追走戦の渦中

「ソラ……どうですか?」


「……っ、あいつ……すごい蛇行しながら移動しているから狙いがつけられない……っ!」


 ソラとラズリも自分たちなら……!と目標の足止めを試みてはいたが……狙撃されそうなのを嫌ってか、相手が不規則な蛇行運転をしているせいで、思うように狙えず、目標を仕留められるのは非常に困難であった。


(くそ……っ、リリィなら……ゆりちゃんならこの狙撃も出来るはずなのに……っ! ううん、今はボクが出来ることをやらなきゃ……っ)


 その間にも目標との距離はさらに開いていく。現在820mと、着弾までに約1.5秒。天音のキルレンジ(必中距離)は静止状態で数日前より格段に伸びて1000m。もう、あと20秒もすれば天音の射程から離れてしまう。


「…………っ」


 パァンっ


 天音はできる限り1.5秒先を予測して放った弾だったが、その予測は大きく外れ、反対方向の地面を抉るだけに終わってしまった。


「ちぃ……っ!」







「ソラ、一旦やめましょう。……これ以上は不可能だとラズリは判断します」


 そんな中で怒りを顕にして撃とうとしているソラにラズリからの残酷な命令が飛んできた。ソラは衝撃で体を一瞬強ばらせると、ラズリの方を向いた。


「なんで止めるんだよ、ラズリ! これくらいやらなきゃ……ボクが今やらなきゃ……っ、逃げられたらどうする───」


「ソラ! もっと冷静になってください! ラズリも見ていましたが、あの蛇行は不規則で遠距離からの狙撃では狙えません。それでこそ、由莉ちゃんでさえほぼ不可能な芸当ですよ!?」


「っ!!」


 ソラの怒りに冷たい水をぶっかけるようにして浴びせられたラズリの言葉に血が凍りついたかの如く、ソラの熱は冷めていった。


「……ごめん、言いすぎた」


「……ラズリだってソラがいなかったら……手の震えが止まらなくなりそうです。ソラ……ううん、お姉様はすごいですよ。由莉ちゃんと同じくらい難しい事をやらせてしまったのに……お姉様は出来たじゃないですか。自信を持ってください」


 ラズリは現場では絶対コードネーム呼びをするルールを『敢えて』破った。自分の想いを伝えるのはその人の本当の名前がいいというラズリ───璃音の想いだった。

 ソラ───天音もなんだか慰められたみたいで、ほんの少しだけ顔を赤くして明後日の方向を見ていた。


「……そう、だね。あ〜あ……璃音に慰められちゃったかぁ……これで2回目……ボクがしっかりしなきゃいけないのにな。……ね、璃音。ここからはどうする?」


「そうですね……取り敢えず待機しておきましょうか……それで…………、










 っ! 構えてくださいっ!何か来ます!」


 微かなモーター音を耳に感じ取った璃音の咄嗟の叫びに天音も合わせるようにしてAWSのストックを再び肩に押し当ててスコープを覗く。


「敵? 味方?」


「分かりません……けど、バイクにのった……ヘルメットを被った……大人……多分、女……が1人、それと、子供?が1人、すごい速さで走っています。服は暗くてよく見えません……」


「……ラズリが指示して。殺すか殺さないか。ボクはそれに従う」


「……了解」


 ソラに目の前の2人の生殺与奪の権利を託されたラズリは次に自分の出す言葉を……どちらにすべきか迷い果てていた。


(どうしよう……殺さなかったら、メリットは……無関係かもしれない人をソラが殺さずに済む。デメリットは……もし、黒雨組に関係している人だったら……リリィ達が危ない。それなら……殺す。

 ここで殺したら、メリットはリリィ達が危険に晒されるリスクがなくなる。デメリットは……無関係な人だったら……それこそ、ただの人殺しになる。けど、RooTは無関係の人を殺すような組織じゃない……っ、どっちなの……敵? 無関係の人たち? それとも味方?)


 せめて明るい所に来てくれれば……とラズリは決して見逃さないようにスコープの中で捉え続けていたが……ある『瞬間』、ラズリは目を見開き、大声でソラを呼んでいた。



「ソラ!! あれは───────」




 ★★★★★★★★★★★★★



 二車線の道路。なぜか車の通りはほぼゼロだ。特別に静かで街頭もほぼない真っ暗な道路を────





 2つの赤い光が帯をなびかせながら走り去る!


「あの車……っ、スピードリミッター外してるな……っ!! 待てって……言ってるんだろうがぁ!!!」


「速いです速いです速いです速いです速いです速いです速いですって!! ひゃあああぁぁぁーーーー!!!」


 一直線の道路をぶっ飛ばす後続車の中で叫ぶ男が1人。そして……凄まじいGに叫ぶ小さな女の子が1人。


 阿久津たちの乗る車の速度メーターは既に210km/hを突破している。なのにも関わらず、その差は段々と離れていく。


「阿久津さぁぁん!! スピードリミッターってなんですかぁ〜!」


「一般車なら180km/hでブレーキがかかるんですよ! って、あの組織がそんなもの守るわけねぇか!!!」


 口調もめちゃくちゃな阿久津はさらに速度を上げ220km/hへと到達する、それでも……まだ足りない。


「ひいいぃぃぃぃぃぃーーーー!!!」


 空気の切り裂く音に混じり、可愛らしい悲鳴が混じって辺りに響く。感じたことのない凄まじいGに由莉は耐えかねているのである!





 走っても走っても追いつけない事に阿久津もキレかけていた。このままでは……理性がぶっ飛びそうだと。


「由莉さん!あの車を撃てますか?」


「あの車をですか!? ガラスもタイヤも防弾で、私の銃でも抜けませんよ!!」


「そうでしたね。……って、待てやおらぁぁぁーーー!!」


「スピード上げないでくださいよぉぉぉぉーーー!!!」


 更にアクセルを踏み込み加速する車で由莉はこのまま死ぬんじゃないかと座っている足のガクガクが止まらなかった。


(あぁ……天音ちゃん、璃音ちゃん、天瑠ちゃん、マスター、音湖さん、どうやら私はここまでのようです。どうかお元気で─────って、言えるわけない!ないったらないもん! でも……このままじゃいたちごっこなのは変わらない……阿久津さんの車以上にあっちは速度を上げてくる。どうすれば……この状況を変えられるの? せめて私のバレットがあれば……あんな車粉々にしちゃうのに……っ!)


 このタイミングでバレットを置いてきたのは間違いだったと由莉は酷く後悔をしつつ、車のGにひたすらに耐えていた。…………と、かなり先の方で道が見えなくなっていたことに由莉は焦って叫びをあげていた。


「あ、あぁ、阿久津さんっ!? カーブ、カーブですってば!!」


「掴まってないと窓から飛ばされますよ!!!!」


「何をするので……!?」


 カーブをほぼ速度を落とさずに突っ込んだ阿久津はカーブの側面に突っ込む直前にハンドルを思いっっきり右へと切る! アクセルから一瞬足を離し、車の前面がその先を見た瞬間にアクセルに足をねじ込んだ!!


「ひぃやぁぁぁぁぁぁーーー!!!!」


「舌を噛むので黙ってた方がいいですよ!!」


「怖いですよぉぉぉぉーーーーー!!!!」


 慣性に従ってカーブを曲がりきった車は速度を一切落とさず、前の車を追いかける。だが……一旦は縮まった差も再び広がっていく。追いつけば離される。本当にいたちごっこで車のスピードにも慣れてきた由莉ですら嫌になりそうだった。


「あの車速すぎです……私もそろそろ怒りたくなってきました」


「奇遇ですね由莉さん、私も同感ですよ!!」


 一瞬だけ由莉と阿久津はお互いの顔を見て頷くと思いっきり息を吸う。


「すぅ〜〜〜」

「すぅ〜〜…………」






「待てやこらぁぁぁぁぁぁぁーーーーー!!!!!」

「待てやこらぁぁぁぁぁぁぁーーーーー!!!!!」

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