2人の支部長

「『蜜檎』……さん……わたし……わ、たし……っ!」


「いいのよ、ももはよくやってるわ」


 涙声になるももを優しく撫でる『蜜檎』だが……その視線は由莉たちへ向け鋭い視線を送っていた。


「さて……あなた達、ももに何を言ったのかしら。子供を傷つけるのは嫌なんだけれど……




 アタシのももを傷つけるのなら……相応の覚悟は出来てるのかしらねぇ!?」


 ……やばい、由莉たちはそう直感せざるをえなかった。


(この人……怒らせたらまずい人だよ……ってことは……この人が……!)


((RooTの……支部長……!))


 この威圧感、阿久津や音湖とも違う、言うなればマスターに似たような気配だ。由莉たちも心当たりがあり、顔には出さなかったが多少は焦っていた。


 だからこそ、ここは誠意を見せなければならないと由莉たちは蜜檎の前まで行くと勢いよく頭を下げた。


「申し訳ありませんでした! 私たち……よくももさんの事を知らずに色々な事を聞いてしまいました……」


「苦しんでいるのが分かっていたのに……ごめんなさい……」


「……今回の件はボクのせいです。2人はなにも悪くないので……責任ならボクが取ります」


 頭を下げ続ける3人に対して、蜜檎は探るような視線を浴びせる。その雰囲気や、誠意の見せ方でその人の本質を探ろうと……、


「っ……蜜檎、さん……」


 そんな中、ももは不安そうに声を絞った。


(いや……だよ……。ここで険悪な雰囲気になって、もうみんなと仲良く出来ない、なんてなったら……もう……わたし、その方が耐えられない……っ)


 それだけは避けたいと訴えかけるももにようやく反応したようで、蜜檎の大きな手はゆっくりとももの背中に添えられた。


「いいのね?」


「はい……っ」


「……そう。アナタたち、 よかったわね。例え、『ゼロちゃん』の部下だったとしても、あたしのとこの可愛い子に次、手を出したら……ただでは済まさないわよ?」


「「「…………っ! はい!」」」


(……いやいやいや、ちょっと待てよ?)


(聞き間違いじゃ……ないよね……?)


(今……この人……)






(((マスターのこと、ゼロちゃんって言った!!!???)))


 咄嗟に返事はした。だが、それ以上のショックで緊迫した雰囲気が一気にぶち壊されそうになるのを必死に堪えた。

 色々と驚愕することはあったものの、取り敢えず場が収まると、気を取り直して蜜檎は由莉たちに挨拶をした。


「さて、アナタ達のことは知っているから、あたしの自己紹介と行こうかしらね? あたしは蜂林はちばやし 蜜檎みつご、コードネームは『ネクター』、RooT東北支部長よ。よろしく頼むわね♡」


『……よっ、よろしくお願いします!』


(いやいやいや、この人ぜーったいやばい……)


(なんか……今までに会ったことのない……変な感じがするよ……)


 天音と璃音は頭が真っ白になりながらも、そう考えていたが……由莉だけはこれが分かっていた。




(…………オカマの人? ……って、そんなこと聞けるわけないよ!)


 由莉も顔をピクつかせてはいたが、それでも一大組織の支部長ともなれば……阿久津と同等……いや、それ以上の立場の人間なんだと、緊張が僅かに洩れ出していた。

 蜜檎は泣き止んだももをゆっくりと抱擁を解くと、今度はぬるりと由莉の前に近寄る。


「あ〜なたが由莉ちゃんね?」


「はっ、はいっ!!」


「……へぇ……あなた、ここに来て何年かしら?」


「13ヶ月です」


「へぇ……そのキャリアにしては、なかなかの面構えじゃない」


「あ、ありがとうございま────ひゃい!?」


 じっと由莉を見つめていた蜜檎の手がそっと由莉の顎に触れる。小指から始まり、薬指、中指、人差し指、親指……ぺと……ぺとっ……と触れられていく。そのあまりの不快さに由莉は思わず変な声が出てしまった。

 尚も蜜檎は由莉のことをゆっくりと観察する。


「なかなかいい瞳じゃない……澄んだ中にも奥深さがあって……素敵だわ」


「あ、あのぉ……その……」


「肌も白いのね……いいじゃない……」


「ひぃ……」




 ───ガチャリ



 由莉が悲鳴をあげそうになった時、ため息と共に現れた人は今の由莉には救世主と等しいくらいの存在だった。


「……蜜檎……やると思ったが……お前は何がしたいんだ……」


「っ、マスター……マスタあぁぁ〜!」


「あっ、こらっ」


 由莉は蜜檎の手からするりと抜けると、マスターに飛びついた。その手は由莉には珍しくぷるぷると震えていた。


「………」「………」


((かわいい……))


 普段見られない由莉の一面に天音と璃音は思わずそう思ってしまった。

 その一方で、由莉は蜜檎についてとある結論に至ろうとしていた。それは…………、


(この人……ロリコンだ……絶対ロリコンだよ……っ)


 由莉がこの世で一番嫌いなもの、ロリコン。ロリコン死すべしの思想を持つ由莉だが、相手が相手である以上そんなこと言えず、恐怖でぶるぶる震えていた。明らかに怖がっている由莉にマスターは優しく撫でてあげながら、さらにため息を吐く。


「蜜檎。お前、由莉に変態だと思われてるぞ」


「なっ、そぉ思われてるのは心外よ? アタシはただ未来ある子供が好きなだけよ?」


(やっぱりロリコンだ……絶対そうだよね……っ!)


 予感は確信へ変わろうとし、由莉はその場から逃げようと、足の向きを変え────その足は止まった。





「アタシはね、あの時の腐っていた国……今でもまだ腐っているこの国を変えてくれる今の子達に期待しているのよ? それなのに、虐待、誘拐がまだ起きていて……子供が殺されている……本当に考えられないわよ」


「……?」


 蜜檎の発言の変わりように由莉は石みたく固まってしまった。引き込まれそうな深い黄色の瞳の中には由莉が思ってたような卑猥な心など微塵も感じられなかった。


「……正直、アタシは子供を戦いの場になんて出したくはない。みすみす未来を潰すような真似をするのはアタシのポリシーに反するわよ。大人が子供を利用するなんて……本当に嫌なのよ。

 それでも、ももは役に立ちたいって健気に頑張ってくれてるのよ。かわいいじゃない」


「み、蜜檎さん……ひぇぇ……」


 人前でやめて……と、ももは顔をピンクに染めながら蜜檎に撫でられながら俯く。親子ではないが、それに近い関係を由莉は感じていたが……そんな空気は唐突に終わりを迎える。


 ────ボガァンッ!!


「おおっ、ここにたんまりいるじゃねぇか。さて、俺と一戦─────」


「だから、黙れっちゅーてんやろうがこの脳筋バカ親父が!!」


「いった!? 桜、おまっ、本気で叩いただろ!? 死んだらどうするつもりだ!?」


「ハッ、石頭が女に一刀受けたくらいでひぃひぃ言うなや見苦しいわ!!」


 入ってきたなり激しい口喧嘩を繰り広げる桜と、いかにも漢といったようながっしりとした身体つきで黒髪の1人の男。


 そんな男が……まだ20歳前の女の子にしばかれていた。

 その様子に、またもマスターは額に手を当て、蜜檎も嫌そうな顔を見せる。


「飽きないわねぇ……」


「またやってるのか……」


「しゃあねぇよ、桜が言うことを────」


「言うこと聞かんのはお前やろうがバカ親父!!」


「あぶなっ!?」


「避けるなや!」


「避けるだろぉおい!?」


 どったんばったんと大騒ぎしている2人に由莉たちは呆気に取られていること2分、割とボコスカにやられた男がトホホと空を仰ぎ、胸をふんぞり返らせながら木刀を肩に乗せる桜の構図が出来上がった。


「おおっと、つい夢中になってまったわ。あたしのバカ親父がごめんな?」


「あ、あはは……えっと……桜のパパなんだよね?」


「ん? ………………まぁ、そうや。これが取り敢えずは────」


「ちょっと待った、桜。自己紹介くらい俺にさせてくれや」


「あぁ〜もうめんどくさいなぁ……分かったわ」


 めんどくさそうに桜は木刀をしまうと、桜の父は全員と向き合った。


「俺がRooTの中四国支部長をしている岩柳がんりゆう 藤正ふじまさだ。コードネームは『ヤナギ』。まぁ、そんな話すこともないが、見たらわかると思うとおり、桜は俺の娘だ」


「…………はい、もうええやろ。今さら親ヅラされるの嫌やし、バカ親父の話なんて誰も興味ないわ」


 自己紹介の最後で途端に嫌そうな表情を見せる桜だったが、すぐさま桜はその話題をぶったぎった。その口調は……本気で嫌がっていることが丸見えだった。

 その場に多少の気まずい雰囲気が流れていたが……そこに忘れかけられた2人がやってくる。


「にゃあ〜〜うちらのこと忘れてたんじゃないかにゃ〜〜?」


「はぁ……はぁ……っ、もうだめぇ……」


「あっ、音湖さんと……天瑠!? そんな息切らしてどうしたの!?」


 音湖に背負われてやってきた疲労困憊の天瑠にびっくりした璃音が近寄ると、桜と藤正は顔を逸らしながら誤魔化すように笑っていた。

 それを由莉たちは見逃さなかった。


「…………天瑠ちゃん、もしかして……2人と連戦してたの!?」


「……うん……強かった……すっごく強かった……よ……」


「あはは……天瑠ちゃんも天音とは戦い方が全然違ってなかなか面白かったわぁ〜模擬戦やったから最後までやったけど、あたしも本気でやっても負けるかもってちょっと怖かったわ」


「確かに……この子は少し怖かったな。暗い場所で戦ってたら勝てるかちょっと不安になる。伊達にゼロ様からも並大抵の暗殺の才能じゃないと言わせるだけのことはあるぞ」


 桜と藤正を唸らせてみせた天瑠はいぇーいと笑顔のピースサインを前に突き出していた。

 桜も藤正も、もう満足そうな表情であった。


「いやぁ……いいなぁ、その年でそこまでの実力があるなら文句言う気力も無くしたわ。由莉ちゃんと璃音ちゃんとはやってないけど……4人ならええわ」


「そうだな……天瑠であのレベルて、桜と真剣でやりあえた天音の話を聞けば、俺も満足だ。流石はゼロ様の部下だな」


「私は何もしてない。由莉たちが強くなろうと頑張ったその賜物だ。いい友達やいい師匠に巡り会えた、それがでかい」


 マスターも謙遜はしていたが、それでも全員のすさまじい成長に顔を綻ばせていたのだった。


 ──────────────────────





「ゼロ様が褒めるなんて……すごいね……────?天音ちゃん……?」


 ももはそっと手を繋がれるのを感じた。

 びっくりして横を見ると、隣には天音がまっすぐに、申し訳なさそうにももを見ていた。


「……ももさん。さっきは……ごめんなさい。ボクたちのことを何も話さずに……ももさんのことを必要以上に聞いてしまって……」


「ううん……いいんだよ。わたしの方こそ……さっきはごめんね……取り乱しちゃって……」


「っ、ももさんが謝らないでください。……あのっ、ボクに出来ることがあったらなんでも言ってください。せめてもの……償いに」


 相謝りの状態に陥りかけたなんとか打開した天音の提案にももは早速と言わんばかりに口を開いた。


「あっ……じゃあ、1つ教えて……?」


「はいっ、なんでも聞いてください」


「みんなは……どうしてそんなにも強いの……?」


 その目は……本当に縋るようだった。変わろうとして、変わりたくて、なのに変われずに苦しむももに……天音は応えた。


「ボクは……ううん、ボクも……天瑠と璃音も……本当なら全員死んでいました」


「ぇ……?」


「そんな時に助けてくれたのがゆりちゃんなんです。ゆりちゃんは……どんなに苦しくても、諦めようなんて絶対にしませんでした。ボクを助けるために……半年以上、たった一日も休まず……スナイパーなのに、その練習と同じくらい……ううん、それ以上に近距離戦闘の練習をしていました」


「…………」


「そんなゆりちゃんだから……ボクたちは生きてるんです。それだけじゃない。はぐれていた天瑠と璃音まで……ボクが誰よりも大切にしてた2人まで……助けてくれました。

 優しくて……明るくて、誰かのために何でもする、ゆりちゃんはボクたち3人の光です。

 ボクはそんなゆりちゃんが大好きです。世界で一番大好きです。






 自分自身のために強くなる、大好きな人のために強くなる。そんな強い想いがあるからボクたちは強くなったんだと思います」


 自分の本音を嬉しそうに綴る天音の言葉にももはほんの少し目を開いた。


(自分と大好きな人のため……かぁ……わたしに……それが出来る……人を……撃てるくらい……強い覚悟があれば……、




 けど………わたしは……わたしには……っ)


 濃い霧の中で……ももは何も見えなかった。どうすればいいのか、どうすれば……この弱い自分を変えられるのか……まったく…………。

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