燃える刀使いと人を殺せない狙撃手

「ううぅ……みんなしてうちを虐めて……」


「違いますよっ、ただびっくりしただけです! だから機嫌直してくださいよ音湖さ〜ん!」


「みんなそんな風に思ってませんよ〜!」


完膚なきまでに凹んだ音湖の背中を由莉と璃音でさすっている中、先程の感想戦と言わんばかりに桜と天音は互いに正座で向き合っていた。


「はっきり言わせてもらうと……天音は強いわ。よう二本の刀……まぁ、少し小さいにしろ扱えとるわ」


「あくつさんとねこさんに鍛えられてるからね。……そもそもボクの前の戦闘スタイルも2本の短剣だったから」


「……久々におもろかったわ。なぁ、天音。あたしの事も呼び捨てにして構わへんで? タメで話してくれてもええわ。寧ろ、天音と話すならそっちの方が楽やわ」


「いいの? なら、そうさせてもらうよ」


数分とはいえ、幾度の真剣を交えた天音と桜は既に互いを認めるライバルのようなものになっていた。年が5も離れていようとも関係なかった。


「……そういえば、桜の言ってた『月華』って……」


「ん? あれは『月牙蓮華げつがれんげ流』の抜刀術の一つや」


「月牙蓮華流……」


桜の流派に天音が思わず自分でも呟くと、桜は自分の流派について語り始めた。


「この技は……ずっと一家で受け継がれてきた。前はもう少し伝承者がいたらしいんやけどな、今は……あたしだけなんや」


「……」


桜は横に据えてあった刀を自分の膝に乗せる。


「この刀もや。これは……母上のもんなんや。……亡くなった母上の……大切な形見の品や」


「っ、桜のママは……もう……」


親の死と聞いて天音は少し暗くなる。ここから全てが変わり、裏の世界へと足を踏み入れ……最友の人を殺した。

桜も天音にもそんな過去があるのだろうと察すると、立ち上がりその髪の毛を軽く撫でてあげた。


「……天音が辛気臭そうにしなくてもええ事やで? それに……月牙蓮華流は人を殺す技や。うちが……2年かけて会得したこの技術───もう、誰にも教えることないと思うてた。そうや、……なぁ、阿久津! ちょっとこっち来てや!」


「……そうですね。しかし、木刀です。真剣は使いませんよ」


「阿久津なら言うと思ってたで? けど、それでええわ」


阿久津は胡座を解き、立ち上がると、自分の得物の刃渡りと全く同じ大きさのものを持ち出した。


「言いたいことは分かるはずやで、阿久津」


「もちろん。さくらなら大丈夫だと思っているから全力で行かせてもらいますよ」


桜も自分のリュックから鞘に入った木刀……しかも阿久津の木刀と同じ色をしているものを取り出すと互いに構え合う。


「やってみい。そうやな……さっきあたしが使おうとしてた『胡蝶蘭』でどうや?」


「……はい」


阿久津は利き足を引き、桜を射殺すように睨み、木刀に手をかける。桜も引き締まった表情で抜刀し、正眼で構える。


「ッ!!」


阿久津は一気に地を蹴り桜へ肉薄する。そして───瞬きする間に一閃が走る!7時から2時の方向へと斬られた刃は桜の構えた刃と交わり、軽快な木の音が周りに鳴り響いた。その直後、阿久津は引くようにして桜の刃を逃れ、十字を描くように5時から11時の方向へ、桜が構えを取っていた角度と寸分違わずに斬りあげる。


だが…………


「ええやん、だけど……まだ遅い!」


「ぐっ!?」


桜の体に当たるかのように思われた刃は軽く身体を捻りつつ桜に捌かれると、持ち手を逆にして空っぽの胴へと一本打ち込まれた。


「月牙蓮華流遡術そじゅつ虎杖いたどり』、筋はええけど……少し遅いな。最近、碌に刀振ってなかったやろ?」


「……ごめんなさい」


「まったく……」


桜と、苦悶の表情を浮かべた阿久津は互いに納刀し、一礼する。

……と、天音は完全に棒立ちになっていたが、また訳がわからないと桜に問いただす。


「ねぇ、桜。あくつさんとはどんな関係───ううん、もう見たら分かったけど……師匠と弟子の関係?」


「まぁ、そんな感じやで? ……と言っても本当の師弟ちゃうで? 少し指導してるって表現が正しいわ。けど、ここ2,3年は会ってなかったからな。以前に比べたら少し弱くなってる。『居合は師弟の問答なり』 って言葉があるんやけどな、今ので大体どの程度なのか分かったわ」


「相変わらず手厳しいですね……」


お手上げだと阿久津は苦笑いを隠せずにいた。桜も厳しいことを言ってはいるが表情は久しぶりに会えたことに対して嬉しみを遺憾無く外に現していた。


と、そこに……、


「お〜い、天音ちゃん!こっち来て〜!」


「ん?分かったよ〜! じゃあ、ボクはこれで!」


桜と阿久津に一礼すると天音は由莉たちの元へと行ってしまった。そこで桜と阿久津は少しだけ駄弁っていた。


「天音はええ子やな。元気もあるし、かっこいいし……なぁ、そもそもやけど……天音って───やろ?」


「さぁ?どうでしょうね、ふふっ」


「なんやっ、いじわる言わんとはっきり答えてま阿久津! あたしが混乱するやないけ〜!」


阿久津のからかいに桜は肩を掴みながら真相は!?と揺さぶっていた────そして、その様子を音湖は恨みがましい視線を後ろから送っていたのだった。


────にゃにゃ……これはうち……やばいんじゃないかにゃ……!? ポジションがなくなりかけていないかにゃ!?


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


やってきた天音は由莉たちと合流した。天音も何となく分かっていたのか、天瑠を桜と阿久津の元へと向かわせてあげた。……それできっと天瑠は虚しい思いをしなくても済む、そんな確信を秘めて。


最初に切り出したのは、ももだった。


「あの……みんなって……どうやって戦ってるのかな……わたしと同じ子がいるって……蜜檎さんからも聞いてたから……きになっちゃって……」


「っ! ももさんは……スナイパーなのですか?」


「…………ん……」


ももは俯きながら頷くと、持っていた大きなリュックの中から1つの黒いケースを取り出すと、ゆっくりとその金具を解放し、中身を外気に触れさせた。

由莉にはもちろんその銃がすぐに分かった。


「Mk.14 Mod2だ……」


「えむけ……うぅ、由莉ちゃん、それってなに……?」


「ちょっと長くなるけど話そっか。この銃の起源はM14っていうライフルなんだよ。1957年にアメリカ陸軍で採用されたすごい銃で、7.62×51NATO弾を使ってて、ストッピングパワー……対生物での効果が高くて射程も長かったんだよ。けど、ベトナム戦争の時に、そのライフルの長い銃身の取り回しとか、木製ストックの環境への適応力の低さとかが重なって他の銃に居場所を奪われちゃったんだよ。

そこから2000年になってM14の強化がされて色んな種類の改修が施されたんだよ。その中でも一番新しいものだよ。

それで、Mk14 Mod2もマークスマンライフルの1つで有効射程は大体800mで、重さが5.1kg。22インチへヴィバレルの仕様だから耐久性も精度も良くて、夜戦能力も強い銃なんだよっ」


由莉の銃知識を遺憾無く発揮され、度肝を抜かれる天音たち。付け加えて、ももも由莉の知識量にただただ驚かされた。


「ゆ、由莉ちゃんすごいんだね……わたしなんて……全然知らなかった……ダメダメだよね……あはは」


「い、いや……私は前から銃が大好きで調べただけなので……女の子のやる事じゃないことかもですけど……」


「本当に……由莉ちゃんの倍くらい生きてるのに……わたしはダメだなぁ……」


どんどん1人で暗くなりながら銃を膝に乗せているももを3人も不安そうに見つめていた。この凹み方はおかしいとはっきり感じていた。


「ももさん、そこまでナーバスになることなんてないと思いますよ。それだけなら……なんならボクもさっきの話聞いててあまり分からなかったですし……」


「うん……。ね、少し聞きたいんだけど……ここにスナイパーやっている子って由莉ちゃんだけ?」


その問いに……天音と璃音は静々と手を挙げた。


「ボクは……元々、近距離戦闘だけだったんですけど、ゆりちゃんに教わってスナイパーになりました」


「……璃音もお姉様と同じように近距離戦闘だけでした。みんなより全然出来損ないで……でも、由莉ちゃんに出会って、スポッターって役割を璃音に与えてくれて……それで取り敢えずは撃てるようにって感じでスナイパーの役割を担えるように訓練しています」


「……そっかぁ……わたし……やっぱりだめだなぁ……っ」


突然にもものピンクの瞳から零れる涙に由莉、天音、璃音は心配そうに駆け寄った。明らかに異常な反応だった。これだけの情報で泣く理由が分からなかった。




たった1人を除いて。


「……ももさん。自分が何も出来ないって思ってるから……ですか?」


「……璃音……ちゃん」


「……さっき、璃音が話したように璃音は出来損ないでした。お姉様にも天瑠にも手が届かないくらい弱くて……たくさん泣きました。死のうと思った事もありました。ももさんは……なんとなくですが、前の璃音みたいに見えます」


誰よりも劣等感を抱え続け、誰よりも実力差に苦しんだ璃音は今のももがなんとなく分かった。そして……ももは頷きながら、その銃を胸の中で抱いた。


「わたしは……ね……、










人を殺したことがない……ううん、殺せない……スナイパーなんて名乗れたものじゃないくらい弱い人間なんだよ」


「っ、ももさん……」


「呆れちゃうよね……本当に……みんなはしっかり仕事してるのに……わたしだけ……っ」


自虐的に笑いながら、自分の衣服を握りしめるももの姿を見ていて……由莉たちもいたたまれなくなった。あの姿は……自分が殺したくなくて殺せないんじゃない事くらいすぐに分かった。もしそうなら、由莉たちはももにこんな場所にいるのはやめた方がいいって言っていただろう。


だが……ももは自分の思考と行動が合致していない、そう見えたのだ。


「ももさんは……人を殺したいですか?」


「……ううん……本当は殺したくなんてない……仲良くやればいいのに、なんて思うけど……でも……っ、そう思ってても戦いになる……。……味方が1人、2人って死んでいく……わたしが敵を撃って……殺してれば死ななかった人なんて沢山いる……分かってる……スナイパーなんだから……わたしが撃たなきゃいけないって分かってる……なのに…………っ、わたしは……覗いているスコープの中で人が死ぬのを……っ」


大粒の涙がももの頬を濡らし、ようやく会えた同じスナイパーにならと思いの限りを吐いた。貶されてもいい、馬鹿にされてもいい、それが……自分の罪の代償なんだからと歯を食いしばって降り掛かってくる罵詈雑言を待った。


しかし、待っても……そんな言葉はやってこなかった。


「大丈夫ですよ。ももさんを馬鹿にしたりなんて絶対にしないですから」


「ぇ……どうして……? わたし……人一人殺せないんだよ? 由莉ちゃん達から見たら……わたしなんて……」


自分を認めようとしないももに天音、璃音、由莉の順番で口を開いた。


「……人を殺すなんて正気じゃ出来ませんよ。ボクは……もうとっくに壊れてますから……6年前には」


「……璃音は3年前には壊れてました」


「私は……マスターのために壊しました。何もない私を拾ってくれたマスターのためだったら悪人であればどれだけでも殺すって……決めましたから」


……だが、それを聞いたももはさらに顔を俯かせてしまった。


「わたしも……蜜檎さんに拾ってもらったんだよ。あの人の役に立ちたい、今もそう思ってる。けど……わたしには……殺すための引き金が……引けない……っ、本当に……わたしはだめだめだよ……っ」


自分の銃を抱いて咽び泣くももに……由莉たちはこれ以上はかける言葉が見つからなかった。けど……こうも思ってしまった。


───これが正しい反応なのかもしれない、と。

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