二時間目 理科3

「怖ぇぇぇぇぇぇえっ!」


 突然立ち上がった柳瀬が大声で叫んだ。唾が飛んでくる。汚い。

 石原はリュックから取り出したポケットティッシュで、机の上の水滴を拭った。


「ほら。だから言ったじゃん。僧侶ってちょっと嫌じゃない?

 その点細胞は優秀だよ。時間をかけて治すことで、心の傷まで癒してくれるとか。アフターケアまで完璧」

「僧侶が問題なんじゃないよこれ! 問題なのはお前の発想だよ! どうすれば癒しの能力者メインの話がホラーになんの!?」

「あれ、お前ホラー嫌い? 怖いの? 怖かった? 怖かったんだ? ごめんね?」

「怖くねえよ? 欠片もこれっぽっちも一ミリだって怖くなんかなかったわ!」


 一体何が不満なのか、柳瀬は石原のシャツの襟をひっつかんで、がくがくと揺すった。それに合わせて石原の首ががっくんがっくん揺れる。


 脳が揺さぶられた。俺の優秀な頭脳に悪影響を及ぼしたらどうしてくれる。石原は心の中で口を尖らせ、自分の襟元に伸びていた柳瀬の手をひっぺがした。


「いやいや、冷静になって考えてみてよ。

 俺がその国の王なら間違いなく、回復能力者を量産して、擬似不死の軍団を作るね。そんで他所の国蹂躙して世界征服する」

「うっわ真雄魔王じゃん。完全に魔王の発想だよそれ」


 柳瀬は立ってもいない鳥肌を抑えるように、自分の両腕を摩っている。

 しかし石原は柳瀬の言葉に、ハッとした表情を作った。


「回復能力者は……魔王すらも生み出しかねない、パンドラの箱なのか……!」

「お前が権力者だったら、この世界でも、なんか魔王になっちまう気がする。

 ……なあ、頼むから政治家とかにならないでくれよ」

「俺理系だから。政治経済より科学に興味ある」

「中三じゃ理系も何もねぇだろうよ……」


 呆れたように言う柳瀬だが、余程さっきのホラー話が心に響いたのか、珍しく悟ったような表情で窓の外を見上げた。つられてそちらを見る。青いばかりの空が広がっていた。夏らしい入道雲が、太陽に手を伸ばしている。


 しばらくしてから、柳瀬がぽつりと呟いた。


「白血球? と、なんだっけ」

「免疫細胞」

「そうそれ」


 柳瀬から細胞の名前が出てくるなど、珍しい。きょとんと首を傾げて柳瀬を見る。柳瀬は石原に目を合わせないまま、少し引きつった顔で笑った。


「ちょっと見くびってたわ。優秀だね、現世の回復能力者は。バカにしてごめん」

「分かればよろしい」

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