【ももの過去編】みんなを幸せに……

「お父さんとお母さんすごーいっ!」


 もも(11歳)はその話を聞いて目をキラキラさせていた。何度聴いても、2人の告白談は面白かったのだ。

 しかし、そこに頬づきしながら一つため息をつく子がいた。


「おねえちゃぁ〜ん……その話、何回目か分からないよ〜」


「え〜だってすてきなお話だと思わない?」


「思うけどさぁ……」


 秋を彷彿させる黄褐色の短めな髪の毛と黒の瞳の女の子『くるみ(10歳)』は自分の姉のテンションの上がり具合に肩を竦めていた。

 ももは母親に似て、くるみは父親に似た。その影響か髪の色が全く違うのだ。


 そんな姉妹の様子を父も母も笑って見ていた。


「あはは、そのせいで少し大変な思いをしたけどな。なぁ、はな」


「そうだね〜茂幹くんの所はそれっきりだったけど、私の家族がねぇ……」


 葉夏の家族は駆け落ちのようなことをさせた茂幹に敵意を向け、ももとくるみにさえ冷たく当たるのだ。それも葉夏がいつも近くにいるから、なんとかなってはいるが────。


「あの人たち怖い……」


「………っ」


 ももも当然怖かったが、一番怖がっていたのはくるみだった。大人の悪意は子供には酷く辛かった。特に、くるみは人の感情を人一倍感じやすかったのもあり余計に恐怖を感じた。

 ももはお姉ちゃんらしくあろうとくるみの肩をそっと自分の腕で寄せた。震えているのが肌を通して伝わるのがはっきりと感じられた。


「くるみ、大丈夫だよ。お姉ちゃんがいるから……ね?」


「……お姉ちゃんこそ震えてるのに……」


「うん……けど、わたしはくるみのお姉ちゃんだから」


「……ありがと……」


 そっと2人は安心しようとするかのように抱き合う。くるみは大人びていて、普通にももよりも丈夫ではあるのだが、それでも、根っからのお姉ちゃん大好きっ子なのだ。

 と、そんな2人に母はある素敵な提案をした。


「そうだっ。明後日、全員で遊園地行きましょうっ」


「「っ、遊園地!?」」


「遊園地か……いいな! 俺も明後日は休みだからみんなで行こうか」


「「やったー!!」」


 先程までの不安はどこへやら、2人は途端に笑顔の花を咲かせた。家族みんなで行くのならどこだって楽しいと感じるもももくるみは既に思考は明日へと向いてしまっていた。


「くるみっ、楽しみ?」


「そんなの決まってるでしょ? ……お姉ちゃんと行けるんだから……当たり前……だよ」


「えへへ、ありがとうね、くるみ〜」


「んもぉ〜……お姉ちゃんったら……」


 嬉しそうにほっぺをすりすりするももにくるみも嫌そうな表情は見せなかった。

 そんな仲良し姉妹の様子に両親も笑顔で見守っているのだった。


 ────────────────


 ──そして翌日、


「来た……っ!」

「来たよ……!」


「「ゆ〜うえ〜んち〜〜!!」」


 家族でやってきたのは、車で30分ほどした場所にある藤の花遊園地だった。土日というのもあり、開演直後でも人集りが出来ている。


「お父さんとお母さんもはやく早く〜!」


「置いて行っちゃうよー!」


「ははは。元気だな、二人とも。さて、俺たちもそろそろ行こうか」


「うん、行こっか」


 元気な我が子の声に応えるように、茂幹と葉夏も一緒に遊園地の中へと入っていった。




 そこから午前中いっぱいはたくさんのアトラクションを全員で乗り回した。

 コーヒーカップでは、ももがはしゃぎすぎてハンドルを回しすぎたせいで姉妹揃ってグロッキー状態になったり、ももとくるみが身長制限のせいで乗れない大きなジェットコースターに乗った父母が帰ってきたら顔面蒼白になって足がガクガクになっているのを見て大笑いしたり…………と、家族として宝物になるであろう素晴らしい半日を送っていた。


 昼になり、食事を買おうと全員で店内の売店で列に並んでいた。そんな中、付近に設置された大型テレビからニュースが流れる。


《連続無差別テロ 死者23人負傷者50人超》


「……物騒だよなぁ……」


「だよね……今に始まったことじゃないけどさ……」


 そのニュースに2人が呟くと、ももとくるみも少し怖がったように身を寄せあった。

 テロや殺人事件は数年前と比べかなり少なくなったものの、無くなったなんて言いきれなかった。

 学校の友達を何人か亡くした経験もしている2人は、また誰か死んだのかもしれないと少しだけ怖くなった。

 父と母に宥められて落ち着きはしたが、まだ心の奥底では2人は怖いという気持ちは強かった。


 4人は全員でホットドッグを買うと、近くのベンチに座って食べようとした。しかし、ベンチは2人が座れるような大きさで止むを得ず、ももとくるみは隣の少し離れたベンチに座った。


「お姉ちゃん……いつになったらこんなこと起きなくなるのかな……」


「分からないよ……でも、いつかきっと無くなるから……ね?」


 ホットドッグを頬張りながら不安がるくるみをももは優しく落ち着かせようとする。

 すると、くるみは何かを決心したようにももを見た。


「ね、お姉ちゃん。私ね、夢が出来たんだよ」


「ん、なに?」


「……みんなを幸せに出来ることをするっ!」


 漠然としたくるみの夢にももはきょとんとしていると、ホットドッグを食べ進めながら、くるみは姉にしか話す気のないことを打ち明けた。


「こんな今……いやだよ。仲良くしてた子が次の日は死んじゃうし、毎日嫌なニュースばっかり。もっと楽しい話が欲しいよ! それでね、私がそのお手伝いをやれたらなって、なんでもいいから……」


「くるみ……もうそんなこと考えてたんだ……」


「お姉ちゃんは考えてなさすぎなんだよっ」


 痛いところを突かれ紛らわせるようにして、ももも残ったホットドッグを頬張った。くるみは少しため息をつくも、それもお姉ちゃんの性格だと頷いた。

 ……と、そこから話が続かず束の間の沈黙が訪れるが、くるみがももの服をつまみ、顔を桃色にしながら俯いた。


「……お姉ちゃん」


「ん?」


「私の夢……変かな」


 今になって話したことが恥ずかしいと思うようになったのか、くるみの頬が桃色から赤色になろうとする中、ももはゆっくりと首を横に振った。


「ううん、すてきな夢だよ。くるみはわたしより優秀だから絶対になれるよ」


「んもぉ……だから、お姉ちゃんは自分を下にするのやめてよっ。私のお姉ちゃんはお姉ちゃんしかいないんだからさ」


 くるみはいつも通りの口ぶりに戻ったが、その表情はいつにも増して嬉しそうだった。認められたのが妹として最高の喜びだったのだろう。


 ───くるみの夢……わたしも手伝ってあげたい


 それがももの本心だった。

 そして、くるみはももにもっと甘えようとゆっくり口を開く。


「お姉ちゃんっ、ならさ───」


 ……突然、それは終わりを告げることになった。


 ───ドカアアアァァァァァン!!


 爆音。黒煙。悲鳴。

 それらが合わさって2人を襲った。

 何があった!?と怖がったように手を組み合うと、至る所から爆発と共に悲鳴が上がる。


 ───まるで地獄絵図、そう言えた。


「お姉ちゃん……っ!」


「くるみ、急いでお父さんとお母さんのところに────!?」


 立ち上がり、隣を見ようとした瞬間、ももは父と母のいる所を振り向けなかった。

 その前にももの神経全てが発狂したのだ。

『やばい』と。

 そして、こう告げた。




『妹を守れ』




「くるみっ!!!」


 父と母を見るより先に、真っ先に、いち早く、ももはくるみの方へ振り返り、くるみを守ろうとした……その時、



 ───ドカアアアアアアアアアァァァァン!!!



 ももの真後ろで爆発が起き、咄嗟にももはくるみを抱きしめてたが、それでも子供の体は、いとも軽く吹き飛ばされた。

 気を失いゆく中、ももが聞いたのは……




 くるみの痛切な叫び声だった。








 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■



(あれ…………?)


 どのくらいたったのか……ももは消防車のサイレンの音で目覚めた。

 まず感じたのは……背中の焼ける痛みだった。声が漏れるくらい痛くてどうしようもなかった。

 だけど……次に思ったのは……くるみの安否だった。

 痛い。けど……くるみが無事ならなんでもよかった。


「っ、くる……み……」


(わたしが前にいたから、火傷はしたけど……それだけ。なら、くるみは痛かったと思うけどきっと────!)





「お……ねえ……ちゃん…………」




「えっ………?」




 ももが見たのは……、左脇に大きな穴が空いた

 血だらけのくるみの姿だった。



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