今がその一歩を歩く時なんだよ!

「それでいいですか?」


「うん、これがいいかなって」


 PGMへカートⅡ───冥界の女神ヘカテーから名前を使われたこの銃は由莉と同じ12.7×99mmNATO弾を使うボルトアクション方式対物ライフルだ。

 有効射程は1,800mと由莉のM82の2,000mよりは少し短いが、高効率の反動抑制が施されていて反動は7.62mm弾とほぼ同じになっている。


 他にも威力の高い銃はあった。ダネルNTW-20やシモノフPTRS1941、マクミラン TAC-50と様々な銃がある中で選んだのだ。


「それにしても、由莉ちゃんって本当に銃のことなら何でも知ってるね。すごいよ……」


「えへへ、銃は大好きなので情報は集められるだけ集めましたねっ。それで……持ってみてどうですか?」


 へカートⅡはスコープも合わせて軽々と14kgを越える。M82より約1kg重いものを持たせてしまったかと由莉は心配になったが、ももは首を横に振った。


「大丈夫。ちょっとは重いもの持てるようにしてるし……スタミナがないから帰ったらまた練習しないとだめだけどね」


 ももは自分の肩ほどの大きさのへカートⅡを抱えながら笑った。それでも、きっと使いこなしてみせると。

 由莉もそれならと安心し、2人は戻った。

 既に璃音が準備を済ませて待機していて、調整をして点検射をする所までスムーズにことは運んだ。


(初めて撃つ……でも、大丈夫……!)


 根拠の無い言い分を自身に言い聞かせながら、マガジンに1発だけ篭めると、そのまま挿し込み、コッキングを行い大きな銃弾を薬室へと送り込んだ。

 そのまま、ももは先程外れた的へと照準を向ける。


「…………っ!」


 ズドカァァン!と轟声を響かせながらマズルフラッシュを吹き上げる対物ライフルにももは体勢を崩しかけ吹っ飛ばされそうになった。

 今まで使っていた銃と同じ反動だと言われても、ももは信じることが出来なくなりそうだった。

 だが……威力は本物だった。強化プラスチック製の標的パネルを真っ二つにしてしまった。


「……これが……対物ライフル……」


「すごい威力ですよねっ。これをハーグ陸戦条約にひっかかるー、なんて言う人もいます。確かに、23条1項には「毒、または毒を施した兵器の使用」を禁じていて、同条5項で「不必要な苦痛を与える兵器、投射物、その他の物質を使用すること」を禁じています。けど、対物ライフルを使ってはいけないなんて一言も書いてないんです。これで規制されているのは、命中したらマッシュルームみたいな盲管銃創を作って、鉛中毒も引き起こす『ダムダム弾』とか、足元で爆発させて足を吹っ飛ばしたり命を奪う『対人地雷』といった生き地獄を見せる兵器達です。けど、対物ライフルで撃たれたら、頭なら粉々にパーンっと弾けて、胴体ならでっかい風穴が空いて地獄に叩き落とせます。痛みすら感じず死ねるのですから、むしろ感謝されて欲しいくらいです。これをだめだと言うなら、生き餌にするために普通のライフルで急所以外を撃ち抜いて苦しませる方がよっぽどアウトだと思いませんか? 私も必要になればあんまり効果時間は短いですが、あの子M82A1で足を吹き飛ばして生き餌にしますけどね。あ、なんで効果時間が短いかというと、当然止血がほぼ不可能で断裂させた箇所の細胞組織もボロボロにするので10分もかからずに苦しんで死にますね。要するに、対物ライフルで人を撃つことは国際法上、問題ないと言うことですっ」


 止まらない由莉の雪崩のような熱弁にももは笑って流した。だが……自分が触っている銃がすごい威力だということは今ので理解したつもりにはなれた。


 さらに2,3発撃つ練習をしたももはいよいよ本題へ向き合った。

 今度はもう誤魔化しが効かない───銃に当てれば100%人型標的を貫く。


(やれる……絶対にやるんだ……)


 ────人なんてそこにはいない。


 ────遠くの銃を狙い撃つ少し難しいことをするだけ。


 ────7年、模索し続けた日々は絶対に無駄にはなっていない、そう信じる。


 ────自分の大好きな銃とも別れる……覚悟もした。


 失敗なんてしたい訳ない。

 今までは諦めていた自分も確かにいた。

 だけど、今いる自分は過去の自分じゃない、それを教えてもらったなら─────!!


(今出来なくてもいい、引き金が引けるだけでもいい……っ! でもっ、この瞬間に外したくなんかない!)


「すぅ………ふぅ……………」


 いよいよ引き金に指を乗せて引こうとした───その時、やはりと思っていたが声が聞こえてきた。


 "妹1人守れないあなたが何も守れるわけない。恨まれるのが怖いんでしょ? あなたは根本的に殺すのが怖いだけ。口先だけ言ってても臆病者は臆病者。まだ分からないの?出来損ないさん"


 ───うん、知ってるよ。それくらい分かるよ。わたしのことなんだから……っ。


 頭の響く声に唇を少し噛み、ももは抗った。


 ───それでも進まなきゃいけない……きっと、わたしはまた逃げる……臆病者だから、そういう人間だから……っ、でも、臆病者でもやらなきゃいけない時はあるんだよ……! 

『今がその一歩を歩く時なんだよ!』


「っ!!」


 その重たい引き金をももは最後まで引き抜いた。

 瞬間、銃声が轟く。一瞬の間だけ視界が閉ざされ真っ白になった。網膜が光になれて徐々にスコープの中で起きたことが理解出来た。


「あ……あぁ…………っ」


 ───そこには元々あった故障した銃の破片が散乱し、人の的が腹部を境にぽっきりと折れてしまっていた。

 7年、諦めようとしてもやり続けたももの努力がほんの少し、まだ序の口だが認められたのだ。

 信じられないと手を震わすももに、琥珀の瞳と黒曜石の瞳を輝かせた少女たちが左右から飛びかかってきた。


「ももさんっ、やりましたよ!!」

「ももさん……っ!!」


「由莉ちゃん……璃音ちゃん………っ、ありがとう……っっ」


 ももはなんとか2人を落ち着かせながら地面に座ると、今度は自分から2人を抱きしめた。体は熱く、意識までぼんやりとし、目の前が水の中に入ったように歪んでいたが、それでも2人が心の底から嬉しがっているのだけは分かった。

 ただ一つだけ「ありがとう」と言えさえすればももは満足だった。

 それさえあれば……全部伝わると信じているから。



 ──────────────────



 その夜はみんなでご飯を食べよう、と言うことになったのだが、阿久津とマスター、藤正と蜜檎は別件でその場を離れ、残されたのは全員女の子とさながら女子会模様を呈していた。

 そして、今日も天音が張り切ってご飯を作るのか───と思いきや、現在、椅子に座ってみんなとの雑談に興じていた。


 では誰が夜ご飯を作っているのか?


「おまたせ〜。やっと出来たよ〜」


「まず4つ出来たから先食べてて?」


 2人で2つずつ大きな皿を持ちながらやってくると、全員がその姿に目を惹き付けられた。2人揃って基本色はピンクで腰紐や首紐が赤色のエプロン姿でやってきたのは由莉とももだった。


「ゆりちゃん、ちゃんと出来たの〜?」


「もうっ、からかわないでよぉ。私だって作るのはすっごく下手だけど、手伝いくらいなら出来るもん」


 ほんのりからかわれ、ぷくっと頬を膨らませる天使のような姿をした親友の姿に天音はうっとりとしてしまった。

 由莉には何を着せても可愛くてたまらないのだ。


「ごめんごめんっ、冗談だよ。……それにしてもオムライスのいい匂いだね〜」


 だが、言っていることは本当のようで湯気と共に漂う匂いの良さがそれを物語った。


「うぅ、お腹すきました〜」


「天瑠も〜もうぺこぺこだよ〜」


 お腹を空かせた双子、いつもご飯を作っている天音、そして音湖に先に作った大きなオムライスを前に置いた。

 ふんわりと乗せられた艶やかで厚みのある卵の下にバター風味が効いたハヤシライスが食欲をそそってくる。みんな揃ってからだと思いながらも、誘惑に耐えきれずによだれが出かかる天瑠と璃音だが、「少し待ってね」とももが制止する。


「これをこうして……」


 持ってきたペティナイフを乗っているオムレツの端に据えると表面を軽く一裂き。すると、表面がゆっくりと崩れ落ち中からトロトロに仕上げられた卵が本性を顕した。光に照らされた黄金の輝きに2人は当然ながら、日頃料理を作る天音もわずかに声が漏れた。

 作った分、全てを割り終わったももは嬉しそうに「食べて?」と薦めた。


「「いただきますっ!!!」」


 双子らしく息ぴったりに勢いよく手を合わせ終わると、シンクロした動作でスプーンに手を伸ばしトロトロに仕上げられた卵の包みを切り裂く。すると、中からはケチャップにコーティングされたご飯が顔を覗かせる。

 それらを一緒に掬うと同時に頬張った。


「んん〜〜♪ おいひい〜」


「ほわあぁあ〜♪」


 頬を押さえながら満点の笑顔を見せた。ももも、大喜びする2人を見て満足そうに笑っていた。


「天音ちゃんもねこちゃんも食べて?」


「うん、いただきます」

「いただきますにゃ」


 天瑠と璃音が落ち着きを見せた頃に、空気を合わせて天音と音湖はオムライスを一口食べる。


「……うん。おいしいですよ、ももさん」


「ももは料理が上手なんだにゃ〜、もしかしたら天音とタメ張れるんじゃないかにゃ?」


「もぐもぐ……そうだね。このオムレツの焼き加減もすごく丁寧だよ。……うん、本当に美味しい」


 4人それぞれが幸せそうに自分の料理を食べてくれることに計り知れない幸福感を味わったももは、残りの分も作るために由莉と一緒にキッチンへと向かった。


「ももさんすごいですねっ。あんな天音ちゃんは阿久津さんのご飯を初めて食べた時くらい嬉しそうでしたよっ」


「うん、喜んでもらえて……本当によかったよ」


 全員分のハヤシライスは盛り付けてあり、あとは卵を作るだけだったももは準備をしながら頷く。

 ……その裏にあるとっかかりは勿論のこと由莉は見過ごさない。


「……ももさん?」


「…………オムライスはね、くるみの大好物だったんだよ」


 火加減を調節し、バターを塗ったフライパンに溶き卵と牛乳を混ぜたオムレツの素を流し込む。

 話しながらも、先に焼かれやすい外から中へと一気にかき混ぜ、トロっとした中身を作っていく。


「そろそろくるみの誕生日なんだよ。5月17日、生きてたら……18歳になってる。毎年ね、この日はオムライスを作るって決めてるんだよ。取り柄のないわたしだけど、女の子が普通に出来る家事すら出来ないのは恥だし、料理すら作れないなんて嫌だっから……ずっとやってた」


 ハンドルを持つ手とは逆の手で持ち手をトントンと叩き、淵を徐々に丸くしていく。


「最初は失敗したよ。卵焼きなんか硬すぎて間違って床に落とした時ゴムボールみたいに弾んだもん。……けど、銃も撃てない役立たずなわたしがこれ以上何も出来ないなんて……嫌だった。せめて料理だけは作れるようになろうって決めて……頑張ったんだよ」


 そうして完成したオムレツを見事なフライパン捌きで形を一切崩すことなく乗せてみせた。

 話しながら、ももは次々に作っていく。


「特に……オムライスは作れるようになろうって決めてた。……なんでだろうね。もう、お父さんもお母さんも……くるみもいないのに……一番食べて欲しかった人がいないのに作っちゃうんだよ」


 手際よく2つ目を作りながら、ももはぎこちなく笑う。


「……わたしなりの懺悔のつもりなのかもね。大好きだった妹を忘れないように……自分の罪を忘れないように」


「ももさん……」


「……ご飯前にこんな話しちゃってごめんね。どうしてかな。由莉ちゃんには……なんでも話しちゃうよ……」


 ミスをしてはいけない繊細な作業を行うももは由莉にそう謝るが、当の本人は全然気にしていなかった。


「気にしないでください。私も、こうやって話してくれて嬉しいです」


「……うん、ありがとう。由莉ちゃんは優しいね」


 頭を撫でるももと、「えへへっ」と笑う由莉。

 傍から見れば『姉妹』なんて言われても信じてしまいそうだった。

 そうして、完成させたオムライスを1人待たせてしまった桜へと持っていくと、桜も内心食べたくてうずうずしているようだった。


「おまたせ、桜ちゃん。待たせてごめんね?」


「ええよええよ。ももちが元気そうならあたしはかまへんで? ほんと……な」


 皿を置き終わって卵を割ったももに、桜は昨日の夜からの変化のしように口を綻ばせた。

 正直に言ってしまえば、悔しくもあった。

 桜にどうにもできなかった問題を4人は3日で変える起点を作り、止まっていた親友の刻を動かしてしまったならそう思わなくもない。

 けど、こんなにキラキラしている桃色の瞳を見れば、そんな気持ちもきれいさっぱり無くなってしまった。

 やっと見たかった姿を見れたのだから。


「じゃあ……いただきますっ」


「「いただきますっ」」


 そうしてみんなで食卓を囲み食べるご飯は格別なものだった。由莉も桜も、もちろん舌鼓を打っていたが、ももは生きていた中で一番自分の作ったオムライスがおいしく感じられた。

「こんなに美味しかったんだ……」とももは自分のことを認められた。美味しくて……たまらなかった。


 前を向き始めた少女の物語は……まだ始まったばかり。

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