S.I.N.計画

『Project:Select Inherit Nexter』、その言葉を聞いた途端、由莉の頭の中で電撃が迸るように思考のネットワークが張り巡らされた。



(選ばれた……受け継ぐ……ううん、担う……次の人……っ?)


 途端、体を締め付けるように手で腕を掴み震えた。


「由莉ちゃん、どうしたの……?」

「嫌な言葉の羅列……次の世代……つまり子供達を対象にして選別することなんて……!!」


 助けを求めるような声を葛葉に向ける由莉だが、そっと目を逸らした事で事実なのだと理解させられた。

 この時、由莉は初めて自身の頭の回転の速さを呪った。出来ることなら、自分で気付きたくない────、


「葛葉ちゃん……まさか、」

「その話も含め、最初から話すよ。そうだね、まずは───」



 ───────────────────────


 その頃、待合室では黒髪双子と黒紫髪の少女が面を向かわしていた。


「菫さんって、チョコレート好きなんですね?」


「悪い、なの?」


「そんな事ないですよっ」


 ギクシャクした会話に話している璃音も困惑を隠せない。菫の寡黙っぽさは璃音が相手にしたことの無いパターンで、どう話を広げればいいのか分からずにいた。


「そっちが璃音、こっちが天瑠だった、なの?」


「天瑠は天瑠だし、そっちが璃音なんだけど」


「そうなの。お前たちも自分のこと名前呼びする、なの?」


「だめだった?」


「別に、なの。あと年上にタメ口は失礼なの」


 天瑠と菫は馬が合わないらしく、すぐに喧嘩しそうな雰囲気を醸し出している。


「天瑠が丁寧に話すのはお姉様と尊敬出来る大人たちだけ。由莉ちゃんはしないでって言われてるから特別。年上と言っても2歳くらいなら別に使う必要ないから」


「あ、天瑠っ、どうしたの?」


 立ち向かおうとする姉の手を璃音は引っ張って抑える。なにやら今日の天瑠はおかしい。

 会ったばかりなのに元から敵対してたかのような敵意の牙を向けているのが、どうも不自然でならなかった。


「なんで……仲良くしないの?」


「……気に入らない」


「気に入らないって、そんなぁ……」


 態度を緩めてくれようとしない姉に複雑な気持ちを持たざるをえなかった。解決の策もひらめくこともなく、ただ肩をすぼめる。


「あ……そう言えば、菫も一緒に戦うことになった、なの」


 ふと口にした言葉に、璃音は素早く反応した。


「っ! 菫さんがですか?」

「なの。姫に手伝ってこいって言われたの」

「「……」」


 突如として決定されたことに、双子は困惑した。

 璃音は不安はあれど、口にこそしなかった。

 だが、天瑠は違う。


「死ぬよ?」


 悪びれもなく、思ったことをそのまま言ったのだ。

 ぴくりと紫の瞳孔が開き、すぐに落ちるようにして小さくなっていく。


「天瑠、いい加減にしてよ……っ、これじゃあ本当に誰か死んじゃうよ! みんなで協力して1人も死なせずに終わらせようって、由莉ちゃんも言ってるのに……っ」


 璃音の掴む手に力が籠り、泣きそうな声で訴えた。


「……それとこれでは話が違うよ。今話してることは生死に繋がることだから綺麗事なんて言えな、」

「嘘だよね。こんなこと璃音たちには絶対言わないもん」

「……」

「ねぇ、いつもの天瑠らしくないよ。おねがい、何があったのか璃音にも話してよ……」


 ようやく妹の声が届いたようで天瑠に先程までの棘棘しさはなくなり、ソファーの背もたれに寄りかかる。


「気に入らない……多分、お姉さまたちを菫はどうでもいいって視線を浴びせてたのが不愉快だったんだと思う」


 天瑠は心のつっかえが取れたように、ふぅ……と深いため息をついた。

 璃音もいつもの姉が戻ってきたことに安堵しながらも、理解はした。


「天瑠……」

「尊敬してるお姉さまと由莉ちゃんを蔑ろにされたことにイラってした……だから───、」



「だからなに、なの?」


 双子は別に油断しているわけでは無かった。決して、だ。

 だが、気づいた時には2人の首には鋭い刃が鈍い光を放っていた。


「死にたくなかったら動くな、なの。」


「っ!!」

「……っ!」


 唾を飲むことさえ抵抗を覚える。

 今にもナイフが皮膚を切り裂いてしまいそうだと、2人の本能が一挙一動を拒絶した。


「あまり菫を舐めるな、なの。別に姫以外の人のことなんて興味もくそもないの。でも、それ以上馬鹿にするなら姫を馬鹿にしたのと同じと捉えるの。……やっぱり、菫と同じ匂いがするなの」


 声すら溶け込むように耳元で呟くと同時に刃を首元から離して鞘の中にしまった。だが、双子には安心など出来なかった。やろうと思えば……今、2人は殺されていた。


「単純な強さはお前らに負けるかもしれないの。けど、影の薄さは誰にも負けるつもりはないの。『ドール』を甘く見るべきじゃない、なの」


「「……ドール?」」




 ───────────────────────



「……S.I.N.計画の本質はね、強い子供を短期間で作る事。ざっくり言えば、絶対的な力を持った兵士の制作」


 葛葉の口から綴られる事実。

 由莉は哀しそうにスカートの裾を握りしめた。


「ここで成功した子達は"希望の子"の意を持つ『ディザイアヒューマン』と名付けられた。強さは……はっきり言えば常人の域を越してしまっている。たった1人で数十人を相手にさえ出来る存在」


「……そのために誰を使ってるの」


 もはや確信したように尋ねる由莉に葛葉はぎこちなく笑い、声のトーンを落とした。


「由莉ちゃんが思った通り、この計画で本来使われていたのは……新生児、または幼少期の子供」


「ッ!!」


 ようやく物事の本質を理解した天音は目を見開いた。


「培養槽に入れられた子供たちは様々な薬物投与を受けて急激に育てられる。子供でも充分に戦えるくらいまでにはなる。洗脳で記憶も書き換えられるから文字通り手っ取り早く戦力が手に入るってわけだよ」


「……そんなの間違ってる……それじゃあ……その子たちには!」


 人してではなく道具としての価値しか見出されていない。

 これ以上は口を噤んだが、葛葉には意図が伝わっていた。

 2人が優しいことなんて葛葉は百も承知だ。だからこそ、ここから話すことにどんな反応を示すのか心が痛めつけられた。


「……っ」


 話そうと思っていた葛葉も言葉が喉から出て来ず、目を背ける。

 そんな葛葉の手を、由莉は手を伸ばして温かく握った。


「私たちなら大丈夫だよ、葛葉ちゃん。覚悟はしてるから」


「由莉ちゃん……」


 据えるように見つめる瞳に宿された意志に、葛葉は頷くとこの計画の裏側を話した。


「……もちろん、そんな強引なことをするわけだから失敗作も存在する。急激な成長、死なんて易しいくらいに思えるほどの痛み、それが続いて身体か精神か、どちらかが崩壊した時点で失敗作扱いになる。私が調べた限りだけど、日本だけでも……S.I.N.計画を実行している会社『G of E』が活動を始めたと思われる17年前から推定507人、その実験の被検体になって9割以上が死亡した。生存した1割の中でもかなりの数が使い物にならなかった。世界でらみたらそれこそ数千人単位の子供が犠牲になった」


「「っ!!??」」


 聞くだけで2人の鳥肌が立った。どうしてそれほどまで残忍なことが出来るのか理解さえしたくなかった。


「子供をモルモットみたいに扱うなんて許せないよね。けどね、あの会社は本気で敵にしたらいけない存在になってしまっていた。当初は失敗続きだったんだけど、なぜか完成した被験者が現れてしまったんだよ。今から13年前に第1号が出来たらしいんけど……よりにもよって、それが黒雨のトップの子供だったんだよ」


「黒雨の……いや、そんなこと聞いた事ない……」


 元は黒雨組に属し、それも第2位まで登り詰めた天音でも黒雨のトップに子供がいたとは聞いた事がなく、首を傾げた。

 馬鹿みたいに強い人なら「にゃはは♪」と笑う声が頭の中から響いてきたが、19年前からやっていたと聞いていて、時系列がそもそも合わないから頭を振って脳内から消し飛ばした。


「そういう訳で、手を出そうにも『G of E』から援護されれば確実に詰むから出来なかったんだよ。……けど、ようやく最近になって転機が来た」


 座り直した葛葉は深く息を吐くと、再び話を始めた。


「3年前、ようやくこちら側に引き付ける機会が生まれた。黒雨がG of Eの技術を盗用したことが発覚したからみたいだけど……ようやく生まれたチャンスを逃したくなかった。私は黒雨との関係から手を引かせることを条件に、研究に協力することを約束した。そのために……菫を利用した」


 文の見てくれは最悪だろう。だが、由莉たちは見ていた。

 根本的に葛葉が悪い人でないとはっきりと理解しているから。悪い人が拳を微かに震えさせ、歯を食いしばるなんてありえない。

 友達に背を向けるようなことをもうしたくなんてなかった。


「……聞かせて? まだ……色々あるよね」


「そうだね……、向こう側から提示された条件は生体サンプルを1人だけ送って欲しいとだけ言われた。想定してたよりも遥かに軽い……って言ったらだめだけど、この条件だけは飲まないといけなかった。菫と会ったのは本当に丁度その直前だった」


 話す度に、葛葉は哀しさに表情を曇らせた。


「……苦渋の決断だった。私には菫しか切り札がなかった。だから、菫に委ねたんだよ。『私のために』……施設で実験体になってくれないかって……っ」


 ハンカチを取り出し、何度か目の辺りを覆って深呼吸する。冷静に話しているつもりだったのだろうが、その息は少し荒くなっていた。


「そして、そこで菫は『ドール』……ディザイアヒューマンの実験結果を応用して、身体強化を受けた被験者になった。洗脳は出来るけど、それはしなかったけどね。2年間、その施設に行って去年の夏の終わりに戻ってきた。普通の人よりは身体能力は向上しているけど、本物とは比べ物にならない。成功率を上げた劣化版ディザイアヒューマンと言ったところだね」


 自分も戦力が欲しかったから互いに理解する結果だった、葛葉はそう結論付けた。

 己に対する嘲笑と吐き捨てるように自分を理解させようとした言葉と共に。


「……そして今に至るんだよ。長かった戦いを……終わらせる。これが菫を利用した理由、信頼をダシにして平和への礎にしたクズの私の大きな罪」


「葛葉ちゃん……」


 心配する由莉と天音の前で葛葉は話しきったように椅子の背もたれにぐったりと持たれかかった。


「……疲れたぁ……」


 天井を向きながら、一言呟いた。

 無意識か意識的かは由莉にもさすがに分からない。だが、背負ってるものの大きさを考えただけで言葉が見つからなかった。


「ね、由莉ちゃん、天音ちゃん」


「ん、な〜に?」


「今度は……さ。友達として、遊ばせて欲しいなぁ……だから、」


「……それ以上は大丈夫だよ」


 そこから先に待つ、葛葉の切実な願いを由莉たちは言葉にはさせなかった。2人は立ち上がると葛葉の側に寄り添った。


「絶対、生きて帰るからさ、また笑ってどこか行こうよ。くずはちゃんといたのは数時間だけだったけど、あの時の思い出はボクにとって忘れられないものだから」


「私も同じだよ。また……あの時みたいに笑えるように、戦うよ。だから……信じて?」


「……うん。お願い……ね」


 親友の努力を無駄にはさせない。

 由莉と天音から伝わってきた強い決意を感じながら、葛葉は束の間の休息を取ったのだった。




─────────────────

「作者より」

4ヶ月以上更新しなかったこと、本当にごめんなさい。執筆しようにも手が動かずスランプが続きすぎて書けなくなっていました。ようやく、書き出すことが出来たので、また少しずつ頑張っていこうと思います。

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