もう1人のスナイパー

 パァァァン─────


 終了間際にAWSから放たれた弾丸の行方はどうなったのか………天瑠も璃音も固唾を飲んで由莉の言葉を待った。


 その由莉はと言うと…………手が震えていた。


 どっちの震えなのか……成功して喜びに震えているのか、天音からスナイパーライフルを手放させた自分の情けなさに震えてるのか─────




 その答えは…………、
















「………………ヒット!」


 由莉が見たのは、足を的確に撃ち抜かれた頭無き人形だった。そのコールを天音はしっかり聞き届けると、グリップから手を離しコッキングハンドルをきゅっと包むように握った。


「ふぅ……お疲れさま。後でしっかり整備するからね?」


 そのまま鈍く金色に光る空薬莢を弾き飛ばしてから立ち上がると……振り返って3人に満面の笑みを────由莉に匹敵するほどの笑顔を送った。


「えへへっ、みんな……出来たよ!」


「あまねちゃん……っ、天音ちゃあぁぁぁーーん!!!」


 近くにいた由莉はたまらず全力で天音の胸に飛びついた。そんな由莉を天音は優しく受け止めてあげると……由莉の瞳は涙で溢れかえっていた。


「よかった……よかったぁ……」


「むっ、ボクが外すなんて思ってたの?」


「ち、がう……天音ちゃんがこんなに……成長してたのが……私……嬉しくて……っ」


「ゆりちゃんはボクのママなの?……って、ボクの師匠だったね」


 師匠の由莉が流した涙を弟子の天音はそっと拭き取ってあげた。こんなにも……自分の成長を喜んでくれる師匠に出会えて……天音は今、幸せでいっぱいだった。


「天音ちゃん………きつい事言ってごめん……っ 私……どうしても……天音ちゃんに……、」


「ゆりちゃん……分かってるよ……本当に……ゆりちゃんはゆりちゃんだ……馬鹿みたいに優しくて……怒った後でだって……そんなんじゃん……っ」


 慰めるように由莉の頭を撫でる天音までも、なぜか目頭が熱くなった。

 自分が不甲斐ないばかりに、由莉にここまでやらせて申し訳なくてどうしようもない気持ちと、これで由莉が自分のことを心の底から認めてくれた事が嬉しくてしかたない気持ちが混ざりあって、自分でもよく分からなかった。


「……ゆりちゃん、これで……いいんだよね?」


「いいどころか……もう、天音ちゃんは充分やっていけるよ! 天音ちゃんなら……もう半年もしたら長距離狙撃も出来るようになるよ。師匠の私が言うんだから間違いない。……それじゃあ、今回の仕事は天音ちゃんに任せたいと思うよ。……いい?」


「もちろん……だよ……っ!」


 由莉に認めてもらって天にすら昇りそうになるくらい嬉しかった。今までやって来たこと全てを由莉にぶつけて……過去の自分さえ追い越した


「……ぐすっ……天音ちゃん、2人の所にも行ってあげて?」


「うんっ、……本当にありがとう、ゆりちゃん」


 由莉の前で天音は思いっきり腰を直角に曲げて礼をすると、少し後ろから走ってくる2人の元へ自ら出向いた。


「お姉さま……!」

「お姉様ぁ……!」


「天瑠、璃音……ボク、やったよ?」


「さすが……お姉さまです! 天瑠と璃音のお姉さまはそうでなくちゃ、です!」


「お姉さまとあの銃が……最後、由莉ちゃんと同じくらい一つになっていて……本当に凄かったです!」


 心からの尊敬の目を向ける天瑠と璃音をぎゅっと抱きしめ抱きかえされながら、お互いの感情をひしひしと感じあった。その姿は傍からみても……幸せ、それ一色だった。


「……璃音」


「はいっ」


「次の仕事で……ボクのスポッターになってくれる?」


 右手の中にいる璃音に優しく聞くと、かわいらしい笑顔で首が思いっきり縦にふられた。


「もちろんです! 璃音はお姉さまとなら喜んでやります!」


(…………璃音はいいなぁ……でも、それが璃音の役目だし……最近は天瑠がお姉さまを独り占めしてたから、少しはいいよね)


 最近はずーーっと天音にベタベタだった天瑠も流石に今回は不満はいいまいと、天音が離れるように言うまで、その胸にしがみついていた─────。


 ───────────────────


「………という事なので、阿久津さん。天音ちゃんに今回の仕事をやらせてあげてください」


「分かりました。……それにしても、2人とも本当におかしいですね。近距離戦闘と遠距離射撃の両方が完璧に出来るなんて私もここでは聞いたことありませんよ」


 戻ってきた由莉からの報告を受けた阿久津は感慨深く頷くと、天音に今回の仕事の内容を伝えた。


「3日後の夜に組織の幹部が何人か集まると情報を貰いました。……出処は厳密なのでそこは理解してくださいね」


「はい、分かりました」


 天音はしっかりと頷いてはいたが……内心、眉がぴくつきそうだった。


(と言うか、ほんとこの組織ヤバくないか? ゆりちゃんも最初はあんな高い弾を何発も撃っていいのか内心ビクビクしてたって言ってたし……色々変なツテがあるみたいだし、こんな組織相手にするとか……やっぱあそこにいなくてよかった)


 全容の掴めない組織の正体に天音は底知れぬ何かを感じつつはあったが、とりあえずは明日の仕事に集中しようと気持ちを固めつつ、阿久津の話を聞いた。


「1人は足を撃って動けなくさせてください。他は全員殺すようにしてください。……万が一、取りこぼした時のために……そうですね……では由莉さんにも一緒に来てもらいましょうか」


「っ、私も……ですか?」


 突然の宣告に、きょとんとする由莉だったが、近くに頼れるスナイパーがいるのは天音にしろ、璃音にしろ心にゆとりが生まれた。そんな中で、阿久津が由莉を連れていく理由を話した。


「天音さんが狙撃側へ移るので、由莉さんは近接戦側へ行ってもらおうと思います。今の由莉さんならば、そこいらの敵如きなら問題なく殺せると私が保証しますが……どうですか、由莉さん?」


「……分かりました。……それを言うって事は、あるんですよね?」


「もちろん、由莉さんの物も用意してあるので後で取りに来てくださいね」


「分かりました! やった〜っ」


 意味深な問いかけに頷く阿久津を見た途端、急に嬉しそうにした由莉を天音・天瑠・璃音は変な目で見ていたが、そんなものお構いなしだった。


「……では、そういう事なので天音さん、よろしくお願いしますね」


「っ、任せてください。……標的との距離は大体どれくらいになりますか?」


「そうですね……本当ならば下見してどこから狙うのか実際に行ってみるのがいいのですが、バレるととんでもなく厄介になるので……でも、どちらにせよ大きくて500m前後だと思ってくれていいです」


 500m───その距離を聞いて天音はほんの少しだけ緊張の色を解いた。500mならここ数ヶ月外したことは一度もない。だが……その分、見つかりやすさと逃げるまでの時間は段違いに小さくなり、リスクは遠距離狙撃の倍どころではない。だが……天音はそれを脅威とすら認識していないように平然としていた。


「ならいいです。3日後……じゃあ、ボクはもう少し練習してきま───」


「あ、少し待ってください。先に天音さんに渡したいものがあるので」


 出ていこうとした天音を引き止めた阿久津は近くにあった箱からあるものを取り出した。


「それは……もしかして……!」


「はい、由莉さんからもこの時は必ず来るからと言われていたので、前もって由莉さんたちの衣装の色違いを天音さん用に作ってあったんですよ」


 天音が阿久津から渡されたのは遠距離班用の服だった。由莉は桃色、璃音は赤色の刺繍が衣装のズボンに縫っていたが、天音の物には……水色の刺繍が施され、それが天音専用だと言うことがはっきりと示されていた。その衣装を天音は阿久津から受け取ると、心なしか───いや、喜びを全面に現したような笑顔をもらしていた。


「ありがとうございます、あくつさんっ」


 今も自分の狙撃用の衣装を見つめ幸せそうにする天音に、由莉はある提案をした。


「ね、天音ちゃん! それを着て撃ってみる? 早めに慣れた方がいいと思うけど……どう?」


「うんっ、やりたい! あくつさん、いいですか?」


「いいですよ。何か違和感があれば遠慮なく言ってくださいね」


「はい!」


 天音は元気に返事をすると、部屋を飛び出していった。その姿を微笑ましそうにみんなが見ていた。






 ─────たった1人を除いて。


(…………邪魔、なんだね……ううん、分かってる。天瑠は……今回は何も…………、




 役に立てない)



 ────────────────


 阿久津の許可を貰った天音は一旦、誰も来ない所に行くと、自分の着ているものを脱ぎ始めた。チャックを下ろしジャージを脱ぎ、来ていた黒の薄着も一緒に脱いでしまう。一見、シルエットだけでは男の子と言われてしまうかもしれない体つきに、天音はちらっと自分を見て複雑な気持ちになった。

 確かに、あそこでは女だと馬鹿にされたから口調も男にして髪も切った。でも……仮にも女であるはずなのに、この脂肪の少なさは如何ほどなのか……と。


(……だ、誰も見てないね?)


 さらに、ズボンも近くに脱ぎ捨てると下着姿だけとなった。……なんだか、このままは流石に恥ずかしくなり急いで新しい衣装に着替えた。初めて着るのにも関わらず、その服は天音の身体にぴったりと馴染んだ。


(……着心地もすっごくいいし……今使ってるやつとは少し動きやすさは落ちてるけど、それでも狙撃する分には楽だ……やっぱりすごい……)


 試しに寝そべってみた天音はその衣装の性能に驚きを隠せなかった。この姿勢は長時間続けると腰が若干痛んでくるのだが、この服ならば3日くらいこの姿勢でも余裕だと思ってしまうほどだった。普段感じる床の冷たさも全く感じられない。


(……さて、そろそろ練習行こうかな。あの子も待ってるし、ゆりちゃんから託されたんだから、失敗なんて出来ない……ううん、絶対にしない。









 ボクは……スナイパーだ)


 その覚悟はえりかの時からずっとしてきた努力の結晶体だった。


(半年前のボク……ううん、わたしは今のボクを見たらどう思うかな? きっと……泣いて喜んでるんだろうね)





『ゆりちゃん……うんっ、わかった。わたし……どんなに辛くても、ゆりちゃんの見ている景色が見てみたい。それに……AWS───『この子』を使えるようになりたい。ううん、なってみせるよっ』


 そのえりかの純粋な思いは覚悟となり……8ヶ月の月日を経て、ついに実現する。





 ───ゆりちゃん、やっとゆりちゃんの見ている景色が見れるよ。



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