[参肆神]-2- 深夜

 忙しなく戸を叩き、引っ掻く音がしている。怯える耳に、老女の細い声が届く。

「のがれよ、ちしきのおかみをやくがこのやしろ。のがれよ、みさきはかえらぬ。のがれよ、ひらさかくだり、うつしおみのくにへ。とく、とく」

 不意に、脳裏を閃くものがあった。ちしきのおかみとはもしや道敷大神か?

 エンレドとはもしや厭離穢土か?

 厭離穢土叶わずミサキの山に…ミサキとは御霊の意味か?

 慌ててメモを繰る彼の耳に老女の悲鳴が届く。そして、何かが爆ぜる音が聞こえた。反射的に振り返ると、堂の外が昼のように明るい。

 嫌な予感がする。まさか、と足音を忍ばせ、像を覆う布を捲りあげた。そこに座すのは人型の炭。否、此れは恐らく人だ。

 道敷大神を焼くがこの社。イザナミを焼き顕現した火の神。

 もしや。

 慌てて外を見る。ぐるりと取り囲むのは松明をもった住人達と、拘束された老女の姿だった。震えながら取って返し祭壇を弄る。段に設えられた引出しに古い帳面があった。捲ると目に飛び込んでくるのは塞屍神の三字。

 屍で塞ぐ…老女はここを、比良坂と呼んだのか?ならば…。

 後悔は先に立たない。嵌められた。

 山江の持つ松明の火がゆっくりと、振り下ろされた。

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