殺人事件

 澁澤百合しぶさわゆりの死の噂は、花火のように激しく燃えさかった直後、俄かに立ち消えた。もう、半年になろうか。テレビをよく賑わせていた彼女の突然の死に纏わるあれこれを、私は思い返している。

 稀代の霊能者として登場して以来、霊視で行方不明者を捜索するだの、埋蔵金を探すだの、悪霊を探すだの、そんな番組に出ては当たり障りのないことを言っていたのを覚えている。その頃は全く興味がわかない存在だった。よくあるそういったポジションの人物は大抵、数年経つと一転、叩かれ始めて消えていく。

 しかし、彼女は違った。

 彼女は番組の収録中、本当に見つけてしまったらしい。何をかといえば、遺体をだ。その事実は恐らく多分に誇張を含んで、センセーショナルに報じられた。などという、彼女を讃える為に今まで自分たちが担ぎ上げてきた霊能者たちを扱き下ろすかのような煽り文句が酷く耳障りだった。

 そしてそれから数か月後、彼女は変死した。変死。より詳しく言うと他殺である。

 有名な霊能者が殺された――。そのニュースは報じられると共に些か不謹慎な、悪意のある噂となって日本中を駆け巡った。曰く、"自分の死も予見できないなんて"、"殺されるなんて、何か良くない商売をしていたのだろう"、"やはり詐欺師だったのではないか"。

 死人に口はない。彼女が仮に詐欺師だったとしても、死んでからそんなことを言い始める人間は唾棄すべきだ。死屍に鞭打つような心根は心底理解ができないが、私が彼女の事を思い出すのは、そんな青臭い正義感に根差した心持からではない。

 彼女の不可思議な死について、心当たりがあるからである。

 このことに気付いたのは、ほんの数週間前であった。尤も、そこに至る前も違和感のようなものはずっと、胸の内に燻りつづけていたのだが。

 すべては澁澤百合に関する報道の、不自然な収束が主たる原因である。私は仕事柄、裏の情報に詳しい知人を数名もっている。その知人から、sふぁdffffffffff



生きているのが辛いので死にます



 捜査用の手袋をはめながら立ち入り禁止の黄色いロープを潜る。ぐるりとあたりを見渡すが、人目につかない河川敷、といった印象しかない。少し先に土手を下りてくるスロープが見えた。車一台がやっとの狭い道だ。下りた先は少し幅の広い草地が広がっている。河川工事は割合に最近の仕事と見え、打たれたコンクリートは白く美しい。

 そんな野っ原のど真ん中にぽつん、と白のセダンが駐車されていた。その車を取り囲むように、あちこちに鑑識の姿が見える。もう仕事にかかっているようだ。

(クレスタ、四代目、スポーティグレードか)

 すでに到着していた刑事に会釈をしながら、横に並ぶ。ひょい、と腰を屈め、覗き込むと、後部座席に男が一人座っている。――否、座ったまま死んでいる、というべきか。膝の上にはノートパソコン。画面は暗いが、ランプが点滅しているのが見えた。

「パソコン、動きました?」

 問いかける。年配の刑事は苦虫を噛み潰したような顔でペパーミントのガムを噛みしだいている。反応は鈍い。何故か、嫌な予感がした。

「さっき見せてもらったよ。…三島ァ、こりゃあ、また澁澤だ」

 ぞくり、と背筋が泡立って、思わず口元を引き結んだ。澁澤…。ここ半年で何度その名を聞いただろうか。

 澁澤百合はとっくに鬼籍の人である。だが、不審死の現場でやたらと名前を聞く。澁澤百合の熱烈なファン、元常連の相談客、果ては嗅ぎまわっていたジャーナリスト、出演していた番組に関係したテレビ局職員――。死者の接点は澁澤百合で、数名は薄く他の関わりらしきものが見えることもあったが、いずれも希薄。

(あの女――何をしてやがった)

 当然、警察は真っ先に澁澤百合の身辺を調べた。元より彼女は殺人事件の被害者である。捜査本部に照会するだけで事足りたが、余りにも情報が少ない。余りにも。

 なにせ、のだから。

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[企画/御題] 短 編 集  ユキガミ シガ @GODISNOWHERE

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