけつきで、か」
「はい。凡人のままじゃ面白みに欠けますからね。過去には権力を望んで一国の王になったり、色んな女の子に囲まれたいと多種族混合ハーレム作ったり、自由に飛んで暴れ回りたいとドラゴンになったり、無双して活躍したいと伝説の聖剣の使い手になったり……様々な方がいましたが、楽しませてくれたら何でも歓迎です」
「何でもか……」
いきなりそう言われると、すぐには思い浮かばない。
しかし異世界に転移ってことはつまり、今の目的なき社畜生活からおさらばできる……ってことだよな。
チート能力までついた、第二の人生。
そう考えたら、途端にわくわくしてきた。
俺が期待に胸を膨らませながら迷っていると。
不意に、自称神様がぽんと手を打ち鳴らした。
「あ。大事なこと一つ言い忘れてましたが、異世界に行けるのは週末だけです」
俺は拍子抜けした。
「は? じゃあ……平日は?」
「これまで通り、お勤め頑張ってください」
自称神様はそう言って、慰めるように肩をポンポンと叩いてきた。
俺は盛大にため息を吐いた。
「ったく……期待して損した……やっぱ、美味い話ってのはそう簡単に転がり込んでこないよな……」
仮にチート能力を得て異世界で無双したりしてそれなりの地位を築いたとしても、平日は今までどおり社畜とか。
それはまさに、半端に夢を見せられた上で現実に引き戻されるようなものだ。
そのとんでもない落差、想像しただけで憂鬱な気分になる。
実に残酷極まりない。
「で、で、どうしますか?」
俺の気も知らずに、自称神様は問いかけてくる。
「週末だけって聞いたら途端にやる気が……」
「いやいや、それでも何かあるでしょ? 別に必ずしも、異世界で華々しい活躍を遂げる必要はないんですよ? ちょっと週末にやりたいことやりにいく程度の感覚でもいいんです」
意外にも食い下がってくる自称神様。
「週末に異世界でやりたいこと、ねえ……」
言われてから、俺は改めて考え直す。
そしてふと、思った。
そういや最近、どこにも出かけてないなと。
たまには遠出とか、それこそ別の世界までなんて、ありかもしれない。
「……よし」
「おっ、何か思い付きましたか!」
自称神様は、嬉々としてこっちににじり寄ってくる。
近い。
「ああ……思う存分異世界旅行したい」
思い付いたままを口にした、俺に対し。
自称神様は、露骨に不服そうな顔で応じた。
「旅行って……ええー、ホントにそれだけでいいんですか」
「なんだよ、文句でもあるのか」
「はい、ぶっちゃけ面白みに欠けます」
なんでも叶えるとか言ったくせに、ケチつけてきやがったこいつ。
「……じゃあ、どうしろと」
「もうちょっとこう、欲張ってください」
「欲……? 欲か……」
社畜生活でくたびれた俺に、そんなもんあっただろうか。
改めて、考えてみる。
……あ、あった。くたびれた社畜だからこその、ささやかな欲求。
「年下のかわいい女の子に癒されたい。例えば……JKとか」
なんとなく口から零れ出た、俺の答えに対し。
「ああ、なんだ。ちゃんとあるじゃないですか。そういうのでいいんですよ」
うんうん、と二度三度頷く自称神様。
よく分からないが、満足のいく願望だったらしい。
自分で口にしておいて今更だが、台詞だけ聞くと割と危ない奴な気がする。
「あ。でも異世界にJKなんて存在するのか?」
「そこはご心配なく。どんな願いでも叶えると言ったでしょう?」
俺の疑問に対し、たん、と胸を張って答える自称神様。
「自信たっぷりだな」
「ええ、神に二言はありません。ちょうどいい人材もいることですしね。あなたがカッコいいかは……まあ微妙ですが」
自称神様は、しかめっ面で俺の顔を覗き込んでくる。
「いや、何の話だよ」
どうしていきなり罵倒されなくてはいけないのか。
「ま、それはさておき。さっそく行きましょうか、異世界。旅行しながら、年下の女の子……JKに癒されるために」
「あ、もうか? 旅の支度とかは……」
「そんなものは要りませんから、そこに座ってください。はいお座りっ!」
「お、おう?」
俺は言われるがままその場に正座する。
「あ、ちなみにですがお望みのかわいいJKは向こうの世界についてすぐ。隣を見たらいかにもな格好で立っているので、お忘れなく」
「そ、そうか」
未だ戸惑う俺に補足をしてから、自称神様は俺の頭上に手をかざしてきた。
「こほん。欲望ある限り、神を興じさせる道化の資格あり。神々の用意した舞台で踊りなさい」
そこまで唱えてから、自称神様はこちらを見て、一度微笑んだ。
「……主に、ラブコメ方面で」
その日から、俺は異世界へ旅行に行くことになった。
ただし、週末限定で。
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