逃げてもいいんですよ?


「由莉ちゃんの……側に?」


「そうにゃ。暫く一緒にいれば見えてくるものもあるにゃ」


 確信めいた発言をする音湖だが、桜は少し疑問だった。


「……にゃーこをそう言わすなら何かあるん? 確かに由莉ちゃんはすごいで? あの才能とみんなから尊敬されるカリスマ性は本当に天からの贈り物やと思う。けど……ももちを変えられる力も……持っとるんか?」


「にゃーこ言うなしにゃ。……あの子を軽く見るのはやめた方がいいにゃ。なんせ……全てを変えた子なんだからにゃ」


 音湖は由莉の事を2人に話した。由莉がここに来て1年、この間に怒った変化を。


「結論から言うにゃ。由莉ちゃんはたった一人で、うちと、天音ちゃんと、天瑠ちゃんと璃音ちゃん、全員を助けてくれた子なんだにゃ」


「……っ!!」


「特に……天音ちゃんと天瑠ちゃんと璃音ちゃんは……由莉ちゃんがいなかったら間違いなく死んでた子達だにゃ。敵意を剥き出しにしたあの子達を……由莉ちゃんは全部助けてきた。たったの一つも零すことなくにゃ」


 この発言で桜とももは点と点が結びついた感覚を味わった。由莉にあそこまで尊敬し懐く理由としては順当だったのだ。


「……由莉ちゃんはにゃ、誰かとの関係を誰よりも大切にする子にゃ。誰かを助けるためなら自分の身を引き裂くような苦しみを味わっても助けようとする子なんだにゃ。そんな由莉ちゃんにみんな救われてるんだにゃ」


「……由莉ちゃんすごい……なぁ……」


「うちは、ももに何があったのか分からないにゃ。辛い経験をしたんだと思うけどにゃ。解決はするか分からないけど、由莉ちゃんの側にいるといいにゃ」


「…………」


 自分より半分も生きていないであろう由莉をここまで信頼し尊敬する音湖の言葉に、ももはほんの少しの光を感じた。


「うん……そうしてみるよ。ありがとうね、ねこちゃん」


「気にすることはないにゃ。由莉ちゃんには話しておくから安心するにゃ。……ちゃん付けなんて生まれて初めてされたから……ちょっと照れるにゃ」


「……にゃーこ?」「もう喋るにゃあ!!」



 ────────────────



「音湖さんから話を聞きましたっ。私は全然いいですよっ。ね、璃音ちゃん?」


「はいっ。寧ろ嬉しいです!」


「よ、よろしくね……由莉ちゃん、璃音ちゃん」


 ぺこりと頭を下げるももを由莉と璃音はそのお願いを快諾した。


「ふふっ、なんだか璃音ちゃんの時を思い出すね」


「そうですねっ。……璃音も始めはみんなよりもずっと出来損ないで落ち込んだ時期がありましたし」


「っ、璃音ちゃんも……あったの……?」


 璃音が自分と同じようなことがあったんだと、ももは目を見開いた。

 璃音もその時のことを思い出し、少しだけ俯きながら話した。


「……璃音は……由莉ちゃんに酷いことをたくさんしました。……見捨てられても……殺されても、由莉ちゃんになら璃音は文句は言えません」


「璃音ちゃん……」


「でも、由莉ちゃんは璃音を相棒に選んでくれました。璃音がこうしていられるのは由莉ちゃんがいたからなんですっ」


 璃音はそう言うとすぐに表情を変えて由莉に抱きついた。由莉もちょっとだけキョトンとしていたものの、すぐに由莉も抱きしめ返してあげた。


「だから、璃音は由莉ちゃんのことが大好きですっ」


 甘え上手な璃音に由莉も表情を緩ませて頭をポンポンと撫でてあげた。

 その様子を見ていたももは息を呑み、握り拳を作って何かに決心すると由莉と璃音に向かって問いかけた。


「なんで……立ち直れたの……? わたし……どうしてもそれが知りたい……この7年間……ずっと何も出来ずに立ち止まってばかり……だから、お願い……っ!」


「……あくまで、璃音ちゃんの場合ですよ? 璃音ちゃんは……何となくですが、普通の近接戦向きじゃないって思ってたんですよね。天瑠ちゃんと天音ちゃんは才能型の色が強いのですが、璃音ちゃんは完全に努力型なんですよ。その分、成長速度も遅くて……成長限界が早く来る。みんなと同じ場所で戦いたいって願う璃音ちゃんには……遅かれ早かれ残酷な現実に当たってしまうと思ってたんですよね」


「……そんな事を思ってたんだ……」


「璃音ちゃんにも詳しくは教えてなかったよね。……でも、人は何かしらの才能を持ってると思うんですよ。だから……璃音ちゃんには全く違うものがある、璃音ちゃんだけにしかないものがあるって感じていたんです。そこで見出したのが、スポッターとしての役割でした。瞬時の判断力もある、計算力も高い、作戦も立てられる。スナイパーとして本当に欲しい子だったんです。

 実は、天瑠ちゃんと璃音ちゃんに会うまでは……天音ちゃんにやってくれないかなって密かに期待していたんです。スナイパーは近接戦が少し不利なので、近接戦が強い天音ちゃんが側にいてくれると嬉しいなって思ってたんです」


 璃音の成長の過程、そしてその時その時の由莉の考えに、ももだけじゃなく、璃音までもが真剣に聞いていた。

 璃音自身ももっと知りたかったのだ。

 単に天音の補完に自分が当てられた、もしくは璃音のわがままで天音と側にいるのを邪魔したんじゃないか、なんてまだ心の中ではうっすらとだがおもっていたのだ。


「けど、こうして天瑠ちゃんと璃音ちゃんがここに来てくれて、色々考えた時に……天音ちゃんにスポッターをやらせるのは絶対にダメだったんです。……天音ちゃんは本当に器用で、狙撃も近接戦も上手でスポッターをしてもらうと……その良さが消えると思っていたんです」


「……それで代わりに璃音が…………?」


「うーーん……『代わりに』じゃ、合わないかな。戦力的にも考えた時、天音ちゃんは融通が効くんですよ。どっちも出来るから、その状況に合わせて狙撃手にも銃撃手にもなれる、本当にすごいですよ」


「由莉ちゃんもじゃないですかっ。だって、由莉ちゃんとお姉様の対戦成績……勝ち負けついたの5戦くらいで、後は全部引き分けじゃないですか!」


「…………ぇ? 由莉ちゃんって……近くでも戦えるの?」


 自分のことを棚に上げる由莉に突っ込みをいれた璃音だったが、その事実にももはぶったまげて唖然としてしまった。


「あ……昨日は狙撃だけでしたけど……私も遠距離、近距離両方いけますよっ」


「おかしいんですよ! だって……由莉ちゃん、銃を握ったのが去年で近接戦やり始めて半年で全力のお姉様と対等に渡り合ったんですよ!? 璃音にやれと言われても絶対に出来ませんよ。……ももさん、由莉ちゃんを意識したらダメですからね!?」


 由莉の規格外さを熱弁する璃音の勢いにももは押されて頷いてしまった。まるで、ももを落ち込ませる暇なんて与えませんよ?と言わんばかりに。


「……それに、璃音ちゃんの頭の回転は天音ちゃんを越えています。さっきも言ったように、3人の中でずば抜けてスポッターとしての能力が高かったのが璃音ちゃんだったんです。『代わり』じゃない、本当に私が欲しかったから選んだんですよ」


「っ、由莉ちゃん……っ!」


 誰にも出来ない自分が輝く、上げているわけじゃなく本心だったんだと璃音は思わずうるっときてしまった。

 由莉は璃音が泣いてもいいようにそっと璃音をお腹合わせで片手で抱いた。

 そこで、由莉が話が逸れていることに気づき、方向を戻した。


「それで、ももさんの知りたいことですよね。……簡単に言えば、輝けるところは誰にでもあるはずです。出来損ないなところばかりの人なんていないんですよ」


「……でも……わたしは人を殺せないから……みんなの邪魔にしか……」


「そんなことありませんよっ。第一、遠距離から攻撃出来る術を持っていると分かった時点で敵の動きは格段に鈍ります。その時点で、戦況の有利は少しは確保出来るはずです。確かに、殺せた方がいいかもしれませんが……ももさんは人を……殺したいですか? 命を奪う覚悟はありますか?」


 由莉はももの存在を肯定しつつ、ももを縛っている鎖の本質を探ってみる。


「……殺したくないよ……でも……っ、誰かのためになるなら……殺したいよ……でも───」


「覚悟があるなら大丈夫ですよ。……ももさんは……何かに縛られてますよね。自分の身にあった……辛いことだったり、トラウマだったり……きっとそのせいだと思います」


「…………うん」


「もしも、心が苦しくてたまらなくなったら、逃げてもいいんです。一人で抱え込む必要なんて全くありません。誰かに相談に乗ってもらったり……本当にその場所から逃げ出してもいいんですよ。思い詰めて自分が壊れたり、自殺するより、何倍も何十倍もいいです。命あっての物種といいますし、自分のことは大切にしてください」


 由莉の言葉、それはももの鎖された心を確かにノックする音が響き渡った。それだけの心の想いがももにも伝わってきたのだ。


(なんだろう……由莉ちゃんの言葉……他の人と全く違う……胸が……締めつけられる……)


 他の人にはない何かを持っていることを感じるももに、由莉の話は紡ぎ続けられる。


「誰から生まれたのかなんて関係ない、自分の身体は自分だけのものです。だから……ももさんも、自分をさげすまずに自分のいいところを見つけてください」


「わたしの……いいところ……」


「はいっ。例えば……ももさん、今、他やってる事はありますか?」


「他に……えっと……戦えない上に頭も悪いなんて恥の上塗りは嫌だったから、大学にいってるけど……」


「それだけでもすごいですよ! 大学なんてたくさん頑張らないと行けませんし、実際に頑張ったんですよね?」


「っ、うん……勉強はたくさんしたよ……今は教育学部で勉強してるんだけど、わたしはGWの休みを使ってここに来たんだよ。……正直、この学部に決めて……良かったのかなって思う時もあるんだけど……ね」


 そう言って作り笑いするももだが、由莉はそんな事ないと首を横に振った。


「いいと思いますよっ。誰かに何かを教えることはいいことです。それこそ、みんなのためになるじゃないですか?」


「……うん」


「ももさんが自分で気づいていないだけで、ももさんにはいい所がたくさんありますよ。たった2日いただけですけど……ももさんが本当に優しくて思いやりのある人だってすぐに分かりました。ももさん、自分のことも大切にしてあげてくださいね? ももさんが傷ついてる姿を見るのは……いやです」


「璃音もです。ももさんにもっと笑って欲しいですっ」


 由莉と璃音は揃ってももに元気を出して貰おうと励ました。そう振舞ったのもあるが、単純にすごいことだという気持ちもあった。

 それが伝わってきたのか、ももも俯きながらも「うんっ」と仄かに笑顔になっていた。


「ありがとうね、由莉ちゃん、璃音ちゃん」


「気にしないでくださいっ。じゃあ、射撃訓練しましょうっ。困ったことがあったら私に聞いてくれれば何とかしてみますよっ。銃は大好きなので任さてください!」


「ももさん行きましょうっ。璃音も早く撃ちたくてうずうずしてますっ」


「う、うんっ!」


 その時、ももは気づけば自分の落ち込む暇がなくなっていることに気が付き、どれだけ2人が自分を元気づけようと頑張っていたのかに気が付かされた。


(やっぱり、由莉ちゃんたちはすごいなぁ……。……わたしは……ずっと……怯えてばっかりなのに……っ。もし……由莉ちゃんたちにも話したら……この胸の苦しさも……わたしの弱さも……少しはなくなるのかな……っ)


 由莉と璃音に引きつられる中で、ももは覚悟を決め始めていたのだった。



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