変わる気持ちと変わらない気持ち

「……あ、阿久津さん」


「ん〜? …………………………あっ、由莉さん」


「あっ、由莉さん、じゃないですよっ」


 急にいつもの阿久津に戻るも、5人が5人全員目に焼き付いてしまった。あんな無邪気な様子で血を撒き散らす様子は……少女達にはなかなか来るものがあった。

 阿久津は一旦全員を部屋の外へと連れていくと深いため息を漏らした。


「はぁ……見られるとは思ってもみませんでしたよ……音湖、明日からご飯は抜きです」


「にゃあ!? それは少々横暴だにゃ!! うちだってあっくんが殺しきれないやつを何人ここでぶっ殺したか……」


 そこから…………阿久津と音湖の言い争いが始まった。


「まだ情報が吐けそうなやつをぶち殺したのはどこの誰でしたかね?」

「四肢まで麻酔ぶっ込んでからぶった斬って『あそこ』まで切り落として、一体何を聞き出すつもりだったにゃ!? あんな状態までやったら流石に殺さなきゃだめにゃ!」

「ほほお、言ってくれますね〜? 音湖も本当ならばマスターに楯突いたのだから四肢を砕いて3日間延命させて放置してから殺す気でいたんですがね?」

「はぁ!? 人間じゃないにゃ、あっくんはっ!!」

「人間じゃなくて悪かったですね! これでも、こうして何百人やってきた身なんだから、鬼と言われようが、なんと言われようが関係ないですよ! 身内でもやれと言われればやりますが!?」

「ちぃ……っ、あああぁあぁーーもう!」


 音湖もいよいよ阿久津の態度にたいして我慢の限界だと、頭を掻き毟り、気づけば自分の口調がぶっ飛んでいた。それほどまでに変わらずにいようとする阿久津の態度に腹が立った。


「じゃあ、なに? 由莉ちゃんとか天音ちゃんとかがマスターに楯突いて、マスターが命令したら、同じように四肢を打ち砕いて、ぎりぎり死なないようにして放置してからいたぶって殺す、そんな真似が出来るのなら……もういっかい口にしてみろ!!」


「っ、それは……」


「出来ない?それは……この子達が心の中で大切な存在へと変わった、違うか!?」


「…………」


「いい加減、前のままだと思うのはやめて。そっちもこっちも……変わった。この子達と一緒にいて何もかも変わったんだよ!!




 ……ふぅ、由莉ちゃんたちも今の姿を見ておくにゃ。あっくんはどんな時だろうとあっくんで変わりはないんだにゃ」


 まるで演技だったかのようにいつもの語尾に戻った音湖はただ呆然とする由莉たちに言って聞かせた。阿久津も何やらいつもの雰囲気が崩れていて、明らかに音湖が阿久津を手玉に取っている事が一目瞭然だ。

 そんな阿久津を見た4人はみんなで顔を合わせるとクスリと笑ってしまった。


「ふふっ、分かってますよ。阿久津さんは阿久津さんです。だよね、みんな?」


「そりゃあ、びっくりこそしたけど、されて同然の存在なんだから寧ろ清々しい気分かな」


「なるほど……殺す前にいたぶるのもありなんですね……」


「天瑠、変な方向に進んでない……? でも、璃音も同じです。そんな人をどうしようと阿久津さんは阿久津さんです」


 純粋に阿久津を信じる気持ちがあるから、だからこそ、目の前の光景を見ても阿久津に対しての気持ちは動じることはなかった。

 由莉は阿久津と1年以上、天音は由莉が信じる阿久津と10ヶ月、天瑠と璃音は2人が信じる阿久津と4ヶ月の間いるのだ。そう簡単には折れたりなどはしなかった。

 そんな由莉たちの言葉を聞いた阿久津は驚きと安心が入り交じったような表情をしていた。


「みなさん……」


「あっくんも信じるにゃ。この子たちの信頼は考えている以上に深いにゃ。……そんなんだから、うち達も気づいたら変わってたんだけどにゃ」


「……そう、ですね……。しょうがありませんから今回だけは許してあげますよ、ねこ。……それで、こんな場所まで来てどうするつもりだったんですか?」


 そう疑うように聞いてくる阿久津に由莉がことの経緯を伝えると、納得したように頷いていた。


「……そこまで知ってしまったんですね……。その通り、私はRooTの次期代表候補の序列1位にいます。と言っても、他の候補は別の地域の支部長をやっていたり、海外にいたりするので、事実上は私くらいしかいませんね。あと数年もすれば、もう1人候補が出てくるかもしれませんけどね」


「阿久津さん……すごい……」


「そんな尊敬されても困りますよ。事実、今回の仕事はねこの直感が働いてなければ、かなりまずい状況に陥れられかけたんですから……私もまだまだです。……マスターの足元にすら及びませんね」


 阿久津は自嘲気味に、されど本気でそう言っていた。それほどに……この仕事の重さが伝わってきた。失敗、すなわち、破滅。その重圧は計り知れない。


「阿久津さん……」


「まぁ、まだまだ青臭いガキなんでもう20年はかかりそうですね。……これでも取り敢えずは22なんで」


「22……音湖さんと同い年なんですか?」


 阿久津の年齢を初めて知ったと天音は目を丸くして尋ねると、音湖をちらっと見てから頷いた。


「そうですね……と言っても、年齢はほぼ当てつけですがね。最後の記憶から逆算すると大体そのくらいってだけですよ」


「ちなみにうちもそんな感じにゃ。おっと、誕生日は2/22にしてるにゃ。なんせ『ねこの日』だからにゃっ。あ、あっくんは3/15だけどにゃ」


 阿久津と音湖のプロフィールをまだよく知らなかった4人はすっかり誕生日から時間がかなり経っていたことに少し衝撃を受けた。


「ね、音湖さんも阿久津さんも、言ってくれたらお祝いくら……い……?」


 由莉がそう言いかけた瞬間……目の前が一瞬真っ白になる。そして…………






 ────ゆーちゃん、誕生日に何して欲しい?何でもしてあげるよっ





(あれ……?なんか今……聞こえたような……え? 私の……誕生日…………そう言えば……いつ……?)


 視界はすぐに取り戻された。だが……心の中にわずかに靄がかかったようなもどかしさと苦しさが心臓を鷲掴みにし、由莉は苦しさから自分のジャージを握りしめた。


「…………っ」


「……? ゆりちゃん……? ゆりちゃん!!」


 すぐに由莉の異変を察知した天音は急いで由莉の正面に立つと、身体を揺らした。


「っ! ご、ごめん……ちょっとボーッとしちゃった」


「本当に大丈夫……? 身体が辛いなら一緒に部屋まで行くよ?」


「由莉ちゃん、無理はだめですよ?」


「そうだよ、由莉ちゃん。体調を崩したら元も子もないよ?」


 由莉のあまり見ない辛そうな表情にみんな心配してくれたが由莉は「大丈夫」と強く言うからそれなら……と納得するしかなかった。



 ……と、阿久津は沈黙した空気を打開するように咳払いすると、どうするのかと聞いた。


「……それで、どうしますか? 出来ればあまりこんな所を見られたくはないのですが……困りましたね……」


「……」「……」「……」


 沈黙する3人。だが、その目には確かに意志の色があった。憎しみと怒りの色を。阿久津も理解したように頷く。


「……なるほど。3人に関しては分かりました。ねこと由莉さんは……どうしますか?」


「残るにゃ。理由はそこにいる3人と同じにゃ」


「っ、私は……」


 音湖は即答したが、由莉は若干尻込みしてしまった。自分以外のみんなははっきりとした直接的な理由があるんだから、自分は離れた方がいいんじゃないかと。


 だが、その時、由莉はあの時に言われた天瑠の言葉を思い出した。


『っ、そんなことないっ! 由莉ちゃんがいなきゃ、お姉さまだって……天瑠も璃音も……多分生きてない。由莉ちゃんが助けてくれたから……だからっ!』


(……そうだった。私が……そんな事で迷っちゃいけないんだ)


 答えを待つように不安げな天瑠たちを片目に由莉は一度目をゆっくり閉じてから阿久津に自分の意志をぶつけた。


「私もここに残ります。戦うって……決めましたから」


「……由莉さんがそう言うのであればとやかくはいいませんよ。……でも、実際に見られると変に力が入りそうなので扉の外から見てくれますか?」


 そう言うと阿久津は部屋のドアを再び開ける。すると────、


「……しまった……止血忘れてた」


「……」「……」「……」「……」「……」


『うわぁー……』


 既に事切れた肉の塊がただそこにあるだけだった。


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