[参肆神]-1- 覚書
八月十三日
今回フィールドワークに向かったのは中国地方の山間部にある旧〇〇村である。(現在は〇〇市に併合されている)
〇〇村の人口は二十余名。高齢化が進み、現在三十歳以下の住人は居ない。村は元々が沼地との事で、作物の育ちが悪く、雇用もほぼ無い為皆外に出ていくとのことだった。
村には小さな山がある。その山の北東と南西に一基づつ、二本の柱のような物があって、どちらもそこを潜るとすぐ、細い道が山に取付く大蛇のようにぐるぐると渦を巻いて続いていた。要は一本道で、一方の門を登って道なりに行くともう一方の門に出る。
件の門は冠木門の冠木を外したような形をしているが、元々冠木が通っていた様な痕跡はなく、元からこの柱を立てただけの形のようだ。
山頂付近には小さな御堂がある。山は夏でも涼しく、しんと静まっていて、地元のものは余り近づきたがらないようだ。
小奇麗にされているので誰か世話をしている人が居るのではないかと、今回調査にご協力いただく村長の山江さんにお伺いしたところ、隔週の当番で清掃にあたっているとのことだった。
祭神を聞いたところ、所謂神道や仏教の関連施設ではないとの事。地元では"さんしさん"或いは"さいしさん"と呼ばれていたという。
漢字を尋ねたところ、多くは数字の三と四を
合わせて
このあたりについては村に伝わる古文書の類を後で確認させて頂くこととなった。
八月十四日 午前
早朝より、山江邸にて古文書の確認を行う。農耕や戸籍の記録などが多く、肝心の祭祀などに纏わる記述が見つからない。
途中でお茶を出してくださった山江夫人によると、幾度か大火事があり、消失したのではないかとの事。鵜呑みにするわけにもいかないので、昼を挟んで午後も確認させて頂きたい旨お願いして了承を得た。
休憩がてら散歩しようとした所、一人の老女に後を付けられた。意味不明な事を呟いていたが、内容が気になったのでここに記録しておく。
「屍は返らぬ」
「エンレド叶わずミサキの山に――」
「クナトクナトクナト」
「起きてはチカシラク…」
八月十四日 午後
どうも大変なことになったようだ。
まだ理解が出来ていないが、順に記す。
山江邸の蔵での調査については収穫なし。村の祭祀に関する会計記録らしきものは見つけたが、同時期にあった火事に関する追加費用計上に紛れてどうも判然としないものだった。
その後、山江氏のご厚意で夕飯を馳走になる。町内唯一の店の冷蔵庫が不調で肉や魚が手に入らないとのこと。奥さんに平身低頭謝られて申し訳なくなる。
その席で、件の老女の事を聞いてみた。大方、認知症を患って徘徊癖でもあるのだろうが、どうにも発言が気になった。
老女の風体を告げ、何事かを呟いていたこと、その内容に心当たりがないかと問いかけてみた。
最初は笑顔だった山江氏の表情が強張るのを見てどうやらまずいことを聞いたと気付く。
山江氏は真剣な顔で、「本当に見たのか」と問うてきた。頷くと、
「良うないもんを見た」
氏はそう言い置いてどこかに電話をかけ始めた。その後、時代錯誤な提灯を手に件の御山に登るという。唐突に見えたので驚いていると、山に登らねばならないのは私だという事だった。
老女から身を守るため、急いで山を登るように促される。間借りしている身で逆らう訳にもいかず、慌てて荷物を纏めて登山を開始した。
道すがら聞いた話を纏めると、老女はどうも心霊や狐狸妖怪の類とのこと。俄かには信じがたい。どう見てもただの老女であったが、確かにその発言は浮世離れしていた。
曰く、自分は恐らく目を付けられた。老女は夜中に現れる。夜明けまで絶対に戸外に出てはならない。外を見てもならない。破れば、恐ろしいことになる。
何度もそう言い含められながら息を切って暗い山道を登った。
「参肆さんに護ってもらうしかねえ。運が悪かったと思って辛抱してくれ」
その後、山江氏は御堂の外にぐるりと荒塩を盛り、結界のようにしてから
「いいか、誰が来ても何を言われても、返事をしちゃいけねぇ。外を見てもいけねぇ」
そう言って山を下って行った。
八月十四日 深夜
参肆神の御堂に入って四時間ほど経った。
御堂の中に入れたのは幸運だ。戸口から見て正面奥が階段収納のようになっており、その上にどうやらご神体らしき像のようなものが安置されている。金襴緞子様の織物が掛けられており詳細が判らないのが残念だ。
その後暫く何ともなかったが、数分前から足を引き擦るような音とぼそぼそと喋る様な声が聞こえ始めた。信じているわけではないが、山江氏の可能性もあるので外は覗けない。
声が聞き取れる。どうやら御堂のすぐそばを歩き回っている。
「クナトクナト」と聞こえるからあの老女の様だ。…まさか本当に人ならざるものなのだろうか。
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