全員の戦い

 一方、天音と桜はひたすらに近接戦闘を繰り返していた。

 激しい剣戟が繰り返され、幾度となく木のぶつかる音が連続で響き渡る。


「ええなぁ、天音の動き早すぎて惚れ惚れするわ」


「それについてくる桜も桜なんだけ……ど!」


「あははっ、そんなん実戦経験あるんやから当然やろ? あんまりあたしを舐めてると痛い目会うから……なっ」


 返し技をすんでのところで受けきった天音は額に汗を浮かべていた。


「桜の技……すごい変な感じする……っ。普通に受けたらそのままやられるし……よく分からないよ」


「やろ? この剣術を持ってるからには負けなんて許されへんからな。……そうや、天音。いくつか技教えておこうか?」


 桜は持っていた木刀をしまうと、そう問うた。願ってもない機会だった。

 強くなれるならなんだってしたくて、勢いよく頭を下げた。


「お願い、桜!」


「天音ならすぐに覚えてしまいそうでちょっと怖いけどな〜。ならいくで?」




 ──────────────────



 一方の天瑠は何をしていたのかと言うと───、



「にゃはは、うちに着いてくるとはなかなかやるにゃ?」


「ばてばてです……よっ!」


「そーいっても出来てるんだけどにゃ? にゃぁ、スタミナは由莉ちゃんが頭抜けてるし、力の強さでいえば天音ちゃんかもにゃ。けど、機動力と身体の柔らかさは天瑠ちゃんが郡を抜いてるにゃ」


 森の中を切り倒された丸太や近場にある岩や木の側面を使い、めちゃくちゃな三次元機動をしながらペラペラと喋る音湖に、よく舌を噛まないなぁと心の中で悪態付きながら天瑠も全力で追いかけていた。


「どうせそれでも本気でやってないんですよね!? 本気でやった時より遥かに遅いですよ!」


「5割にゃー。あと言い忘れてたけど、どれもよりはまだまだにゃ♪」


「……うわぁ」


 ばけものめーー!と言いたくもなる音湖の身体能力には毎度毎度呆れさせてくれる。

 だからこそ、自分も頑張りたいと思える。

 だからこそ、自分の絶対的な壁として立っていてくれる。


「じゃ、天瑠ちゃんは5秒待機にゃ。3分以内に『やる』にゃ」


 荒れる鼓動をぐっと堪えて天瑠は立ち止まり5秒止まる。

 その間に音湖は一気に加速し、遥か遠くへと行ってしまう。


(ほんと、由莉ちゃんみたいなことをするんだから────!!)


 両手に飛び道具を持ち……一気に駆ける!

 疲れなど気にしないで逃げる音湖を追いかける。

 木々の間をすり抜け、大岩を飛び越え、地面を蹴り飛ばし────僅かに見えた音湖を狙い、投げナイフをぶん投げた。

 届くまでに銃弾よりも遥かに遅く、だが、それでも吸い込まれるように音湖の身体目がけて飛んでいった。

 だが、音湖が身を捻り、僅か5cm外れて木の幹に2本のナイフは深深と突き刺さっていた。


(こっちだって……本気で殺れる!)



 ───だからこそ、本気で殺しにかかれる。





 ─────────────


 全員が自分のすべき事を見出し、活動する中で、視点を由莉の方へと写す。

 速攻で許可を取り、再び階段を滑り降りてきた由莉は早くやりたいとうずうずしていた。


「取ってきたよー! 聞いたら壊れたやつがあるから使ってもいいって」


「な、何をするの……?」


 不安そうなももに由莉は解決策の一部を提示した。


「ももさん、銃で銃を撃つことは出来ますか?」


「え……あ、多分出来ると思う……。人じゃないから……」


「なら早いですねっ。ちょっと待っててくださいね」


 そのまま200mを軽々と走り、故障している銃を土台に取り付けると由莉はすぐさま戻ってきた。


「正面、幅はかなり小さいです。最初なので200でやります。やってみてくださいっ」


 ももは快く頷くと、休ませて冷却をかなり済ませたライフルを構えた。

 深呼吸して呼吸を整え、照準のブレを徐々に減らしていく。


「すぅ、ふぅ………」


 自然と人差し指に力が加わり、最後も余裕をもって引き金を引ききった。

 くぐもった破裂音、そしてほぼタイムラグなしで金属が炸裂するような音が響いた。


「うんっ、これならやれるかも」


「行けますよっ。璃音は信じますっ」


 イヤーマフを外したももは、これからどうするの?と聞こうとしたがその時には既に走っていってしまった。


(本物の銃を使ったの……なんでだろう。わたしは……人が撃てるようになりたい。きっと……由莉ちゃんたちはそのために動いてくれてる……けど……)


 ももにはあまり検討もつかなかった。肉眼でも由莉たちを見るのが厳しくなってきたももはセーフティをしっかりかけて、マガジンを抜き取り、薬室チャンバー内に弾が入ってないのを確認してからスコープを双眼鏡代わりに使って由莉たちの動向を見届けた。

 由莉や璃音に銃口を向けているようですごく不快だったが、何をするのか一秒でも早く知りたかったのだ。


 そして……すぐにももは知ることになった。

 ももが考えに至らなかった、簡単で難しいその方法、


「……そういうこと……なの……?」


 人を狙わずに人を殺すための自己暗示を。


「人が撃てないなら、武器を狙えばいいんですっ。それが人に当たっても関係ないじゃないですか。だって、ももさんは武器を撃つんですから」


 人ではなく物を狙う。

 人を狙うより遥かに難しいのだが、ももが7年間努力してきたその力を由莉は信じたのだ。

 これが一番の近道だと。


「恐らく、ももさんが克服するにはここを破らないとだめだと思います。過去を克服するのは……難しいことです。ももさんなら、尚更難しいです。……わかってると思います」


「それは……まだ出来ない……」


「なら、やってみましょうよっ。今出来なくてもいずれ出来るかもしれませんし」


 ももは頷くと再びライフルを構える。銃を狙うが、後ろの人型の的が見えるだけで萎縮してしまいそうになる。


(……人は狙ってない……たまたまいたから……当たるだけ……そんなのそこにいた人が悪い……大丈夫、それなら…………やれるはず……っ)


「っ!」


 くぐもった銃声が鳴り響いた。

 1秒とかからず銃と銃弾が直撃する音が響くが、人型標的に命中することはなかった。


「……由莉ちゃん、もしかして……」


「うん……銃の角に当たって銃弾の軌道が思いっきり逸らされたね……」


 由莉の唯一危惧していたことが起こってしまった。ライフル弾なら銃本体なんて軽く撃ち抜ける。だが……それが銃の1番硬い角にかすり当てた時に軌道が逸らされて当たらない、それが起きてしまったのだ。


「……」


 その時、ももは自然と銃の角を狙っていたのだ。どうしても意識して……射抜こうと思っても身体が許してくれず抵抗してしまった。


「由莉ちゃん……確かにこんなこと起こる確率なんて低いと思います……けど、もしそれがここ一番って時に起きたら…………」


「うん……私もこれでいいなんて……言えない。ここで妥協して、もしもの事があった時……私が耐えられないよ」


 狙撃は確実にやらなければならないのだ。

 不安要素が一つでも状況に噛み込んでくるとそれだけで精神面でやられて命中率も低下する。

 これではいけなかったのだ。

 光明が見えかかった璃音は再度閉ざされたことになり─────、


「これじゃ……他に……」


「…………方法は無くはないよ」


「えっ?」


「ただ……それをももさんが認められるかどうか……」


 由莉は諦めていなかった。……いや、さらにその先を考えていたのだろう。

 璃音がどのような手段なのか───と、聞く前に、ももがイヤーマフを外しながら2人の元へとやって来ていた。


「……ある……の? あるなら……やらせて欲しいな……」


 この方法を───由莉が最初に話さなかったのは至極単純だった。

 ……自分がそれを宣告されて出来る自信がなかったから。


「……ももさんに尋ねます。今の銃を見放す覚悟はありますか? 7年連れ添った銃と、少しの間お別れが出来ますか?」


 自分だったら信じられないくらい迷う。きっと出来ないかもしれないと考えていたその問いをぶつけた。それでも……これしかないのだ。プライドを捨てて貪欲にやれるのなら─────、


「……うん。分かったよ」


「え……いいんですか?」


 しかし、予想に反して帰ってきたのは即諾だった。

 躊躇の欠片もない反応に由莉は戸惑うも、ももは真っ直ぐだった。


「わたし……ね。この銃……この子が大好きだよ。けど、落ちこぼれのわたしに使われて……役目も果たせずに終わらせるなんて……絶対にいやだよ。それなら、いつかこの子をしっかり使ってあげられるまで……別れるよ」


「……分かりました。ならば行きましょう」


 自分には真似出来ないかもしれない。

 由莉はももの覚悟を心の底からすごいと感じながら、2人で武器庫の奥へと向かった。

 その中で、ももは何をするつもりなのかと思考を巡らせていると、ある事が浮かび上がった。


「……もしかして、由莉ちゃんみたいな大きな銃を使うの……?」


「その通りですよ。大口径なら……武器の端に当たってもそのまま体ごと貫くはずです。7.62mmなら撃ってもそんなに血は出なかったと思います。けど、50口径クラスだと人が吹き飛びますし、原型も留まらないことも起こります。……それは大丈夫ですか……?」


 ちょっと心配する由莉にももは自分の胸を押さえながら「大丈夫」と呟いた。


「始めは……そんな事出来なかったと思う。あの子以外の銃を使うなんて嫌だった。けど…………もうそんな小さいプライドは捨てなきゃ……ね」


「っ、……えっと……ももさん、血を見るのはいいんですか? 今更だけど……昨日見たあんな感じで人がぐちゃぐちゃになるんですよ?」


「……血が見たくないから殺せないわけじゃないんだよ。わたしね、お母さんの両親にもすごく憎まれてたし、小学生の時に友達の葬式でね……その子の親が外で『絶対に殺してやる』って泣きながらその子を死なせた人を憎んでた。……わたしね、それから人から憎まれるのが怖くなった。それと……『妹すら守れず殺した手で何が守れるのか』って、人の形をしたものを狙うと頭の中に響くんだよ。その2つに怯えて……わたしは人を撃てなかった。実際に今も……」


 7年もの間、何百度と試したかはもう覚えていない。なんとかしようとしてもだめだったのだ。四肢を鎖で雁字搦がんじがらめにされたように、ピクリとも動こうとしなかった。


「…………」


「でも、わたしはみんなの支えになりたい。元だけどお姉ちゃんとして。まだ完全には出来ないけど、いつかは……普通に撃てるようになりたいから」


 だが、その鎖は由莉たちに会って断ち切られようとしていた。

 昨夜の出来事が恐らくももの中では1番大きく動いた。自分の中の真っ黒いものを吐き出したおかげで、ももの中では救いになっていた。


 そして、それを誰がしたのかを知っている由莉は、だからこそ自分が繋げなければならなかった。


「……その覚悟、絶対に無駄にしたくないです。ももさんのためなら色々するので何かあれば言ってくださいね」


 目的の場所に着くと、ももと2人であれやこれやと相談をした。そうして……ももが最終的に手にしたのは────、


「わたし……これにしてみる」


 ももが手にしていたのはPGMへカートⅡ、紛れもない対物ライフルだった。




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