非道と後悔の現場

「ふ、普通……だと?」


「うんっ。何か言い残す事はあるかな? あまり時間がないから早めに」


 男に銃を抜かせる隙も与えず、その笑顔で相手の動きを支配するリリィ。だが、少しでも動けば……即射殺すると言わんばかりに引き金に指が添えられ、待っているかのように人差し指をトリガーを軽く叩いていた。


「……は?」


「………ない? なら、さようなら」


 沈黙を返事と受け取ったリリィは即座にCZ75の引き金に指を絡ませると躊躇いもなく人差し指を前後させた。


「待っ─────」


 パスンっ


 と、そんな消音器に通された微かな銃声が4発響いた。その引き金を引くリリィの表情は……なんとなくわらっているようにも見えた。

 消音器から硝煙がたなびくその先には、心臓と頭を2発ずつ撃たれて絶命する男の残骸が、ただそこにはあった。


『……こちら、リリィ。潜伏していた目標を射殺』


『『『了解』』』


 全員に向けてインカムでそう伝えたリリィは、ほんの少しの間だけ自分の前に転がってる死体と自分の拳銃を眺めていた。


(……初めて拳銃で人を殺したけど……特に何かって言われても何もないかな〜。お仕事の達成感はあるけど……って、私はもう1つあるんだった)


 リリィはホルスターに銃をしまうと、自分の元々の役目を全うするため、建物の外へと出た。……と、すぐ建物に入る際にもチラッとだけ見た凄惨な現場を目の当たりにする。


(うわぁ……間近で見るとえぐいよ……私もやってることだけど……)


 壁には血やら脳みその残骸やらが飛び散り、床は脳漿と血液が混じった、けばけばしいピンク色の液体が辺り一面に広がっていた。リリィもびっくりこそすれど、自分がもっとやばいことやってるんだと肩を竦めると、ソラが足を狙撃した標的たちの側に近寄る。


『…………こちら、リリィ。2人いますが、どうしますか? 邪魔だからどっちか1人殺しますか?』


『え〜せっかく2人残したんだから連れて帰らない? 多分……やるんだしさ』

『数は多い方がいいですよ、リリィ』


 リリィの提案はソラとラズリによって即座に否定されてしまった。1人だけ連れ帰ると言っていたから、サイコパスっぽい事言ったのに……とリリィは若干恥ずかしくなり、シューズにも返答を求めた。


『そうですね……役に立つかもしれないので2人とも回収しにそちらに向かいます。リリィは下準備をお願いします』


『……了解っ』


 リリィは懐から試験管のような形をした物体2つを取り出すと、意識がこっちに向いていないと判断したネックレスを付けた男の裏から、そのケースの1つを開けると粉状のものを口めがけて振りかけた。


「…………─────」


「おやすみなさ〜い」


 パタリと倒れるのを確認すると、次に全身に被ったように血で真っ赤な男の近くまで寄る。


「●(✕▽#)@◢>#*¥$&□」


(ぁ……この人……もうダメだ……多分壊れちゃってる)


『……こちらリリィ。目標1人の催眠を確認。……残りの1人が発狂状態です……やっぱり殺しますか?』


『……まぁ、持っていくだけ持っていきましょうかね。リリィ、お願いします』


『(リリィってやっぱり容赦ないなぁ……そこがいつものリリィとのギャップで最高なんだけどね)』

『(初めて間近で人を殺したとは思えない反応ですよね……でも、確かにビリッて来ましたっ)』


『……了解』


 丸聞こえだとリリィは言ってやりたくなったが、黙って返事だけするとインカムの通信を切った。


(なんか……私、天音ちゃんたちから変な風に見られてるよね? そんなに私サイコパスじゃない気がするけど……)


 はぁ……と一つため息をつくと、リリィは靴が血で汚れるのを酷く嫌いながらも、今なお狂っている男の側まで寄った。


(あんな組織にいなかったら、もうちょっとマシに生きれたのに……かわいそう。かわいそうだけど……仕方ないよね)


 こんな状態でまだ苦痛が続くのをリリィも若干憐れみながら、残った一本の封を開けてその男にも振りかけてあげると、狂ってたのが嘘みたいに地に倒れふした。


(すごい効き目……こんな少量で眠っちゃうなんて)


 リリィは事前に貰っていた特製の睡眠薬の凄さに目を引いていた。どこで作ったのかは教えられないが、人なら一瞬で眠らせられると聞いていたので、効能の発揮ぶりにリリィも目を丸くしていた。


(……これをトランクに運ぶのかぁ……血が付いちゃってるし、あんまり手で触りたくない……)


 けども、そんな事は言えないと諦めつつ、その男の襟元を掴もうとした………






 ………が、



(っ!? 来るっ!!)


 リリィは身の危険を感じ、地を蹴ってその場から出来るだけ離れた。それとほぼ同時にリリィが元いた場所にカランっと金属のような音と共にその場から大量の煙が噴き出し、現場の状況が途端に分からなくなった。

 突然の事で面食らうリリィだったが、その耳には強制的にラズリとの回線が開かれ、焦ったような声が響いてきた。


『っ! こちらラズリ! リリィ、どうしましたか!?』


『こちら、リリィ。スモークグレネードを投げられた! そっちからは現場の様子は見える?』


『見えません……ラズリたちでは援護は困難と思われます』


 不測の事態にリリィは焦りつつ回線をシューズと繋いだ。


『こちら、リリィ。スモークグレネードを投げられました。敵と思われるのですが、どうしますか』


『こちら、シューズ。現場に向かっているのであと30秒ほどかかりますので現場の維持に務めてください』


『了解です』


 リリィは回線を切断すると、ほんの少しだけ後悔し、拳を強く握りしめた。もっと早く済ませば、こんな事にはならなかったと唇を強く噛んだ。狙撃以外の立ち回りが初めてとはいっても、そんなのはただの言い訳であり、そんなものがこの世界に通じるわけがないのをリリィも知っている。だからか余計に自分に腹が立った。


(っ、……ソラが……天音ちゃんがやってたらもっと早く出来たはずなのに……くぅ……っ!でも今はこの状況をどうするか考えなきゃ)


 30秒の間、何が起こるか分からない中で1人で状況を保持しなければならない。リリィも自分の拳銃をホルスターから再度抜くと、物陰に隠れながらも臨戦態勢を保っていた。



 ────10秒経過した頃。


 その場を立ち込める煙を油断せずに見て、なにか変化があれば対処しようとするつもりだったが、予想以上に煙が濃くて、まだ周辺の状況が分からない。リリィもそんな中で突っ込むのは危険すぎると様子を見ていたのだが……



 ガチャリっ


 そんな音と同時に車のモーター音が煙の中からいきなり聞こえてきた。リリィも「やっぱり!」と思ってはいたものの、視界が完全に遮られている中では動くことが出来なかった。


「ちぃ……っ、このままじゃ、逃げられる……っ!」


 通信妨害装置の機能範囲は半径100m、現場に1つとシューズの車にも1つあるが……そこを超えられてしまったら……予定は最悪の事態へと発展してしまう。


『こちらリリィ! 煙の中から車の作動音を確認!状況はあまりよくない……っ、ラズリとソラは車の狙撃が可能な状態だと今後見なすことが出来れば撃って』


『こちらラズリ。了解です、現場の様子は常に観察していますので任せてください』

『こちらソラ。了解、可能と判断した場合はこっちから撃つよ』


 リリィはその場で2人に指示を飛ばすと、続いてシューズにも連絡を入れようとした。


『こちらリリィ! 車の作動音を7秒前に確認────』


 ……だが、その合間に煙の中から凄まじい速度で車が抜け出して、リリィの前を通り過ぎた。そして……リリィは咄嗟にその中を通りざまに確認すると……さっき撃った男2人が後部座席にあるのが分かった。


「くぅっ……!」


 リリィは飛び出してCZ75を構えると照準も付けずに連続で発砲した。そんな状態では何発かは外したが、それでも確実に止められるように車のタイヤと、リヤガラスを貫いて運転している『誰か』の頭ごと撃てるコースに何発かは当たった自信があったが……結果はリリィが考えていた中でも最悪のものとなった。


(防弾ガラス使ってる……それに……タイヤまで……!)


 蜘蛛の巣状にひび割れたリヤガラスとタイヤの弾けた音がしても問題なく走り過ぎていく車を見てリリィは焦りと苛立ちをついに隠せなくなった。


(どうしよう……っ、私のせいだ……もっと早く済ませられたらこんな事にならなかったのに!)


 拳銃のセーフティをかけてホルスターにしまったものの、ただ見ることしか出来ない自分にたまらない気分だった。


 気分もだんだんと暗くなる中……リリィの前に一つの車が止まろうとしていた。


『早く!』


「っ! わかりました!」


 ドアなんて開ける時間すら惜しかったリリィは車が止まったとほぼ同時にドアから直接転がるようにして助手席に乗りこんだ。


「阿久津さん、ごめんなさい……っ、私……もっと早くしていればこんな事には……!」


「由莉さんの責任じゃありませんよ。それに、まだ終わってませんから……飛ばしますよ!」


 阿久津は今にも泣きそうな由莉の頭を撫でてあげながら、車のアクセルを思いっきり踏み込んだ。タイヤと地面が擦れる音と唸りを効かせたモーター音を響かせながら、車の速度を10秒もかからず時速100km/sまであげると、妨害範囲外に逃がしてたまるかと、全力の追跡戦が始まるのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る