手は届かない​───

「阿久津さん……」


「ええ……由莉さん」





「これは……」


「これは……」






「「まずい……」」


 既に車の速度は240km/hに達し車の限界を迎えているのにも関わらず、差は縮まるどころか広がりつつあった。どうしようもない……『詰み』の状態に入ったのを確信した2人は絶望と悔しさで悶えていた。


「阿久津さん……私……やっぱり、」


「由莉さんは何も悪くありませんよ。もう少し私も作戦を練るべきでした……何年もここにいるのに……自分が情けなくなります……くそっ!!」


「阿久津さん……っ」


 由莉は阿久津の心底悔しそうな……いや、自身の失望に塗れた表情を初めて見た気がした。いつも笑ったり、起こる時は本気で怒る阿久津の……自分を責めるような表情に由莉は心がえぐり取られる気分だった。少しが……痒いところに手の届かないもどかしさが酷く自分を苛ませ、自分の無力を恨んだ。


(私は……っ)




























『─────ほんっと、【馬鹿】ばっかだにゃあ?』


「っ!」


「っ!? その声は……音湖さん!?」


『まったく……なんで優しい2人が揃って落ち込んでるのかにゃ? なっっっさけなくて見てられないにゃ! そう思うにゃ、【天瑠】ちゃん?』


『─────本当ですよっ。阿久津さんもですけど、由莉ちゃんも落ち込んでる暇なんてないよ! 天瑠はそんな姿なんて見たくない!』


 凄まじいモーター音と共に聞こえてきた聞こえるはずのない音に2人とも一瞬呆気に取られていた。が、すぐに由莉が切り返した。


「な、なんで音湖さんと天瑠ちゃんがここに!? 家で待ってるんじゃあ……」


『にゃははっ、話せば長くなるからまずは……あの車を………』


『止めて来る!!』


 天瑠がそう言った途端────ヴォォォンっ!と激しい音を轟かせて阿久津たちの……時速240kmの車を軽々と抜き去る一台のバイクが駆け抜ける! 黒を基調として白と黄色が所々に散りばめられた独特なバイクには2人の人が……音湖と天瑠が乗っていた。それに……天瑠の片手には一丁の銃器があった。


(あれは……P90だ……! じゃあ、音湖さんたちは……本当にこの事を知ってて……でも……そんなことって…………)


 ★★★★★★★★★★★★


「にゃははっ、あっくんも由莉ちゃんもびっくりしてたにゃ!」


「ですねっ!!」


 バイクに乗って風を浴びる音湖と天瑠。その時速は……350km/h。暴風とも呼べる凄まじい風を音湖も天瑠も揃って……楽しんでいた。


「これに乗るとゾックゾクするにゃっ、にゃはははははははははっ!」


「天瑠も楽しいですっ、きゃははっ、あははははっ!」


「さぁて、天瑠ちゃんも準備は出来てるかにゃ? チャンスは1回って考えていいにゃ。ミスったらうちも天瑠ちゃんも十中八九、死ぬにゃ。命を賭ける覚悟はあるかにゃ!」


「はい!! 失敗なんてしないから生きて帰りましょうっ!」


 天瑠はそう言うと、右肩にスリングを通したPDW《パーソナルディフェンスウェポン》───P90のセレクトレバーをフルオートにセットする。そして音湖から飛ばされないようにゴムで繋がれた身体を左に捻らせるとそのまま、ちっこくて可愛いとも思ってしまうP90を右肩に当てると、照準の先に見えてくるであろう運転手へと狙いを定めていた。みんなが出来なかった事を自分がするんだと、その意気込みのまま………






(お姉さまに瑠璃お姉さまを殺させた……天瑠たちの大切な物を奪った罪、償ってもらうから。その命『全て』と組の『壊滅』と引き換えに……まずは……)


「……殺す」


 前方を走る車と横並びになりその速度も安定した、そのタイミングと一緒に……天瑠はP90のレーザーサイトに顔面を捉えると引き金を思いっきり引き絞った。


 パパパパパパパパパパっ!


 毎分900発の射速で鳴らされる銃声は死の鎮魂歌。地面にばらまかれる空薬莢の音は楽譜に散りばめられた旋律のように、ツインテールを風に乗って風に揺らしながら、サプレッサーから白煙を吹き上げ、銃弾は運転している者を襲った。防弾ガラスだから───と、鷹をくくっているのか気にも留めてないようだったが……


(そんなもの……『この弾』で壊す!!)


 銃弾はあっけなく……瞬時に防弾ガラスを粉々に破壊した。もう、銃口の先に遮るものは存在しない。


「っ!!」




 天瑠は驚いたような運転手の顔面に狙いを向け躊躇いなく引き金を引き絞った。ぐぐぐぐぐっ、と肩に食い込む感覚に快楽を覚えながら、運転していた男の顔面を直径5.7mmの貫通力の高い銃弾で蜂の巣にした。脳の含有物がフロントガラスに飛び散り、車の助手席には血が飛び散る。

 それでも、天瑠は引き金を引くのをやめなかった。半透明なマガジンから次々に銃弾を送り出し、既に命亡き骸に向けてひたすらに浴びせまくった。……その表情は快楽に狂うかのように笑っていた。


「きゃははははっ! ……っ? もう弾切れ……なんだ」


「うわー天瑠ちゃんえっぐいにゃ。はい、あと一本マガジンあるからさっさと終わらせるにゃ」


 天瑠は本来の目的を忘れかけていたが、マガジンを背中越しに渡す音湖の言葉を聞いてハッとすると、殻になったマガジンを音湖に手渡し、新しいマガジンを押し込んだ。


「ありがとうございます! あのっ、少し立つので背中に乗っちゃいますよ?」


「全然OKにゃ! さっさとやっちゃうにゃ!」


 天瑠はその言葉を全て信じて2人を繋いでいたベルトを外し、音湖の背中に乗って再度車内を狙う。


(止まらせないと……標的もいるんだから……アクセルを踏んでる足を……撃つ!)


 天瑠は男の足の太腿目掛け弾を浴びせまくった。音湖が完全に速度を一定に保って姿勢もぐらついていないおかげで天瑠も安定した姿勢で撃てた。


(早く……ちぎれて!!)


 二の腕をぷるぷる震えさせながら撃ちまくっていると、弾切れ寸前で男の太腿が完全にもげて、アクセルから足が離れると車の速度が急激に落ちて、音湖のバイクとの差が一気に広がっていった。


「よしっ、音湖さん、やりましたっ─────ぁ………」


 天瑠は慎重に元の体勢に戻ろうとした……






 その時、元に戻ろうとした足が下に落ちた空薬莢で滑り、体がぐらついて天瑠の小さな体はバイクの左側に放り出された。


(ぇ……? 体が……ふわふわ、する………?)


 天瑠は目の前の光景が急にスローモーションになっているのを感じた。そして……今までの色んな光景が走馬灯のように浮かんできた。


 瑠璃に助けてもらった……あの日から、


 瑠璃から天音に託されて、


 天音の所で、妹の璃音と一緒に強くなろうとして、


 天音が姿を消した9ヶ月、璃音だけは生かせるためにと死ぬギリギリまでご飯を食べるのを我慢して、


 由莉と一緒に来た天音に助けられ、


 ずっと天音の側でもっともっと強くなろうと頑張って、


 璃音がいなくなった時は、天音と由莉を殺そうとして、


 自分の1番輝ける場所を見出され、


 これから、もっとみんなでいられる……そう思っていたのに………





(天瑠は……死ぬ……の? 璃音も残して……こんな所で死ぬなんて、そんなの…………そんなのッ!!!









『お姉ちゃん』じゃない!!!!! 璃音の側にいないと……璃音は寂しがり屋で……天瑠がいないと……きっと璃音まで死ぬ……っ、そんなの嫌だ!! 璃音には生きてほしい、なら……天瑠は生きないとだめだから!!! まだお姉さまに甘え足りてない!! まだ由莉ちゃんと……あまり話してない!! まだ……たくさんおいしいもの食べたい! もっと……みんなと……いたいよ……っ!)










「たす……け……………」











 伸ばした腕は虚しく空を切り………天瑠は時速350km……秒速9.7mでコンクリートの地面に叩きつけられ………………───────────────

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