部屋へようこそっ

 ────その夜のこと、


 ももは自分の衣服を抱えて由莉たちの部屋の前に立っていた。

 練習が終わると、全員地下にあるシャワー室で水を浴びる。もちろん、そこで体まで洗うことは出来るが、由莉たちは夜には絶対に全員でお風呂に入る習慣づけをしているのだ。


 そんな場所に自分みたいな人が混じるなんていいのだろうか……、ももはいいとは言われたが抵抗が強かった。


(……わたしなんかが入るなんて……やっぱり……)


 帰ろうかな、と引き返そうとした時、カチャリと扉が開いた。そこからは由莉がひょこりと笑顔で首を出していた。


「待ってましたよ、ももさんっ」


「あ……夜分遅くにごめんね」


「気にしないでくださいっ。みんな待ってますよ」


 由莉に部屋へと誘われ、ももはおずおずと明かりの付いた部屋へと足を踏み入れた。

 暖かい色の明かりが付けられた部屋の中には、ノートをベットの上に広げて、その横で寛いでいる3人の姿があった。


「あ、ももさんいらっしゃい」


「う、うん……お邪魔するね、天音ちゃん……。……? みんな勉強してたの?」


 ももは遠目に全員のノートに漢字が書かれているのが分かり、目を丸めながら尋ねた。それに由莉は頷いた。


「はいっ。最初は璃音ちゃんからだったんですけど、もっと漢字とか計算とかやりたいって事で、天音ちゃんと天瑠ちゃんも賛同したので、夜ご飯を食べてから自由時間で勉強を教えているんです」


「ほあぁ……由莉ちゃんすごいね……! ちなみに、今はどの範囲のお勉強してたの?」


「えっと……今日は小学生が習う漢字の勉強と、ちょっと難しい計算問題をやってました」


 ももがちら見すると、天音と天瑠のノートには漢字の読みと書き、その漢字を使った熟語がつらつらと書かれていたり、別のページには旅人算の問題を解いた跡があった。


「小学校卒業クラス……2人ともすごいね。学校に行かずにこれだけ出来るなんて」


「由莉ちゃんの教え方が上手いんだよっ。ね、お姉さま?」


「うん。ゆりちゃんが教えてくれるから勉強も楽しいよ」


「そっか、2人とも偉いね。特に天瑠ちゃんは自分の年齢よりもレベルの高い勉強をしてるのに付いていけてるのはすごいことだと思うな」


 そう言われ、天瑠は照れながらも、璃音の方がすごいんだよ?と言い、ももの注目を璃音へと向ける。すると────、


「由莉ちゃぁぁん……ここどうすればいいの? 計算がややこしくなって……」


「ん? ここはね、1/x-1/yを1/xyで括りだしてあげるんだよ。そしたらどうなる?」


「あっ! そしたら、(y-x)/xyの形になって計算が簡単になるんだっ! そこにx=2+√3、y=2-√3を入れてあげて……、答えは-2√3ですっ」


「そうそうっ。よく出来ましたっ」


 ようやく謎が解けて嬉しそうにする璃音に由莉は頭を撫でてあげると気持ちよさそうにしていた。

 その様子をももは目を見開けながら見ていた。


「り、璃音ちゃん……それ…………中学校の……それも3年生の勉強だよ? ……分かる……の?」


「はいっ。由莉ちゃんに教えてもらってたら楽しくて……分かったら、わかった分だけたくさん褒めてくれるんですよっ」


 まるで猫が撫でられて嬉しがるようでいる璃音は由莉を見てさらに表情を緩ませた。


「璃音ちゃんは覚えるのが速いので、天音ちゃんと天瑠ちゃんとは別に勉強を教えているんですよっ。それで2人が分からないとなった時は、天瑠ちゃんは璃音ちゃんが、天音ちゃんは私が教えているんですよっ」


 基本的に由莉が全面的に教えているが、頭一つ抜けている璃音にはさらに進んだ勉強を教え、通常の進行速度の2人を教えるサポートをしている。とても効率の良い回し方にももは信じられないと両手で口を隠した。


「す、すごいよ……他にやってる事ってある?」


「そうですね……数学の勉強が一通り終わったら、天瑠ちゃんと天音ちゃん、璃音ちゃんで1人ずつ教えた勉強の内容と解き方を順に2人に説明させているんです。ほら、勉強の一番覚えられる方法って人に教えることって言うじゃないですか? 教えられるって事は、その内容を100%理解していないと出来ませんから」


「っ! そこまで……」


 あぁ……それなら分かる。ももはそう感じた。

 完璧と言わんばかりの勉強体制、教えるということを理解している人がこの場にいて、教えられる側も信頼しきって勉強に取り組んでいる。

 ……と、由莉も手をパチンと叩くと立ち上がってみんなに呼びかけた。


「さてっ、ももさんも来たし、お風呂入ろっ?」


「うん〜、疲れたぁ……」


「は〜いっ」


「は〜い!」


 待ってましたと言わんばかりに3人はぞろぞろと風呂場へと向かう。それを見送り、自分も行こうとした時、ももがぽつりと呟いた。


「由莉ちゃん……いったいどこまで勉強したの……?」


 ももの畏怖と言うべき感情に対し、由莉は少し止まって振り返ると、ぎこちない笑みを返した。


「……大学の内容までなら全部やれますよ。あと、それ以上のものもいくつかは……」


「────っ!?」


 意味が分からなさすぎてももは混乱せざるを得なかった。わずか10歳くらいの子がどうしてこんな場所にいて、かつ自分と同じ……それ以上の勉強が出来ているのか───。


「由莉ちゃん……あなたは何者なの……?」


「私は私ですよ。それ以上でも以下でもない……ただの『元』引きこもりです」


「……? 元……引きこもり……?」


「…………さ、ももさんも行きましょう。みんなが心配しちゃいます」


 色々と由莉に関してすごいことを聞いたももは頭の中がぐちゃぐちゃになったが、由莉に手を引っ張られると、今は取り敢えずみんなとお風呂に入ろうと意識を切り替えて、白い煙の出る先を目指すのだった。



 ──────────────────


 ──風呂場にて、


 パタリと折戸が開いてももがやって来た。天音は真っ先にそのスタイルに目がいってしまった。


「ももさんってスタイルいいですよね」


「う、うん……他の人にも言われたことあるよ……あはは……」


「(胸も大きいしさ)」


「……? どうかしたの……?」


 桜と同等かそれより少し上だと、天音も分かっていたが、やはり来るものがあった。


「……いや、なんでもない、です」


「……そう? ならいいけ───」



 ももがそう言おうとした瞬間、天音の隣から水しぶきが上がった。


「「わぁっ!!」」


「ひゃっ!? びっくりしたぁ……え、あれ……?」


 中から出てきた2人の女の子にびっくりしながら、ももはよくよくしっかり見てみると……2人の外見が完全に一致していて二段構えで驚かされた。


「「えへへっ。ももさん、どっちが璃音か分かりますかっ?」」


「っ、声までそっくりに……!?」


「「どっちでしょーうかっ」」


 双子の本気だと言わんばかりにニコニコして自信ありげな2人を前にももは驚きはしたが、すぐに落ち着くとあるひとつの提案をした。


「……ね、2人を抱きしめさせて」


「「え……? は、はい……」」


 びっくりしながら顔を見合わせた2人はまず右の方の子が立ち上がりももの前まで行くと、すぐに抱きしめられた。


「…………うん、ありがとうね」


「……?は、はぁ……」


 訳も分からないまま退散し、次は左の子が立ち上がるとももの前に立った。すると───、


「……っ!」


「わひゃ……も、ももさん、強くないですか……?」


 はっきりと感じるほどに、ももはその子を強く抱きしめた。明らかにおかしいと、ももに尋ねようとしたその子は……耳元に聞こえてきた声に呆然となった。


「うん……やっぱり……璃音ちゃんだ……っ。妹の匂いがする……っ」


 確信を持ってその子を璃音と、ももははっきりと言ったのだ。……いや、それにもびっくりしたのだが、本当に驚いたのは……、


「……うぅ……ぅぅぅ……っ」


 ももが………泣いていたことだった。



 ──────────────────


 次回は短く切ります。

 次次回からはももの過去について語られます。

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