新たなコンビ
そして───2日後の夜
「周辺の地図がこれで……璃音は狙撃ポイントは4つくらいに絞りました。お姉様はどう思いますか?」
「そうだね……ポイントの周りがしっかりと見えて、ボクと璃音が見つかりにくい場所……ボクはここが一番いいと思うけど、どう?」
天音と璃音は明日の予定ももう一度練り直していた。由莉とやっているようにと、璃音も初めての狙撃の仕事をする天音のサポートのために出来る限りのことをしようと頑張っていた。
「ターゲットが屋内に逃げ込んだ時、車で逃走された時が問題ですね……でも、お姉様とAWSならそんな事させない気がしますが……もしも、は考えるべきですよね」
「そうそう、……ふふっ、なんだか璃音も頼もしくなったな〜。あのゆりちゃんが認めるわけだね」
「あ、ありがとう……ございます……お姉様に言われると嬉しいです!」
タブレット端末を一生懸命いじる璃音は天音に褒められ、ほんのり顔を赤らめる。数ヶ月前の璃音は思いもしなかっただろう。まさか自分がスナイパーの補佐であるスポッターをやる事になり、その上で天音と一緒に組める日が来るなんて───。
「ふぅ……お姉様、こんな感じでいいですか? まず、予定の6時間前に狙撃地点Aに到着。そこから敵にバレないように潜伏し、目標が来たら作戦開始。お姉様が1人を残して全員を射殺して、残した1人を近くで待機する阿久津さんと由莉ちゃんが回収。その車に璃音とお姉様も乗って、その場から離れて作戦完了です」
「うん、それで行こっか。それで、もしもそのA地点が危険だと予定前に判断した時はB地点へ移動。目標の人数は3人っぽいけど、それより多くても……精々4人だろうから、全員ボクが殺すよ」
「はいっ! 璃音はそのサポートを頑張ります!」
健気な笑顔の璃音につい顔が緩んだ天音はその柔らかい黒髪をくしゃっと撫でてあげた。璃音も気持ちよさそうに撫でられる感覚を目を閉じて堪能しまくっていたのだった。
「えへへ〜お姉様……きもちいですよぉ〜」
「ほんと、璃音は甘えるのが上手だね。……ん? 璃音、もしかして……背伸びた?」
なんだか、数ヶ月前よりちょっと背の差に違和感を感じた天音は、璃音を立たせて並んでみると……天音の身長と璃音の身長差が心なしか縮まっていた。
「……? 璃音は気づきませんでしたけど……」
「メジャーあるから測ってみよっか。気になるし」
天音は近くにあったメジャーを持ち出し、0の部分を璃音に踏ませて身長を測る。
「139……ゆりちゃんと同じだね」
「去年測ったら132くらいでしたよ……?」
「成長期……かな。ボクも前よりかは伸びただろうし……璃音、ボクもやって?」
「分かりましたっ。えーーっと……156……ですね」
予想外に伸びていた事に天音もほんの少し驚いた。
「この半年で結構伸びたんだ……なのに……ぅ」
「……? お姉様、どうしましたか?」
(璃音も少しはあるんだよね……ボクは……はぁ……)
何故か項垂れた天音に璃音も焦ったようにそばに寄った。だが、天音も数秒でいつも通りに元に戻った。ないものを願ってもしょうがないと、それに……もしかしたら………と淡い希望を無い胸に抱いて。
「お姉様……大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ、璃音。じゃあ、後はボクと璃音の武器を調整するだけだけど……璃音の方はどう?」
「ショットガンも拳銃もしっかり手入れしてありますよっ。お姉様の近くに来た敵は璃音が撃ち殺すので任せてくださいっ」
自信ありげに言う璃音の姿に今までの璃音を見てきた天音はなんとも言えぬ嬉しさがこみ上げてきた。ここに来るまで、少しおどおどした所があって時々危なげだった璃音が、由莉と接する中で自分に自信を持ってくれた。それが天音は本当に嬉しかった。
「璃音……やっぱり頼もしくなったなぁ……。ボクは弾選びだけしたら今日は寝て、明日の早朝に出よっか」
「はいっ! お姉様!」
──────────────────
そして……翌日早朝
天音は地下室に準備してあった自分の銃が入ったバックを肩に担ぐと、そばで肩に袋を掛けている璃音をちらっと見る。全く同じ装束を身に纏った璃音は自分の持ち物
「んしょっと……よしっ、璃音も準備出来た?」
「もう出来てますよ、お姉様っ」
「よし、それじゃあ……あくつさんの所に行こっか。……と、その前にゆりちゃん達に会わないとね?」
そのまま地下室を出て自分達の部屋に戻ると、既に由莉も天瑠も待っていてくれていた。既に由莉も衣装に着替え終わっていて
「……天音ちゃん」
「うん……分かってるよ、ゆりちゃん」
もう、2人の間にはこれくらいの言葉で充分だった。そのくらいの信頼と絆があるから。天音なら必ず出来ると、心の底から由莉は友達として、仲間として、……師匠として。
それに、今日は由莉もそばに行くのもあって、万が一───いや、虚数の彼方にしかないもしもの可能性があった時のために控えているからまだ大丈夫だった。
問題は…………、
「……お姉さま」
「天瑠……今日はごめんな。一人にさせて……」
今日動くことのない天瑠はここで留守番だった。4人の中で唯一動けないのが少し悔しかった。……今回の作戦では自分はあまり使えないと知っていながらも。
そんな天瑠は、天音に近寄ると無言で正面から抱きついた。天音も黙ってその体を優しく抱きしめてあげると、天音の感覚を堪能した天瑠はようやく離れた。
「…………ふぅ。お姉さま、しっかり終わらせて来てくださいね?」
「当たり前だよ。失敗なんて出来ないし、しない。……ボクはみんなと一緒にいたい。ゆりちゃんとも、璃音とも、天瑠とも。だから……その為に邪魔な黒雨組を……ボクの本当の敵を一人残らずぶっ潰す」
口調は緩やかだったが……その熱意は周囲にいた3人ははっきりと感じていた。天音の抱いた感情は怒り、なんてものじゃない。殺意……それも、清々しいまでに純粋な殺意だった。
「お姉さま……なら、大丈夫ですね」
「帰ったら、美味しいもの食べさせてあげるから……それまで……ねこさんと一緒にいるんだよ?」
「分かりましたっ」
「……見送りにも来ないねこさんに天瑠を任せるのは不安だけどね。変な事をされたらすぐ言ってね? その場で撃ち殺すから」
「は、はい……」
今は爆睡してるであろう音湖に呆れたような諦めを含んだため息をもらすと、玄関を出て既に待っていた阿久津の車に3人が乗り込んだ。
「それでは、明日の早朝には帰ってくるので、今日はねこと一緒にいてくださいね」
「はいっ! それじゃあ……いってらっしゃい、由莉ちゃん!璃音!お姉さま!!」
「いってきますっ」
「いってきまーす!」
「いってきます」
モーター音と砂利の音をたてながら、その家から離れるのを天瑠はそこから見えなくなるまでずっと手を振り続けていたのだった。
(みんな……無事に帰ってきてください)
そう願いながら─────車が見えなくなり、戻ろうと後ろを振り返ったその時……一人の人影が後ろにいた。
「っ!? 音湖さん……」
「まったく……天音ちゃんも酷いこと言ってくれるにゃあ? 物音ひとつでうちは起きれるって言うのににゃ」
「……どうして来なかったんですか」
肩を竦める音湖を天瑠は不満げな……それに不思議そうに聞くと、手を後ろに組みながら、音湖は後ろを向いた。
「この方がいいのにゃ。見送りに来ない、つまるところ、『その必要すらない』と言ってるようなものなのにゃ。天音ちゃんが嫌いなわけじゃないにゃ。……もし嫌いなら口も聞かないし、場合によっては殺してるにゃ」
「っ!!」
殺すと聞いた瞬間、天瑠はサッと身構えた。天音に仇なす人は誰であろうとも許さない、そんな気構えをしていたが、音湖はそんな気は毛頭ないと両手を軽くあげる。
「そんな身構えてくれなくていいにゃ。うちは……ここが好きにゃ。由莉ちゃんも、天瑠ちゃんも、璃音ちゃんも、あっくんも、マスターも、……天音ちゃんもにゃ」
「だったら……どうして毎日あんなに喧嘩してるんですか?」
「…………元はと言えばうちが悪いにゃ。うちが……由莉ちゃんを殺そうとした所から始まってるのにゃ。天瑠ちゃんが天音ちゃんや璃音ちゃんに抱くその感情は……天音ちゃんが由莉ちゃんに抱いていた感情と全く同じにゃ。璃音ちゃんが死の際まで行った時、天瑠ちゃんが2人を殺そうとしたように……由莉ちゃんを殺しかけた時、天音ちゃんがうちを殺そうとしたんだ……にゃ」
「…………」
しょんぼりしながら話す音湖を天瑠は既に警戒を解いて聞いていた。その言葉には後悔の念が隠れていることが天瑠にも分かってしまった。
「だからにゃ、うちは嫌われてしょうがないにゃ。……うちは……同じような事を繰り返す、あっくんに言わせたら『大バカ』にゃ。嫌われるのが嫌で、わざと突っかかる。そうすれば仲は間違いなく悪くなるにゃ。けどにゃ、口を聞いてもらえないよりも、喧嘩していた方が……うちはいいのにゃ」
「っ、だったら……お姉さまに言えばいいじゃないですか! なんで……意地を張っているのですか?」
天瑠はついに耐えられなくなった。そんな事で……音湖は天音の事を悪く思ってないのに、いっつも喧嘩している……それが分からなかった。仲良くした方が……絶対にいいのに……そう思っている天瑠に近寄ると、そっと肩に手を置いた。
「いいんだにゃ。それに……天音ちゃんも、もしかしたら……分かってるかもしれないしにゃ。……さぁ〜て、天瑠ちゃん、うちに着いてくるにゃ」
「……? どこに行くのですか?」
「お・た・の・し・み・にゃっ」
──────────────
「はぁ…………」
「……天音ちゃん、音湖さんのこと?」
「……なんでゆりちゃんはボクの考えてる事が分かっちゃうのかな……。ねこさん……多分、起きてた。隣の部屋で叫んだら数秒で飛び込んでくる人が今、起きてないわけがない。だけど……ボクらの見送りをしなかったのって……」
薄めに黒く塗装され、外から自分たちの姿が見えなくなっている窓ガラスの先を見つめながら、膝に置いた自分の銃を握りしめる天音。そんな天音を支えるように由莉は話しかけた。
「あれでも……天音ちゃんの事を信じてるんだと思うよ? その代わりの意思表示なんだと……私は思う」
「…………まだ……こんなことやらなきゃいけないのかな……」
────『どんなことか』なんて由莉は聞かずとも手に取るように分かった。
「……それは天音ちゃん次第だと思うよ? きっと……音湖さんは自分からは言えないんだと思う」
「……ボクから…………」
音湖の前で天音から切り出さなきゃ終わらない。それが……天音には500mから敵をライフルで撃ち殺すよりも遥かに難しく感じられた。人との関係の重さを……天音は痛いほど味わっていた。そんな天音の手をそばで小さな手が包み込むように握った。
「お姉様……大丈夫です。音湖さんとも、きっと……仲良くなれます。だから、今は……」
「璃音……そうだな。今は仕事の事に集中しなくちゃ」
由莉の優しい部分が璃音にも浸透してきたようで、天音はハッとするとそばで自分の手を握っていた璃音をそっとそばに寄せた。
「今日はよろしく、璃音」
「はいっ、お姉さまならこのくらい楽勝ですっ」
天音と璃音。今日、RooTで……もう1組のスナイパーとスポッターのコンビが活動を始める日となるのであった。
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