7章 クロサメイクサ
非常な再会
───雨が降る。
冷たく伝う雨粒は窓に半透明なアートを描く。
常に変容し続ける様子は、平家物語の一節にも出てくる『諸行無常の響き』をそのまま表しているようだ。不規則ながらも聞き心地のよい雨音が窓の絵画を際立たせている。
そんな様子を黄昏ながら眺める人物がいた。
「……いるよね?」
ボソリと呟くと、音もなくその場に人影が表れた。いつ来たかすら分からず、突然霧のように気配が顕になった。
「仕事だよ、行ってきなさい」
「…………」
こくりと首を縦に振った影はまた解けるようにいなくなった。再び1人になると、深いため息をもらしながら、引き出しに手を伸ばした。
中には桃色と水色の巾着があり、そっと触れる。
「……本当だったんだね。……でも、覚悟はしていたよ」
─────────────────
戦闘訓練専用の部屋に2人の声が共振して響く。
「はぁっ!」
「っ!」
短い明るい茶髪が目立つ、ビジュアルは男さえ負かしてしまいそうなほどの女の子、天音と黒髪をツインテールにした少女、天瑠が相手に襲いかかる。
天音の双剣の舞うような柔の攻撃と、それを縫うように天瑠が投げナイフを投擲する。
息の完璧にあった連携攻撃、まず捌くことさえ叶わない。
だが、目の前の相手はそれをやって見せた。
「まっだまだ動きが安直なんだ……にゃあ!」
構えた槍で相手の攻撃の全てを遮断し、五月雨のような無数の突きを繰り出す。
圧倒的な攻撃範囲に天音も顔を顰めるが、天瑠が負けじと後ろからP90をぶっぱなす。
「お姉さま、当たらないでくださいね!」
「2発なら許すよ!」
「うおっと、やばいことしてくるにゃ?」
ゴム製の銃弾を受けようとはせず、弾道の追尾を全力で躱した音湖は1度体勢を整えるために壁際に隠れた。
「全く、やることデタラメにゃ。まぁ、うちもやり甲斐があるってもんだにゃあッ!」
余裕そうに声色高く、ボルテージは絶頂になっているようだ。だからだろうか、今回は一段と速度のギアが上げられていた。
壁から壁まで瞬き一つで移動され、天瑠が一瞬遅れて支援攻撃をするもかすりもしない。散々見てきたが、見れば見る度に早くなっているようにすら感じてしまう。
天瑠の射線に天音を挟みながら一気に迫る。天音も待ち構えていたが、互いの間合いに入ろうとした瞬間、攻撃範囲のぎりぎり外側をくぐり抜けた音湖は天瑠の懐に潜り込んだ。
「っ!」
音湖らしくもない突進攻撃だった。
どういうことだろう、天瑠は不思議でしかなかった。見えなくても天音は間違いなく拳銃を向けていると確信出来るのに、このままならば自分たちが殺れるはずだ。
深読みすべきか、愚直に行くか、相手との駆け引きに天瑠が直感で選んだのは───、
「こう!」
腹から声を出し、動こうと──する前に一瞬動きを止めてフェイントを挟む。
後ろの状況を理解していると信じ、避ける動きに合わせ、仲間撃ちを回避しつつ、攻撃の起点を作ろうと計った。
しかし、これで終わるなら最初から苦労なんてしない。マジの音湖には2vs1でも手が出せなくなるのだ。
持っていた槍を後ろにいる天音へ感覚だけで投擲し、待ちだった天瑠に対しては抜いた拳銃で応戦した。
この一連の攻撃を無為にされた2人は苦悶の表情を浮かべながら更なる戦闘へと展開が進む。
そうして5分後、
「うんうん、うちの全力にここまで応戦出来たら上出来にゃ」
「二人がかりなのに……」
「つよ……すぎるよ……」
別種の相手に対応出来るようにと、音湖は武器やスタイルを変えて戦っている。自分が持っている全てを使って稽古をしているのだ。それが、現状最大の力になるはずなのだ。それに、1対1なんて状況は滅多に作られることはないのは百も承知だったので、自分たちの訓練も兼ねてだった。
音湖は地に伏す少女たちに賞賛を送るも、そんな暇すらないと起きる気力すらなかった。
「にゃっははは。まっ、うちに勝つならもっと意表の突いた戦略を練ることだにゃ♪ 」
そんなこと、2人くらいしかいないでしょ!?
と、ツッコミたくなったが事実でもある。
「ゆりちゃんと璃音……変則すぎてわけわからないからね」
「何をしているんだろうって思っても最後は絶対に繋がってるの本当にすごいと思います……」
「そうだにゃ〜あれは実力で言えば2人には劣るけど、頭脳で補いきってるのが厄介だにゃ……。あっくんが勝てたらすごいと思えるくらいには強いにゃ」
と、話しているとタイムリーなことに阿久津たち3人も終わったようでその場へと来ていた。平然を装いつつも、阿久津の息遣いに音湖は完全に確信を得た。
「負けたにゃ?」
「ええ。一体多数は散々やって来ましたがそいつらとは話にならないくらい強かったですよ」
本気でやったんですがね、そう締めくくり横目で見る。そこには天音たち同様に戦闘着を身に纏った、琥珀を閉じ込めたような澄んだ瞳の女の子と黒髪を真っ直ぐに伸ばした天瑠と瓜二つの女の子が各々の武器を持って笑っていた。
「えへへっ、やったね璃音ちゃん♪」
「はいっ! やりましたよ由莉ちゃん♪」
フィーリングが完璧に合っている2人だったが、天音と天瑠は少々不満気味だった。
(むぅ……ゆりちゃんの1番はボクなのに……)
由莉を世界で1番の親友だと思う天音、
(……もしかして、天瑠より仲良くない……?)
璃音の双子の姉である天瑠、
ちょっとした嫉妬だが、2人ならいっかと互いに顔を見合い苦笑いをした。自分たちとて同じようなものなのだろうと、そう思いつつ。
「本当にお強くなりましたね。半年前は由莉さんと天音さん2人相手でも立ち回れたんですけど……本当に、子供の成長とは恐ろしいものですね」
「そうだにゃ〜天音ちゃんは根から強かったけど、他の3人の成長ぶりはうちもびびるにゃ。今でこれなら16歳……あと5年も経てば身体も成長しきるから……楽しみだにゃ」
弟子たちの成長に声のトーンを落として音湖は呟いた。阿久津もそこは汲み取り敢えて何も言わなかった。
と、自分たち用の訓練を終えた所で少女たちに通達が言い渡された。
「皆さん。地上での常時武器携行を許可します。準備が出来たら運搬用のエレベーターで運びあげるのですぐに始めてください」
少女たちはそれに表情ひとつ変えることなく頷いた。いよいよ決戦が近くなりつつある中で、いつでも動けるようにという指令だ。
阿久津からの通達の言葉を皮切りに由莉たちは一斉に散らばった。それぞれが己の武器と弾薬を運びあげ、空き部屋に保管された。
「……そろそろ、なんだね」
由莉に反応するように頷く元黒雨組の女の子たち。
全員考えていることは同じだった。
何があろうと、一人も死ぬことなく奴らを───殺す。
場に滲み出るくらいに高まる感情だが、由莉は一呼吸してからみんなの前に立ち、全員を見るようにして顔を『上げた』。
「大丈夫だよ。いつもの皆んななら絶対に越えられる。でしょ?」
既に、由莉の身長を双子の姉妹でさえも超えてしまっている。だが、そこには身長も歳さえも関係なんてない。あるのは由莉に対しての信頼の共在だけだ。
太陽に照らされるように、心を暖かくする由莉の言葉と笑顔には天音たちもつくづく救われてきた。だからこそ、由莉のために動きたくなるのだ。
「ふふっ、そうやってゆりちゃんはみんな変えていくね。そんなゆりちゃんが……ボクは世界で1番好きだよ」
「璃音もですっ。由莉ちゃんのためならなんだって動きます! 由莉ちゃんは……璃音の憧れですっ」
「天瑠も! 由莉ちゃんのお願いならなんでも聞くよっ」
「もっ、もぉ……恥ずかしいってばぁ……っ」
こんな事をいいながらも表情は花園に咲く一輪の百合のように煌めいていたのだった。
誰かのそばに居る、それは由莉にとっては何事にも捨て難くて、二度も捨てたくない、そう呼べるものだった。
翌日。
「支援者の所に……ですか?」
RooTのトップであるゼロに招集された少女たちは突然の話に瞳を丸くした。
「そうだ。時を待っていたが、このタイミングしかなくてな。今から行って話をしてきなさい」
「ち、ちょっと待ってよ。急にそう言われても面識のないやつに何を話したらいいんだよ」
天音は言葉遣いを気にせず突っかかる。仮にも仇だと思っていて、今も完全になくなったわけではない存在なのだ。自分の父母がここにいて、それで死んだ事実には変わりない。
だが、ゼロは眉ひとつ変えずに返答した。
「会えば分かる。その時に聞いてみるといい」
「……分かったよ……」
天音は納得しないながらも頷くと、不思議そうにする全員を連れ、阿久津の車に乗り込んで目的地へと向かった。
およそ1時間後、阿久津が車を止めた先には不気味に佇む屋敷があった。木造の創りのようだが、既に朽ち果て、なんなら傾いているではないか。
「ここ……ですか?」
「そうですよ。……と行っても今から向かってもらうのはこことは違う場所です。既に迎えが来てるはず……っと、いましたね」
阿久津の視線は窓のすぐ下を見ていた。
少女たちは恐る恐る辿ると、黒いローブを身に纏い、フードを深く被った影がどこから現れたのかすぐ側に控えていた。
『っ!!』
凄まじい気配の薄さだった。空気に溶け込んでいるとも言えよう。立ち上がったその影は双子と天音の身長の中間ほどの比較的小柄な体型だった。顔も黒いマスクをして目元だけしか見れなかったが、それだけあれば充分だった。
片目を隠したぱっつん前髪の紫紺の髪、ぱっちりとした髪と同色の瞳、そして───それは紛れもなく少女だった。
阿久津は目を細めながら頷く。
「あなたが……なるほど。聞いてはいましたが、これはすごい。……さて、彼女たちを連れて行ってください。……と、これは拙いものですが良ければ」
お願いしますよと、そう残すと阿久津は1粒の艶のあるチョコレートを差し出した。恭しく、それを受け取るやいなや、マスクの上部に隙間を空けてぱくりと食べてしまった。
瞬間、少女の目が僅かに緩めいた。
こりこりと甘みの詰まった粒を口の中で砕く音が10秒ほど静まった場所に響いた。食べ終えた少女は阿久津に最大限の礼をすると車を背にして歩いていった。
「みなさん、あの子に着いて行ってください。その先に支援者はいます」
由莉たちは顔を見合わせて外へと飛び出すと黒ローブの後ろをついて行った。
少女はボロ屋敷に入ると、巻目もなく進み、床下へと続く階段を降りていき、戸惑いもなく進んでいく。対する由莉たちは戸惑いしかなかった。
「どこに行く……の?」
「……」
「お、お〜いっ」
「……」
まず、この子が何も話さない。話しかけても何も話そうとしないのだ。若干の寂しさを感じつつも進むこと30分、通路の先に別の灯りが見えた。
この先に、RooTの出資者であり支援する人がいる。由莉たちは覚悟を確かめると通路の外にある灯りの袂へとやってきた。
狭い道から一変し、途端に広い空間へと投げ出される。驚きに見舞われる由莉たちだが、黒フードの女の子はそのまま先に行ってしまう。気をつけなければいなくなりそうなくらいの薄さの影を目で捉えなら4人は一つの部屋に誘われた。
「……ここって……」
そこは明らかに個人部屋だった。ベットや机もあり、自分たちの部屋にあるものがいくつか見受けられた。
そして───椅子には誰かが座っていた。だが、椅子の背もたれの部分が大きく姿は分からない。この流れで行くならば間違いなくその人物が支援者というわけだ。
由莉たちの注目が集まる中、先頭にいた少女はさらに一歩前に出るとその場に跪いた。あまりに尊んでいるかのような姿勢に、これは自分たちもすべきなのかと流れで同じような体勢を取る。
失礼なことは出来ない。目の前の人が出資者であるならばそれは絶対だ。
「連れてきたなの、『姫』」
『!?』
と、目の前の黒フードの少女が突然口を開いた。大人しげな声が響き由莉たちは肩を一瞬震わせ、息を呑んだ。さらに注目が呼びかけられた『姫』へと集中する。
「……そう、ありがとう『幽霊』」
従者の呼び掛けにその人は少女を幽霊と呼び応えた。落ち着いた雰囲気が言葉からも滲み出ている。
天瑠と璃音はその空気感に主従関係の底知れない深さを感じていた。
だが、由莉と天音は全く違う動きを見せていた。
目を見開き、思わず音を立てて立ち上がってしまう。双子の姉妹は、2人の異変と場に合わないマナーの欠いた行為を止めようと手を掴む。
「ゆ、由莉ちゃん……っ! どうしたのですか? そんなことしたら、あっ……」
「お姉さまどうしたのですか……? なんだか様子が……あ……」
……が、止まらない。天瑠と璃音の手をすり抜けるように解いた2人は殺意めいた瞳で貫く少女をものともせずに歩みを進め、椅子の後ろ手前でようやく止まる。
「そう……だったんだ……」
「まさか……ほんとうに……?」
「そうだよ。『由莉ちゃん』、『えりかちゃん』」
優しい声でそう語りかける声は由莉と天音は何があろうと絶対に忘れられない声だった。
「あっ、今はえりかちゃんじゃなくて『天音ちゃん』だったね」
ゆっくりと立ち上がり、横にずれると静かに後ろを振り向く。
やはり間違いなかった。
その人は、RooTの支援者は───、
「久しぶり……だね、2人とも。『栢野葛葉』だよ。……出来ればもっと普通に会いたかったね」
親友である葛葉だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます