お別れの先に────
「天瑠っ!」
合同連戦が終了し、戦場から出てきた天瑠に真っ先に飛び込んできたのは天音だった。いつもより動きにキレがないが、無理もないだろう。
「っ、お姉さま……」
「さっきはごめん!」
立ち止まると同時に教科書のお手本のように頭を下げ、謝罪の意を見せた。
「……ボクは天瑠を見くびってた。まだ負けない、そう思ってて……負けて意固地になって暴れて……情けないことになった。全部、ボクが悪いのに……」
「お、お姉さまが謝る必要は……」
「ううん、それで天瑠に不快な思いをさせたのは紛れもない事実だよ」
全力の謝罪に天瑠自身、どうすればいいのか分からないようで胸に手を当てながら困惑した表情を浮かべている。
……本当に自分は悪くないのか?
由莉や天音にそう言われても、やはり天瑠にはそんな気持ちが根強かった。大好きで大好きでたまらない、自分にとって星のような存在である2人に迷惑をかけた自分が────。
「……天瑠、こっち来て」
「は、はい……何を───」
……ぎゅっ。
「…………」
「お、お姉さま……っ!?」
痛いくらいに強く抱きしめられ、驚く天瑠だったが、その温かさに埋もれていたくなった。
「よくここまで来たね、天瑠」
そしてただ一言、それだけしか天音は口にしなかった。
天瑠にはその言葉の裏にどんな思いがあるか、じんわりと伝わってきた。……もうかれこれ4年が経過しているのだ。
今の自分と同じくらいの頃から育ててくれたんだと思えば、どれほど天音が苦労したかも分かるし、どれだけ頑張ってくれていたのかもよく分かる。
そして今、天音に自分と並んだと認められたことに歓喜の涙を見せた。
やっと……隣で戦えるんだ。
その想いだけで天瑠の心は満たされた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
─モニタールーム─
「…………」
「ももさん、緊張してますか?」
6人の合同連戦が終わったかと思いきや、今回参戦しなかった2人は別の試練へと臨もうとしていた。
……いや、正確にはもも1人が、なのだが。
「緊張……してるよ。でも、わたしだってやらなくちゃ」
ももは深く息を吸って自分の身体の震えを押さえつけた。
……大丈夫、絶対に乗り越えてみせる。
「わたしも……頑張ってきたんだから……!」
それから、ももは璃音と蜜檎と一緒に遠距離射撃場へと来た。
蜜檎はももが見せたい事がある、そう聞いて時間を作ったのだ。だが、ここに連れてこられた途端、勘のいい蜜檎はそのまさかの可能性に辿り着いた。
「もも……あなた、まさか……!」
「……はい」
準備にと、ももを押し切って全部の荷物を持ってきた璃音の背中には大きなケースが担がれ、やってきた。自身の装備含めて重量は15kgを平然と超えている。
だが、行軍訓練も経験している璃音からすればこのくらいの重さという感じだ。
「持ってきましたっ」
「ありがとうね、璃音ちゃん」
「えへへ♪」
ケースを受け取ったももは璃音を優しく撫でてあげた。璃音も由莉たちとはまた違う、優しい撫でに幸せそうに目をつぶった。
そうして、ももはゆっくりとケースの蓋を開けてライフルを組み立てた。2日間でももはそのライフル、へカートⅡの組み立てから分解までを手早くやれるようになっていた。
「1000m先の人形を撃ちます」
「っ! もも……」
ももの最大射程は800m、ここまでしか知らない蜜檎はその距離を200mも遠くしたことにも驚いたが、何より躑躅色の瞳に宿った覚悟に目を見張った。
……この子もまた、戦おうとしている。自身の今までと。
それが決意なのだと蜜檎は何も言わなかった。
ももは床に寝そべると、銃弾を1発だけ装填した。
ここまでの距離だ。さすがに不安もあったが、隣には自分を救ってくれた1人である璃音がいる。
由莉の唯一無二の相棒、その能力は周知の事実だ。だからこそ、ももは委ねることが出来た。
「上に5クリック、さらに0.5ミル修正」
瞬時にゼロインの修正を報告する璃音の声と共に、ももは流れるようにその調節を済ませてしまう。
それきり、ももはスコープで遥か遥か先の人形に狙いを澄ました。
ゆっくりと呼吸し、そっと引き金に触れる。
(……くるみ、ごめんね……けど、わたしも何時までも座ってられないよ)
きっと、自分はもうすぐ人を殺す。その立場に立ってしまう。くるみがいれば、なんと言われるか分からない。
それでも、ももは引き金に添えた指を戻すことは無かった。
「すぅ……ふぅ………………っ!」
ゆっくりとへカートⅡの引き金を引いた。その重さは自分の覚悟の大きさを表しているようだった。
轟音が響き、銃口からは硝煙が吹き出す。
放たれた50口径の弾は遠くの人形に的確に命中し、スイカが爆発するように内容物が弾け飛んだ。
「もも……っ!!!」
「蜜檎……さん。わたしも……これから役に立ちます。絶対に……人が撃てるようになります……!」
空薬莢を放り出し、立ち上がったももは蜜檎のいる所までやってくる。
蜜檎も黙ってももを抱きしめた。
「よく……頑張ったわね、もも」
成果の表れに、心の底から喜びを表すように強く、優しく、自分の胸の中に抱いた。
その様子を後ろから璃音も自分のことのように笑顔が溢れていた。
「よかったです……ももさんっ」
こうして、それぞれが各々の成果を見出しながら合同合宿は終わりを迎えようとしていたのだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
─最終日─
この日はももと桜たちが帰る日だった。
早くに発つとのことだったので、朝には2人とも準備を済ませてしまった。
「なら、にゃーこ。1週間ありがとな? 結構楽しめたで?」
「桜に関してはうちをいじり倒していた気しかしないにゃ。まぁ、こういうのもたまには悪くないけどにゃ」
既に音湖もそのあだ名については何も言わず、笑っていられるくらいには慣れていた。いざ別れとなるとまた静かになるのかという気持ちもないことはなかった。
「ももも楽しかったか───にゃっ?」
「ありがとう、音湖ちゃんっ」
次はももだ、と思った音湖は急に抱きつかれびっくりはしたがしっかりと受け止めてあげた。
「音湖ちゃんの……みんなのおかげでまた頑張れそうだよ……っ! だから……ありがと……っ」
「……気にすることないにゃ。ももはももの望むことをすればいいんだにゃ。1週間、一緒にいれて楽しかったにゃ、もも」
頭を優しく叩いてあげると、落ち着いたようにさっき居た場所まで戻った。
まだ時間は少しあるけど、と音湖が言うと、ももは少し外の空気を吸いたいといい玄関前に出た。
そして、バックの中から1枚の写真を取り出し1人で眺める。
「お父さん……お母さん……くるみ……、もう後悔しないよ。これがわたしの選んだ道だよ……」
今を守るために、と付け加え写真を胸に当てギュッと目を瞑る。
「……よし、もう大丈夫───」
……つ──。
『も〜もさんっ』
「ひゃあっ!? み、みんなぁ……驚かさないでよぉ……」
背骨に沿って爪で撫でられたももは変な声を出しながら後ろを振り返ると、「やったっ」と悪戯する由莉たちの笑顔が見えた。
由莉たちも、その驚きように笑っていたが、ふと、ももが手に持っているものに疑問を持った。
「ももさん、それは……?」
「あ……これはね……事故が起こる前に遊園地で撮った家族での最後の写真だよ。蜜檎さんが自分の家族のことを忘れないようにって、保存されていたものを持ってきてくれたんだよ。……見る?」
そこにはハッキリと色を残した全員笑顔の家族があった。
「ももさんの妹の……くるみさんって髪色全然違うんですね」
「うん、わたしはお母さんに、くるみはお父さんの方に寄ったから……」
秋色の髪の毛と瞳で笑顔でももに抱きつく、くるみの姿は写真だけで本当にお姉ちゃん大好きっ子だったのだと分かる。
「……わたしは今と未来のために戦いたい。過去とは……向き合わないといけないけど、過去ばっかり見てちゃ進めない、みんながそう教えてくれたからね」
そんな事を話していると、そろそろ時間のようで蜜檎や桜、藤正がやって来てももを呼んだ。
「あ、そろそろだ……。じゃあ、みんな」
自分の荷物を全て持ったももは由莉たちと正面で向き合う。
「今日まで……ほんっとうにありがとう。また生きてたら……、ううん、今度は楽しいことたくさんしようね? ぜったいぜーーったい、約束だよ?」
新しい道を歩き始めた希望に溢れた女の子の言葉は由莉たちに透き通るように伝わった。離れていても一緒に繋がっている。かけがえのない存在なのだ。
……と、桜もお別れをしているのを感じたようで颯爽とももの隣にやってきた。
「みんな、また生きて会おうな? この1週間、ほんま有意義やったし楽しかったで? ……天音」
「……? なに?」
「あんたはもうあたしの一番弟子って言っても過言やあらへん。ったく、1週間で吸い取るだけ吸いよって……な!」
「いっった!? 絶対、痕が出来たんだけど!?」
笑いながら背中をぶっ叩かれた天音は意外に桜が悔しいんだと感じ、同時に認めてもくれていることがわかった。
「あっはは、まぁそんな訳で……月牙蓮華流は負けを許さん。勝って生き残れ。分かったな?」
「もちろん、絶対に死なないよ。ここにいる全員」
「よしっ。……天瑠も、ばり強かったで? 今回はあまりおれなかったけど、次は天瑠にも身体の動きは教えたるでな?」
「っ、はい!」
桜が自然に天音と天瑠を抱きかかえる中、ももはいざと言う別れになって由莉と璃音の前で半泣きになっていた。
「由莉ちゃん……璃音ちゃん……ありがとぉ……っ」
「泣かないでくださいよっ。また会えますから!」
「そうですよっ。いつでも会いに来てくださいっ」
「みんなあぁぁ……!」
そんな優しい言葉に感極まり、どっちが年上か分からなくなったが、ももがこんなに泣かなければ由莉たちが泣いていたのは間違いなかった。
そんなももを別れを言い終えた桜はももを宥めに入った。
「ほらっ、ももちもそろそろ行くで? 先輩なんやから、な?」
「う、うん……っっっ!」
「なら……またな、みんな────あっ、そうや」
ももの手を引き、行こうとした桜だが、ふと振り向くと全員に対して指をさした。
「次会う時からは、全員あだ名で呼んだる。『ゆーゆ』に『あまねぇ』、『あおるん』と『あかりん』」
…………え?
「ゆーゆ……? 悪くないかもっ」
「ボク、何変わってない気がするんだけど!?」
「あおるんって……天瑠のこと!?」
「じゃあ、璃音は……あかりん? ……色のことですか!?」
由莉以外が驚愕して騒ぐ中、まるでそれが狙いだったように最後は嵐のように行ってしまった。
「………」
「………」
「………」
「…………ふふっ」
最初に吹き出したのは璃音だった。そこから芋づる式に全員が笑いだしてしまった。
「あははっ、これくらいがいいのかもね」
「ふふっ、そうだね。しんみりするより全然いいもんね」
「今度会ったら意味を聞きたいです……!」
「璃音も……!」
別れ、それは再会までの繋ぎなんだ。
来たる最大の試練へと続く中、全員死ぬ気は一切していなかった。
自分たちは負けない、そう誓ったのだから。
第6章 《完》
────────────────────
─???─
「へぇ……死んじゃったんだ。弱っちいなぁ……」
棚にぶら下がって自分の得物の動作を確認する高い声の主。年齢は高校生くらいだろう。
報告をしに来たNo.38は全身をガタガタ震わせながらその少女の戯れに耳を傾け続けた。
「あーのさぁ……弱すぎない? なぜにそんな弱いの? 理解できないなぁ……全滅だしさ、敵の情報も不明だし。なんなの、馬鹿なの? ……腹立つ。腹立つ腹立つ腹立つ腹立つ腹立つ腹立つ腹立つっっっ!!!」
地面に着地し、おもむろに天井に銃口を向けると躊躇なくぶっぱなした。コンクリートの天井を軽々とぶち破り蜘蛛の巣のようにひび割れ、大きな穴が空いた。
「あーーすっきりしないなぁ……なんでだと思う? そこの知らない人」
「…………」
明らかな年下。なんなら自分の半分程度しか生きていない少女に見下されNo.38はかなり腹を立てていた。
────知るかボケ。
そう言って吐き捨ててやりたかったが、相手が悪すぎた。
───黒雨組No.6 。黒雨組の中で『トップナンバー』とも呼ばれる9人の中の1人だ。……と言いつつ、現在は2名の欠損をして7人だが。
「ねぇ、何か言ってよ。つまらないんだけどさ」
「…………」
「あーのーさー、耳ある? ……まさかたかが銃声ごときで耳が馬鹿になったなんてアホくさいこと言わないよね?」
弾倉を取り出し、中の銃弾を数え直すとまた装填する。その意味は本人しか知らないことだろうが、ただの暇つぶしだろう。
「ほんっとさ、ここにはバカしかいないわけ? せっかくの最高戦力を怖いからって消そうとして3人いなくなるわ、上位No.4~5人ほどついでに殺されるわ、……バカばっか。私がもうちょっと起きるの早かったらな〜」
ため息が何度も洩れる。それぐらいのやらかしだったのだ。
「あーあ……当時のNo.2、事実上の最高No.と……『出来そこないの人形』が2つ。それがあればもうちょっと楽だったのにな〜本当に馬鹿だよね。人殺しに頭がいって、脳みそふやけたんじゃない?(笑)」
苛立ちを紛らわせる戯れとばかりに上の階ごと大きな銃を片手でぶっぱなしていると、不意に紅い雫が天井から垂れて顔に飛び散った。
「うわっ!? きったな……ッ、流れ弾に当たるとか終わってる。あーあ……せっかく髪の毛結んだのにまたやり直し……ブチギレそう」
苛立ちを表面化させ、上から垂れる血液を睨んでいると、上から悲鳴が聞こえた。
[うわああああ!? 死んでる……!? 体がぐちゃぐちゃだ……っ]
「あははっ、股間にぶち当たったのかな? 危険処理能力なさすぎて笑える」
皮肉たっぷりに笑うNo.6。
No.38は黙って聞いていたが、次の瞬間、その堪忍袋の緒は切れることになる。
[おい! 誰かこいよ、No.30が死んでるぞ!?]
「………は?」
「たかが30で慌てすぎ〜。そんなの最早端数じゃん」
使った分の弾を装填しなおしながら殺したことに興味すらならそうにする目の前の女の子を────No.38は胸元を握り壁に打ちつけた。
「………なんのつもり?」
「てめぇ……よくもNo.30を……俺の兄貴を!」
兄を気まぐれに殺されたNo.38は怒り狂い、トップナンバーだろうと気にせずに怒鳴る。
「さっきから黙って聞いていりゃあ、クソガキがイキリやがって、ふざけんじゃあねぇ───」
「……触るな」
ダァァァン! と銃声が目の前で響く。
トッと掴まれていたNo.6が着地する。
その手にあった銃は硝煙が漏れていた。
「え………ぁえ……?」
「触るな……っ、男なんか汚らわしい! 獣のような手で…………っ、あああぁぁぁぁぁああああああもう!」
逆鱗に触れた男の「落ちている腕」を部屋の外に蹴り飛ばす。そこでようやくNo.38は腕が吹き飛んだことを理解しその場にのたうち回った。
部屋が血だらけになるのを鬼のように睨みつける───かのように思ったが、急にNo.6は子供のような笑みを見せた。
目の前に玩具を見たように。
「………そーだ。すっかり忘れてた、こんな時手っ取り早くすっきりする方法あるんだった♪」
「うわああああ!? 腕……うでがぁぁ……」
想像を絶する痛みに襲われるNo.38をNo.6はそのまま首根っこを掴むと外に放り投げた。
「う、うでぇ……おれの腕……」
「感動の再会? なにそれ笑えるw 死ぬ瞬間まで楽しませてくれるんだっ」
笑いながら、ゆっくりと片手に持っていた銃を構える。この距離での照準なんて何となくでつけられる。
「じゃ、さよならっ」
ノータイムでデザートイーグルの引き金を引いた。その軽さは自身の人を殺すことへの抵抗のなさを表しているようだった。
「ばきゅん☆」
轟音が響き、銃口からは硝煙が吹き出す。
放たれた50口径の弾はほぼゼロ距離にある頭に的確に命中し、スイカが爆発するように内容物が弾け飛んだ。
返り血が廊下や部屋、目の前でぶっぱなした女の子にべっとりと張り付いた。
「きゃははははははははははははははっ!! あーー、たーのしーー! こいつらでこんなに楽しいんだから、次の敵を撃ち殺したら最っ高に楽しいんだろうなぁ!!」
血に染った銃を握りしめながらNo.6は狂ったように笑う。仲間? そんなものNo.6は興味がなかった。この女の子の目的はただ一つ。
「待ってて……っ! もうすぐこの国をぶっ壊すよ……! みんなのいない世界なんて、壊して消し飛ばしてやる!!!」
────次章『クロサメイクサ』
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