砂漠 終末 軽自動車(未完)

 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ―――と。

 耳障りな風の音の中、バンッと苛ついたような音が響いた。尤も、音を立てた本人には小気味よい程響いた音も、数メートルも離れれば聞こえなくなる。そんな轟音が絶えず聞こえている。

 ここは死んだ砂漠。それが常だ。

 音は、道ともつかない砂漠の合間の平坦な位置に止められた不似合いな金属から発せられた。四つの車輪を持ち、燃料さえ供給すれば高速で移動可能な太古の乗り物。それが自動車と呼ばれる太古の遺産であるのは、一度でも歴史を齧ったことがあれば理解できるだろう。

 世界に残された自走可能なそれらの内、一番小型な分類に当てはまるのがこの機体だ。持ち主はどうやら先ほど小気味よい音を立てて戸を閉めたガスマスクの少女のようだった。巻き上げる風で縛り上げた髪が嬲られている。彼女は面倒臭そうに両の手でそのツインテールの動きを封じながら、一周、車の周りを回った。

 どうやら不調の様子。仔細に眺めまわしている。けれど直ぐに、吹き荒れる風に嫌気がさしたのだろう。

「クソッ」

 吐き捨てながら、ガン、と鉄の塊を蹴る。足の甲がひどく痛んだ様子で跳ねあがった彼女は、怒りにまかせて前部の戸を叩いた。蹴った部分は薄い鉄板はわずかに凹んだが、シャシに阻まれたか大した傷にはならない。殴った方はといえばひ弱な腕で同行できるものでもなかったようだ。

 少女は恨みがましく車を見たが、直ぐに諦めて歩き始めた。視界も聞かない様な砂漠を、一歩、また一歩と。風に押され、或いは引っ張られながら、よろよろと進み続ける。

 時は西暦三二XX年。二九〇〇年代末のシンギュラリティ。セントラルコンピュータの暴走『人形の春』によってもたらされた人類への大粛清により世界人口が五百人に満たなくなって二百年余りが経過した、季節の死んだ世界の、ある春の話。

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