天音とAWSの卒業試験 ~始まり~

「っ、天音ちゃん……本当にいいんだね?」


 由莉もその発言には目を丸くした。そんな必要なんてない、やる覚悟があるならそれでいい、そう言いたかった。だが……その覚悟を由莉は受け取った。これが、天音なりの覚悟の見せ方なのだと。由莉に対しての精一杯の恩返しなのだと。


「ゆりちゃんの弟子として……ボクは想いに応えたい。この子と……一緒に!! ……ゆりちゃん、いい?」


「…………天音ちゃんが決めたのなら……私はとやかくは言わないよ。それにね、師匠が弟子を信じてあげなくて何が師匠なんだって事だし……、私は天音ちゃんを信じる」


「ありがと、ゆりちゃん。ボク……頑張るよ」



 ─────────────


 そして10分後、そう人数はいらないと言ったのだが、どうしてもと、由莉の他に璃音と天瑠もその場にいた。阿久津は由莉たちが嘘偽りを言わない事くらい信じていたから、任せて自分のやらなければならないことを進めていたのであった。


「なんか……2人にも見られるとちょっと緊張するかな……でも、これくらい出来ないとだめだから」


「お姉さま……」

「お姉様……」


「2人とも、辛気臭い顔はやめよう? 別にボクはこれで終わる気はないし……絶対に当てるからさ」


 不安げに見つめる双子の頭を両手で撫でてあげた。……その気持ちは分からなくない。天瑠も璃音も、ずっと由莉の側で練習しているのは見てきたから……その日々がこの9発に懸かっているんだと思ったら……緊張なんてしないわけがなかった。


「お姉さま……いつも通り、ですよ?」


「分かってるよ。ありがと、天瑠」


「お姉様……これが終わったら、璃音と一緒にお仕事頑張りましょうね?」


「璃音……それ思いっきり死亡フラグ立ててるの気づいてる?」


「えっ!? そうなのですか!?」


 途端にがびーんと目を白くする璃音を、天音は堪らずくすっと笑ってしまった。いつも通りな2人を見ていたら天音も肩の力が程よく抜けていった。


「ふふっ、でも……そうだね。璃音と一緒に出来るように頑張ってくるからね?」


「……はいっ!」


 それだけ言うと、天音は2人に背を向けて、由莉と自分の愛銃の元へと向かった。


「まずは……700mだね。制限時間90秒、3発を頭、心臓、足に当てれれば成功。……準備が出来たら言ってね?」


「うんっ、分かったよ」


 天音は由莉の目を見てしっかり頷くと、自分の銃の前に座り、箱に詰められた.338ラプアマグナム弾を1つずつ丁寧に弾倉の中へと押し込んでいった。



 ★★★★★★★★★★★


 ……と、ここで一つ説明しておこう。

 L96A1(AWSはその派生型)は7.62×51mmNATO弾と、.338ラプアマグナム弾の2種類が使用可能である。

 だが────その2種類の弾薬の性能ははっきり言うと比べ物にならない。


 7.62mm弾の有効射程(弾を狙った所に撃ち込める最大距離)は800mなのに対し、ラプアマグナム弾の有効射程は……1500m。2倍の射程があると言われれば後者の銃弾の性能は明らかだろう。

 また、ラプアマグナム弾は7.62mm弾を防ぐことの出来るボディアーマーを距離1000mまでならば貫通可能と凶悪な弾なのだ。


 ただし、一発300円~700円と本当に馬鹿にならないくらい高いはずなのだが、ここでは無制限に撃たせてくれた。(なお、由莉の扱う50BMG弾も高いもので1000円以上する)


 ★★★★★★★★★★★★★


(うん……全部装填出来た。……ね、これで決まるんだね。これからも一緒に仕事が出来るのか……ここでお別れなのか)


 弾を込め終わると一度その弾倉を手元に置いて、AWSを自分の膝の上に乗せた。思えば……この銃を握ってから……随分経った。



 ───初めてAWSに出会った時、


 天音は……いや────えりかは……ただ由莉に少しでも近づきたくて由莉に狙撃を教えてもらうことにした。その時に……璃音の時と同じようにその時の由莉から、スナイパーとしての覚悟を問われた。


『えりかちゃんが本当にスナイパーになりたいなら……この銃を受け取って? でも……死ぬくらい大変だよ。えりかちゃんが考えてる以上に……スナイパーって役割は甘くないよ』


 その時のえりかは……はっきり言ってしまえば、由莉のためなら何だって出来る。狙撃で敵を殺すことだって簡単だと思っていた。


『うんっ、わたし、スナイパーになりたい!』


 そう言って、えりかは由莉からその狙撃銃……『AWS』を受け取った。腕にくるずっしりとした重みに、えりかは暫くは慣れなさそうだと、その時はそれくらいしか思っていなかった。


 けど……そこからの道はあまりにも果てしなかった。由莉との間にある絶対的な差───由莉の天性の才能とも神様からの恩寵とも捉えられるレベルの狙撃センスに、えりかは追いつけるわけがなかった。自分にはスナイパーとしての才能なんてないのかも、なんて思ったりもした。……それでもえりかは由莉の背中を追い続けた。撃つためのトレーニングや筋力トレーニングも毎日、由莉と一緒にやってきた。

その成果もあり、少しずつだけどその力は伸びつつあった。


 1ヶ月後にはえりかは300mの的を半分以上の確率で当てられるようになった。


 2ヶ月後は400mの的に当てられるようになった。


 3ヶ月後は400mなら絶対に当てられるようになった。


 4ヶ月後には600mならほぼ当てられるようになった。800mの的にさえ届いてしまいそうなくらい……えりかの技術は伸びていた。



 だが……5ヶ月経った日から……そう、えりかでいられた最後の1ヶ月は……酷かった。


 600mの的がギリギリ狙えるかまでしか出来ず、AWSの性能をえりか自身が生かしきれなかったのだ。焦った。由莉の弟子なのに、こんなくらいしか出来ない……それが嫌だった。

 だが、焦ったら焦っただけ……必中距離がガタ落ちし最後の日……えりかは400mの的にさえただの1発も当たらなくなった。情けなくて悔しくて、えりかは心がどうにかなりそうだった。こんなにも……出来ない自分を憎んだのだった。



 そこから、えりかから天音に変わった……1月に天音はもう一度、しっかりとAWSと向き合った。こんな出来損ないについてきてくれた、その銃に何をしてあげられるんだろうのが1番なのか……脇目も振らず、天音はAWSを膝に乗っけながらずーーっと話していた。


『ボクは……ゆりちゃんにあんな酷いことした……最低だよね……AWSも……許してくれないよね。当然だもん……それだけの事をしたんだから……』


 天音はスナイパーを、本当にやめようと思った事もあった。由莉から教えられたからこそ出会えたのに、由莉を手にかけようとした自分は……由莉に出会わせてもらったAWSと一緒にいていいのか……と。


 ……そんな自分は……スナイパーになる資格なんてない。

 1週間かけて考えた答えを……由莉に言おう、そう思って向かおうとしたその時、ある由莉の言葉を思い出した。


『自分自身が銃の事を何よりも愛して、信じてあげて?』


 天音はその歩みを止めると、もう一度武器庫へ全速力で駆け抜け、AWSを手にした。いつも変わらず、主の帰りを待っていたその銃を、熱い体で思い切り抱きしめた。


『……ボクは……AWSと一緒に……仕事したい……っ、こんなボクだけど……ボクは……AWSの事が大好きだし、信じてる……っ。AWSがいいのなら……ボクはもう1回、ゆりちゃんの元でスナイパーを目指したいよぉ……っ』


 たかが一丁の銃……その為に……天音は涙を流した。この銃が大好きだから。大切なものだから。

 こんな自分でも……やりたい、そう強く願った。


 その想いに……AWSは応えてくれた。そんな天音でも、ずっと愛されてきたんだから、そう言うように天音の狙撃技術は段々と伸びを見せていった。



 2月、天音は500mまでを伏射で必中距離(キリングレンジ)に収めた。


 3月には700mまでなら伏射で外すことはまずなくなった。


 そして……4月、天音は300mまでを三姿勢───立射・座射・伏射で50cmの的に完全に当てられるまでになった。800mも伏射でなら撃ち抜けるようになった。


 ★★★★★★★★★★★★★★★


 これは由莉に言わせてみれば……中距離なんて今の天音になら楽勝、若しかしたら長距離狙撃も出来るんじゃないか、そんな力を秘めていると由莉は自信を持って言えた。

 あとは……天音が自分に自信を持てれば、天音という1人のスナイパーがほぼ完成する。由莉はそんな確信を持っていた。


(天音ちゃん……天音ちゃんなら絶対に出来るよ。だから……自分を信じて!!)


 由莉はもう願うことだけしかできなかった。天音の努力が無駄になるかもしれない、自分が怒ったせいでそうなるかもしれない……そんな事を考えなくはなかった。

 もしそうなったら……由莉は自分の腕を千切ってしまおうとさえ考えていた。それくらい……由莉だって、師匠として天音がどれだけ頑張ってきたか見てきたのだ。

 天音が銃のために泣いたことも、どれくらいスナイパーに対する覚悟があるかも分かっていた。


 あとは……『出来なかった』過去の自分を撃ち抜けば、由莉は師匠としては教えることは何もないと思った。だからこそ……これは天音から言い出したにしろ、由莉が師匠として弟子の天音に課す……『卒業試験』みたいなものだった。


(天音ちゃん…………っ)


 一方の天音もそんな由莉の気持ちはほぼ汲んでいた。優しい由莉だから。みんなを包む優しい温かさを持つ由莉に天音は甘えてしまったのかもしれない。だからこそ、自分だってやれるんだと師匠の由莉に見せてあげたかった。


 自分と……AWSの力を。


(ボクは……AWSのことが好き。ずっと……一緒に練習してきたもんね。ゆりちゃんに教えられて……全然うまくなかったけど、一緒にやって来たよね。だったら……ここで見せなくちゃ、ゆりちゃんを安心させてあげるんだ!!)


 この重みも最初は重くて辛かった。その重みも今では愛らしいくらいだ。へったくそな時からずっと愛情を込めて整備してきたAWSと、その使い手の天音。……今、一対となり、一つの試練が───始まる。

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