歩き出す小さな一歩

「…………その後はね……もうだめだった。何も役に立てないわたしが嫌で……こんなわたしが蜜檎さんの邪魔をしてるんだと思ったら情けなくなってきて……何回か自殺しようとしたんだけどね……出来なかった」


 辛そうに話すももだったが、これが全てだよと話し終わった。心なしか、話す前よりもすっきりしたような顔つきになっていた。


「ありがとうね、みんな。もうすっかり暗くなっちゃったよ」


「こちらこそ話してくれてありがとうございます」


「ううん、わたしが話したかったからだよ。聞いてくれて……本当に嬉しかった。それじゃ、わたしはこれで────」


 ももは満足してその場を離れようとした時、服を引っ張られるような気がした。

 後ろを振り返ると、天瑠と璃音が揃ってももをじっと見ていた。


「一緒に寝ましょうよっ」


「ももさん……だめですか?」


「え、でも……みんなはいいの……?」


 不安げに尋ねたが、嫌がる素振りを見せる人は誰一人としていなかった。幸いにもベットはキングサイズを2つ連ねているので寝るスペースは十二分にある。


「……なら……そうしてもいいかな?」


『はいっ!!』


「ふわあぁ……疲れちゃった……くたくただよ……」


 辛い過去を無理矢理引きずり出したせいで体力の大半を溶かしたももは皆に促されるままベッドの上に倒れた。


「天瑠が隣〜♪」


「反対側は璃音〜♪」


 双子の息のあった連携で颯爽とももの両脇を奪われた由莉と天音は思わず顔を見合わせて笑ってしまった。


「じゃ、ボクは天瑠の隣に行くね」


「うんっ、私は璃音ちゃんの隣で」


 そうして寝る位置が決まり、また色々話そうか……なんて思っていた4人だったが、ふと横を見ると、


「すぅ…………ふぅ………」


 寝息をもらしながらももはすっかりねてしまっていた。本当に疲れたんだなと由莉たちは自分たちも横になった。

 普段はすぐ寝れない日もあったが、その日は4人とも目を閉じて速攻で眠りについてしまうのだった。



 ──────────────────




「………ん……」


 まだ夜中の時、ももは目を覚ましてしまい寝ようにもあまり寝れる気分じゃなかった。

 ふと横を見ると、4人が自分の両手を広げて収まるくらいに密集しているのを見て思わず口元が緩んだ。


(かわいいなぁ……)


 すやすや眠る由莉たちを見ていると心がとても安らぎ……とても痛む。

 自分はこの子達に守られようとしてもらっている。

 なのに、自分ではみんなにしてあげられる事がほとんどない。それが年上として、先輩として、情けなかった。


 このままだとまた負のループに陥ってしまうと、ももはこっそりとベッドを抜け出すと、部屋を出ていった。

 ゆっくり閉めたドアの音は耳にわずかに聞こえるかどうかの小さいものだった。


〈……っ〉


 ……それに誰かがぴくりと指を動かすのは誰も知らないことだった。







 ももは家の外へと出ると、玄関先の石段に座り込んだ。

 空は綺麗に澄んでいて星もはっきりと見える。涼しい風が当たり、なんだか哀愁を感じさせるようだった。


「……くるみ……わたしってどうしようもないよね」


 いるはずのない妹の名前を呼びながらももは今の自分を嘲笑った。


「なんにも……出来ないままだよ。8年経っても変わらず……やりたい事も見つけれてない。なんとなくで大学にも行ってるけど……これからどうしたらいいのか分かんないよ……馬鹿だよね……」


 何か変えられると思って行った大学でも何も見つけられない自分が、ただお金を無駄に使っているみたいでそれも嫌気がさした。


「あれから……なんにも変わってないよ、くるみ……。もしくるみが生きてたら……きっとみんなを笑顔にするような事……してるんだよね……。なのに、わたしはこんな事してさ……でも、わたしは蜜檎さんの役にたちたいんだよ……それすら出来てないけどね……はぁ……」


 心のもやを晴らすように思ってることを全部吐き出してまた頑張ろう、そう思ってたのに、吐けば吐くほど胸が軋むようだった。


 いよいよ、ももの中で限界が訪れようとしていたのだ。


「このまま……わたしはみんなの邪魔しか出来ないのかな……そんなのいやだよ。わたしでも……誰かの役に立てるって証明しないと……何のために生きてるのか分からなくなるよ……っ! 来年には20歳……3年後には生きてきた半分を蜜檎さんと一緒に過ごしたことになる……11年……それまで何も出来なかったら? 何も成せなかったら? 誰の役にも……立てなかったら……?」


 焦っていた。

 考えれば考えるほど怖くてたまらない。

 瓦礫の下に埋もれるゴミのようになるのが怖かった。

 目の前で輝いているものを見ると自分の影の深さに絶望し、足掻く気力もなくしてしまいそうだ。

 だけど……暁希ももは無様に足掻くことをやめようとはしなかった。足を止めたら最期、もう二度と這い上がれなくなりそうだから。


「……大丈夫。まだやれる……よ……」


 額を手で押さえつけて必死に言い聞かせた。

 つぎはぎのボロ人形に意味を見出そうと前を向けとヒビの入った心に鞭を打った。


「もうちょっと……だけだから……っ」







〈……壊れるよ〉


「…………えっ?」


 ももが顔をあげると、そこには由莉がいた。

 気配も、音すら聞こえず突然現れた由莉にももは叫びそうになるが、そこは口を押さえて耐えた。

 確かにそれは由莉だった。ももも、それを見間違えるわけはなかった。だが……変だった。

 まず、雰囲気が明らかにおかしかった。

 いつもなら元気で人のことを思う優しい雰囲気を出しているのに、今はどこか寂しげだが元より大人びているように見えた。



〈……ももさん。少しいい?〉


「うん……どうしたの?」


 ももは不思議に思いながら立ち上がると、由莉は駆け走りそのまま抱きついた。

 あまりに突然の事で目を見開いたももだったが、耳を澄ました時その驚きは倍なんてもので済まされなかった。


〈……っ、…………〉


「な、なんで泣いてるの……?」


〈…………っ〉


 鼻のすする音と、微小なえずきは静かな夜には充分なくらいに聞こえてきた。

 由莉は……泣いていた。

 どうすればいいのか分からないももだったが、取り敢えず話は聞いてあげようと由莉を宥めた。


「わたしでいいなら……聞くよ? それくらいは……させて欲しいな……」


〈……ううん……もう大丈夫。ありがと……〉


 そのままそっと離れた由莉を……出来るならばももは離したくない、そう思ってしまった。

 いつもならきっと話してくれる、会って3日ながらももはそう感じていたのにそれが裏切られて、なおさら由莉のことが分からなくなった。


「由莉ちゃん……どうしたの? 少しおかしいよ……?」


〈……そうかも。ちょっと変なのかもね〉


 淡々と話す由莉の様子に気味悪ささえ覚えた。

 不信感を募らせるももはさっきの言葉を思い出した。


「でも、どうしてここに……それに壊れるって……」


〈ももさん、これ以上自分を締め付けると壊れるよ。そんなの……見たくない〉


「……なんでそんなこと分かるの? わたし……8年、ずっと頑張ってきた。馬鹿みたいに……やってきたんだよ」


〈分かるよ。ももさんは……そういう人だから〉


 既にお見通しといった素振りの由莉に……ももは少しだけ腹を立てた。

 ももには由莉の過去は分からない。だけど、会って間もない10歳くらいの女の子に自分の気持ちは絶対に分からないとも考えていた。

 苦しみ続けた8年間を軽んじているように聞こえたのだ。だから……ももは由莉に悪態を零すのさえ分からなかった。


「なにも……知らないくせに……っ」


〈…………〉


「分かるわけないよね……世界でたった1人の妹を殺した気持ちなんて。……分かるわけない」


〈…………〉


「何をしてもだめ……妹を殺した自分に出来ることを探してた……ずっと……ずっと!! ずっとずっとずっと、わたしだって頑張ってるんだよっ!! なんで分かってくれないの!? 身体が壊れるまで頑張ったこともあった。泣きながらやったこともあった。けどだめだった……何も……まだ1つもわたしは見つけてないんだよっ! 今のままは……いやなんだよ……っ、嫌だから焦ってるんだよ!!!」


 自分が泣いてるのさえ気づかず、ももは由莉を責めるように近寄る。


「教えてよ……わたしは何がだめなの? 何がだめだったの? ねぇ、なんで───」


〈……なんで……っ〉


 その言葉で……ももはハッと我を取り戻した。

 目の前で……由莉が震えて、そして自分が由莉を責めたことをそこで自覚した。


「あ………ぇ………」


〈なんで自分ばかりが悪いなんて思うの!? 自分だけが苦しいなんて思わないでよ……みんな苦しい思いしながら生きてるんだよ……私だって苦しくてどうしようもなくても頑張ってるんだよ!! 『お姉ちゃん』ならもっとしっかりしてよ!!〉


 俯きながら叫ぶ由莉の頬にはよく見れば涙が滴っていた。落ちる雫1粒1粒が土の中に消えていく。


〈……こんなこと私だって言いたくなかったよ……っ、けどさ……このままじゃ本当にももさんが壊れるんだよ……いつも自分のこと見てるのに、なんでそんなことが分からないの!?〉


 顔を上げ、ももの顔を見ながら何度も視線を降ろしたくなるのを我慢するように首を振りながら由莉はひたすらに己の『本当の心』をさらけ出した。


〈……分かるよ……それがどれだけ辛いか分かるし、自分を捨ててボロボロになりながら頑張った先に何があるのか知ってるから言ってるんだよ!! だからさぁ……もっと自分を大切にしてって約束してたじゃん!! お願いだから……っ〉


「ぁ………」


 ももは我慢してた全てが爆発したような思いの衝撃を喰らった。そして……ももは自然と一歩前に歩み、由莉の視線に合わせてそっと抱きしめていた。


「ごめん……なさい……」


〈……これからだよ。過去を振り返っても起きてしまったことはもう二度と変えられない。今あるのは現在と未来しかないんだよ。……さぁ、どうしたい? 決めるのはももさんだよ〉


「……わたし、は……っ」


 ももは声を出そうとしたが、震えて声がうまく出せない。それも由莉は分かっていて背中をそっと撫でてあげた。


〈大丈夫……ももさんなら出来るよ……焦る必要も……怖がる必要もないよ。しっかりして?〉


「わたしは……自分のやるべき事をやれるようにしたい……っ。みんなのために……銃を使えるようになりたい……っ」


〈うん……『今の』ももさんならきっと出来る。ここにいるのは過去に縛られたままのももさんでも、自分を責めてばっかりのももさんでもない。たくさんの可能性のあるももさんなんだよ。いい方向にも悪い方向にも転がるけど、私は信じてるよ。あなたは……とても優しい『お姉ちゃん』なんだから〉


 由莉の言葉に励まされたももは離れると、由莉の瞳を真っ直ぐに見た。迷う素振りなんてみせない、やる気に満ち溢れたももだった。


「…………うん……っ、わたし頑張ってみるよ。……信じてくれるかな?」


〈もちろんっ。……夜と朝の間に必ず『暁』はある。暗い夜を越えたら後は光を見るだけだよ。そんな『希』望を見られる素質を持っているのが、暁希ももの名前に込められた意味なんだよ〉


 自分の名前を使って励ましてくれた由莉にももは優しく笑ってうなずいた。


「ありがとうね由莉ちゃん。今日も頑張るね。前を見てしっかり歩くよ」


〈……よかっ……た……〉


「っ、由莉ちゃんっ!」


 それを聞いて安心したのか由莉は前につんのめったように倒れようとするが、ももが咄嗟に支えてあげた。


〈ごめんなさい……今すっごく眠くて……出来たら……このまま連れていってくれますか……?〉


「うん、任せてっ。さ、乗って?」


〈……あり……がとう…………〉


 倒れるようにももの背中にもたれかかった由莉をしっかりと担いだ。


「由莉ちゃん……ありがとうね」


「すぅ………すや……」


 既に由莉は深い眠りについたようで、さっきまでの雰囲気がまた嘘のように消えて可愛らしい由莉の雰囲気が戻っていた。


(さっき……あの感覚は………でも、今は全然分からない……そんな事もあるんだね……)


「……約束だからね。わたし頑張るよ」


 弱い自分を捨てることは恐らくは出来ない。

 それでも前を見れば見つかるものがある。

 手伝ってもらうことは恥ずかしいことなんかじゃない。

 ももは自分が少し変わり始めたのを感じながらほんの少しの疑問を捨て去り由莉たちの部屋へと戻るのだった。

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