非道で愛おしいその笑顔
「……出ていく前に殺せばよかったと今更思うにゃ」
深くため息をつく音湖。頭を抱える阿久津。
開いた口が塞がらない少女たち。
「うわぁ……血の池になってる……」
「うぅ、臭い……」
「…………うわぁ」
「えぇ〜……」
目の前に広がるペンキをぶちまけたような血溜まりを阿久津がせっせと片付けていた。
「まぁ、有用な情報は聞けたからよしとしますかね……」
「えっぐいにゃー非道にゃーあっくんの人でなしー」
「…………」
「にゃ……いつもの反応はないのかにゃ? ちょっとそれだとうちも困るんだけどにゃ!? にゃあ〜あっくん〜シカトしないでにゃ~」
いつものパターンじゃない。それに音湖は額に汗を浮かべながら阿久津に寄り付く。それも無視しながら阿久津は掃除を続けていく。
「……はぁ……」
「にゃあ、そんなに落ちこまなくていいんだにゃ〜あと1人いるんだから……って、あれは使いものにならなかったかにゃ……でも、必要なことは聞けたんじゃないのかにゃ?」
「それでも……確証が無いんですよ。最後に一度聞いてからじゃないと…………」
「あっくん……」
音湖から見ても阿久津の落ち込みぶりは異常だった。ここまでしたならもうそれで間違いないはずなのに、と音湖は思ってしまったが……それではダメだったのだ。───どうしても。
「……せめて、あれがまともに話せるようになればいいのですが……はぁ……」
「そんな思い詰めなくても、まだ方法があるから……にゃ?」
(───と言いつつ、うちにもないんだけどにゃ……)
歯がゆい思いをしながらも、これ以上下を見る阿久津を見たくはないと励ます音湖だが、その言葉にも段々と覇気が無くなっていった。
───そんな2人の間に割って入るとっても小さな影。
「…………」
「由莉さん……」
「由莉ちゃん?」
「あの人を正気にすればいいんですよね?」
さりげなく芯を捉える由莉の発言に2人はびっくりしながらも頷く。だが……そう簡単にできる訳がない、それが2人の考えだった。そんな廃人を元に戻すなんてよっぽどの理由がなければ不可能だと。
───それでも、由莉は打開する。そういう子だから。
「考えがあります」
────────────────
「ほんとに……ゆりちゃんやるの?」
「天音ちゃんなら……ううん、これは天音ちゃんにしか出来ないと思う」
「うぅ、そうだけど……」
純白のワンピースを身に纏った天音は手に自分の髪の毛とそっくりの長いかつらがあった。天音としては若干気が引けていたが、事実にも本当に天音にしか出来ないことだったのだ。
(……確かに、ボクには本当の記憶とえりかだった時の記憶がある……だからか分からないけど、喋り方は両方普通に出来るんだよね……)
それは、幼い頃の純粋な……『えりか』だった時の話し方・『クロ』だった時の話し方・それが複合した現在の『天音』の話し方、天音にはその3つの話し方が完璧に出来てしまうということだった。
そこから考え出した由莉の案、それは───、
(だからって……えぐすぎるよゆりちゃん!)
天音は確かに震えながらそのかつらをかぶる。そして、気持ちを今だけは───えりかだった頃に戻し、その場所に向かった。
「…………」
「◤#☆&¥¥$<℃⇐>」
薄暗い光の中、鼻水やら涎で顔が見るも無残な形になり、極めつけは股間の辺りがべしょべしょの男が奇声を発していた。さすがに、天音もワンピースの下に隠したレッグホルスターから銃を引き抜きそうになったが、ぐっと堪える。
(あぶなかった……思わず殺しちゃうとこだった……でも、そんなことしたらゆりちゃんをうらぎることになるから……そんなことしないもん)
一度息を整えてから、天音はその男の側までいくとゆっくりとしゃがんで顔を覗き込むと、ゆっくり口を開ける。
「……どうしたの、おじさん?」
クラブジャムよりも甘ったるく、天使のように優しく。
今の天音の頭にあるのは、世界で一番かわいい由莉の姿のみ。
この時の───えりかになった天音は雰囲気も含め、由莉と全く遜色ない可愛さを秘めていた。
そう、由莉からお願いされたこと、それは……、
『この人を癒してあげて……立ち直ったら絶望させて?』
天音でさえ震わせるくらいの非道な手段を由莉は示したのだ。
(……こんな話し方、ゆりちゃんたちにしか見せたくないのに……)
─────────────────
由莉が天音に非常な提案をした後、天音は本当に出来るのかと試しにやってみた時だった。
(えりかだった時……その事だけを……『わたし』の世界全てがゆりちゃんのためにあった時のことを……)
天音は自分の心に言い聞かせる。えりかだった頃に戻ろうと。気配も完全に変えろ。気持ちも入れ替えろ。
───『ゆりちゃん』みたいに。
しばらくして、目を開けた天音を見た由莉は一瞬にして確信を得た。5ヶ月ぶりに見たが、たかがそれだけの時間では忘れはしない。
「……ふぅ、これで……いい?」
「……すごい。えりかちゃんだった時とおんなじだよ……!」
「そ、そう……? それならよかったっ」
えへへっ、とはにかみながら、頬をむず痒いように掻いている天音の雰囲気や仕草にその頃を一切合切知らない天瑠は度肝を抜かれた。
「本当に……これがお姉さま……?」
「も〜そうだっていってるでしょ? ……へん?」
「ち、違いますっ。ただ……今のお姉さまからは……その……由莉ちゃんみたいな感じがして……由莉ちゃんが2人になった感じがするんです」
「ん……そうなのかな、ゆりちゃん?」
「どうなんだろうね、天音ちゃん?」
お互いの顔を見つめ不思議そうに首を傾げる2人の姿に、天瑠も然り、璃音までも笑ってしまった。
「ふふっ……璃音、2人が双子か姉妹だって言われたら納得する?」
「うんっ、由莉ちゃんがお姉ちゃんでお姉様が妹みたいだよ」
「そう……なのかな? どちらかと言うと、私が妹で天音ちゃんの方が…………、」
身長もこの通りだと言おうとした由莉だったが、それは目の前の天音に否定される。
「ううん。わたしにとっては……ゆりちゃんはお姉ちゃんみたいなものだよ? いつもゆりちゃんがいるところに行きたくてずっと後をおいかけてた。いつかいっしょに戦えるように……きおくが戻っても、ね」
「天音ちゃん……」
「だからね、わたしはこうやってみんなでたたかえて、本当にしあわせだよっ」
まっすぐにただ由莉を信じるその瞳はあの頃と全く変わらなかった。本心から来る天音の笑みは由莉を含め天瑠や璃音の表情まで緩ませてしまう。
と、由莉はとうとう我慢できずに天音に飛びついてしまった。
「ひゃっ、ゆ、ゆりちゃん、急にだきつかないでよ〜っ」
「天音ちゃん、可愛いよぉ〜」
「っ! や、やめて……あまるとりねも見てるのに……はぅ、はずかしい……」
(お姉様……あんなに可愛いんだ……うぅ、璃音まで恥ずかしくなってきたよ……)
(な、なにかいけないものを見てる気がする……)
天音が顔を赤く染め、由莉がほっぺたをすりすりし、天瑠と璃音は羞恥で顔を覆い隠す、そんな状況が暫く続いた後に───今へ至る。
★★★★★★★★★★★★★
「おじさんっ、」
天音の純粋な笑顔に僅かに反応する男、それを見逃さなかった天音は次々にかわいい仕草のラッシュを繰り出す。
「ねえってば〜っ」
男の顔を覗きながら、サラサラの髪の毛を耳にかけてみたり、汚い顔を拭いてあげたり、献身的に色々な事をしてあげた。
笑顔を絶やさないように、だが、内心では────
(……ころしちゃいたい……あんなきたない顔めちゃくちゃにしてやりたい…………)
そんな事を考え、常に手が白いワンピースの下に隠してある銃に伸びそうなのを必死に耐えながら。
そんなことをして……3分、男に変化は見られなかった。
(むぅ……なんで……なにもへんじないの? ちょっとははんのうしてよぉ……)
天音は頬をぷっくりと膨らませて男を見るも、まだおかしなままだ。そろそろ天音は笑うのも限界になってきて、「そろそろ殺しちゃおうかな……」なんて思い始めたその時、突如としていい案が星のように煌めいた。
(できるかわからないけど……でも……ゆりちゃんのやくに……たちたいから……っ!)
「……ひどい……ひどいよぉ……」
栗色の瞳から一筋の涙が流れる。ポタリ……ポタリと水滴が地面に落ちるくらいに涙を零しながらその男の前で膝をついた。
「わたし……っ、おきたらここにいて……それで……っ」
もう1人の男の人が連れていかれ、たくさん悲鳴をあげて、それも聞こえなくなった。
そこまで言うと、天音は嗚咽をもらしながらワンピースの裾をシワがつくほどに握りしめる。
「おじさん……わたしどうすればいいの? おじさんといっしょにならここからでられるとおもって……がんばったのに……、このまま……わたしも……ころされちゃうの? ぐすっ……そんなの、そんなのいやだよぉ……っ」
天音はそういいながら男に抱きつく。涙で顔を真っ赤にしながら、ただひたすらに助けてと縋るような想いで泣いていた──────その時、
大きな手のひらが天音の頭をゆっくりと撫でた。
すぐさま反応して、パッと離れるとそこには瞳に光を取り戻した男が立っていた。
「っ! おじ……さん?」
「………君の声を聞いたら立ち直ることが出来たよ、ありがとう。名前はなんだい?」
聞かれた天音は一瞬尻込みしてしまうが、咄嗟にあの名前が口から発せられていた。
「ぁ……えっと……えりか……」
「えりかちゃんだね。よし、それじゃあ……ぐっ……」
男は立ち上がろうとして、自分の太腿を撃ち抜かれたことを思い出したのか膝をついてしまう。
「おじさんっ! だいじょうぶ?……けが、してるの?」
「あ、あぁ……少しな……」
「…………かた……かすよ……?」
痛みをこらえる男の前にそっとしゃがみ、小さい肩を掴まるように促す。すると、男もそうするべきだとその肩を掴むとゆっくりと立ち上がる。
「助かるよ、えりかちゃん」
「ううん……はやくここ……出たいから……パパとママに……はやく会いたい……」
「そっか。それなら早くここを出よう」
「うんっ!」
震える肩を我慢して進もうとしている姿に男───ガガンボはある考えを抱いていた。
(こいつを人質にして逃げればなんとかなるな……その後でなら、好きにしちゃっていいんだよなぁ〜? この細い体……俺好みだ……)
嗜虐心が疼くのを必死に我慢しながら、肩に掴まって歩くと大きな扉の前にたどり着いた。
「あぅ……わたしじゃ……このドアあけられない……おじさん……てつだって?」
「あぁ、任せなさいっ!」
ガガンボは片足で踏ん張りながらドアを押すと少しずつ少しずつ、その先の明るい光が見えたことにホッとしながらさらに力を強める。
「おじさん、がんばってっ!」
「うぉおおおお!!」
かわいらしい応援もあり、ガガンボは遂に人が通れるくらいにまで開くことに成功する。2人はホッと一安心して、息をもらした。
「ありがと、おじさんっ!これでみんなのところに……帰れる……うぅ……っ、こわかったよぉ……」
「あぁ、もう少しだな」
ガガンボはその先へ進もうとすると、急に目の前の小さい肩が動くのをやめ、くるりと振り返るとガガンボ肩を貸すのをやめる。
「えりかちゃん?どうしたんだい?」
「おじさんっ、ほんとうにありがとうっ! ほんとうに──────」
天音はにっこりとほほ笑むと急にワンピースの裾をゆっくりたくし上げた。おっ♡、とガガンボはついそのきれいな生足を覗こうとして……その手に何か握られているのに気づくことが出来なかった。
そして……とどめの一撃を叩き込む。
「ねっ、おじさん。こっち見て?」
「ん?どうし────っ!?」
─────パァンっ!!
ガガンボが見たのは少女が黒いものを握りしめ、その少し空いた穴から炎が吹きでるところだった。それと同時に反対側の太腿に激しい痛みを伴い、ガガンボは完全に倒れふしてしまう。
「え、えりかちゃん……なに、を……?」
硝煙を辺りに漂わせながら、その真ん中にいる天音はガガンボの状況が掴めないように呆然といる顔が痛快でたまらず、思いっきり笑ってしまった。
「……ふふふっ、きゃははははははははははっ!!!」
とても可愛らしく……残虐的な笑みを銃口と共に手向けてあげた。
「あ・り・が・と・う、ねっ♪」
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