[建売住宅]-1- --

 私が小さいころ、実父の友人達がよく家を訪ねてきていた。古い写真などを引っ張り出して見る限り、両親ともに今でいうパリピなのでまあなんとなく頷ける。

 その中にAさんという、どちらかというと物静かな男性がいた。父とは、小学校だか、中学校だかの同級生らしい。喋り出したら止まらない、うだつも上がらぬだらしない実父と、無口で几帳面なこの人が、なんで長い付合いになっていたのかは、今でもよく判らない。



 小学四年生になった頃だったと思う。

 急にAさんが住んでいる家と別にもう一軒、一戸建てを買ったと電話してきた。Aさんは独身で、町内でも古い家屋が並ぶ地域に築二、三十年という住宅を持っている。確かに新しくはないが住むには全く問題がない。

 無論、家は二軒もいらないし、なんだか酷く唐突だという話を父がしていた。

 電話は、要するに家に遊びに来るように、という要件だったのだが、何を思ったか父は私を連れてその家に行った。もしかしたら、丁度夏休みの時期だったからなのかもしれない。

 車での移動で、どこまで行くのかと思ったが、思ったよりも近く、当時通っていた小学校のすぐ近くの、埋め立て地にできた住宅街の真ん中だった。

 家は購入したてだというのに、なんだかどこか雑然としていた。兎に角ものが多く、男の一人暮らしだけあって釣り道具など、見慣れないものも多かった。

 あまりきょろきょろすると怒られるかもしれない。退屈だし、幸い少し先に公園がある。遊んでくる、と言って外に出て、暫く公園で遊んでいた。

 そうはいっても暑い時期。そう長くは持たず、結局三十分程でその家まで戻ったが、玄関には鍵がかかっていなかったのでそのまま中に入った。

 私が戻ったのに気付いた父は「ああ、戻ってきた」と呟いて腰を上げた。もしかしたら最初から直ぐ帰る気で私を連れて行ったのかもしれない。

 もう出るのなら部屋の奥まで行くのも面倒だ、とドアのところに立っていたら、Aさんが唐突に「あのな」と切り出した。

 何かまだ話をするようなので部屋に入って扉を閉めると、Aさんはおもむろに玄関の方を指差した。

「あっちの方角、判るか?」

 父への質問だから私は黙っていた。父はちょっと考えてから「北か?」と返すとAさんは何故か、にやりと笑った。

「北東」

 私は勿論、父親もきょとんとしている。Aさんはその様子を見て言葉を足した。

「鬼門だよ。で、」

Aさんは言いながら、背後にある勝手口を指す。

「そこの戸が裏鬼門」

 子供心にも、何となく良くない家相だと想像した。そして、何故そんなことを言い出したのかも何となくわかった。父は心霊だとかそういう話をよくする昔気質なところがある。だから好きそうな話として切り出したのだろう。

 このあたりはまだ空き地が多い、埋め立ての区域だ。区画がそのように仕切られている以上、同じ方向を向いている家がなくもない気がする。

「知っていて買ったのか?」

 父の問いかけに、Aさんは静かに頷いた。

「俺はそういうの気にしねえんだよな」

 なるほど、気にしない人は気にしないんだろう。

 迷信だと割り切っているからこそ知っていて買ったと言いたい様子だったが、Aさんは最後に突然、こんな話を始めた。

「和室が思ったより狭くてなぁ、布団を敷くのに難儀してちょっと斜めに敷いて寝てるんだが、やたらと金縛りにあうんだよなぁ。引っ越しで疲れてんのかと思ったがいつまでも続く。で、改めてよく考えたら北枕だったんだわ」

「…」

「もしかしてなんか本能みたいなもんで、北を枕にすると磁場の影響とかで自律神経が狂うとか、そういうことがあるのかもしれねえなぁ」

 何となくその時、この人は信じていないんじゃなくて信じたくないんじゃないかなと、そんな印象を持った。

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