弾け飛ぶ生命

「目標A、距離540、風速0.1、風向北、射角0.17」


「目標A捕捉、いつでもいける」


 淡々と告げるラズリの情報を元にソラが微調整を行い、栗色の瞳がスコープ越しに標的の足を捉えた。540mという距離がこれだけで少女の手の中に収まってしまう。



 ───敵からはほぼ見えない所から一方的に生殺与奪の権利を握っている。


 スナイパーのそのチカラを存分に振るおうとしているソラは、人差し指で静かに黒い引き金を触れた。

 いよいよAWSと一緒に出来る初仕事、初めてこの銃で人を殺せる。心がうずうずするのを抑えつつ、ソラはその時を待った。


「…………すぅ〜〜、ふぅ…………」


「いきます…………カウント、3……2……1……」


「…………」


 ラズリのカウントに合わせて引き金をだんだんと強く引き絞っていく。心の平常を保ったまま、呼吸も落ち着いて行って……カウントが1になった瞬間、くっと息を止める。そして──────、


「────撃て」


「っ!!」


 ラズリの合図と共に最後のひと引きを素早く、かつ確実に実行し、引き金を引く。


 パァンっ


 イヤーマフなんてしなくとも聞けるくらいに軽減された銃声が少女たちの耳をくすぐり、ソラの太ももの肉がぷるっと震える。それとは裏腹に初速900m/sのラプアマグナム弾が銃身に沿って彫られたライフリングによって凄まじい横回転を得て銃口を飛び出していった。



 ───『音』をその場に置き去りにして。




 ★★★★★★★★★★★★


 同時刻、黒雨組No.34『ガガンボ』はとある目的のために別の場所にいる上位のNo.持ちと会うためにここへと来た。見つかってはいけないので、人が全くいないこの場所を選んだのだ。


「ったく……なんで俺がこんな事を」


「しゃあねぇよ、兄貴。1トップナンバー持ちに言われたら逆らえないっすよ」


「そりゃあ、そうだな。あいつらはバケモノの集団だからな……っと、そろそろ着くか。あれもあれでNo.14だからな……」


 目的地に着いたガガンボと運転手は外に出ると、同じように反対側からやってきたようでNo.14『パール』が来ていた。50代の装いにも関わらず、かなり強いと他のメンバーから聞かされていた。


「おめぇがパールってやつか?」


「あぁ? 舐めた口聞いてるとその口に焼印ぶち込むぞ!?」


 黒雨組でのNo.序列は絶対だ。それを一瞬忘れていたガガンボは怯み上がる。だが、これを得るために候補のヤツらを下っ端に殺させ、その罪をその下っ端に被せてこの世から抹消したりしてようやくのし上がったのだ。ガガンボも出来るだけ堂々としようともっとパールに近づく。


「んで、例の『あれ』はどうなったんだ」


「既に最終段階だ。もう少しで俺らがこの国を手中に収められる─────」


 プシュッ


「あぇ? どっかから石でもぶつけやがった……の………か……………」


 強い衝撃を感じ、苛立ちながらガガンボは足を見ると……両足の太ももから大量に血が流れているのが見えた。


「…………うぎゃあああああああああぁぁぁぁぁああああああああああああああーーーーーーーーー!!!!! 足がぁぁぁあああああああああ!!!!!!」


 撃たれた、そう感じた途端、ガガンボは転げ回った。熱いなんてもんじゃない。想像を絶する地獄の痛みが脳神経を異常なくらい駆け回った。


「あぁ? 一体どうし────」


 プシュンっ!


 パールもどうしたのか……と近寄ろうとしたその瞬間、太ももの肉の部分だけを飛来した銃弾がえぐりとった。パールはその状態を数秒間続けた後、がくりと膝を折った。


「う゛う゛うぅぅううぅうぅぅううううう!!!! どっから……狙ってきやがったぁぁぁぁぁぁーーーー!!!!!!!」



 ★★★★★★★★


「目標A・B共に大腿部命中。残りの敵を射殺してください」


「了解」


 その声を聞き終わる前に3発目をチャンバーに送り込んだソラは標的Aの近くにいる運転手の眉間を細い十字線の中央に合わせると、キュッと人差し指を曲げ、弔いの鐘には小さすぎる────いや、その程度がお似合いだろ? というかの如く、サプレッサーで軽減された銃声が響いた。


 パァンっ


 確実に殺った手応えを感じたソラは標的の状態も見ることなくコッキングレバーを一瞬で作動させる。親指と人差し指の間で挟みつつ上にあげて、思いっきり後退させると薬室から役目を果たした空薬莢が不規則な回転と共に弾き出される。空薬莢が落ちるまで0.5秒、その頃には既にコッキングレバーを押し込み新しい銃弾が薬室の中へ入っていた。親指を引っかけながらカチッとコッキングレバーがロックされる音に耳を澄ませながら親指を穴に通し、優しくグリップを握り引き金に指を触れさせる。


 ここまでで────1.4秒。そこから狙いを定めるのに4.7秒、それだけの時間があれば……ソラには充分だった。



「目標頭部命中、沈黙を確認」


「……ふぅ、すぅ〜……」


 ラズリのそれを聞き終わった時には、既に次の目標を捉えていたソラは呼吸を整えると、続けざまに引き金をカチリと引き絞った。



 ★★★★★★★★★


「おぉい! すぐ逃げ………」


 ガガンボは運転していた組員にそう言おうと後ろを向いた……その瞬間、目の前でその男の頭の中から爆発音が響いたと同時に脳がぼちゅんっ、と弾け飛んだ。散乱する血液と脳の一部、膨張した目ん玉が視神経と皮1枚でぷら〜んと顔の残りから吊り下がっている光景は『恐怖』の2文字しか与えなかった。


「あ……あぁ……し✕◎☆〆※→◯◇#……」


 顔や体に飛び散った脳の欠片やぶちまけられた脳漿、大量の血を浴びたガガンボは精神がいかれ、既に呂律が回らなくなっていた。


 一方のパールも、焦りと怒りを隠し切るなんてできるはずもなく、大声で怒鳴り散らしていた。


「早くしろぉ! このクズどもがっ! なんでもいいから俺を撃ったやつを殺せ!!」


「うわぁぁぁぁぁぁーーーー!!!!!!! もうダメだ! 僕は逃げ───」


 もう1人の運転していた組員が逃げ出そうとするも、突如として飛来した一発の流線型の金色の塊によって叶うことはなかった。

 8.5ミリの弾丸はその組員の心臓のど真ん中に着弾すると、体の血液を送り出すポンプをただの筋肉の細切れに破壊した。そのまま握り拳大の風穴をこじ開け、心臓付近の内臓も銃弾のエネルギーと圧力でぐっちゃぐちゃになる。

 組員は何をされたのかすら理解することもなく、その生命活動を終え、今さっきまで生きていた『もの』が、赤い液体とその他の臓物を地面にぶちまける、ただの汚い『生ゴミ』へと姿を変えた。


(なんだ……? いったい何だって言うんだよ!!)


 ★★★★★★★★★★


「目標胸部命中、沈黙を確認」


「……ふぅ」


 残り一人、ラズリも心配はしていなかったが、本当にソラの実力には頭が上がりそうになかった。リリィ《由莉》とずっと練習してきただけの力があるんだと、2人での訓練で思ってはいたが……スナイパーライフルの連射狙撃────ましてや、ボルトアクションの銃でやるなんて……さすが、天性の狙撃技術を持ったリリィ《由莉》の弟子なんだと思わざるを得なかった。


 と、残り一人でも安心は出来ない。逃げられたらそれで終わりだ。だが……全てが上手くいく……なんて、ラズリは一切考えていなかった。こういう現場では不測の事態は続くのが現実だ。


「……最後の標的が隠れた。ここからでは……狙撃は困難と判断」


「了解。……こちら、ラズリ。目標、戦闘不能2、射殺2、隠伏1。こちらからでは狙撃は不可能と判断。応援をお願いします、『リリィ』。」


 ラズリも建物の裏に隠れられたのを見て、冷静にバックアップをお願いする事にした。自分たちの……ラピス、ラズリ、ソラの『光』に。






「はいっ、こちらリリィ。応援に向かいます」


 リリィ《由莉》は、勝手に2人の会話をインカムから傍受していたのを隠すように声は冷静に、だけど心の中では喜びを溢れさせていた。


(すごい……璃音ちゃんも天音ちゃんも……! 5人って聞いて私もちょっと不安になったけど……璃音ちゃんの冷静な判断……スナイパーとしてはあんなに頼りになる存在はいないと思う。それに……天音ちゃんも……ほぼ7秒サイクルで撃って、それで部位狙撃込みでの満射……初めての実戦なんて思えないよ! みんな……本当にすごい。だったら……私たちも頑張らなくちゃ、ねっ?)


 リリィはホルスターから自分の消音器を取り付けた拳銃───CZ75を取り出すと銃身に軽くキスをする。自分『たち』も実戦の近接戦は初陣なのだ。身も心も滾らせていこう、とリリィはスカートをひらりと揺らしながら車から飛び出していった。





(なんだ……なんだなんだなんだ!? 何が起こってるんだ!?)


 唯一の生き残り───No.無保持者ノーナンバーは咄嗟に建物に隠れはしたが、あんな光景を見せられたら足が途端に動かなくなった。

 突然一緒に来いと言われて来たかと思えば、その人ともう一人は足を撃たれて、運転していた人は胸を撃ち抜かれ……銃声も聞こえなくて、理解のしようがなかった。


(と、とりあえず連絡しないと……っ!)


 焦る手で電話を取り出し、組織への連絡を取ろうとする。だが……、聞こえてきたのは『現在、圏外です』の言葉だけだった。


(嘘だろ……!? こんな時に電波障害だと!?)


「電波障害、なんて思ってるでしょ?」


「っ!?」


 どこからともなく少女の声が聞こえてきたと思えば……気づけば目の前には黒っぽい紫色の装束に、紫色のスカート、黒のニーハイを身に纏った小さな女の子が立っていた。どこか違和感があるとするなら……今、手に握られている無骨な銃くらいだった。そんな少女はこの場に合わない可愛らしい笑顔でゆっくりと口を開いた。


「連絡されると厄介だから、この付近の半径70m内の通信機器を全て使用不可にしたよ? だから、どれだけ焦っても無駄だよ」


「だ、誰だ!?」





「……? どこにでもいる普通の女の子だよ? 今からあなたを殺しちゃうけどね」

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