天音とAWSの卒業試験

(さ、やろっか。ボクとAWSなら……絶対に出来る)


 最後に愛銃の銃身に優しくキスをすると、そこからは───天音の表情は優しい雰囲気を一気に消し去り、真剣で……尚且つ、程よく力が抜けている状態だった。由莉から見ても、心配の余地なんてないと思わせられた。


(……天音ちゃん、信じてるよ。後で……たくさん謝るから……っ、だから……今は……行ってきて!!)


(……ゆりちゃん、どんな顔してるか……分かるよ。ほんと……ゆりちゃんは何だかんだ言っても……本当に優しいんだから……っ)


 自分をここまで導いた由莉は……本当に自分の憧れで大好きな親友だと、天音は心に熱いものを感じた。その気持ちを心に秘め、今は……ただ、自分と自分の銃の力を見せることだけに集中することにした。


 精密なスコープのレンズを守るレンズキャップを2つパカリと開けると、その役目を働かせる時が来たのを待っていたように、キラリと光が反射する。

 天音はそこから伏射姿勢を取った。左手は銃床の下を支え、右手はサムホールと呼ばれる穴に親指を通し、そのまま包み込むようにグリップを握った。

 柔らかいほっぺたをチークパッドにむにゅっとくっつけながら、スコープを見て姿勢をしっかりと確認すると、天音はグリップを握る右手を一旦離す。

 そして────コッキングハンドルを握った。ここを持つだけで、天音は心の奥底から力が出てくるような気がするのだ。


(これを引けば……始まるんだね。ボクたちの……最初の戦いが。……やってやる)


 上に押し上げ、思いっきり引くと金属音と共に金色に光り輝く銃弾が薬室の隙間から顔を覗かせた。それを数瞬見ると、カチャリと押し戻して、また右手をグリップに戻した。


「……やって」


「…………分かったよ。まずは……700m。制限時間90秒。………始めっ!」


 由莉の声が響くと同時に、天音は引き金を指の真ん中で触れた。


「すぅ……ふぅ……」


 スコープの先には人形がある。まずは心臓へ向け………


「…………っ!」


 人差し指に最後の力を込める。

 パァン、と手を思いっきり叩いたような音と共に、AWSの銃身が僅かに跳ねた。


「ヒット、5秒」


 由莉のスポッティングスコープの中では心臓を撃つ───ハートショットを見事にこなし、人形の胴体の中央から赤い液体が周りにぶちまけられたのを確認した。


(90秒あるから……慎重に撃つのかな?)


 そんな事を思っている最中、天音はすぐさまコッキングハンドルに手をかけ空薬莢を外へと弾き出した。空を舞い、地面との間で小気味のいい金属音を立てる前には既にAWSには2発目の弾丸が装填されていた。


「…………っ!」


 続けざまに発砲。サプレッサー内蔵バレルによって発砲音が極限まで減らされたラプアマグナム弾は音速の3倍近くにまで加速され、1秒とかからずに人形の頭部へとたどり着くと……


 ぐちゃっ、と頭部が粉々に吹き飛んだ。盛大に爆発した頭部から吹き出る血を催した液体が辺り一面に散らばった。


「ヒット、15秒」


(はやっ……天音ちゃん、こんな早撃ち出来たんだ……)


 由莉も目を丸くする中、700m3発目も10秒とかからず足を撃ち抜いた天音は平然とコッキングハンドルに手をかけ、空薬莢を排出した。まだ硝煙が燻る空薬莢が地面をカラカラと音を立てて転がっていった。


「ふぅ……」


「……次は800m、制限時間90秒。よ〜い……始めっ」




「ヒット、14秒」


 カチャっ、カラカラ……


「ヒット、30秒」


 カチャリっ、カラカラカラ……


「……ヒット、57秒」


 次の800mも余裕ですと言わんばかりに急所2箇所、足止め用の部位1箇所を1分以内にぶち抜いた天音はほんのちょっぴり嬉しそうにしながら、AWSに手を触れていた。


 そんな天音の成長ぶりに由莉は危うく涙を流すところだった。


(なにさ、天音ちゃん……普通に出来てるよ? もう……マークスマンなら余裕で出来るくらいの……スナイパーになっちゃったよ……っ。本当に……すごいよ……!)


 だが……試験はあと3発ある。そして次は……天音の必中距離ではない900m。……由莉も見てきたが、天音は900mになった途端に命中率がダダ下がりするのだ。

 ……恐らくは天音はそこで自分の心の奥底で壁を作ってしまっているのだ。ここから先は……ゆりちゃんの世界なんだ、と。由莉も薄々それには気づきつつあった。


(天音ちゃん……この壁を超えたら……私はもう何も言わない。自分の力を全て出せれば……きっと出来るよ!!)


 ついに……ここで決まる。その緊張感に天瑠と璃音も体がこおばってしまっていた。


(お姉さま……あと少しです……っ!)


(お姉様なら絶対に出来ます……璃音はそう信じています!)






 ─────運命の900m


「最後に……900m、制限時間は90秒。……準備はいい?」


「……いつでも」


「ん……。よぉ〜い……始めっ!!!」




 最後の90秒が───幕を開ける。




(遠いなぁ……でも、この子なら絶対に当てられる。ボクの大切な子なんだから……ね?)


 最初の10秒で覚悟を決め、15秒を使って目標の部位を的確に狙う。



「すぅ〜〜〜………ふぅ、……すぅ〜〜〜………………っ!!」


 パァンっ!


 銃声が静かに響き渡る。AWSのスコープの中ではまだ着弾したか……分からない。由莉の声だけが頼りだった。……だが、天音は確信していた。


「ヒット! 32秒」


 跳ねた銃口もようやく標的を向き、由莉のはっきりとした声を聞いた瞬間、天音は素早くコッキングハンドルを作動させ、8発目を薬室の内部に挿入する。


(いい子だね、さすが……ボクの愛銃だよ。あと2発、頑張……ろう、ね…………っ)


 次は……頭。1発すら外せない緊張と、自分の必中距離以上の射撃の圧に天音の息はつまりかけていた。


(まずい……天音ちゃん緊張してる……このまま撃ったら……外れる……っ)


 由莉もここからはただ願うばかりだった。あと……47秒で決着がつく。天音だってタイムリミットがないことくらい分かっている。落ち着けと思っても、指が震えてしまう。


(っ、くそ……っ、この子はまだやれるのに……なんでボクがだめになるんだよ!! これまでやってきたなら……信じろよ……っ!)


 心の表面ではそう言える。けど……本当は…………、






 ─────怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いっ!!!!


 外せば……その瞬間に、終わる。人形を狙う試験なんて生ぬるいもんじゃない。自分の大切なものを守るための……絶対に外せない2発、自分でも出来るか……分からない。その恐怖は……天音の心を張り詰めさせた。口から強引に内臓を引き抜かれるような気分だ。



 ─────ゆりちゃん………っ!!!



 ★★★★★★★★★★★★★


『スナイパーってね……仲間の命を左右するんだよ』


『そう……なの?』


『……仲間がピンチの時、そこに一番早く銃弾を送り込めるのはスナイパーだと、私は思う。その弾で敵を殺せられれば仲間も助けられて一石二鳥だよ。けどね……もし外せば……大切なものを失う。守れたはずのものと……二度と会えなくなる。私……そんな事になったら、きっと自殺する』


『っ! そ、そんなぁ……』


『だからね、私は……スナイパーとして、何があっても外しちゃいけないんだよ。大切なものを……この手で護るために……今度こそ……守らなきゃ。だからね? えりかちゃんも、もし本当にスナイパーとしてお仕事をする時が来たら、自分の大切なものを、自分の手で守ってね?』


 ★★★★★★★★★★★★★




 由莉の言葉は……やっぱり暖かい。


 どんな時でも、その言葉の一文字一文字には想いがある。


 どんな時にでも……天音に……えりかに、力をくれた。



 そして─────今、この瞬間も!!!



(っ、ばかやろう……ここで焦ってても仕方ないのは分かってるだろ? 大切なものを……この場で失う? この子を……失う? そんなの……絶対に嫌だ!!! ゆりちゃんの弟子として……スナイパーの弟子として、大切なものを……ボクだってこの手で護りたいんだ!!! ボクだって……ボクだってッッ!!








スナイパーだ!!!)


「ふぅぅぅ…………すうぅぅぅぅ………」


 残り……26秒、天音は思いっきり深呼吸すると……覚悟が灯る瞳が宿った。迷いのない、純粋に信頼する気持ち。

 自分の銃と自分自身、紡いできた8ヶ月の物語を───!



(ねぇ、AWS。ボクね、あなたと……これからもいたい。一緒に仕事して、少しでも一緒にいられるように、手入れもたくさんしてあげたい。大好きなあなたと……もっと)


 銃口の僅かなブレも完璧に……『その時だけ』停止した。

 由莉の目にも、天瑠の目にも、璃音の目にも……天音とAWSが一つになっているように見えた。


(天音ちゃん……っ! やって!! きっと……ううん、絶対に出来る!)

(お姉様、やっちゃってください!!)

(お姉さまなら、そのくらい敵じゃありません!!!)


 みんなの思いと共に……天音はその引き金に力を込めた。



 パァンっ!



「ヒット!! 74秒!」


 カシャッ、カラカラ……、カチャリっ!


 人形の頭がぶっ飛んだのも確認せず、天音は一瞬でリロードを行い、最後の1発が薬室の中に込められた。


 残り、16秒



 あとは……足だけ。刻刻と迫るタイムリミットの中、由莉も天瑠も璃音もひたすらに願い、天音の事を見ていた。


 泣こうが笑おうが……これが最後のショットだ。


「すぅ…………ふぅ………………」



 7、6、5…………



 天音は最後の銃弾を解き放つために引き金に触れる。その心には何一つ不安なんてなかった。もう……前を向くんだと、AWSと一緒に行くんだと、900m先の目標へめがけ…………、



 4、3、2…………


 最後は……由莉の弟子として、これが……今まで育ててくれた由莉への恩返しだと、ある言葉を口にする。



 ──────1、









『…………撃ちます』



 パァンっ0

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