一時間目 国語3

「待て待て待て待て」

「何?」


 ようやく登場したと思ったら、すぐに待ったをかける柳瀬に、石原は不満げな声を上げた。


「何じゃないだろ。何語だ今の」

「ドイツ語。……ああ、そうか。発音が悪かった? ごめんね。

 Holleの発音が難しくてさ、うまく言えないんだよね」

「そういう問題じゃないから。分かってるよね。

 なんでドイツ語なんだよ!」


「俺の親父が医者なの、知ってるでしょ? カルテとか全部ドイツ語だから、うちに辞書あるんだよ。俺、子供のころ、絵本の近くに並べてあったそれを眺めてたらしくって、授業でしか習ってない英語より、ドイツ語の方が、親しみがあるんだよね」

「違う違う。俺は、なんで百以上ある言語のうち、ドイツ語を選んだのか? なんて聞いてない。

 そうじゃなくて、なんで日本語じゃないんだよ! 伝わらないって!」


 とんちんかんなことを言い出す柳瀬に、石原は思い切り顔をしかめた。

「いや、むしろ日本語の方が不自然でしょ」

「なんで?」

「だって、異世界だよ? 異文化だよ? 日本語で喋るとか不自然じゃん」


「そ、それは……ほら、女神の祝福とか……!」

 苦しい言い訳を始める柳瀬に、石原はニヤリと笑って畳み掛ける。

「へええ? 女神の祝福で言語が、ねえ?」

「そ、そうだよ!」


「一カ国ならともかく、何カ国もの言葉が、いきなり分かるの? 異世界にだって国はあるんでしょ? それ全部聞き取れるとか、やばくない? あ、その流れだと動物の言葉とかも分かっちゃうのかな? うわー、きっついぞそれー。もう牛肉も豚肉も食べれないね」


「ぐぬぬぬぬぬ……! だとしても、それならドイツ語だっておかしいじゃんか!」

「お前が理解できない言葉なら、何でも良かったんだよ」


 ニヤニヤしながら言い切ると、柳瀬は思い切り頭を抱えて、うんうん唸っている。やがてハッと顔を上げると、石原を指差して叫ぶ。


「あの異世界には、英語みたいな共通言語があって、その英語普及率がものすごく高くて、女神はその共通言語を分かるようにしてくれた! これでどうだ!!」

「……まあいいけど」


 石原が渋々認めると、柳瀬は大げさにガッツポーズをとった。

「よしっ! じゃあ続きを……」


 しかしそのとき、柳瀬の言葉を遮って、ホームルーム開始のチャイムが鳴った。同時に担任の先生が入ってきて、「出席とるぞー」とやる気のない声で呟いた。


「あー、そうそう。今日の漢字テストだけどな。合格点取れなかった奴、追試な。放課後残りたくなかったら、しっかり頑張れよー」


 先生のその声に、柳瀬は絶望を顔に貼り付けた。


「石原……」

「何?」

「今すぐ異世界に行くには、どうしたらいいかな?」

「あー……」


 石原はしばし天井を見つめ、それから言った。

「とりあえず、女神さんから呼ばれるまでは、自国の言葉のテストくらい、満点取れるようにしておいたら?」

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