二時間目 理科
「おーい。柳瀬。生きてるかー?」
一時間目が終わった休み時間。机に突っ伏したまま微動だにしない柳瀬の脇を、石原はシャーペンの先で突ついていた。芯は出してない。
脇腹は強いのか、いくら突ついても、柳瀬はピクリとも動かない。石原が、そろそろ本当に体調不良を心配し始めた頃、ようやく柳瀬がうめくような声を紡いだ。
「……返事がない。ただの屍のようだ」
「そう、良かったね。これで次起き上がった時、お前転生者じゃん」
幾分か本当にホッとして、石原は浮かせかけていた腰を、椅子に沈めた。
すると、ただの屍も石原に合わせて、むくりと体を起こした。
「ところで、さっきの話だけどさ」
「何? 漢字テストの追試のこと?」
「やめろよ……思い出させるな……」
本当に吐きそうなくらい顔を青ざめさせて、柳瀬が睨む。
「悪かったって。で、何? 異世界転生?」
「そうそう」
きらりと柳瀬の目が光る。彼は両肘を机の上に乗せて、そのさらに上に顎を乗せている。頰が潰れてあんぱんみたいになっていた。
「あの世界って、僧侶いていいよな」
「この世界にもいるじゃん。僧侶」
「坊主のことじゃなくて。回復能力者的な」
「この世界にもいるじゃん。回復能力者」
「医者とか言うなよ」
「言わないよ」
石原の意図するところが読み取れなかったらしく、柳瀬は眉をひそめた。
「一応聞いておくけど……誰?」
「免疫細胞とか白血球とか」
「お前ってたまにナチュラルに気持ち悪いよな」
「失礼な」
柳瀬の無礼な発言に、石原は口をとがらせた。
「お前の体を構成している細胞たちに謝れ」
「そっちかよ」
柳瀬は軽くツッコミを入れて、ほうとため息をつくと、右の二の腕をしばし睨んだ。それから石原の方に、腕を伸ばす。
「ほら、見て。去年、自転車で転んで作った傷跡。もしこの世界に僧侶がいたら、こんな傷跡残さずに、きれいに直してくれたんだろ?」
「中学二年生にして、こんな傷跡が残るような、自転車の漕ぎ方してるお前って、いったい何?」
「うーるーさーいーなー! 部活の合宿帰りで疲れ切ってたの! へとへとだったの!
もー! そうじゃないだろ、僧侶いいなーって話だろ!」
机をバンバン叩いて力説する柳瀬。石原は椅子の背に体重を預け、首から上だけを柳瀬に向けた。
「まあたしかに、医療が進んでるのは良いことだと思うけどね」
「だろ?」
「でも異世界転生において、僧侶の存在って必ずしも有難いとは限らなくない?」
「なんで? 俺だったら絶対、パーティーに僧侶は必須だけど」
「いや、ゲームなら俺だって僧侶入れるよ」
むしろめっちゃ育てる。石原は火力よりも、安定感を重視したパーティーを好んで作るから、僧侶以外のキャラにも必ず回復魔法は覚えさせる。
「実際、ダンジョンに潜り込んでやばくなったら、僧侶必須なのは分かるよ? けどねえ」
「そこまで言うなら、やってみようぜ」
「さっきみたいに?」
「そう。俺が勇者やるから、お前はパーティーの僧侶な」
「……ええ、俺がお前の仲間やるの? お前より立場下じゃん。なんか屈辱なんだけど」
「大丈夫。仲間に対して優位性を示すような、クソ勇者じゃないから。俺は」
「んー。じゃあいいか。やってみよう」
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