スポッターとしての覚悟
「……行こっか、ラズリ」
「はいっ、ソラ」
14:27
現場に着くと天音───コードネーム『ソラ』はラズリ《璃音》と共に建物の階段を音を一切立てずに上がっていく。ラズリが前に立ち、ショットガンをスリングベルトを肩に通したまま、周りを確認しつつポイントAと定めた屋上へと向かう。
ドアの前に着くと、ラズリは真っ先に開けようとするも鍵がかかっているようで、ガチャガチャとノブが回るだけだった。
「っ、ソラ、離れてください」
「ラズリ……もしかしてっ──────」
ドパァンっ!
ラズリは何の前触れもなくドアノブへ向けてショットガンをぶっぱなした。放たれたスラッグ弾はドアノブを砕き、ドアの接合部分を消し飛ばす勢いでぶっ飛ばした。
ラズリはご満悦のようで笑顔でグリップを前後させてショットシェルを弾き飛ばした。
「よしっ、ソラ、いいで────」
「こらっ!」
ソラのノーモーションチョップがラズリの脳天に突き刺さる! ラズリは若干涙目になりながら、頭をさすっていた。
「あたっ!? なにをするのですかっ、いたぁい……」
「こっちの耳が死にかけたってば! さっきので誰かに気づかれたらどうするんだ?」
「ううぅ……頭がいたい……」
「ほんとに……ラズリは前からそういう所が……」
「いたいよぉ……ぐすっ」
「ぇ……ラズリ、本当に大丈夫?」
急にメソメソしだしたラズリに咄嗟のことでソラも慌てて駆け寄った。
「そんな痛くしたつもりなかったんだけど……と、ともかくごめんってば。帰ったら好きな物食べさせてやるから、な?」
「……約束……ですよ?」
ご飯の事になり、少し機嫌も良くなったようでラズリは頭をさすりながら上目遣いにソラにそう言うと、流石に否定出来なくて頷かざるを得なかった。
「わ、分かったから……」
「じゃあ、行きましょうっ! うぅ……」
(あ……本当に痛かったんだ……今度からもっと力弱めなきゃ……)
まだ頭を抑えるラズリを心配しながら、ソラも一緒に屋上へと入っていった。
ドアのすぐ側に持ってきたケースを置くと、その金具をパチリと音を立てて4箇所開ける。そして、ケースを開かせると、そこには太陽光の反射を完全に防ぐ塗装を施された自分の愛銃が顔を覗かせていた。
(頑張ろうね、AWS)
初めての実戦狙撃に天音もぞくりとするものがあり、体を震わせた。昨日の夜に自分で調べて選んだ銃弾を念には念をと10発用意していたので、それを弾倉に丁寧に押し込んでいく。
この弾で……今日、敵を撃ち殺せる……、そう思うと体が少しだけ熱くなった。けども、スナイパーは常に冷静にと由莉に散々教えられてきたからその気持ちは心の奥底にねじ込むと、スコープのバトラーキャップを開けて伏射姿勢になる。同じようにラズリもソラの横でスポッティングスコープを構えるのだった。
★★★★★★★★★★★★
そして────6時間後、
「……ソラ、状況は変わりません」
「了解、ラズリ」
AWSのスコープを覗きながら言葉を交わすソラ。既に空もほとんど青くなり、寒さが5月になっても少し寒い程度に襲ってくる。だが、ソラもラズリも着ている服のお陰で全く感じない。
「……ラズリ」
「? どうしましたか、ソラ?」
「頭は大丈夫?」
「人聞きの悪い質問をしないでくださいっ。とりあえずは大丈夫ですよ。……リリイもソラもなんでこんな時にラズリをからかうのですか……もぉ……」
ちょっと頬を膨らませるラズリを片目にソラはくすりと笑った。なぜか、こうやっているとすごく安心出来た。自分は一人じゃない、そう思うと肩の力も程よく抜けた。この状態なら確実に標的の胸や頭、部位狙撃も出来る自信があった。
「ふふっ、こうやって2人になるなんてそう言えば久しぶりだったね。いつも、ラズリはリリイに、ラピスはソラについてたし……やっぱり成長したね、ラズリ」
「ソ、ソラ……なんで今そんな事を言うのですか……嬉しくて泣きそうですよ……っ」
と、言うラズリは一度スポッティングスコープから目を離し自分の服で涙を拭くような仕草をしていた。ソラもこんなに嬉しがるとは思っていなかったが、やっぱり本質は変わらないんだなと、成長したラズリを笑みを零しながら見ているソラだった。
……と、そんなこんなで話すこと16分。
20:37
「……目標が来ました」
「了解。ラズリは索敵の後、狙撃する目標を優先順位と共に伝達。その後、狙撃を開始します」
「了解」
2つの車がやってくるのを確認したラズリは素早く索敵を行う。
「索敵します。……っ、目標……5。左車2、右車3」
「2台でしかも……5人!? ちっ……聞いてた話と違うじゃん……」
ボルトアクションの天音の銃で連発は至難の業だ。それは天音も理解していたから尚更、5という数に思わず舌打ちをしてしまう。それはラズリも一緒のようで、考えていた可能性にない事象であったから、もう一度作戦を練り直す必要があった。
内心、ソラよりラズリの方がよっぽど焦っていた。作戦ですら考えていなかった場合だった事もあり、助けて欲しかった。だが、ここで頼れるのは自分だけだと……ソラを助けてあげられるのは自分だけだと────
リリイから託されたこの作戦は……失敗なんて出来ない。自分が……ラズリがソラを………導かないといけない。自分しか………いない!
(ラズリは……ソラを………助けるんだ……ここでやらなきゃ……スポッターじゃない!!!)
(まずい……どうする……どうすれば全員撃てる? 逃げられたら絶対だめ。だけど……)
ソラは若干の焦りの色が見えていた。頭の中で作戦は浮かぶものの、頭が熱くなりすぎてどうしようもなかった。
「…………ソラ、作戦の変更を伝えます。それぞれの車の目標1人、計2人の足を最優先で狙撃。そこから残った敵を右から排除、その後、左の運転手、それ以外の順で排除。今回は1回目のみカウント3でソラには発砲してもらいます。その後は任意射撃で、標的の位置の補正はラズリが行います。これで行きますが、いいですか?」
「っ、……了解」
ラズリの様子が変わった、ソラはそう錯覚させられた。今までに見た事のないラズリの冷静な口ぶりは……自信とスポッターとしての覚悟の結晶体にしたようにも見えた。そして何よりも……とてつもなく頼もしかった。
「左、黒のサングラスを着用した男を目標A。右、……金色のネックレスを付けた男を目標Bと呼びます。A・Bを最優先で狙ってください」
「了解」
それでも、この状況が厄介な事に変わりはない。だが……ラズリの覚悟は間違いなくソラを救った。一人でやっていたら間違いなくやばかった……と、ラズリがいてくれた事に感謝してもし足りないくらいだ。
「ソラ、ラズリのカウント3に合わせて発砲、行けますか?」
「可能だよ」
「了解。……作戦を開始します」
8ヶ月間、由莉と一緒に狙撃の練習をしてきた天音。
3ヶ月間、由莉の側でスポッターとして活動した璃音。
その2人がついに由莉の手から離れた場所で……復讐を始める初陣の幕が切って落とされる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます