帰路にて

 話が終わる頃には数時間経っており、由莉たちもそろそろお暇の時間だった。


「葛葉ちゃん、今日はありがとうね。今度はゆっくりしようね?」


「うん。みんなのこと、信じてるよ」


 隠し通路の前まで見送りに来た葛葉とお別れすると、由莉たちは道は覚えてるからと、そのまま来た道を戻っていった。


「行っちゃったかぁ……」


 姿が見えなくなると、葛葉は浅いため息を吐いた。


「むぅ……」


「やっぱり嫉妬してる」


「してないの。……余計な人がいなくなってすっきりしてるだけなの」


「こら、そういうのを嫉妬って言うんだよ」


 結局あまり交友関係は築けなさそうだったようで、葛葉は目を閉じて「うーん……」と悩む素振りをした。


「まぁ、そこはおいおいとして……由莉ちゃん達には知ってること全部話した───あっ、」


 突然、己の主がまじまじと見てきたことに菫も目を丸くし、顔を赤らめながら黒のフードを被りそっぽを向く。

 そのまま2、3秒して大丈夫かと結論づけた。


「ディザイアヒューマンとドールの一番分かりやすい特徴伝えるの忘れてたけど、あっちにも送ってあるから……大丈夫か」


「なの?」


 不思議がる菫を葛葉はフードの上から優しく頭を叩いた。


「……さて、幽霊。いつでも動けるようにしておきなさい。いつ動いてもらうかも分からないから」


「っ、分かったなの」


 空気に溶けるように菫はその場から去り、また葛葉は1人になった。かけていた眼鏡を外し、目尻を押さえる。


「もう少し……頑張らないと、ね」




 ───────────────────────


 来た道を戻り続け、壊れかけのボロ屋から抜け出すと、待ってたと言わんばかりに車が控えていた。


「おかえりなさい、みなさん。どうでしたか?」


 乗り込むのを見ながら問いかけた阿久津に助手席に乗った由莉は少しジト目で視線を向ける。


「知ってましたよね?」


「私から言うのは野暮というものでしょう?」


「ぅ、そうですけど……、それに阿久津さん……夏祭りの時に葛葉ちゃんのこと分かってましたよね?」


 ゆっくりとエンジンが駆動し、山道を進む中で由莉は阿久津に質問した。


「……いや、最初は分からなかったです。私が初めて彼女に会ったのはかれこれ3年ほど前になりますから。随分とあの子も成長しましたね」


「「えっ!!??」」


 大きな2人の声が車内に響き、後部座席の両端に座る双子は体を跳ねさせた。

 由莉と天音のリアクションを見て、知っているのかと納得したように頷いた。


「葛葉さんとその母君の危険が分かってすぐに連れ出したんですよ。かなりギリギリでしたけどね」


「じゃあ、その時の女の人って……音湖さんですか?」


「ご明察ですね。あの頃は音湖と喧嘩しまくってた頃でしたし、今となってはたまに出るくらいですが、言葉遣いも常時荒かったですからね。ずいぶんと変わりましたよ」


 運転しながら語る阿久津の口調は明るさを感じられた。

 そう言えばよく聞いてはなかったと、天音が興味を持ったように運転席のシートから顔を覗かせた。


「あくつさん、その頃の話もっと聞かせてくださいよっ」


「特に面白い話ではありませんが……それでも良ければ」


 帰路の暇つぶしになればと隣は然り、後ろからも3人の視線を感じながら昔話をし始めた。



 ─────────────────────


 あの頃だと、私と音湖は15、6歳でしたかね。

 捕まえたそいつをてっきり殺すものだとばかり思っていたのに、仲間にするとマスターが言い出したもので、天地がひっくり返りそうな気分でした。

 当時の印象は、野蛮で、馬鹿で、阿呆で、野良猫で、馬鹿で、馬鹿で、馬鹿で、馬鹿で……(以下、無限ループ)。

 暇さえあれば殺し合いまがいの喧嘩をしてました。


「もうやめんか、阿久津、『音湖』」


 あ、ちなみに音湖という名前は私が付けたんですよね。意味は特になく、マスターに考えろと言われて咄嗟に出てきた猫の当て字をしただけです。

 野良猫は野良猫でも、何もしなければ気品のある白猫なんですけどねぇ……。


「いい加減にしないか。子供の方がまだ言うことを聞くぞ」


 私の敬愛するマスターから言われてもご無用に掴みかかろうとしてました。


「マスター、離してください! こいつの顔に一発入れないと気が済まないんです!」


「こっちだって……思いっきり殴り飛ばしてやる!」


 荒波すぎて白波になったように髪の毛を逆立てる音湖とドンパチしまくっていると、たまにマスターがキレて2人とも一撃で落とされました。

 あれは想像するだけで泣きそうになります。音湖も流石にマスターの命令には逆らえませんでしたよ。


 そんな日々が何ヶ月も続いた、ある夏の日。

 私は音湖との2人での初仕事を任されました。

 吐き気がしましたね、はい。


「じゃじゃ馬と現場なんてこっちが死にますよ」


「弱いやつと組んだらこっちが殺りそうなんだけど」


「あ゛? なら今死ぬ? というか野良猫らしくクタバレ?」


「お゛? 秒殺で死ぬか? 駄犬」


 いつも通り火花をばちばち。犬と猿でもまだマシですよ。

 本当に仲は悪かったのです。仲は。

 けども、2人で戦ったり、マスターとの死闘稽古の時は阿吽の呼吸でしたね。どうにかボコろうといつも弱点がないか観察してたんでね。その点においては、最も頼りがいのある仲間であることは事実です。

 ……まぁ、あれに負けるくらいなら死んだ方がましだって人生で1番頑張った時期でもあります。それでも割と本気の音湖には負けっぱなしでしたがね。腹が立ちますね?


 それが変わったのが、4年前の忘年会ですかね。

 桜とももに初めて会った日のことです。

 あれは我関せずと言った具合に、ずっと別の場所にいたものです。食事も1人で取ろうとしたりするものですから呆れるのもあれで何度目だったか。


「……おい、ねこ」


「……なに?」


「来い。いつまでもそんな所で黄昏てるなよ」


「騒がしいの嫌いなんだけど」


「ももと桜も話したいけどって言ってるのにも関わらず……少しは誰かと接することを覚えろ」


「こっちの勝手────ぅわ!?」


 本当にイラッとしたので、屋根に登っている音湖の足を引っ張ってそのまま下に落としてやりました。不安定な体勢から、見る方が目を丸くする完璧な受身を取った音湖の手を、私は即座に掴み引きずっていきました。


「何するの!? 離して……ってッ!」


「うるさい喚くな。キャロライナリーパー、料理にいれるぞ」


「ぐっ……」


 こうして料理を盾にすれば大抵のことは言うこと聞くんでね。音湖は特に辛いものが苦手なんで、当時は大体それで身の保証はしてました。まだ元敵を完全には信頼していなかったものですから。

 無理くり連れてきて揃って食事させた後は、なんとなく自作した人生ゲームチックのボードゲームで遊んでみたりしましたね。

 ……まぁ、音湖は楽しそうにもせず、1人別次元に佇んでいるようなのは変わりありませんでしたね。

 そのせいで、マスターを別の呼び方で呼ぶってマスに止まって『先生』と口にした時は、あまりにも尊敬の眼差しを向けていたものですから、もも達も笑いそうになってたのを堪えてたんですけどね。

 私ですか? よりにもよって結婚マスに音湖とクリティカルヒットして最悪でしたよ。一歩間違えたらとっ掴み合いになってたので割と黒歴史です。


 ……今年、久しぶりにと出して遊んで貰っていたら、由莉さんにとばっちりでガチギレされましたし……そのせいで本気で怒った由莉さんと面白半分に全力でかかってきた由莉さん大好きクラブの4人にボコられました。

 それから暫くは、対物ライフルを持っている由莉さんの傍には近寄りませんでした。普通に射殺されそうでしたので、はい。たかが10歳程度と侮ることなかれ。本当に怖いですからね? 

 ……あのボードゲームは私の身を滅ぼす禁忌です。お蔵入りで二度と出さないと私は決心しました。


 


 と、脱線した話も戻して……。

 あれは忘年会から2ヶ月ちょっとが経った日のことです。突然、音湖は寝室に引きこもるようになりました。別にどうでもいいと思っていたのですが、それから2週間しても出てくる気配すらなく流石に心配になりました。


「おい、音湖。2週間も引きこもって何やってるんだよ。いい加減にし───」


 予想に反してドアは簡単に開き、中にはベットに座り込んだ黒髪黒目の戦闘以外での音湖が真っ直ぐに私を見ていて、


「……あっくん」


「はい?」


「お、おはよう……にゃ」


 顔を赤らめて……きっと恥ずかしがっているのでしょう。

 それにあだ名を笑顔で呼ばれて……ゾクッとしました。

 これは新手の嫌がらせなのでしょうか。


「はぁ……」


「な、ため息したのかにゃ……せ、せっかく……」


「今日は仕事だから呼んだだけだから、早く支度しないと置いてくぞ」


 からかっているのかとちょっと腹が立ったので、素っ気なく突っ返しました。

 どうせ困らせるつもりなんだろう、そう考えていました。

 しかし、音湖の喋り方はそれ以降、ずっと変わりませんでした。どんな心境の変化があったのかは知りませんが、鬱陶しくて、邪魔で、空気は読めなくて、事ある毎に突撃してきては私に躱されて壁に激突して……やはり音湖は音湖でした。

 馬鹿なのはずっと変わってません。ただ、

 前の音湖より幾分かはいいとは思っています。



 ──────────────────────


「……おや? 黙ってどうされたのですか?」


 きょとんとする4人に問いかけると、隣にいた由莉が1番に反応した。


「阿久津さん、楽しそうに話してるなって思って」


「そうですか? 別に楽しい話でもないですよ」


「え〜なら、なんで優しそうに笑っているんですか?」


「? 笑ってなど……」


 由莉の言葉を否定する阿久津だったが、実際には確かに笑っていた。昔を思い出しながら語る中で、最初から最後まで阿久津の表情は柔らかかった。

 ついでにと、天音も顔だけを座席のシートの上に乗せた。


「あくつさんって、ねこさんのこと好きなんですか?」


「はい? 好きですが」


「「「「〜〜〜〜っっっ!!!」」」」


 さりげなく爆弾を叩き込まれ、由莉たちの頬は一気に真っ赤になった。不意に不意を重ねた発言に全員があわあわした。


「えっ、あ、その……えっと……」


「本当にですか!? 本当に……音湖さんのことを……?」


「あ、天瑠……なんだか恥ずかしい感じがする……」


「璃音もだよ……! うぅ……なんて言えばいいのかな」


 咄嗟の事で大混乱する少女たちの反応を黙って傍観し続けた阿久津だったが、そのあまりの慌てっぷりに思わず吹き出してしまった。


「……ぶふっ」


「……あああ〜〜〜!! からかいましたね!? にやにやして恥ずかしがる女の子の反応を楽しんで……阿久津さんのロリコンっ! 痴漢っ! 変態っ!」


「いえ……あまりにもおもしろっ、じゃなくて、こっけi……でもなくて、慌てていらっしゃったので。……ふふっ」


「あ〜〜! また笑いましたね!? からかうのもいい加減にしてくださいよっ!」


 ぷんすかと怒る由莉を楽しそうにしながらからかい尽くす阿久津の構図が完成し、後部座席にいた3人は胸のドキドキが止まないままにただそれを見ていた。


「は〜やっぱり由莉さん達はからかい甲斐がありますね」


「……もぉ〜っ、阿久津さんなんて知りませんっ!」


 不貞腐れ、そっぽを見る由莉。

 畳み掛けるように、真上から3つの手が由莉の頭をよしよしした。


「由莉ちゃん可愛いです……♪」


「ほらほら、どぉ〜どぉ〜」


「由莉ちゃん、顔が真っ赤……かわいいっ」


「み、みんなまでからかわないでよぉっ」


 今にもお茶を沸かせそうなくらいに首から上を真っ赤にしながら抗議する由莉の様子は誰の目にも保養にしかならない。

 和気あいあいとした雰囲気の中、阿久津は片手で運転しながら鼻から下をそっと片手で滑らせて表情を確認すると、ごほんと一息。


「もちろん、仲間としてですよ。当然、由莉さんも天音さんも、天瑠さんに璃音さんも、ももや桜も好きですよ」


「……なぁんか阿久津さんって、ハーレムの1つくらい軽く築いてそうですよね。それが一切ないのが阿久津さんらしいですけど」


 由莉はちょっとつまらなさそうに足をばたつかせる。

 経験はないものの男だったら恋の1つくらいしてていいのではないかとも思ったのだ。


「……で、本当はどうなんですかっ」


「由莉さんの事ですか? もちろん好きですよ。からかえばからかうだけ顔を赤くして可愛げがあってとても好きです」


「───っ、もう知りません! 聞いた私がばかでしたっ!」


 またまたぷんすかと怒り始め、後ろから愛しい視線を向けられ、それを見て阿久津は笑い……そんな変わらない時が流れながら、由莉たちは家のある山を登っていくのだった。
















「みぃ〜つけた♪」

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