道化師であり道化師でもある少女
(さて……ここまでは持ち込めたけど……天音ちゃんを元に戻すには勝つしかない。やるしかないけど……単に勝つだけは意味が無いよね)
由莉の予定はここまでだ。
後は……自分を信じるしかない。
既に長時間の戦闘になっているが、だからどうしたと、それは相手も一緒じゃないか由莉は己を奮い立たせた。
「天音ちゃんってさ、何のために戦うの?」
「……ッ!」
「おっと、急に攻撃しないでってば。私が守りに徹したら、負けはなくなるけど、勝ち目もないことくらい分かってるよね」
軽い口調ながら全力で攻めてくる天音の攻勢を一発も貰わずに防ぎ、避ける。
「殺したいのは分かるよ。憎いのも……分かる。けど、やるのは今の天音ちゃんだよね? 昔の天音ちゃんに戻る必要なんてないよ!」
「分から……ないの……ッ?」
刀をクロスにした斬撃をナイフの腹と篭手で受け、鍔迫り合いに持ち込んだ時、天音の今までの空気が僅かに崩れた。
「今のボクじゃ負ける……みんなといれなくなる……それくらいだったら……! 誰を敵にしても昔に戻る! 強かった頃のボクにさぁ……ッ!」
「…………ッ」
「負けたくない……死にたくない……そのためなら……悪魔にだって魂を売る……っ」
───明言するならば、天音は怖がっていた。
誰か一人を失うのではなく、全員を失うことを。
そして全員の前から自分がいなくなり……どうなってしまうのか。
関係を持てば1度は抱くその感情に翻弄された。
由莉には分かって欲しかった。
この……身の張り裂けそうな思いを。きっと由莉なら優しく受け止めてくれると────、
「昔の天音ちゃんでは今のみんなに勝てないよ。今なら璃音ちゃんにも確実に負ける」
「……え……?」
一瞬、魂が奪われたようにフリーズした。由莉の言葉の意味を理解し得なかった。
だが、今の言葉で由莉が完全にぶちギレたのだけは分かった。
「心が脆すぎる。そんな覚悟で向き合うつもりなら、最愛の友達として言ってあげる。
戦わないで。死ぬから」
至近距離でしか感じることのない、由莉の異常さに天音の心は一気に握られたような感覚を覚えさせられた。
「思い上がりも大概にしてよ。過去がそんなに凄いの? No.2がそんなに凄いの? まだそんな過去の栄光に縋るなら……私がぶち壊してあげる」
「……分かるわけ……ない……あれを知らない由莉ちゃんには分かるわけないッ!!!」
再び天音が激昴し由莉に襲いかかる。
「強くならなきゃ殺される、そんな中で育った……怖くて仕方なくて死ぬほど頑張って、明日死ぬかもしれない怖さに寝れなくなって、その中でボクが強くいられたのは復讐心があったからなんだ!!」
崩れかかった天音を繋ぎ止めた復讐の心、それが天音を縫いつけ、黒雨最高の座まで昇った。
どれだけ心を殺したか分からない。女であれば馬鹿にされると出来るだけ男になろうとし、慣れない言葉に心が黒く染っていく、思い出すだけで身が震える。
「分かる……? 何をすれば強くなれるか考えていかないと殺されるんだよ……いつも……いつもいつもいつも!! 味方なんて誰一人いない───」
「なら今はどうだっていいの!?」
「ッ!! ぐッ……ぁ……ッッ!!」
不意を突かれた天音のがら空きの胴に由莉のアッパーがめり込み、押し込んだ衝撃で天音は1mほど吹っ飛ばされた。
拳を震わせながら、由莉は倒れる天音を睨む。
「強くなったよ。死線を越えたからこそ見える景色はある。けどさ、だからって今を捨てるの!? みんなで訓練やって、強くなろうと妥協せずに頑張ってた。生きるために、やってきたよね?
なのにあの時間を全部捨てるの!?」
思い出せ、と。状況は変わったんだと。
仲間がいる。1人で戦わなくてもいい。
「断言出来る。『今の』天音ちゃんは強い。『昔』より何倍もずっとずっと強い」
「…………っ」
「当時の基準で昔の自分と、今の基準で現在の自分とを比べたらダメに決まってるよ……感覚が狂って昔の方が出来るって錯覚するよ」
昔の基準が『100(最大値)』で自分が『100』だとする。極端に、今の基準が『1000(最大値)』で自分が『900』であるとする。昔の方がと思う気持ちは分かるが、基準になる世界が────まるで違う。
後ろを向くなと、言葉を投げる。
「さぁ、立って。まだ立ち上がれる。私の知ってる強くてかっこよくて、私の1番の親友の天音ちゃんなら出来るよ」
「………っ」
天音は刀を杖になんとか立つと、そこにはまた変わらずに由莉が立っていた。眩しく、前に立つ優しい由莉だった。
闇に塗り潰されようとした心は太陽の煌めきによって綺麗な空に書き換えられ、自分の愚かさを思い知った。
「……馬鹿……だなぁ……」
「……馬鹿だよ。馬鹿……ほんとにバカ……っ」
───戻ってきた。
これが本物だと、由莉は頷き再びナイフを天音に向ける。が、天音はその意味を理解していないようで目を丸くしている。
「……? ボク……負けた……よ?」
「過去の天音ちゃんに勝っても全然勝った気がしない。今の天音ちゃんに勝ちたいんだよ。それに、一発殴れたら負けなんてルールに書いてないよ? 抜け穴あったから使えるかなって♪」
「……ほんと……さぁ。ゆりちゃんは……」
この少女は全員のために、自分のやれる方法で強くしようとしているのだ。それなら、力以外でも使えるものはなんでも使う
変わらない。この由莉が……一番大好きなんだ。
「じゃあ───第2ラウンド行くよ。迷惑かけでごめん。けど……次は全力だから」
「うん……っ! さぁ、来て!!!」
───────────────────
─モニタールーム─
「……変えた……」
あそこまで猛った天音が元通りになった。
藤正と蜜檎は目を見張っていたが、ゼロとももと璃音は頷くしかなかった。
「人を変える才能……いや、才能というには少し違うわね。あれは……天性だわ。なるほど……だからなのね」
安心している愛娘を横に見ながら、蜜檎も頷いた。
目の前で変えられた事象を見れば理解出来る。
そう関心する大人たちの傍で、ももは安堵して、くたっとしている璃音を支えていた。
「よかった……やっぱり……由莉ちゃんはすごいです……っ」
「うん……っ、本当に……みんなが信頼するわけだよね」
まだ気持ちが落ち着かず震えている璃音を撫でながら、再度始まった激戦を眺めた。
「実質4戦目……なのによく体力続くよね……」
「毎日走ってますから。訓練も欠かさず毎日やっていますから、簡単に体力はなくなりませんっ」
既に他の二戦は終了し、後は決着を待つだけだった。その戦いは……それでも2分もかからなかった。
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「……勝ち……だね……っ!」
「……うん、負けたよ」
首元に刃を当てられ、降参したのは……由莉だった。
「……5分後にまたあるから、もう行くよ」
息をあげながら納刀した天音はそのまま次の場所へ向かおうとする。が、その後ろから由莉の助け舟が入った。
「うんっ。じゃあ……1つ天音ちゃんにアドバイスしよっか。決定的で致命的な……天瑠ちゃんに唯一付け入る隙を与えたことを」
「っ!?」
「双竜演舞、1~2撃目まで腕が少し曲がってる。自分でも気づいていない癖だと思うけど、その僅かな間合いの誤差を利用されて負けたんだよ。気をつけてね? じゃっ、またね」
止まった天音を通り越し、歩いていく由莉。
見た目は華奢だ。小さく、守らないととさえ思う。
だが……その背中はすごく大きかった。
ずっとずっと、追いかけても追いつくなんて出来ないが、誰も見捨てずに近くにいるその姿に何度救われたことだろう。
「……後で天瑠には謝ろう。璃音にも……ひどい姿見せたなぁ……さて、あと2戦で見返してやらないと!」
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そして、4戦目も終了し、最終戦へと突入した。
桜vs天音
音湖vs阿久津
由莉vs天瑠
どの組み合わせも外せなく、ももと璃音はあっちこっちと視線をさまよわせていた。
まず流れが動き始めたのは由莉と天瑠だった。
(すご……っ!? なるほど……天音ちゃんに手を出せる訳だね……!)
咄嗟の判断力、戦闘IQが音湖との特訓で跳ね上がっているのが手に取るように分かった。だが、由莉からすれば天瑠は妹弟子だ。可愛いからこそ、持てる力全部使って立ち望んだ。
「……っ!」
加速に加速を重ね、2人の少女がナイフをぶつけ合う。次、由莉が気を抜けば天瑠のP90が襲ってくることは分かっていた。天瑠も体力の限界だ。隙を見てP90を腰から引き抜く暇も貰えない。ならばと接近戦を持ちかけるより他なかった。
「いい……凄くいい! もっと……もっとやろうよ!」
「っ!」
冷静さを欠かさず、長引くと思った戦いは、だが唐突な終わりを告げる。
投擲され落ちていたナイフを由莉は避けながら、落ちているナイフの柄を足で踏み抜き上に弾き飛ばし双短剣になると、急激な戦闘スタイルの変更に戸惑った天瑠の一瞬の隙を突いて脇腹に一撃を加えた。
「っ……負け……ました」
「うん、お疲れさま天瑠ちゃん。疲れたでしょ? ほらほら、こっち」
今まで表情をほぼ変えなかった天瑠だが、終わった途端に魂が抜けたように崩れた。支えるようにして膝枕の体勢に入った由莉は疲労困憊といった表情の天瑠を労った。
「頑張ったね。本当に……強くなっててびっくりしたよ」
「うん……頑張った……すごく頑張った……よ……」
息をするのも辛そうにする天瑠だが、ふと思い出したように由莉に霞みそうな声であの事を聞いた。
「お姉さまは……あれからどうなったの……? 本当のことが知りたい……よ」
「…………うん。実は───」
第3戦目で当たった時の状況を話した。その事実に天瑠は目を見開き、そして俯いた。
「…………っ」
「自分のせいだ、なんて思っちゃダメだよ? 天音ちゃんの心の弱さ、怠慢が産んだことなんだから」
「でも……でも……っ」
もし、あの時、次の戦いの場所へ行く前にそう話していたら由莉に被害が及ばなかったかもしれない。
だが、あの時の天瑠は勝つ以外を切り捨てて……負けた人に何か声をかけるなんて気にも止めていなかった。
そんな思考が天瑠を責め立てるも、由莉がそんなことをさせなかった。
「全力の天音ちゃんに勝てるのは強くなった証拠。私も負けるかもって何度も思った。自信を持っていい、さすが璃音ちゃんのお姉ちゃんだよ」
「由莉ちゃん……っ」
その抱擁は太陽の感触を覚えたかに錯覚させた。何よりの褒め言葉と優しさに幼き暗殺者はうっすらと涙をこぼした。
「天瑠、頑張った……っ、みんなで……ずっとずっと一緒にいたいから……!」
「うん、絶対に絶対にこれからも一緒だよ。……誰一人殺させないよ」
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続いて動いたのは天音と桜だった。
互いに復習のように技の出し合い、捌きあいにどことなく演舞を思わされるが、それでも本気だった。
大技なんて出せる間もなく、隙のない連術を駆使し均衡は保たれていたのだ。
が、そこでも勝負は呆気なく終わった。
「月牙蓮華流連術……『杜若』っ!」
神速の三閃に天音のバランスが僅かに崩れ、ここだ!と桜が踏み込んだ瞬間、それが演技だと分かり隙を見せたことに焦った───それがトリガーとなり、天音が得意とする膝崩しが決まり、桜の肩に刃が届いた。
「つっよいなぁ……さすがやわ」
「桜のおかげだよ。おかげで……もっと強くなれたよ」
みんなと生きるための力をくれた桜に精一杯の感謝をすると、立ち上がった桜も刀を担ぎ、もはや半分『弟子』とも呼べる天音の頭に手を置き、短髪をくしゃくしゃにした。
「それはあたしも同じやで? 天音が同じ動きをコピーしたように見せてくれるから……あの日見たあれが……なんとなく理解してきたんや」
「っ、それって……」
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「ほんと……お前は強いですね、ねこ」
「そりゃどーもにゃ」
ほぼ同時刻、阿久津は奪われた刀を音湖に据えられていた。その強さと気高さは音湖が何も話さなければ至高とも言えよう。
「それで……どうでしたか、ねこ。全員と戦ってみて」
「いい感じにゃ。強さは申し分ないにゃ。……特に、びっくりしたのは天瑠ちゃんかにゃ。戦闘の能力が異常に伸びてるにゃ。あっくんも、それは分かったんじゃないかにゃ?」
手首を捻らせ、持ち手を逆にして阿久津に返すと、その質問に深く頷きながら模擬刀を納刀した。
「毎度毎度、ねこが育てる子は化けますよね。天瑠さんには今まで何度か劣勢を意識したことはありましたが、今回……初めて負けを覚悟しましたからね」
「にゃはは、うちも見てきてはいたけど、本当に……1週間の変わり様がおかしいにゃ。由莉ちゃんでも3週間はかかったのににゃ。それはそれで異常なんだけどにゃ。あの子がまだ11歳と考えたら……マジで恐ろしいにゃ。当時のうちにも匹敵する気がするにゃ。おまけに、同じ歳くらいの由莉ちゃんに至っては間違いなくその時のうちより強いにゃ。あの軽装からの速度は初見では無理にゃ」
つっくづく、この少女たちは化け物すぎる。
いい意味でだ。推定平均年齢が小学生以下と考えたらこれからが楽しみすぎる人材だとも思えた。
「さて、結果は……って、音湖は全勝ですかね」
「うちに手を伸ばそうなんて数年早いにゃ。あの子たちが18頃になればもしかしたら有り得るかもだけどにゃ〜」
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結果
第1戦
〇天瑠vs天音✕
✕由莉vs音湖〇
✕阿久津vs桜〇
第2戦
〇阿久津vs天音✕
〇音湖vs天瑠✕
〇由莉vs桜✕
第3戦
✕由莉vs天音〇
✕桜vs音湖〇
✕天瑠vs阿久津〇
第4戦
〇桜vs天瑠✕
✕天音vs音湖〇
✕阿久津vs由莉〇
第5戦
✕桜vs天音〇
〇音湖vs阿久津✕
〇由莉vs天瑠✕
順位
1位 音湖 全勝
2位 阿久津 3勝
3位 由莉 2勝
3位 天音 2勝
3位 桜 2勝
6位 天瑠 1勝
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次回、第6章終結。
ついに、始まりますよ……
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