《閑話》好きの気持ち

 嵐の前触れのような静かな夜だった。

 桜は屋根の上に登って風に当たっていた。


「ええ月やなぁ……」


 ぼんやりと丸い月を見ながら、赤茶色のポニーテールがたなびく。


「あたしにとっては初めての大きな戦い……か。多分……死人は出る。死ぬつもりなんてないけど、覚悟は決めんと、な」


 端から分かってることを確認のように呟く桜はいつもの明るさとは違い、しゅんと黙り込んでいた。

 肩に立てかけている愛刀を抱きしめ、身体を丸くする。

 色んなことが頭を過ぎり乱れた心をただ落ち着かせる。

 だが、それでも、どうしても一つだけ頭から離れないことがあった。



 ─────────────────────


《じゃあ……結婚して、って……言われたら?》


《……》


《な、どうなん? あたしは本気で言ってるんやからはぐらかさんと言ってな?》


《……気持ちは嬉しいです。明るくて行動力もある桜となら暮らしに飽きることもなさそうですし、不満を言うことはありませんよ》


《っ、そ、そんなこと言われなら照れるやないかっ。ならっ》


《ですが……桜の申し出は受けられません》


 ─────────────────────


「あっさりフラれてもうたなぁ……これでも、会った時から好きやったんやけど、阿久津はそういうとこ恐ろしく鈍感なやつやから気ぃついてへんやろな」


 呆れたように微笑む桜。だが、身体で騙そうとしても感情は騙せなくて目からは一筋の涙がほろりと頬を伝っていった。


「こんな傷つくなら言うんじゃなかったわ……はぁ……」


 失恋の辛さは言葉に言い難い。

 いつもの桜なら気晴らしに刀の素振りの一つもするものだが、そんな気すら起こらなかった。


「……ほんとは分かってたんや。あたしにだって阿久津の気持ちくらい……」


 なのに、口にしたのは自分の気持ちを包み隠すくらいなら当たって砕けろと心の内では考えていたからなのだろう。


「はぁ」


 何度目のため息なのか。がくりと俯く中で、桜は永遠と思えてしまうくらいの時間考え続けて気づけば夜も深くなっていた。


「阿久津はあんま自分の考えとか気持ちを表に出さんからなぁ。もしかして、言わなくてもこっちは分かっとる……なんて言わんやろな」


 ふと、辿り着いた仮説。桜も考えすぎてバカになったかと早々に脳内から消そうとする。


「お〜い、桜! そろそろ降りてこ〜い」


「……うっさいわ! 言わんくてもそろそろ行くところや!」


 藤正に呼ばれ、怒鳴り気味に返事をした桜は立ち上がって屋根から飛び降りて受身を取りつつ着地した。

 さっさと行こうと踏み出した桜だったが、その足がふと止まった。先程の馬鹿らしい考えが頭に絡みつきほんの少し想像してしまい───ある結論へと辿り着いてしまった。

 もしそうであれば、そんなことはないのだ。


「2人して伝えてないんか? まさか────」


 人からの好意に対してデタラメなくらいに鈍感。

 誰かに本心を語ろうとしない阿久津の考え方。

 考えれば考えるほど、桜の出した結論は正しかったのだ。


「なぁ、あんたら揃いも揃ってアホやろ。なんでなん? なんで……」


 ────────────────────


『……なんでなん? なんでダメなん?』


『…………』


『黙るなや。あたしは真剣なんやで? 男なら……理由くらい話したらどうなんや』


『…………』


『阿久津、それはないで。女の心を踏みにじって理由も話さないのは……納得いかん。師として命令するわ、話せ』


『…………私には……』


『しゃきっと話さんかい! ええ加減にせんとっ』


『───いるのです』


『……何がや』






『元より好きな人がいるのです。ずっと前から』

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