合同連戦①
合宿7日目
最終日前日の今日、合同連戦が行われる。
装備は自由、制限時間はなし。
勝利条件は銃ならば掠りなしでの命中、剣ならば斬撃の命中。または行動不能による降参。ただの1度さえミスが許されない。
3戦同時に開始し、全員の決着が着いたらその5分後には次の試合が始まる。
どれだけ早く勝負をつけて体力を温存するか、その配分も試される。
朝になると、各自がそれに向けての準備をしていた。
「阿久津さんと、音湖さんと、桜さんと、天音ちゃんと、天瑠ちゃん……この5人と連戦って死んじゃうよぉ……」
今日は体力根こそぎ持ってかれるかもと由莉は自分の戦闘着を着て、手に篭手を付け、銃を腰に差し、ナイフを1つ携えていた。比較的……いや、かなりの軽装だったが、速度重視の由莉はこれが1番身にあっていた。
そんな弱音を傍で聞いていたのは二刀一銃を身につけた天音だった。
「こっちも……そんなこと言ったらだめなんだけど、由莉ちゃんとだけは最初の方に当たりたくないなぁ……」
「私も……大変な一日になりそうだね」
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「桜ちゃん……大丈夫?」
「ももちは心配せんでもええよ? 大丈夫、今日の戦いはあたしにも意味があるからな」
この日、由莉たちには初めて見せるであろう戦闘用の服を着用していた。
愛刀を使えないのには残念だと思ったが、それでも今回の模擬刀はその刀と同じくらいの重さで刃渡りも同じものを持ってきていた。
もちろん、刃と切っ先は潰して丸くしてある。
「ここからは全員敵や。知り合いとか関係なく……叩き潰しにいく」
「……うん。桜ちゃん、怪我しないでね……?」
「分かってるて。頑張ってくるから応援しててな、ももち?」
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「さてとにゃ。天瑠ちゃんもやるからには殺す気でやるにゃんよ」
「分かってます……」
静かに闘志を燃やす天瑠と傍で見守る音湖。
既に天瑠は戦闘着を身にまとい、後は武器を取りに行くだけだ。
今日は天瑠にしては珍しく火力専攻型で自分の装備にP90も加えるつもりのようだ。
「にゃはは、そう言えるなら大丈夫にゃ。さっきやった通り、天瑠ちゃんは強くなってるにゃ。後はただやるだけにゃ」
「……頑張ります」
闘志を中に、中にと沈め、次第に仕事の時の天瑠へと意識を写した。
音湖もその様子を半年ほど前と同じようだと思いを馳せていた。由莉と同じように、今度は天瑠が行く。
だが、今回は少し話が違う。見送る自分自身も戦い、目の前の少女とも戦わなければならない。
なればこそ、本気を見せなければならない。
RooTで1番強い者として。
偽りの黒にする必要は……もうない。
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「みんなのいる場所に行かなくていいのですか?」
「えっと……みんなペアになってるから……阿久津さんだけ1人は寂しいかなって……」
「おや、気づかってくれたのですね。ありがとうございます」
阿久津自身も準備をする中、傍には夏にも関わらずマフラーを緩くだが首に巻いている黒髪の綺麗な少女、璃音がいた。
今回、璃音は見守ることに決めていた。
見たかったのだ。みんなの姿を、戦いを。
阿久津も察しはしていたが、璃音の本心を直接聞くべきと質問を投げかけてみた。
「璃音さんは出なくても良かったのですか?」
「璃音じゃ……まだ力不足です。今出てもこの合同連戦の意味が無くなると思います。だからまだ……見ています」
予想通りの言葉が返ってきた。
自身を理解し、状況を理解し、その上で己の身に結論づけたのだ。
『役不足』と。
辛い現実を受け入れ、『でも』、いつかと上位の戦いを観察したい、それが璃音の覚悟だった。
「それならば私もとやかくは言いません。その代わり、しっかりと観察し、自分に役立ててください。璃音さんはその背中を追いかけることになるのですから」
「はい!」
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───午前11時50分、開始10分前。
地下に集まった5人は自分の精神状態を安定させていた。本番さながら、絶対に勝つ、それだけを意識して────。
「……音湖さん遅いです……」
「うん……お風呂に入るって言ってたよ」
傍では、この連戦に参加しない2人の会話が空しく響く。
この時ばかりは空間が痺れるほどに集中力が高まりつつあった。
全員敵なのだ。それも致し方ないが……。
「なんにゃ、このむさっ苦しい空気は。本番もこんな調子だったら誰かマジで死ぬにゃんよ」
そんな空気をぶち破るように扉を開けるもう1人の相手が表れ、来てそうそうに吐き捨てた。白とも、銀とも取れる髪に黄色の瞳を輝かす、モデル顔負けのスタイルを持っている。
その姿に真っ先に声を上げたのはももだった。
ゆっくりと近づき、じっと見つめると、ようやく確証を得たようだ。
「っ!? その姿……音湖ちゃんなの……?」
「そうだにゃ、もも」
「すごいね……このために髪も染めるなんて」
大学で髪染めしている子を知っているももから見ても、染め残しのない綺麗な色をしていた。目もカラコンを入れて戦闘モードに入ってるんだと、この戦いへの思いみたいなのを感じていた。
桜もチラっと見たが、すぐに自分の世界に入った。他の5人はそうくると思っていたこともあり、平常心を保っていた。
たった数秒の後、崩壊すると知らずに。
「あーーこれ……元からにゃ。目の色もにゃ」
『っ!!??』
溜まっていた集中力が一気に溶けた。
ほぼ全員総立ちになり、音湖の方へと視線を集めた。
ただ1人、阿久津だけは知っていたようで視線を向けてもそれだけだった。
まだ信じられない人の中を代表するように、由莉は1歩だけ近寄る。
「……この場を和まそうとしたんです、よね?」
「残念だけど本当にゃ。黒髪も黒目も、普通の生活に馴染むためにやっていたことにゃ。まぁ、あんまり大っぴらに見せるのも好きじゃなかったけどにゃ」
音湖はバツが悪そうに後ろ髪を搔く。
だから、音湖が入る時はいつも1人、そして最後で遅風呂だったのかと相部屋だった桜とももはあの行動の理由を悟った。
「ま、そういうわけにゃ。……あと、本気で行くけど瞬殺はやめてくれよにゃ〜」
さらりと宣戦布告も纏めて済ました音湖はそのまま部屋の隅に行くと壁と壁の合間に挟まれるようにもたれた。
「……絶対に倒す」
天音が呟いた一言はその場にいる全員の共通理解になった。相手が誰でも絶対に勝つと。
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開始5分前になると、璃音とももを残し、全員が部屋を出ていった。
まだ、誰が誰と戦うのかは分からない。情報はその時になったら、全員が装着しているインカム付きのイヤーマフで宣告される仕組みだ。
それから2分後、2人を迎えに来たのはももの主人である蜜檎だった。
「もも、それに璃音も。来なさい」
「あっ、蜜檎さん!」
「こんにちは!」
「ふふ、今日も元気そうね。安心したわ」
一通りの会話を終わらせると、蜜檎は2人を連戦の戦場となる部屋のカメラ映像が送られるモニタールームへと足を運んでいた。既にそこには藤正とマスターの姿もあった。
そろそろ時間だったので、2人もそそくさと座って観戦する体勢を作った。
「えっと……最初は……」
「はい、これが今日の当たる順番よ」
ももがモニターを見る視線を右往左往していると、合同連戦の対戦表が記されたタブレットを渡された。中にはこのように記されていた。
──────────
第1戦
天瑠vs天音
由莉vs音湖
阿久津vs桜
第2戦
阿久津vs天音
音湖vs天瑠
由莉vs桜
第3戦
由莉vs天音
桜vs音湖
天瑠vs阿久津
第4戦
桜vs天瑠
天音vs音湖
阿久津vs由莉
第5戦
桜vs天音
音湖vs阿久津
由莉vs天瑠
──────────
「っ! 最初からお姉様と……」
タブレットを一瞬覗いた璃音は走って2人の映る場所を探した。璃音が何がなんでも見届けなければならない一戦だった。
自分の片割れの姉と、ずっと支えて育ててくれた恩人なんて言い方も出来る『お姉さま』。
合宿中も、ひたすらに強くなろうとしていた二者の戦いだけは絶対に見ようと誓っていたのだ。
「あった……! もう始まって……」
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─屋内ステージ─
入り組んだ部屋の一角に入った天音は瞬時に気配を探った。
いつでも戦えるように、既に片方の刀は抜き身だ。
(いきなり天瑠とか……悪いけど早めに終わらせたいな……体力5戦続かせないとだめだし……)
「……あれ? ……この状況どこかで……」
天音は急に寒気を覚えて刀を持つ手が強ばった。
以前、同じような状況で由莉と相対し、死闘を繰り広げた際もそんなことを考えて負けたのだ。
(……そうだよね。天瑠も……強いから。最近はねこさんと一緒にいるもんね)
勘違いするな、相手を舐めていたら負ける。
自身を戒め、いつでも全力が出せるように程よく力を入れながら先を進む。
……勝負の時は突然訪れた。
パララララッ!と止まぬ銃声が鳴り響き、天音は直前に後ろへはねとび、壁のさらに後ろへと隠れた。
P90の貫通力を舐めてはいけない。
ゴム弾なのでまだいいが、実弾ならばちょっとしたコンクリートの壁を貫通する。
そして今回は腕だけ出して浅い角度での跳弾を使ってきたのだ。当たっていても不思議じゃなかった。
(っぶな……っ! 反応遅れてたら死んでた……)
やってくれるなと天音も闘志を燃やすが、迂闊に前には出ない。向こうはPDW、サブマシンガン持ちだ。チャンスはリロードのタイミングくらいだろう。
「…………」
とっ……と、柔らかい足音が狭い空間に響いた。
いつも駆け足で走るような、何気ない音。
それに───感覚が騙された。
「ぁ……っ!?」
その場から走り出したかと思えば、壁を蹴り、ベクトルを一気に変え、気づいた時には天瑠は天音の間合いの1歩前まで迫っていた。
あまりに自然すぎる体の使いこなしに咄嗟に天音は片手の拳銃を容赦なく撃つも、P90本体を斜めに構え、被害のリスクを最小限に防いでみせた。
「…………」
天音のイメージと明らかにかけ離れすぎていた。
速さも然ることながら、動きの滑らかさが異常で無駄という無駄がカットされまくっていた。
「っ!」
接近戦、天音が銃を下げ、二刀になったその隙を見て、天瑠も銃を背中に固定すると、腰の小型ナイフ2本を逆手に構えた。
僅かな視線の絡み合い、瞳の中に見えた少し小悪魔っぽい笑みが見えたような気がした。
(……まさか……この時のためにずっと……っ!?)
そこでようやく天音は気づいた。この1週間……それ以上の間、天瑠の戦ってる姿を見たことがなかったのだ。
いつも通り、普通を貫き通して───そして牙を剥いた。
天瑠は音湖の作った罠も仕掛けられている複雑に入り組んだ森の中をどれだけ疲れていても冷静に、周囲を見る力を付けさせられていたのだ。
比較的には視野は広かったが、音湖から言わせればまだまだだった。なんなら由莉の方がまだ広い。それを無理やり広げるために音湖は動いていたが、結果は予想を上回る結果を見せてくれた。
更にはスタミナ、反射速度、自身の瞬間的限界点の天井上げ、そして……機動力。全ての成長速度が音湖の想定を越えてしまっていた。
成長期、なんて言葉で済ませられるかすら分からなかったのだ。
変容した強さを見せる天瑠に天音は若干の動揺を見せたが、すぐに意識を変えた。
それでも負けるわけにはいかなかい。
まだまだ見守らなければならない。
瑠璃から託されたこの双子たちを、守っていかなければならない。
……せめて、黒雨を完全に潰すまでは。
「ッ!!!」
先攻した天音の双刀が最愛の双子の姉に容赦なく下ろされる。
「……っ」
ナイフの僅かな切っ先で弾くも、天音の攻撃は止まらない。嵐のように攻める姿勢に天瑠の表情もぴくりと強ばる。
天瑠の得意な投擲もこの攻めの前にはやろうと思っていても出来ない。
天音は行くしかなかった。攻めて短期決戦にしなければ休憩ほぼなしで次に行くことになる。体力が続かなければ……負けるのだ。
本番なら────殺される。
ただの1敗さえ絶対に許されない戦いがすぐそこまで迫っている。
(やるしか……ないッ!!)
「……双龍……」
生きて帰るためにも、これからのためにも勝ち残るんだと!
「演舞ッ!!」
身体が覚えるその技に天音の身体は舞った。
繰り出される最速の刃、動かない目の前の敵。
勝った、天音自身がそう思った。この間合いなら確実に天瑠の脇腹を撫でるように切る。その未来も見えていた。
「………………」
斬られることに恐れたのか、天瑠はゆらりと後ろへ後ずさる。
(これ、で……ッ!!)
そこに天音の刃が飛び込み……通り過ぎた。
「な……っ!?」
「………」
有り得ない事象に刀を振り切ったことにより、身体の重心が崩れる。すぐに返しの刃を振るが時既に遅く、天瑠の手から抜いたと同時に投げられたナイフが空気を滑るようにして天音の手に直撃した。
そこに生まれる0.2秒の硬直、それだけあれば充分だった。
今まで一度も抜いていなかった拳銃を抜くと躊躇なく天音の脇腹を撃ち抜いた。洗練された動きに、天音が反応するのにはコンマ1秒よりも短い時間のズレがあった。
「ぐぅ……っ!!」
ゴム弾とは言え、当たると悲鳴をあげたくなるくらい痛い。堪えつつも、声が漏れ天音はその場から動くことをやめた。
(まけ……た…………?)
初めてだった。
ほぼ完封、自分の良さを出す暇もなく負けた。
今までの動き全てが天瑠のそれとはかけ離れて……かけ離れすぎていた。
その認識の差で負けたのだ。初見ならば勝った可能性も十二分に有り得た。
……それでも、負けは負けだった。敗者が何を言おうが負け犬の遠吠えだ。
「強く……なったね、天瑠」
ちょっとでも気を許せば目から涙が零れ落ちそうなのを我慢し、勝者に賛辞を述べると、納刀しその場を立ち去った。
切り替えなければならない。
早く、このもやもやした気持ちを払わなければ次の戦いにも負けてしまう。
勝たなければならないのだ。
(まだ他のとこは終わってない……大丈夫、まだ4戦あるんだから……切り替えるんだ)
だが、強く在ろうとする者に付けられた黒は……天音の精神にまで強く響き、迷わせた。
そして……第2戦。
阿久津と当たった天音は瞬殺された。
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