束の間の『日常』

「まさかこんなにサクッと見つかるなんてね〜。ちょ〜っと予想外かな?」


 ぼんやりとした黒に包まれた部屋の中、ぽつんと光を放つPCに情報を打ち込んでいくのは黒雨のNo.6だ。

 真っ黒なパーカーのフードを深く被り、顔の半分以上は見えない。はっきりとした特徴と言えば、左肩にかかる長めのサイドテールくらいだろう。


「本当は東北の方から叩こうと思ってたのになぁ。そしたら本部を引きずり出して潰すって計画だったんだけど……直接出向いて正解だったかなっ」


 ふふっとほくそ笑みながら、計画の詳細を一般人顔負けの速度でキーを叩く音だけが響き続けた───が、ふと手が止まり、No.6は背もたれに思いっきりのしかかった。



「さてさて、あっち側に私を知ってるやつは何人いるかな〜っと、なんてね! いるわけないんだよね。なんなら、私が誰なのかも掴めないよね? どいつもこいつもバカばっかだからね。ここにいるヤツらも、RooTだっけ、そいつらも!」


 全てを罵倒し、狂気地味た嘲笑う声が部屋に響く。

 そこに情緒は欠片とて見られなった。


「あははははっ、ほんっとどいつもこいつも使えないんだからさぁ! まだ起きて半年もしないのに腹立って何人か殺しちゃったしさぁ……あ〜〜もうッ!! 腸が煮えくり返りそうだってのッ! このクソど────グフッ!? コホッ、コホッ……うっく、目眩が……っ」


 目を見開かせて椅子から転がり落ちるように倒れた。

 何とか這いずって小さな机の上にあったカプセル錠を飲み込む。


「はぁ……っ、はぁっ、ちょっと今日はやりすぎたかな……この身体嫌になる……っ」


 服の上から胸を握りしめるように蹲って落ち着くのを待つ。

 誰も、彼女を助けてくれる者など1人としていない。


「でも……ッ、この痛みは、この辛さは……私の復讐心を1秒たりとも忘れさせないでいてくれる……ッ!」


 肩で息をしながらも、なんとか立ち上がる。

 何かを掴もうと震える手を伸ばしたが、虚しく宙を切る。

 端からそんなこと分かっていたと言わんばかりにその女の子は一笑する。


「大丈夫……私から全部を奪ったこの国をめちゃくちゃにする算段はついてる。RooTなんて組織如きに私は止められない。私はそこいらの奴らとは違う『特別』な存在んだから」


 全てに『復讐』する。

 その決意は誰にも知られることなく道を進んでいく。



 ──────────────────────




 その頃、RooT本部では────。


「ふぅ……出来ましたっ!」


「お、早いですね」


 夕焼けが終わり、夜が空を徐々に染め上げる様子が窓から差し込む中で、阿久津の部屋で、パソコンに向き合っていた璃音は目の前に映る様々なカメラの様子を楽しそうに、自慢げに見ていた。


「ハッキングは知って損はないですが……飲み込みが早すぎますよ? 半月ではなかなか出来ないものですが……」


「阿久津さんが丁寧に教えてくれたからですよ!」


 なんの裏もない純粋無垢な璃音の笑顔に、阿久津の表情も緩む。


「こうやって見ていると、最初に会った頃の由莉さんを思い出しますね」


「むぅ……阿久津さん、それって私がどこかのロリコンさんに汚されたみたいな言い方ですけど?」


 ふくれっ面で璃音の隣に座る由莉は阿久津を睨む。


「ふふっ、それにしても由莉さんは成長しましたね。みんなの前に立つリーダーのように凛々しくなりましたよ」


「……守りたいものが出来たからだと思います。みんなとの日常を守りたいから、自分に出来ることは全部やってきましたし」


「ええ、そうだと思いますよ。由莉さんで無ければここまで来れなかったですしね。私たち大人の想像をいくらでも越えて成長していく姿を見ていると、あなたを拾った私としても鼻が高いです」


 惜しげもない阿久津からの賞賛に由莉は自然に顔を赤くして、口を尖らせる。さり気なく怒っていたこともスルーされているのは当然不服であり、車の中で散々からかい尽くされたことも忘れてはいない。それでも、褒められるのは悪い気持ちはしなかった。


「璃音さんは子供らしい可愛さでいつも笑いますから、当初の由莉さんに似ているという意味だったんですけどね」


「うぅ、由莉ちゃんとは同い年なのに〜……」


 子供扱いされることに些か不満を感じる璃音だったが、自身も由莉には尊敬しか抱けない。同じ10,11歳なのが信じられないほどだった。


「さてと、今日はここまでにしましょう。ねこ達もそろそろ帰ってくるでしょうし」


 一息ついた阿久津は短時間で藍色に染まりかける空を見つめ、音湖たちが帰ってくるであろう方向をただぼんやりと見つめていた。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「2人ともいい感じだったにゃ。うちもちょっと本気出さないと負けるかもしれなかったにゃ」


 にゃはははと笑う白髪の音湖の後を、2人は付きながら歩いていった。帰ってから、あまり今日は練習出来なかったからと、音湖と2vs1で戦ったおかげで満身創痍で歩くのも辛いと思うレベルだ。


「うげぇ……土がべっとりしてて気持ち悪い……」


「そんな事言ってたらだめだにゃ〜? 戦闘は室内だけじゃないんだからにゃ〜」


「だからって、首を掴んで背中から叩きつけるのは酷すぎるんですけど? どんな力してるんですか……」


 天音は濡れた土の感触に顔をしかめる。言い分も分かるが、あまり体験のしたくない感触だった。


「そ〜れ〜に〜」


「ど、どうしたのですかお姉さま? 天瑠に何かあう……ぅ!?」


「普通にボクを見捨てて攻撃したのは〜どこの誰かな〜?」


「やめへくらはぃ、いひゃいれすよぉ〜っ」


 天音は天瑠の背後に周り、子供ながらの柔らかい頬をぷにっと摘み、それに天瑠は抗議するように後ろにある胴体をぺちぺちと叩いた。


「むぐぅ……天瑠を子供扱いしないでくださいっ。天瑠だってお姉さまと同じ組織の一員なんですから!」


「ボクも子供だよ?」


「たっ、確かにそうですけどっ……ううぅ〜お姉さまはぁぁぁ〜、ふんっ!!」


 天音の手からすり抜け、機嫌を損ねアピールを存分に見せながら顔を一度見てから首が一周しそうな速さでそっぽを向いた。可愛げのある様子に天音もつい笑ってしまう。


「うぅ、音湖さぁん……お姉さまがいじめてきます……」


「よしよし、可哀想ににゃ〜。ほらおぶってあげるにゃ」


「え、ボクが悪いんですか? 音湖さん、少し話し合って───」


「さて、家まで競走にゃっ。ゆっくりしてると置いてくにゃ〜っ!」


 天瑠に優しくする音湖に抗議しようと距離を詰めようとしたが、すたこらさっさとおんぶしたままとは思えない速さで走っていってしまった。

 呆然とすること数秒、すぐさま天音は疲労する身体に鞭をふるい全力で走った。


「待てぇええ〜〜〜っ! というか背負ってその速さってぇええ!?」






 家に着く頃、帰ってこないかなと待っている由莉と璃音が迎えたのは猛スピードで走ってケロッとしている天瑠を背負った音湖と、鬼の形相で激走して今にも倒れそうな天音だった。


「し、死ぬ……これは死ぬ……おぇえ……」


「天音ちゃん!? しっかり……って、すごい汚れ……早くお風呂行こっ! ほら、背中掴まって?」


 明らかに体格差のある天音を平然と由莉は担いで家の中に入っていった。残ったのは音湖と、片方は作り笑いを、もう片方は呆れたようにため息をつく、真逆の反応を示す双子だった。


「もぉ……なんでお姉様を困らせるの?」


「だってからかわれたから、お姉さまが悪い。ふんっ」


「天瑠は頑固なんだからぁ……」


 これでは、最早どちらが姉なのかも分からない。

 端から見ていた音湖でも、璃音が姉と言われてもここだけ見れば信じる。


 だが、音湖は知っているのだ。

 この姉がどんな思いで自身のところに来て特訓しているのかを。璃音も立派に成長した。音湖でさえ、この成長は分からなかった。だが、


(それでも、姉なのは天瑠ちゃん、君なんだにゃ)


 かつて自分が助けた子に任されたその役割を天瑠は十全に果たしている。

 音湖にとっても感慨深く、璃音も含めて親しみさえ感じた。


「……ほんと、いい子達だにゃ……」


「ん? 今何か言いましたか、音湖さん?」

「よく聞き取れなかったのでもう1回聞きたいですっ」


 独りでにぼやいていたことに気づいた音湖の視界には、全く同じ視点で、同じ様子で、同じように首を傾げる、まさしく双子の2人がいた。


「……なんでもないにゃ。さて……にゃっ!」


「ひゃっ!」「ひゃっ!」


「今日はうちと入るにゃっ! たまには由莉ちゃんと天音ちゃんに2人っきりのラブラブな時間を送らせてあげるにゃっ」


「え、急にですかっ? ちょっと待ってくださ───」

「2人が心配しますから、せめて一言────」


 軽々と両腕に担ぎあげた音湖は問答無用と笑いながら、はしゃぐ声と共に家の中に入っていった。


 この『日常』こそが全員の守りたいものだ。

 1人の少女の想いから始まった軌跡はバラバラになった糸を束ね、解れかける度により力強く結び付き合いながら幾重にも重なり、最後の戦いへと進んでいく────。


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