情けなくて辛くてたまらない

 これ以上、場の空気を悪くすると自分たちにも影響が出かねないと由莉は話題を強引にその場から引きずり下ろして別の案を出した。


「……ももさん、取り敢えず撃ちませんか? ……撃てますか?」


「…………うん……それは大丈夫……だよ」


「それならよかったです。じゃあ、私たちは自分の銃を取りにいってきます。行こっ?」


 由莉が天音と璃音を引き連れてももから1度離れると、1人になった空間にはぁ……と深いため息がこぼれた。


(わたし……情けないなぁ…………)


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「ももさんお待たせしましたっ」


「ぁ、由莉ちゃん、おかえ……り…………?」


 ももはパッと帰ってきた由莉たちを見ると……その腕に抱えられた巨大な銃にももは思わずライフルを落としかけてしまう。


「お、大きくない……!?」


「えへへ……これが私の銃、バレットM82A1です」


「これがボクの狙撃銃、AWSです」


「璃音は由莉ちゃんのスポッターなので、由莉ちゃんと同じ銃を撃ちます!」


 天音が握っているのは脇下程度のそれでも長身の狙撃銃、ももはなんとなく納得した。

 だが……由莉と璃音の中央にある銃は……2人の身の丈を平然と上回る大きさだった。これにはもももびっくりしすぎて目が点になっていた。


「すごい銃を撃つんだね……」


「はいっ。私は長距離と超長距離狙撃が専門で、天音ちゃんは中距離から長距離でやってます。璃音ちゃんはまだ訓練中ですね」


「そ、そうなんだ……わたしは中距離……かな……わたし下手だから長距離狙撃は───」


 やっぱり自分はだめだと言おうとしたももの口を気づけば由莉の小さな指がももの唇に触れていた。



「ももさん、卑屈にならないでください。そもそもその銃の有効射程は800m前後です。……ももさん、必中距離はどのくらいか分かりますか?」


「え……ええっと……500m……」


 そこまで言うと由莉はすごく安心したように笑顔になった。


「ももさんそれだけあれば充分ですよっ! 人を殺せなくてもそこから援護射撃とか……」


「……あ……えっと……わたしの役割ってそんな感じ……だよ? 体に向かっては引き金を引けないけど……牽制とか遠くから索敵して情報をみんなに伝えるだけなら……なんとか……あと、最近やっと相手の武器を狙い撃てるようになったんだけど……ね」


「…………え?」


「だめ、だよね……本当は殺せなきゃだめなのに……はぁ……情けなくなってきちゃった……」


 自嘲気味に笑うももがそこで見たのは……由莉たちの表情はまるで安堵と怒りが混じったようだった。


「ももさんッ!!」


「ひゃっ!? ひゃいっ!!」


「……そこに座ってくれますか?」


 背筋を伸ばしたももに由莉と天音と璃音は武器を全て下ろすと思いっきり詰め寄った。


「そこまで出来るならそんな自分を馬鹿にしないでください!!」


「そうですよ! それだけのことが出来るならみんなの役に立ててるじゃないですか!」


「ももさん、全然充分だと思いますよ?」


「え……えぇ? だって……7年間やってきた……から……それくらい……」






「「「今までの心配返してください!!!」」」


 ──────────────



 ────タンっ!! パシュンっ! ズドォォン!!


 3種類の銃声が鳴り響く。それに伴い2人の銃からは自動的に、1人はボルトハンドルを作動させて排莢、装填を行う。


『3人とも命中ですっ』


 ももは600m、天音は1000m、由莉は1500mの射撃を行っていた。璃音の嬉しそうな声が3人のイヤーマフ越しに聞こえてくる。


 ももも集中しているようで、スコープをしっかりと覗きながら引き金に指を添えて、引く。


 ももの放った弾は人形的の手や足の先端を的確に射抜いていた。だが……バイタルゾーンと呼ばれる人の致命傷にあたる部分には一切弾が当たらなかった。


『ももさん、逆に凄くないですか?』


『……蜜檎さんはこれでいいって言ってくれるんだけどね……でも……やっぱり遠くから攻撃してるのに敵の戦う力を削るくらいしか出来ないなんて……卑怯だし……本当なら胴体か頭に当てなきゃって思ってるんだけど……実戦じゃあ……敵は動くし……ね。……うん……今日はこれくらいかな……』


 今日はここまでかな?とももは1度立ち上がると軽くワンピースの裾を払う。


「……?ももさん、もう撃たないんですか?」


「あんまり弾数持ってこなかったから……撃ちすぎるとなくなっちゃうし……」


「あっ、じゃあ待っててください。……お姉様、由莉ちゃん、今から少し離れます」


「「うんっ、分かったよ」」


「……?」


 きょとんとしたももを置いて璃音は武器庫に走る。そして持ってきたのは……山のように積まれたももの銃の弾薬だった。


「はい、使ってください!」


「え……でも……いいよ、そんな……わたしのためなんかに本部の貴重な弾を使うなんて……」


「ももさんがここに来てくれたんですから、これくらいはマスターも許してくれますよ? あっ、それと今から別の訓練があるのでそれまで待っててくださいねっ」


「う、うん……ありがとうね、璃音ちゃん……」


 ももは綺麗に磨かれた弾に触れるのさえ烏滸がましいようにしていたが、璃音が使う分だけ持ってくると、頭を下げながらマガジンに弾込めをした。


 次に行ったのは人形撃ちの訓練。人形のバイタルゾーンには判定用に真っ赤なゼリーが仕込まれている。そして今回は人質を取っている悪人を射殺する、というシチュエーションだった。

 人形とはいえ、ももの手が少し強ばってしまった。


「あぅ……これ……なの?」


「はいっ、……じゃあ、由莉ちゃんから!」


「うんっ、おっけ〜だよ〜」


 由莉はその場所から1000m離れた場所に構えると、スコープの倍率を調整し、合図をする。そのままお腹の臓物をぶちまけるように……と行きたかったが、人質人形にほぼ隠されているので、仕方がないと頭を狙い引き金を引いた。


 雷のような轟音と共に埃を巻き上げながら、愛銃の黒い口から流線型の弾頭が音速を突き破って飛翔、そのまま、ドパァン!!と犯人人形の頭が粉々になり、辺りに真っ赤な物質が広範囲に爆散した。


「ひえぇ……すごいね……」


「ももさん、大袈裟に見えるかもしれないですけど、由莉ちゃんが狙撃した敵はあんな感じで頭とか胴体が吹っ飛んじゃいますよ。さすが由莉ちゃんですっ」


「ひぇ………っ! うっ……」


 あんな風に人の頭が……とももは少し気分を悪くしたのかふらっとなってしまうが、そこは天音がしっかりと支えてあげた。


「ご、ごめんね、天音ちゃん……」


「別に……平気ですよ? あ、次は璃音が撃ちますよ」


 と、天音が指をさすとそこにはさっきまでみんなのサポートに徹していた璃音が由莉のバレットを構えていた。


「璃音ちゃんにはちょっと遠いかもしれないけど、ゆっくり狙いを定めていいからね?」


「はいっ」


 腹ばいになりながら小さな掌には大きすぎる50口径弾を摘むとマガジンに押し込み、そのままマガジンキャッチにしっかりと食い込ませる。

 そしてコッキングレバーを思いっきり引いて薬室に弾を送り込み、ガシャンっ!とイカつい音と共に薬室が閉鎖される。もう一度体勢を変えると、璃音はチークパットに頬をぷにゃりと押し付けた。


(遠いなぁ……由莉ちゃんは本当にすごいよ……でも、璃音は由莉ちゃんの相棒なんだから、それに恥じないくらいには出来なきゃっ)


 若干ブレる照準を璃音も落ち着いて息を落ち着かせ、そのブレを収めていく。そして2分後、璃音は止まったその一瞬を見計らい、人差し指にキュッと力を込めた。


 ドパァァン!!


「…………あっ……やっちゃった……」


 璃音は見事に命中させることに成功し、人形の頭が粉々に吹き飛んだ。





 ……人質人形の頭に。


「…………」


「ゆ、由莉ちゃんこれは……その……」


「こらっ」


 無言の笑顔で近寄ってきた由莉に璃音はあたふたしながら弁明しようとしたが、無条件てこめかみをグリグリされる!


「いたいいたいいたいいたいっ! 由莉ちゃんごめんなさぁぁ〜〜い!!」


「撃っちゃいけない方を撃ってどうするの〜?」


「ひゃあああっ! もうしませんからっ、こめかみをグリグリするのやめてくださ〜いっ!」


 反省したのを確認して由莉は璃音から手を離すと璃音はこめかみを痛そうにぎゅっと押さえていた。


「次はだめだよ? ……本番でやったら……璃音ちゃんだけじゃなくて、私も責任を取るんだからね?」


「ごめんなさい……由莉ちゃん……撃つときに若干指に力が入りすぎました……」


「理由が分かってるなら、それでいいよ。次からは気をつけるんだよ?」


 ダメなことをしっかり叱る由莉の姿は厳しくももには映ったが、ふと自分たちの立場を考えて当然なのかもしれないと感じた。

 裏の組織を処分する殺し屋として……ましてやスナイパーが救うべき人を間違って殺すなどあってはならないこと。ここにいる全員が遊びでやっている訳ではない。



 人を殺すための訓練をしているのだということを。



(……すごいなぁ……わたしなんかには……無理……だよ…………)


 ももは自分の大きめの果実をもにゅっと掴みながら自分の心の弱さを怨んだ。由莉たちを見ていると、なおさらそれを感じる。


「……はぁ…………」


「ももさん……」


 その姿は天音には悲しく見えた。あれは……心の奥に何か秘めてる人の顔だった。


「……苦しかったら、言ってください。1人で苦しんでるのを見るの、あまり好きじゃないんですけど」


「っ……そう……だよね。ごめんね? 訓練の前にストレス与えちゃって……人にも迷惑かけるなんて……やっぱり……」


 天音の慰めも動力にするように落ち込むももに天音はとうとう思ってたことを口にしてしまった。


「ねぇ、ももさんは何がしたいのですか?」


「ぇ……?」


「……ももさんは人を殺せるようになりたいんですよね?」


 直球にぶつける天音の言葉にももは目を逸らしながらゆっくりと頷いた。


「…………けど……わたし……人に向けて引き金なんて……」


「その『蜜檎さん』って人がスコープの中で殺されそうになってても、ももさんはその大切な人を守らずただ殺されるのを黙って見てるのですか?」


「っ、そ……れ、は……」


「もし、そこで撃てない自信があるなら……ももさんはこの世界で生きるのはあまり向いてないですよ」


 なんの躊躇いもなく、天音はももに厳しい言葉を向ける。その言葉は……ももに響くには充分だった。


「……っ、わたし……」


「誰かを『守る』くらい強くなりたいなら……やらなきゃいけない場面は必ず出てきますよ?」


「っ!! …………り……だよ……っ」


「ももさん、あなたはどうして───」






「無理だよっっ!!!」


 耐えられないとももはその場で大声を出す。今まで出したことのない大声に天音はびっくりして背筋が凍ってしまった。

 その天音の隣で……ももは堪えきれない涙をぼろぼろと零していた。




「なんにも……っ、なんにも守れなかったわたしにはっ!!! 誰かを守るなんて大それたこと出来るわけないよ!!! たった1人……守れなかったわたしに……っ、誰が守れるっていうの!?」


「……っ」


「わたしにも……分かんないよ……っ、わたしには…………っ」


「っ、ももさんっ!」


 ももは顔を隠しながら射撃場から出ていってしまった。天音は……それを黙って見ているしか出来なかった。


「……そんなつもりじゃなかったのに……」


「お姉様……今のはだめですよ」


 呆然とする天音に、由莉と璃音は武器や道具を持ってやってきた。どうしていいか分からない天音に璃音はそっと天音の隣に寄りかかって想いの内を語った。


「ももさんは……過去に苦しめられているんだと思います。それも……多分、お姉様と同じくらい……辛い経験をして…………」


「…………ボクはどうすればよかったのかな……」


「……璃音も分かりません……っ、けど、まだ会ったばかりだから……ゆっくりでいいと思いますよ」


 璃音の言葉に、天音も少し急ぎすぎたのかもしれないと反省の色を見せた。よく考えれば各々の事もよく知らないままだったのだ。そんな状態で心を開くなんて出来たもんじゃない。


「そっか……あーーもう……っ、やっちゃったなぁ……」


「ももさんの所にいこ? きっと、なんとかなるよ」


「うん……謝らないと……なぁ……」


 由莉に促され天音も頭を振って、気を取り直してももに謝りに行こう、そう思っていた矢先…………



 重いはずの扉が勢いよく開いた。



「「「っ!!??」」」



 そこにいたのは……泣いているももに胸を貸す、1人の男だった。髪は男にしては少し長めのパーマで、前髪が左目を隠している。そして…………、




「さて、どういうことか説明してもらおうかしら? ………ももに何を吹き込んだのかを」



 由莉たちでさえ目を見開くまでの……強烈な殺意を向けていた。

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