【ももの過去編】ももの両親

 ももの両親の結婚は周りから反対されながらも、2人が家を飛び出して強引に結婚をしたという。


 父の名前は『茂幹(しげき)』、家はその当時力のある政治家の家系で苗字は「佐藤」と言った。

 母の名前は『葉夏(はな)』ごく普通の一般家庭だった。唯一特異なことと言えば、苗字が『暁希(あかつき)』と日本ではもう一世帯しかない極めて珍しい苗字だ言うことだ。


 2人の馴れ初めはそれはそれで衝撃的なものだった。


 茂幹は父の行っていた非行に精神が耐えられなくなっていた。賄賂に買収、部下に対する横暴な態度、反社会勢力と関係のある金銭の受給。そして、親に結婚する相手を決められ、その女性も好きな人と無理やり引き離されようとしていると話を聞いた。


 ───冗談じゃない。


 とてもじゃないが茂幹は耐えられず、遂にある日、家を飛び出した。

 行く当てもなく途方に暮れ土砂降りの雨の中で石階段に座っていた、その時だった。


 葉夏と初めて出会ったのは───。


 空に溶けてしまいそうなくらいに優しい桃色の髪に少しだけ紫がかった瞳をした葉夏は何も言わず、ただ茂幹に傘を差し出し笑顔を見せていた。「大丈夫ですか?」そう言いながら差し伸べられた手を茂幹は自然と取っていた。


 ───はっきり言うと、茂幹は一目惚れをした。


 茂幹はそれから何度も彼女の元へ会いに行き、互いに好きの感情を高めて行った。

 出会って4ヶ月、茂幹に『暁を見よう』と言われて葉夏が早朝に向かったのは海岸線に沿って作られた海浜公園だった。

 花が色とりどりに咲く中、葉夏は目を少女のようにキラキラさせながら歩いていた。そして、その先に彼はいた。


「やっほ〜っ。茂幹くん、待った?」


「いいや、今来たところだよ」


「ふぅ〜ん?」


「な、なんだよ……」


「茂幹くんは嘘が下手なんだなってね」


 速急に嘘がバレてしまったと茂幹はかなり焦った。実はあまりの緊張で3時間前からスタンバっていました、なんて恥ずかしくて言えるわけがない。

 思わず顔を赤くして顔を逸らす茂幹に葉夏はただ肩を竦ませながら笑っていた。


「ふふふっ。それで話って……なに?」


「…………」


 茂幹は何秒か沈黙を貫いたまま、葉夏に自分の正体を話した。


「……俺はあの時、きっと誰かに助けて欲しかったんだ。どうしようもない家に生まれて……悪徳を積み重ねる親父にはとてもじゃないが耐えられたものじゃなかったんだ。……そんな時、手を差し伸べてくれたのが『はな』お前だったんだ」


「……そうなんだ……」


「黙っててごめん。はなに余計なことを考えさせたくなかったから……言ってなかったんだ」


「ううん、そんなに私のことを考えてくれていたんだと思うと……嬉しいよ」


 謝る茂幹に葉夏は目を閉じて首を横に振った。その口元は微かに緩んでいた。


「でもっ、言いたいことは違うでしょ?」


「えっ……」


「…………♪」


 葉夏が何かを待っているように両手の指を前で絡ませている様子を見た時には、茂幹もさすがに笑うしかなかった。


 ───あぁ……はなの前で隠し事は出来ないのか……。


 覚悟を決めた茂幹は片膝立ちし、隠し持っていた紺のサラサラなブロッキング調素材で作られた小さな箱を取り出す。それを葉夏の前に差し出すと、その中をゆっくりと見せた。

 茂幹は心臓が口から飛び出そうになるのを堪えながら、葉夏に言いたかったたった一言を吐き出した。




「俺と結婚してくれないか、はな」


 葉夏が見たのは、プラチナのリングに煌めく桃色の宝石『ピンクトルマリン』が施された指輪だった。

 ちょうどその時、空が蒼から解き放たれるように、紫へ橙へ、そして赤へ変わる暁の空に照らされ、宝石は眩い輝きを放っていた。


「絶対に幸せにしてみせる。いつか、俺がおじいさんになったり死ぬ時が来たりしても、この暁の空で、はなに告白した日は永遠に忘れない」


「……ふふっ」


「なっ、なんで笑うんだよ……こっちは心肺停止しそうなのを我慢して……」




「じゃあさ、茂幹くん。私も混ぜてよ」


「……ぇっ?」


 やっぱり笑われるくらい臭すぎるプロポーズだったかと顔を赤く染める茂幹だったが、その葉夏の一言に唖然とし、今度は思考が停止する。

 そんな茂幹に葉夏はだんだんと赤へと変わる空を見上げながら、それは楽しそうな声色で話した。


「私もプロポーズして貰えたこの日を絶対に忘れないよ。死ぬまで……ううん、死んでも忘れるつもりなんてないからね? さっき言ったことと〜〜、茂幹くんのお嫁さんになるって決めた今日のことは、さ♪」


「っ、そ、それって……」


「茂幹くん。私、暁希葉夏をお嫁さんにしてください!」


 この世にこんなに可愛らしい女性はいない、茂幹がそう思うほど、花が咲き誇るかのような葉夏の笑顔を見た茂幹はなぜか涙を流していた。


「あはは、何泣いてるのよーっ」


「う、うるさい……っ、目に汗が付いただけだし」


「ふぅ〜ん? じゃあ、もう1つ言いたいんだけどさ」


 照れ隠しに裾で目をゴシゴシ拭く中、葉夏はまるで悪戯っ子のような目をして近くに寄る。


「暁って夜半過ぎから夜明けまでの事だよ? ほら、太陽も出てきた。だからね、今は、


あかつき』じゃなくて『あけぼの』だよ?」


「─────っっ!!」


「あははっ、茂幹くん恥ずかしがってるっ」


 大成功と言わんばかりにくすくすと笑う葉夏に、茂幹はこのまま終われるかと、そーっと近寄り、脇腹をくすぐった。


「この……っ、お返しだっ!」


「ひゃあっ、くすぐったいっ! あははははっ」


 暫くの間、誰もいない中で2人は余韻に浸るようにはしゃいでいるのであった。




 ──────────────────



 互いが結婚すると決めたが、そこには大きな課題である両親への説得が残っていた。


 茂幹の父は一般人の葉夏と結婚すると聞き大激怒した。


『お前は大企業の令嬢と結婚するんだ!』


 もう、自分の息子を企業とのコネクションの為に利用していることに、茂幹は愛想を尽かし、絶縁届を父の机に叩きつけると、そのまま荷物を纏めて家を出た。

 その足で、結婚させられそうになっていた女性の元へ向かった。初めはその様子に少し戸惑ったが、茂幹から事情を全て伝えられると目を丸くした。


「愛香さん、まだその人と別れてはいないか?」


「え、えぇ。もう頃合いだと覚悟は決めていましたが……」


「それなら……よかった。愛香さんにも好きな人がいる。俺にも愛する人が出来た。なら……お互い、好きな道を行くべきだと思うんだ」


「……いいんですか? しかし……」


「いいんだ。こんなお互いに諦めるものがあっての政略結婚なんてこっちが願い下げなんだよ」


「茂幹さんは……それでいいのですか? そんなことをすれば、茂幹さんのお父様に何をされるか……」


 その女性───愛香は茂幹の身の上を心配して本当に大丈夫なのかと問い詰めるも、茂幹はきっぱりと返事をした。


「それに親との縁は切って家を出たから、もう俺とあそこは無関係だよ。だから、愛香さんが我慢する必要はないんだよ。……今まで決断出来なくて……ごめんなさい」


「い、いいえ……っ! そんな……」


「それでは俺も急がなければいけないので、これにて失礼します」


 茂幹は一礼し、今までの事を詫びると、愛香の部屋を出ようとする。


「あ、あのっ!!」


 が、愛香に呼び止められて茂幹は振り返ると、同じように、しかし意味は感謝としての一礼をしていた。


「ありがとうございます、茂幹さん。……どうかお幸せになってください。わたくし、栢野愛香かやの あいかはこの恩を忘れることはないでしょう」


「こちらこそありがとう、愛香さん。愛香さんもよい夫婦になれると信じているよ。……それでは」


 いい意味でキッパリと2人は道を分かち、政略結婚なんてものから抗いきってみせたのだった。





 葉夏の両親も、相手が政治家の息子だと知り、結婚には大反対だった。ろくな目に遭わないからやめろとも言われた。

 だが、葉夏はそれでもと無理やり押し切り、自分の意思で家を飛び出した。どんな禍根でも、そんなもの自分と茂幹で断ち切ると意気込んで───。



 これが、ももの両親の馴れ初めの物語。


 この1年後にはももが生まれ、さらに1年後、ももの妹になる『くるみ』が産まれた。

 夫婦円満を絵に書いたような家庭を茂幹と葉夏は築き上げることが出来たのだった。


 ……とても幸せな家族だった。

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