【ももの過去編】お願いだから……死なせてください
「…………っ」
ももの話を聞いていた4人はとてつもない怒りに襲われたが、特に天音は───本気でぶちギレていた。
「クソがッッ! 大人はどいつもこいつも子供をなんだと思ってるんだ……っ、だからクソ大人は嫌いなんだよッ!!!」
水面を激しく殴る天音の殺気にももは驚いたように天音の怒りに染まった瞳を見た。
由莉もここまで本気でキレた天音を見たことがなくて驚いていた。
「お、お姉さま……」
「お姉様……」
「っ、ごめん……でも、ちょっと収まりそうにない……っ!」
「天音……ちゃん…………?」
突然変わった口調にびっくりしたももはどうしたらいいのかとアワアワしたが、天瑠と璃音が天音を宥める中、由莉がそっと風呂から上がるとももの前に座った。
「……天音ちゃんは過去にお父さんとお母さん、2人とも殺されているんです。……そして、それを首謀したのはその叔父だったんです。そして、その人に天音ちゃんはかなりの期間、監禁されていたんです」
「…………っ!!」
この状況を理解してもらう為の手っ取り早い手段ではあったが、こんなこと言っていいのかと由莉もバツが悪そうだった。
「……天音ちゃんはももさんの経験と自分の経験を重ね合わせたんだと思います。それがどれだけ辛くて苦しいか知っている天音ちゃんだから……あれだけ本気で怒れるんです」
「っ、天音ちゃん……も……」
「はぁ……ッ、はぁ……っ、はぁ……!」
激しく呼吸しながら落ち着こうと、天瑠と璃音に助けられながら徐々に爆発した感情を心の中へと押し沈めていった。
「はぁ…………。……ごめんなさい、頭に血が上って……」
「ううん、わたしなんかの為にそこまで怒ってくれてありがとうね、天音ちゃん」
ももは優しく笑って、そっと胸に手を当てた。
自分を気遣ってくれる子達がこんなにもいるのが心の底から嬉しかったのだ。
「……そろそろ、みんな上がる? みんなも熱いでしょ?」
体を流し終わったももがそうみんなに提案すると全員が頷いた。
揃って風呂場を出た5人はすぐにパジャマに着替えると、大きなベットの一辺に座った。
「服着ると誰か分かりやすいね。えっと、水色が天音ちゃんで桃色が由莉ちゃん、青色と赤色……うん、青色が璃音ちゃんで赤色が天瑠ちゃんかな?」
「ふふっ。ももさん、こっちが璃音で」
「こっちが天瑠ですよ? ふふっ」
「………」
さすがに当てられると思っていたももはショックで呆然とする。小悪魔のように笑う双子だったが、側面から痛い一発が飛んできた。
「「あいたぁ!?」」
「こらっ、からかわないの」
「天瑠、ももさん困ってるでしょ?」
「「うぅ……」」
「あっ、合ってたんだ。よかった〜」
天音と由莉に叩かれた双子が頭をさする様子をももはハニカミながら見ていた。
と、先程の話を思い出していた由莉は思いついたようにももに1つ尋ねた。
「そういえばももさん。……今の話だと、元々はこの近く……関東に住んでいたのですか?」
「あっ、よく分かったね。その通りだよ。ここからは結構離れてるけど、通ってた学校もあるし、お母さんたちの墓もあるんだよ」
由莉を除いた3人はももが元々この近くに住んでいたことにも驚いた。
そんなこと言ってたかなと頭を捻ったが全く思い当たらず、どこからその情報が浮かんだのかと流石としか言い様がなかった。
由莉の質問が終わると、ももは少しだけ間を置くとみんなに続きの話が聞きたいかと言うと、4人揃って頷いた。
「ありがとうね、みんな。わたし……とっても嬉しいよ。……実際にわたしは……」
その後に続く言葉をなんとかももは胸にしまった。
『まだ』だと。
『まだ』言えないと。
「ううん、なんでもない。じゃあ、話すね。……雪山に捨てられて……もう死ぬことしか頭になかったわたしは─────」
───────────────────
雪に被さるくらい埋もれたももはもう寒さを感じなくなってきた。寒くてたまらなかったが、これで楽になれるとももは少しだけ嬉しかった。
(……ねむい……これで……)
ももは強烈な眠気に襲われ、誘われるまま眠りにつこうとした。
だが……それを破る1つの足音がももの意識をほんの少しの間だけ食い止めた。
(ぇ…………)
雪の狭間から見える僅かな視界に人影が映った。それが誰かも分からないまま、ももは意識が朦朧としていった。
ただ一つ、ももはその時に思ったことは…………、
───お願いだから……助けないでください。
■■■■■■■■■■■■■■
それから数時間後。
ももは目を覚ますと、布団の上で分厚いコートを来ながら暖かい火の前で寝ているのに気がついた。
「え……?」
「あら、目が覚めたのね」
身体を動かせずにいるももにその男は優しく笑いかけた。
歳は30代ぐらいだが、美容に気を使っているのか肌はその年齢を全く思わせない。容姿もかなり男とはいいにくいが、女とも呼べない曖昧さを漂わせていた。
「アタシは蜜檎っていうのよ。目覚めたら知らない人がいてびっくりしたでしょう?」
「どう、して……」
「あなた、雪に埋もれかけていたのよ。近くに車の残骸と血痕も残っていたけれど……もしかして、」
「どうして助けた……の?」
泣きそうな声でそんなことを言われた男──蜜檎は何を言っているのか分からないと言わんばかりの困惑を見せた。
「そんなの子供が雪に埋もれかけながら倒れていたら助けるわよ。無視するような人なんていないわ」
「………しかった……」
「ん? 今何か……」
僅かに聞き取れなかった蜜檎は起き上がったももの言葉を聞こうと少しだけ近寄ったら、ももは顔を真っ赤にして泣き叫んだ。
「なんで死なせてくれなかったの!? もう少しでみんなの所に行けたのに!! なんで?なんでなの!? どうして……みんなはわたしを家族と引き離そうとするの……? どうして…………っ!」
「っ! 待ちなさい! 外は吹雪いていて出るのは自殺行為よ!?」
一瞬の隙を突き、ももはその場から逃げようとする。
蜜檎は咄嗟に手を伸ばしたが、ももがその間に毛布を捲りあげて間に挟んだことでももを掴み損ねてしまった。
走り出そうとした頃には既にももは外に出てしまっていた。
「あの子、馬鹿なことを……っ!」
■■■■■■■■■■■■■■
────さむい……よ……っ
出てきてしまったのはいいが……ももは寒さに震えながら歩いていた。もう視界が見えないほどに吹雪いていて少し先でさえ全く見えない。
もう戻る道すら分からなくなった。
「……どうしてなの……? もう少しだった……なのに……っ」
厚着になっていたこともあり、なんとか耐えてはいたが、既にももの体温を吹雪は奪いつつあった。寒さが身を貫き、音をあげずにはいられなかった。
「あそこで死んでたら……こんな苦しむことなん……なかったのに……っ! みんなに会えたのに……なんで……わたしはお母さんたちと一緒に……いられないの……?」
家族なんてもう誰一人いないももはもう世界が真っ暗だった。
自分が何よりも大切にしていたものが一瞬で奪われ……内ひとつは自分が奪って、自分は悪運に憑かれて今まで生き残ってしまったことを心の底から憎んだ。
「ごめんね……」
─── お……ねえちゃん……たすけて……
「ごめんね……くるみ……っ」
─── お姉ちゃん…………の…………せ…い………………だから……ね? ……さよなら
「ごめん、なさい……ごめんなさい……みんなぁ……っ」
数えられないほどに『ごめんなさい』を言い続けた。
口でも心でも、何度も、何度でも、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
「お願いだから……みんなの所に…………っ、行かせてよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
ももの悲鳴はたちまち風と雪に打ち消され、吹雪く音だけが辺りを包み込んでいた。
だが、その声は自然には届いていたようだった。
歩いていたももが次の一歩を歩こうとした瞬間、雪が一気に崩れももの身体は深い崖へと放り出された。
足場だと思っていた場所はただ雪が崖の外にせりだっていただけだったのだ。ももがそれに気づかずに踏み抜いた時、雪で作られた虚構の足場が一気に崩れさったのだ。
「ぁ………」
急に視界が下向いたももは遥か下にしかない地面を見て、死ぬんだと直感した。
……嬉しかった。これで本当に死ねるんだと。
「死ぬんじゃないわよ!!!」
目を閉じたももはその声を聞き、目を開いた。
すると、先程助けた人が自らももを目掛けて崖から飛び降り自分を掴もうとしていた。
「っ!!」
まさかとは思った。だが……ここまでは予想していなかった。なぜ飛び降りたのか、なぜ……自殺行為同然の行動に出たのか、ももには理解が出来なかった。
「馬鹿なこと……っ、やってんじゃないわよ!」
蜜檎の手がぎりぎりももの胴体を抱え込んだ。だが、既にそこは崖から飛び降り足場は遥か下。
落ちれば確実に死ぬ。
蜜檎もここは賭けだった。失敗する確率がかなり高く、失敗は即ち死だ。
それでも、助けたかったのだ。
「こ……っ、のぉ!!!」
蜜檎は片方の手で持っていたロープを思いっきりある場所へ向けてぶん投げた。
ロープの先についた重りは放射線を描きながら崖に生えた木に巻き付き、2人の身体は宙ぶらりんになりながらもなんとか落下までは免れた。
「っ、離してよ……わたし……死んでみんなの所に……」
「馬鹿野郎!! 死ぬくらいなら生きて誰かの役に立ちなさい! 自殺なんてただ自分から逃げた人がすることよ! 何の解決にもなりはしないのよ! まだ命を落とすにはあなたは早すぎる、生きて自分に出来ることは何か考えて動きなさい!! 生きなさい!」
激しく叱咤されたももはその場で大声で泣きわめいた。
「うわぁぁぁぁああああ!!!! もう……!わたしには誰もいないよ!!! お父さんもお母さんも死んで……妹もわたしのせいで死んだ……わたしが殺したんだよ!!! 全部全部わたしのせいなんだよ!! わたしが……みんなを不幸にした……もう生きたくないよ……わたしなんか……なんの価値もない……っ」
「価値がないなら見つけなさい。最後の最後まで探し尽くしなさい。価値のない子供なんて誰一人いないのよ」
「……っ」
「行くところがないならアタシと着いてきなさい。あなたが自分の道を決めるまで側にいてあげるわ」
優しくも厳しい蜜檎の言葉と共に抱かれたももはその場で泣きじゃくった。
安心、ではない。
やっぱり自分は死ぬ事すら許されないんだと。
それが自分のした事への代償なんだと思ってしまったのだ。
もう家族と会えない悲しさに泣いたのだ。
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