私は『本物の偽者』、あなたは『偽物の本者』
ももが由莉を部屋まで連れていった後、自分も眠くなってしまい一眠りした。
朝が来るとみんないつも通り少し早めに起きて身体を動的トレーニングでほぐしたりしていた。
朝食も食べ終わり、訓練しようと移動を始める中、ももは由莉を呼び出し二人きりになった。
「あの……由莉ちゃん。夜中はありがとうね」
「えっ……?」
「酷いこと言っちゃったけど……由莉ちゃんのおかげで頑張れそうだよ。今日もよろしくね?」
それだけ言ったももは笑顔を見せると、地下へと入っていった。
(私……何もしてない……じゃあ……ももさんの話した由莉ちゃんは───!!)
何があったのかを由莉はすぐさま感じ取ると目を閉じて強く念じた。
───出てきて、と。
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由莉はゆーちゃんがいる白い空間へとやってきた。
あの事件以来、由莉はもう1人の自分である『ゆーちゃん』の元へと行くことが出来るようになったのだ。この事はなんとなく分かっていたが、やるのは今日が初めてだった。
由莉が舞い降りると、ゆーちゃんは寝そべったまま顔をこちらへと向けていた。
〈流石に分かるよね。そりゃあ私だもん〉
「なんで……勝手なことするの? もし……変なことになってたら……」
〈勝手? ふふっ、その答えは外れ。私なりの干渉が解答だよ、由莉ちゃん〉
由莉の心配を他所にゆーちゃんはその中で仰向けに寝転がって真っ白な天を覗いていた。
〈ももさんはいい人だよ。だから、我慢しやすいし無理もする。けど、それを続ければいずれ壊れる。忘れないで。私はあなたの知らないものを知ってる。……だから分かるんだよ〉
「ゆーちゃん……」
〈しっかりしてよ、私。あなたの人生はあなただけのもの。私はそれを俯瞰しているだけだけど、危なくなった時には手を貸してあげる。今回は由莉ちゃんが大切にしようとする人が危なくなったから支えただけ。助けるのはあなただよ〉
跳ね起きを決め、そのままハンドスプリングで由莉のすぐ前に着地すると真っ直ぐに指さした。
〈さぁ、行っておいで。あの人を生かすも殺すも由莉ちゃんの選択にかかっているって言っても不思議じゃない。選択を間違えたら……その時は身体を貰うからね? ……なんてね。出来るけど、私は由莉ちゃんの人生に下手に干渉することはなるべく避けたいからね。……あーー眠い……昨日は無理やり出たからくたくたのままだよ……暫く休みたいから早く行ってくれると嬉しいな?〉
由莉は『うんっ』と頷くとゆーちゃんをぎゅっと抱きしめてありがとうと一言だけいうと元の身体へと戻っていった。
ぽつんと1人になったゆーちゃんは由莉の見る世界を眺めながら届くはずのない呟きをしていた。
〈私は『本物の偽者』。今のあなたは言うならば『偽物の本者』。本物はその時が来たら……全部返すよ。それまでさ、見せてよ。由莉ちゃんが全部変えるところ、見てみたい。それが……偽者からのお願いなんだけど………くすっ、恥ずかしくて言えないかな〉
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由莉が急いで階段を駆け下りると天音たちは既に走り始め、既に半周しているのが遠くに見えた。
由莉もいつもよりかなり飛ばして追いかけ、なんとか2周目になる前に追いつくことに成功した。
「ゆりちゃんどうしたの? いつもより遅かったけど」
「ううん! ちょっとお腹痛くて」
「由莉ちゃん、体調悪いのですか? それならいつもより練習量少なくした方が……」
「本当に? 由莉ちゃんって、体調なんてあんまり崩したことないからちょっと心配……」
「璃音ちゃんも天瑠ちゃんもありがとうね。私は大丈夫だから」
息もあまり切らさずにみんなの頭を撫でながら走る由莉の様子を少し遅れ気味に走っていたももと桜は見ていた。
「由莉って走るの速いなぁ〜」
「だね……」
「と、今日はももちも頑張ってるな。もう2周目やけど着いてきてるやん」
一昨日、昨日と1周でバテていたのを見ていた桜は2周目でバテ気味でも走るももの変わりようにびっくりしていた。
「さては、由莉ちゃんたちとなんかあったな? 聞かせてや〜」
「ん〜ひみつかなっ」
「え〜、けちやなぁ〜……でも、ももちが元気そうやからよかったわ」
精神面の強さが一気に上がったことを感じながら桜は親友の頑張りに笑みが浮かんだ。
そしてこうも感じた。
魔法にかけられたみたいだと。
─────────────────────
ランニングが終わり、それぞれの訓練が始まると天音・桜、由莉・璃音・ももで分かれた。天瑠は1人で地下ではなく外へと飛び出していった。
由莉たちはももの弱点克服が出来ないかとひたすらに遠距離射撃の訓練だった。
「まずは400mですね」
「うん……やってみるね」
ももはMk14を構えて一定のペースで撃つ。だが、案の定、
「んん……やっぱり……当たらない……」
一昼一夜で解決するものじゃないことは分かっててもやっぱり悔しくはあった。
「じゃあ……
「な、750!? わたし……そこまで遠距離でやったことない……」
容赦のない由莉の飛距離選択に戸惑うももだったが、挑戦しずに後込んだままなんていけないと由莉にお願いすると、すぐに設定された距離に的が現れた。
「やってみてください。どこまで当てられるか……見てみたいです」
「……分かったよ。……頑張る」
ももは深呼吸すると、マガジンを取り替えてスコープを覗いた。倍率や7年間の勘で500mゼロインの設定を少しだけいじった。
(進む……そのためにわたしはここにいる……大丈夫。由莉ちゃんとも約束した。わたしは……強くなるんだ……!)
弱くてもいいから、みんなを守れるだけの力をももは求めた。もう、くるみのような事を招かないように。
ももは意識を集中させて引き金を絞った。
くぐもった音が響き、ももの体をわずかに揺らした。
「ショート。20m」
「もうちょっと奥……」
璃音の観測を元に修正を加えたももはもう一度発砲した。今度は的の端っこを掠めた。
(来た……修正しなくても次は絶対当てられる……)
ズレた分、上下左右真逆の方向に動かしたももは確かな自信を持って引き金を絞った。
「命中……8」
ももの3射目は円の黒丸の8の部分に命中した。
7~10の部分である黒丸の直径は200mm。……そう、ひとの頭とほぼ同じ大きさだ。
ももはマガジン1本分を時間を少し多めに消費して撃ち終えると的の黒丸にほぼ全ての弾が命中していた。
「風速2にします」
由莉は更にももの本当の実力を見ようと送風も入れた。ももはそんな状況も想定した訓練も受けてたのでそれを活かしてスコープのネジを回して再び構える。
(……当てられるよね。わたしも……頑張る……っ!)
────タァンっ
「……命中、7」
「ふぅ……よし」
───────────────────
そこからももはひとしきり由莉の試験を終えると、ゆっくりと立ち上がった。
「由莉ちゃん、どうだった?」
「すごいですよ! 有効射程より少し小さい距離でこれだけ出来るなら文句ないですよ! もし……実践出来れば間違いなくももさんはいいスナイパーになれると思います」
「……ならよかったよっ。でも……ここからどうすればいいのかな……由莉ちゃん、璃音ちゃん……頼ってもいいかな?」
「「任せてください!」」
ももが頼ると言うと、途端に由莉と璃音は元気に頷いた。案を考える3人だったが、由莉が真っ先に声をあげた。
「ももさんっ、400ならピンポイントで狙えますか? 無風の600で頭部と同じ大きさの集弾率なら行けると思いますけど……」
「……人じゃなくて風速が強すぎなかったら行けると思う」
「由莉ちゃん、考えがあるの?」
「うんっ、こしょこしょこしょ……」
由莉が璃音に耳打ちすると、璃音は「あっ!」とその案に声をあげた。よっぽど驚いたのは間違いなかった。
「ももさん、少し考えがあります。今から阿久津さんに許可を取ってくるので、少し待っていてください!」
由莉はももにそれだけ言うと、猛ダッシュで駆け走っていったのだった。
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