【ももの過去編】なにひとつ叶えてもらえなかった

「わたしは……大切な妹1人……守れなかった……っ」


 顔を抑えて泣くももの側で話を聞いた全員の目元は赤くなっていた。

 特に由莉はももと同じくらい涙を零して泣いていた。


「なさけない……最低な姉だよ……わたしだけ助かって……こんな命……捨ててしまいたかった…………」


 泣きながらももは何とか話しをしきるとその時のことがフラッシュバックしてさらに涙が溢れ、風呂の中に何重にも重なって波紋となった。


「ぐすっ……みんな……聞いてくれてありがとう……ごめんね……どうしても涙が止まらなくて……っ」


「ううん……話してくれてありがとうごさいます、ももさん……っ」


 優しい由莉の声に安心したのか、ももは少し落ち着きながら、最初はもっと酷かったよ?と全員に少しだけ話した。


「…………最初にこの話をしたのは桜ちゃんなんだけどね……その時は錯乱してまた……おかしくなるところだったんだよ……」


 自身を嘲笑うように作り笑顔を見せたももはシャワーを浴びたいと、由莉たちと場所を入れ替えてもらった。

 火照りすぎた身体を少し冷ためのぬるま湯をかぶり体温を下げると、ももは一息深く入れた。


「……もも……さん。少しいいですか?」


「うん……なんでも聞いて?」


 天音がおずおずとする中、ももはもう4人なら全幅の信頼を置けると頷いた。

 それに安心した天音はさらにももの懐へと飛び込んでいった。


「ももさんは……どうやってあの人と……東北地方支部長と出会ったのですか……?」


「……気になっちゃうよね。どうしてわたしがここにいるのか……」


「い、いや、思い出したくない記憶なら話さなくても……」


「ううん……いいよ、全部話すよ。……わたしが話したいんだよ」


 ももは髪や身体についた泡をシャワーでゆっくりと流していく。いっそ、過去の全てを洗い流せたらと願いつつ────。


「……わたしはね……、」



 ──────────────────


 意識レベル200-Aまで低下したももは病院で懸命な処置が行われたが徒労に終わった。

 ももは文字通りの『廃人』になった。

 何をするわけでもなく、ただ意識のない瞳でぼんやりとどこかを見ている───生きた屍だった。


 事件が起きてからももが目覚めるまでの間に、事件の被害者であるももと、死んだくるみが倒れている写真は新聞に掲載されると瞬く間に拡散され、すぐに搬送された病院も割り出され、連日のように病院前にマスコミが押しかけていた。

『話を聞かせてください』、『被害者の名前は──』と死体に群がる蝿のように集っていたが、病院側から被害者への面接はお断りさせていただきますと、被害者を引き入れた他の病院の代表との合同記者会見を執り行うことで、なんとか秩序は保たれた。


 だが、1~2週間後には警察による被害者の名前の公表がされたが、その時は親族や死亡した人と縁がある人への取材が頻発した。

 分け目も振らず、ただ稼ぎのためにしつこく纏わりついて心の傷を抉るような質問攻めをする記者のその様子はただの『獣』と同類だった。

 度重なる取材交渉に心を病む者まで出てきて、挙句の果てには耐えられなくなった被害者の親族が飛び降り自殺をし、二次災害はかなりのものとなった。

 これが現状だった。腐りきった日本が招いた事件は更なる被害を出し、凡そ1ヶ月をかけて徐々に収束していくのだった。


 たった1ヶ月、そう思うだろうがこういった事件は滅多にない、なんて話じゃなかったのだ。




 その頃、医師はももの名前から親族をようやく見つけることが出来て、連絡を入れると『すぐに引き取ります!』と怒りめいた声がかかってきてすぐにももの母方の親族が引き取りに来た。

 医師はまだ精神状態もよくないので、出来ればもう少し安静に……とは言うが、強引に迫られた。

 医師にはそれ以上の権限を持っていなかったので廃人になったももを引き渡すしか無かった。


「─────」


 自意識喪失状態のももを後部座席に投げ入れたももの母親の両親は、そんなももの状態をいいことに袋叩きにした。


「だからあんなやつと一緒になったらいけないとあれほど言ったのよ!!!!」


「お前なんかに金を使うなんて金をドブに捨ててるのと同じだ!!」


 病院の入院代を8割保証されるが、2割は補填という制度を知った2人はそうしてももを無理やり退院させたのだ。

 お金の無駄遣いだったから、それだけの理由だった。


 ───わたし……の……せいだ……ぜんぶわたしがわるいんだ………。


 茫然とももは暴言を吐かれ続けた。

 どれだけそうしていたのか、ももは分からなかった。だが……もう、自分なんかどうでもいいんだと何かをすることは一切なかった。


 それから────凡そ5時間後。

 夕暮れ時になった雪の積もった山に車は入っていた。揺れる車内でももは糸が切れたあやつり人形のように横たわっていた。


「──────」


 身体全体に力はなく、揺られ続けていたももだったが、突如として車が停止してももの体が足を置く場所へと転がり落ちた。


 ガチャッ、


「おい、早くしろ! こんなとこ見られる訳には行かねぇんだよ!」


「あなたがもっと引っ張りなさいよ!?」


 怒号が響く中、ももは車の外へ引きずりだされ、雪の降る道端へと無造作に投げ捨てられた。


「こんなガキのためにここまで来なきゃいけないなんてな……最悪だ……クソ!!」


「早く行きましょ! あの子に構う時間すら惜しいわ!! あーいやいや!」


 暴言を言われながら車に乗り込む2人を見ながら、ももは「もう……いいや」と全てを諦めた。


 ───さむい……


 ……早く死にたい。死んでみんなの所へ行きたい。そう思っていた時……、


「グォアアアアアアアア!!!!」


 獣の猛った唸り声が雪山の一角に轟いた。

 ももを捨てた車の前にとてつもなく大きな熊が目をギラギラとさせて立っていたのだ。その身長は軽く3mはあるかという巨躯だ。


「急ぎなさいよっ!!! 早く!!」


「んな事言っても、雪でスリップして……うわあああああ!?」


 逃げようと必死に車をバックさせようとしたが、ようやく動き出すという直前に熊の片手によって車の前部分がひしゃげて車の機能が停止した。

 そのまま、熊は車に乗っかりフロントガラスを紙を破るように粉々にする。


「来るな、来るなぁぁ!!! やめ───」


 ぐちゃり。


 熊は顔だけ車の中に突っ込むと、中にいる運転席にいたももの叔父の頭を引きちぎるように喰らった。髄液やら脳漿をめちゃくちゃに滴らせながら冬眠寸前の熊は栄養補給に勤しんだ。


「あ、ああぁああああ………」


 その場から動けずにいる叔母も栄養の足しになると目をつけた熊はゆっくりとド太い前足をゆっくり上げると、容赦なく振り下ろした。


 ぶちゃっ。


 鋭い爪に一裂きされた祖母の顔面はたちまち崩壊し、首があらぬ方向へとへし曲がった。


「グォアアアアアアアアァァアアア!!!」


 獲物を仕留めたことへの喜びと言わんばかりの吠声が山全体を覆った。凄まじい圧力を受けて、ももの意識はほんの少しだけ回復したが、生を諦めていたももは逃げようともしなかった。


 ───殺される……でも……わたしが全部悪いんだから……何もかもわたしがダメな子だから……こんな事になったんだ……早く死にたい……みんなの所にいきたいなぁ……。


 肌すら凍りつきそうな寒さの中、ももの頬を涙がゆっくりと伝った。

 ……と、熊は少し離れた所にももう1つ獲物が転がっているのを認識したようで、ももの方へと1歩ずつ近寄ってきた。


 ───お父さん……お母さん……くるみ……わたしもすぐ行きます……だから……ちょっとだけ待ってて……ください。すぐにわたしも追いかけます……


 殺してと、早く殺してよと、ももは熊にお願いするようにその目をずっと見ていた。

 既に熊とももの距離は1mも離れていない。次に前足を振り下ろせばももの頭など簡単に潰れて粉々になるだろう。


 ずうぅ……と熊の首が伸びるようにももの顔へと迫り、ももの匂いを確かめるように鼻でじっくりと嗅いだ。


 ───殺して、ください……お願いします……殺してください……っ


 必死にももは訴えた。

 その願いが叶ってか熊はさらにももの顔へと接近する。

 あぁ……やっとみんなと会えるんだと安堵したももだったが……熊のとった行動は全く違った。


 ぺろり


 ももの涙をひと舐めした熊は踵を返して後ろの獲物へと向かっていった。

 そのまま、片方を捕食した熊は再び遠吠えするともう1人を口に咥えてその場を去っていった。


(なん……で……?)


 取り残されたももは歯を食いしばり唸るように泣き声をあげた。


「ぅぅぅぅぅ、うぁぁぁぁぁぁぁ…………」


 たった一人、惨めに死ぬのが嫌だったと言うわけではなかった。

 たった一つの願いすら叶えてもらえなかった、すぐに死ぬことさえ許されなかったのが悔しかったのだ。


(わたしが……わるいんだ……何もかも…………)


 降雪の中でももはそれでもここで死ねると、それだけを願い、想い、自分の意識が消滅するのを静かに待つ。




 もう、自分の命に価値なんてなかった。




 ───────────

 ※補足

 意識レベル200-Aとは

 痛みに対して手足は無意識に動かす(200)が、自発性を喪失している(A)状態です。

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