《閑話》幻想に決別を
「ちょっと早いけど……誕生日おめでとう、くるみ。今年で18歳だね」
ももは2つの皿に盛られたオムライスを前に笑顔を振りまいた。
「今年は色んなことがあったんだよ? 話したい事が多くて困っちゃうよ」
ももはひたすらに妹に話しかける。
返答のない一辺倒の会話を続けるのは、ももが料理をし始めるようになった年から毎年1回だけしていることだ。
そう、くるみの誕生日に、だ。
「ね、やっと自分でも美味しいって思えるくらいに作れたんだよ? くるみの大好物だからお姉ちゃんも頑張ったんだよ」
とろとろの卵の出来栄えは店で出されるものと遜色はなく、そこまでに積み上げた経験が物語る。自信がなくとも、せめて、せめてと諦めずに重ね続けた賜物だ。
「……うん、美味しい。ね、くるみ」
我ながらよく出来てると、この喜びを分かち合おうとして思いがけず呼んだが反応はない。
「少し聞いて欲しいことあるんだけど……いいかな」
本来は絶対に妹の誕生日にしかやらなかったのを今年はそれを破った。その意味をももは心の中で確かめてから、自分の気持ちを少しずつ吐き出した。
「……わたし、くるみのお姉ちゃんとして相応しいなんて思ったことなかった。ずっと……出来の悪い自分を卑下して、くるみが輝く姿に憧れてばかりいた」
文武両道で元気いっぱいの妹の裏に、自分はただ影を落としていただけだったと。
「お姉ちゃんはくるみの成長する姿さえ見れれば後のことはどうでもよかったんだよ」
それでも、その囁かな願いの一つも叶わなかったと。
「……くるみがいなくなってからはずっと歩き出すのが怖かった。一歩でも歩いたら、くるみの何もかもを忘れるかもしれないって、臆病なわたしはただ震えるだけしか出来なかった」
夢でもいいからくるみを傍に感じていたかったからと。
「……あのね、くるみ。わたし、これから遠いところに行っちゃうから……もうここでは会えなくなるんだよ。こんなの、くるみから見たら褒められたものじゃないのは分かってる。ダメな事なんだって分かってる。けど、わたしにも本当にやりたいことが……出来たから」
ももは視線を少し下に向けながらも言葉はまっすぐに貫いた。
何年もの間、目を閉じて、後ろしか見てこなかった。
自分の犯した罪の重さに動けなくて、現状を見たくなくて耳を塞いでいた。
ももはゆっくりと目を閉じる。
「わたしなんかくるみと比べたらダメダメだったけどね、今ならしっかり言える。わたしね、くるみの姉になれて……とても幸せだったよ。わたしを……お姉ちゃんにしてくれてありがとう」
今でも瞼には幼い頃のくるみが、10歳の頃のくるみが両手で頬杖をつきながら自分を見つめる姿を想像出来る。甘い世界に浸りきって、いつしかこのままでいいと思っていた自分がいた。
けど、そんな自分とはそろそろお別れの時間だ。
「……そろそろ行くよ、くるみ。……さようなら」
幻想に決別を告げ、ももは静かに目を開く。
そこには誰の姿もなく、誰よりも食べて欲しかった子のために拵えた作りたてのオムライスから薄く湯気がたなびいていた。
黙り込んだももは手を合わせ、いただきますと口にしてからスプーンを手に取る。自分のオムライスを掬うとそのまま頬張った。まだほのかに温かさが残っていて、それでいて温もりが込められた優しい味だった。
「ひとつ、たった一つだけわがままが叶うなら……」
段々と視界がゆがみ、自分がどんな状態なのかを悟った。
これが最後だと。過去のために流す涙はこれで終わりにしようと。これからは前を向いて歩く、そう決めてももは感情を隠すことをやめた。
「……食べて欲しかった、なぁ……っ」
あふれる涙が頬を伝い、床にシミを残す。
やっと自分を褒められるようになったのに、くるみに一番見てもらいたいたかったのに、それはもう叶わない願いなのだ。
罪による自責と自身の無能さにしか涙を流さなかったももは全てに向き合い進むことを誓い、ようやく妹を失った悲しさに涙を零した。やっと自分を許すことが出来た。
「大丈夫だから……っ、これからはちゃんと前を向いて歩くから……今だけは……っ!」
心残りがないように、ももは自分の中にあったものを何もかも吐き出すようにしてひたすらに泣き続けた。
それを部屋の外で壁にもたれながら聞く、1人の姿があった。
「もも……」
8年前、雪山に捨てられていた彼女を拾い、育ててきた蜜檎だ。ずっと、その成長を傍で見守ってきたからこそ、本人の苦しみは多少なりとも理解している。
この世界に入ったきっかけは自分にある。もし、組織のことを黙り続けていたとしたなら、別の変わり方をしているのではと思うこともあった。
「あなたが望むならそれでいいのよ。だけど、アタシは……」
呟き、途中で止めた。
本当なら戦わせたくなんてない。
なぜ子供が銃を持って戦わなければならないのか、それを防げなかった自分に責があるのだと今でも思っている。
万が一にもこの戦いの中で、ももの身に何かがあれば自分は────、
「……馬鹿ね。もう進むしかないのにアタシが迷っていたらあの子に示しがつかないわ。やっと、前を向いてくれたのにね」
立ち聞きも程々にと、蜜檎はその場を離れる。
蜜檎ともも。親子のような関係の2人が戦う一番の目的は一致していた。
「もう……」
「もう……」
「
「わたしのような思いを……他の子にさせなくない」
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