『姫』と『幽霊』

ミカサです。

2週間更新が途切れて申し訳ありませんでした。

大学の課題が1番忙しい時期でそちらへ専念していましたが、ようやくそちらが片付いたので更新が出来ます。年末年始はできる限り更新するつもりなので、どうかこれからもよろしくお願いします!


それでは、ついに幽霊と呼ばれた少女の名前が明らかになります。お楽しみください。


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 再会───そんな雰囲気なのだろうか。

 親友の真実、そしてその変わり様に驚きに満ちていた。髪の毛は肩を隠すくらいに伸ばされ、清楚なイメージが以前よりも格段に上がっている。眼鏡もつけているから尚更だ。


「運命って……酷いことするよね」


 葛葉は深く息を吐いてから思いついたように目の前で膝まづき続ける少女を立ち上がらせた。


「話をする前に初めましての子もいるから、改めて自己紹介させてもらおうかな。私は栢野葛葉、歳は今年で14、聞いてるとは思うけど私がRooTの出資者で協力者だよ」


 天瑠と璃音も同じように簡単な自己紹介をした。


「なら、この子を紹介しないといけないね。『幽霊』、自己紹介してあげなさい」


「……分かったなの」


 間を置いて頷いた少女はフードを脱ぐと紫紺の髪を露にした。

 全員が見える位置に動くと礼儀良く頭を下げた。


「『榧水 菫ひすい すみれ』、13歳なの。姫の家来なの」


「すみれちゃん……うんっ、いい名前だね」


 同じ花の名前に由莉は嬉しい気持ちを声に表すと、それに吊られてか葛葉もくすりと笑った。


「ふふっ。ありがとう、由莉ちゃん」


「……? あっ、もしかして……菫ちゃんの名前って、」


「そうだよ。私が幽霊につけた名前だよ」


 あまりに察しがいい由莉に葛葉は驚きつつも少し目を細めたままいる菫の髪を撫でた。


「こら、嫉妬したらだめ」


「……してないなの」


 そっぽを向きつつも無表情を保つ菫の姿は決して隙を相手に見せない意思表示と主への絶対服従、この2つが魂に染み付いているかのようだった。


「まぁ、そんなわけだよ。何か質問は……みんなありげだね」


 黒の瞳が見たのは4人が自分たちをまじまじと見つめる姿だった。誰が言うのか、そう思いかけるも、声を発したのは璃音だった。


「葛葉さんはどうして……菫さんを幽霊と呼ぶのですか?」


「それはさっき見たと思うのだけれど、影が異常なくらい薄いから幽霊って───」


「そういうことじゃなくて……どうして名前で呼ばないのですか?」


 的確に疑問の核心を突いた璃音の質問に、葛葉は自虐的な笑みを浮かべた。


「……友達にこんなことさせられないから。私と幽霊は友達なんて思ってたのかもしれないけど、主従関係としてやっているんだよ。一定の距離感を置かないと……いざと言う時に判断できなくなる」


 葛葉の言葉に菫はゆっくり頷く。


「姫のためならなんでもするの。姫のためになら喜んで死ねるの」


 惜しげもなく死ぬことを口にする菫には迷いは一つとしてなかった。

 命すら捧げる、それが主従関係の最上位なのかもしれない。由莉たちはそれが間違っているとは思ってはいない。……ただ、少しだけ寂しいとは思った。


「さて……と。まだまだ話したいことあるんだけど……まずは、みんなを試させて頂戴。……大きな戦で戦えるかどうか、私がこの目で見たい」


 そうして葛葉に連れ出されたのは本部にもあるような地下の部屋だった。いつもやっている場所と比べれば規模は狭いが、十分な広さだ。


「さて……誰でもいいんだけれど……そうだね……そこの双子の天瑠ちゃん。髪の毛縛ってなくても分かるから出てきて」


 葛葉に指さされた双子の黒髪を真っ直ぐにした方はびっくりしながら、片割れと目を合わせ首を傾げる。


「えっと……璃音ですよ?」


「本当にバレないようにしたいなら、見た目だけじゃなくて仕草とクセに至るまで全部真似しなさい。私、戦えはしないけれど、人を見る目には自信があるの。人をあまり謀るものじゃないよ」


 冷たい声に肝を凍えさせながら、2人は急いで髪型を変えた。まさか本当に変えていたとは由莉も天音も分からなくて目を見開いていたが、当の本人達が1番驚いていた。天音も由莉も、何度も見間違えたのに、初対面の人にバレるとは夢にも思わなかった。

 急いで髪を結んだ天瑠は1歩前に出ると、葛葉のすぐ後ろにいる菫に自然と目がいった。


「菫さんと戦えばいいのですか?」


「そうだよ。……幽霊、この子に勝ってみせなさい」


「承った、なの」


 菫はゆらりとした中に鋭く尖った殺気を見せる。

 向けられた敵意を見定めた天瑠は振り返らず尻目で天音を見る。


「……お姉さま、どこまでやればいいですか?」


「そうだね……いつも通りでいいよ」


 その言葉に頷いた天瑠は懐に隠していたナイフを手に取った。葛葉はその挙動にも頷く。


「うん、やっぱり持ってきてたね。色々調べさせてもらってるから分かってたよ」


「……はい」


 それまでも見透かされていたことを知った天瑠は由莉とはまた別の、恐怖感を持った。


(戦えないなんて嘘だ……間違いなく戦ってる。今、天瑠たちがしているのを『物理』の戦いってするなら……葛葉さんは『情報』の戦いをしてる)


 そして───その面においては絶対に勝てない存在である。


 そう心に刻み込まされた天瑠は次にこうも思った。その葛葉の側仕えをする菫は一体どれほどの強さなのかと。菫には自分と近しいものを感じていた。

 天瑠の頭でも、ここで自分を指定したのが何故かなんて分かる。


(暗殺専門同士……ってことなんだね)


 少しだけ戦意が昂る天瑠だったが、直ぐに押さえつけると心の中を静けさで満たす。誰であろうと、なるべく戦わずに何もさせず───暗殺する。

 それが天瑠の基本方針だ。


 そうして戦いの準備が出来た2人は菫が日頃練習に使っているのであろう戦闘スペースへと足を踏み入れるのだった。





 だが、勝負は一瞬だった。

 菫が突然影から出てきたかのように背後に現れ、音もなく自身の手に付けた毒の刃で天瑠を切り裂こうとするも、天瑠はその軌道を難なく避ける。菫は咄嗟に逃げようとするも、その判断を一瞬遅らせたことで天瑠に懐に入られ、腹に拳を叩き込まれる。


「あ……ぅ……っ!?」


 直撃した菫は苦しみ声を上げながらその場に蹲り、天瑠のナイフが首元に差し出される。


「……はい、終わり」


 天瑠は淡々とそう告げてナイフをしまい、菫を置いてその様子を見ているであろう由莉たちの元へと向かうのだった。


 ──────────────────


「……」


 その様子を外から見ていた葛葉は目の前の光景に幾度と瞬きをしていた。


「幽霊が簡単にやられた……そこまで……」


 口元に手を添えて何かを思考する。

 そこへ戦闘を終えた天瑠が戻ってきた。


「おかえり、天瑠。で……どうだった?」


 天音が問うと、天瑠は淡々と自分の思ったことを口にした。


「影の薄さはすごかったです。けど……素で戦う能力は低かったです。暗殺に特化させすぎて戦闘経験があまりにもなさすぎです。あれならここに来る前の璃音でも余裕で勝てますよ」


 総合的な能力はあるが、実際の戦闘は自分たちと比べて粗末なものだ。葛葉のいる前で天瑠はそうはっきりと口にした。お世辞なんて並べてる暇なんてないのだ。


 なんとか勝てた、少し苦戦したし強かった、

 そんな無責任な言葉は───いずれ人を殺す。


「……なるほど……考えてた以上にすごいね……」


 葛葉も納得するように頷きながら未だに出てこない菫を迎えにいった。

 その姿を見送った由莉と天音は一旦2人を集めた。


「さて……分かってるよね?」


「……はい」「……はい」


 まずはと双子の額に軽くデコピンをする。若干痛い程度だ。


「私と天音ちゃんはいつもやられてるからいいけどさ、初対面の人にはやっちゃだめだよ。……どうしてやったの?」


「…………」


「……璃音を責めないで。天瑠が……やろうって言った。由莉ちゃんの言う通りだよ……ごめんなさい」


 肩をすぼめて頭を下げる2人に由莉と天音は責めることはしなかった。厳しくするのもいいが、反省してそれでも怒ることは逆効果なのは分かりきっていることだ。それは人に恐怖を押し付けるだけだ。


「今回は許すよ。葛葉ちゃんにも後で私からもしっかり謝る。けど、2度はないからね? 次は本気で怒るから」


 しっかり釘さしをして一旦は由莉が引くと今度は天音が2人の前に立つ。


「由莉ちゃんが言ったことは忘れないように。あと、天瑠。さっき言ったことは時と場合によっては人を傷つけることになるから、そこはしっかり考えるように。……ボクも2人に色々と教えてなかったせいでもあるから……ごめん」


 天音は2人に謝ると由莉にも謝った。由莉は慌てていいよいいよと言ったものの、天瑠と璃音は申し訳ない気持ちが積もった。年齢を理由になんて出来ない。自分たちの失敗は天音の責任になってしまう。

 そして今回、天瑠は璃音にまで迷惑をかけた。余計に自分の口の軽さが嫌いになりそうだった。


「……ごめん……璃音……」


「ううん……」


 もっとしっかりしなくては───自分たちの大切な人達に恥をかかせることになる。


 人と付き合うとはなんと難しいことなのか、2人は理解を改め、考えさせられるようになるのだった。



 ─────────────────



 その頃、葛葉は部屋の隅っこで項垂れて座る菫を見つけていた。


「……幽霊」


「ごめんなさい……なの……」


 菫は今にも泣きそうな上ずった声をあげた。


「負けた……なの。姫のために勝ちを捧げたかった……なの……」


「……いいんだよ。それよりそんな所でいつまでもいる方が見苦しいよ」


 要するに、立てと。そう命令された菫は急いで体を起こし目尻に浮かんだゴミを服の裾で擦った。


「悔しいのは分かるけど、それが今の幽霊とあの子たちの力の差だよ。受け止めなさい。まぐれじゃない、列記とした事実なのだから」


「な……の…………」


 これ以上掘り返せば本当に泣いてしまう。そのスレスレまで反省させた葛葉は少しだけ声の締まりを緩めた。


「さて……痛いところはある? お腹は痛くない?」


「……大丈夫なの。もう平気なの……」


「そう、なら安心した。……じゃあ、これ受け取って」


 お腹をさする菫に葛葉は茶色の小さな箱を手渡した。濃い紫の瞳が揺らめきを止め、急いで葛葉の黒の瞳を見つめる。


「な……の……?」


「今回のご褒美。ここまで由莉ちゃん達を連れてきてくれたのと、私の代わりに戦ってくれたお礼だよ」


「で、でも……『菫』は負けたの……。も、もしかしてブラックチョコレートじゃないかなの? それだけはやめて欲しいの───」


「失礼なこと言わない!」


 コツン!と響きのいい骨の音と共に2人の声がその場に響いた。


「な……の……っ」


「いっったぁぁ……!」


 額を押さえる菫は分かるが、葛葉はそれにより自分の人差し指を負傷。見事なまでの自滅だ。


「と、取り敢えず受け取って。中は普通のやつだから……いてて……」


 なんだかんだドジりつつ、それでも適度に優しくしてくれる葛葉が菫は好きだった。自分の唯一の存在、その為になら命さえ惜しくなかった。


「ありがとうなの、姫っ」


 だからこそ、菫は葛葉に笑顔を向ける。生涯、この笑顔は葛葉以外に向けないと確信を得て。

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