2節 もう1人のスナイパー

弟子の天音

「……すぅ……ふぅ…………すぅ……っ!」


 1発の軽い銃声が空間に静かに木霊する。それを撃った本人は寝そべりながら、自分の愛銃のスコープで当たったかどうかの確認をする。


(やっぱり……900mが当たらない……5発撃って3発しか当てれなかった……これじゃ……まだ…………)




 スナイパーとして生きていけない、そう思った少女は暫くその体勢のままでいたが、しばらく経って銃身が冷めてきたころになると、起き上がってその銃を自分の膝に置いた。


「ねぇ、AWS……ボクなんかに使ってもらわれて……ごめんね。本当に……こんなんじゃ、ゆりちゃんの弟子なんて……」


 黒い銃身をそっと手で撫でてあげながら、その少女───天音は哀しそうにしていた。


「……でもね? いつか……AWSと一緒に仕事したいな……一緒に、ね。ボクは……900mの的も射抜けない下手くそだけど、ついてきて……ほしいな」


 スコープに手を当てないようにギュッとその大きなライフルを天音は胸の中に抱いた。この感覚は……どんな事があっても忘れたりしない。


 自分の大好きな由莉に教えてもらった……大切なものだから。


「さてっ、今日はこのくらいにしよっか。しっかり整備してみせるから……ちょっと待っててね?」


 天音は1度その銃に向かって微笑み、銃身に軽くキスをすると、整備用の用具を取りに武器庫へと走っていった。


「…………っ」


 ……ずっと側で隠れていた存在に気づくことなく。


 ────────────────────







「……あくつさん、なんでボクまで呼んだのですか?」


「まぁ、取り敢えずは聞いてくれると嬉しいです」


「……分かりました」


 天音は阿久津に呼び出されていた。……由莉と璃音と共に。由莉と璃音がいる=狙撃の依頼が来るのだと天音は瞬時に判断してはいたものの……そこに自分が加えられた理由が分からなかった。


(……それに、なんであんな璃音は嬉しそうにこっちを見てくるんだ?)


 璃音の表情もいつにも増して柔らかいことに天音は妙な気分を覚えつつあった。そして……真剣な表情の阿久津が口にした事、それは────


「……いよいよ、決着の時が近くなってきました」


「っ!? あくつさん、天瑠も呼んできます。それは間違いなく……全員が聞かないとダメな話です」


 そう言うと、天音は全速力で部屋を飛び出していった。

 天音が飛び出してから30秒、銃を持ったまま天音の腰に担がれながら部屋に連れてこられた天瑠は動揺しまくり、みんながその場にいる事に更にびっくりしていた。


「急にお姉さまに強引に連れてこられて、来てみたら皆んないるし……どうしたのですか……?」


「天瑠、しっかり聞いてて」


「っ、分かりました」


 天音の必死の真剣さに天瑠は今までの表情を一変させ、仕事の時とほぼ同じ沈着な佇まいを身にまとった。それを見た阿久津は話を始める。


「では、話しましょう。……黒雨組との決着を付けるためにこの中の2人に動いてもらいます。まずは璃音さん、お願いしますね」


「はいっ!」


「……あ〜何となく最初に呼ばれなかった理由分かったかも……」


 元気に返事をする璃音に対し、天瑠はどんな内容なのか殆ど悟り苦笑いをせざるを得なかった。だが……天音は未だ分からず首を傾げていた。


「……?」


「あ、天音ちゃんってたまにすごいくらい鈍感な所あるよね……」


「うっ、ゆりちゃんひどい……でも、璃音が選ばれるってことは……もしかして……えっ!? だって……そんなこと、あるわけ……」


「天音さんの予想通りです。今回の仕事は中距離からの狙撃です。……そして、天音さんにお願いしようかと思います」


 考えてた一番可能性の低いものが正解だと言われ天音は思わずたじろいた。だって……それは……




 ──────由莉の本職なのだから。


「ま、待ってください! それなら、なんでゆりちゃんじゃないんですか? 狙撃ならボクよりゆりちゃんの方が遥かに実力も経験もあるじゃないですか!」


「そうですね……確かにそうです。元々、私も由莉さんに最初は任せるつもりでしたが……それを由莉さんは天音さんにやらせてと言ったのです」


「ぇ……? ゆりちゃん……どういう……こと?」


 スナイパーの由莉が天音に投げるなんて万に一つの可能性さえ取っ払っていた天音は動揺を隠せずにいた。すると、由莉は立ち上がると天音の前まで歩いて言った。


「ね、天音ちゃん。スナイパーライフルを持って何ヶ月になる?」


「……8月末からやってきて……これで7ヶ月になる……かな」


 指を折りながら数える天音を由莉は信頼の篭った瞳を向け続けていた。


「うんっ。それに、天音ちゃんもキリングレンジ(必中距離)伸びてきたでしょ?」


「そ、そりゃあ……今なら700mなら外す気は全くしないけどさ……そうは言っても、ゆりちゃんならボクの銃を使うのですらボクより上手じゃん……それなら、ゆりちゃんの方が適任だと思うよ……。しかも今回の仕事は絶対に失敗なんて出来ない、すごく大事な仕事なのに……ボクなんかが……」


 天音だってずっとやってきた。由莉に少しでも近づきたくて、そばにいたくて────でも、天音がラプアマグナム弾を使って700m必中なのに対し、由莉は同じ銃で1600m必中とその実力差と才能は桁違いだった。補足ではあるが、由莉がM82A1を使えば2400m必中である。


 と、由莉の足元にも及ばないと天音は尻込んでいたが、そんな天音を由莉はほんの少し厳しい言葉を手向けた。


「……じゃあ、天音ちゃんは何のためにスナイパーライフルを手に取ったの? ……私、そんな軽い覚悟で天音ちゃんに教えたつもりはないよ」


「ゆり……ちゃん……」


 天音が見た由莉の瞳は……今まで一緒にすごしてきてただの1度も向けられたことのないくらいの……怒りが篭っていた。


「私は……天音ちゃんの狙撃の師匠だよ。今まで、ずっと天音ちゃんのことを見てきた。AWSだって、天音ちゃんがずっと大事に手入れしてきたのも見てきた。……使ってたら分かるよ。天音ちゃんが丹精と愛情を込めて整備してることくらいはさ」


「…………」


「なのに、天音ちゃんが自分を信じなくてどうするの? ……あの子を天音ちゃんは信じられないの? もし、そうなら……今回の仕事は私が天音ちゃんの銃を借りてやるよ。けど……もう、天音ちゃんのことは師匠としては……見てあげられない」


 由莉は……天音のことが大好きだ。だからこそ、言うべき言葉はハッキリと言いたかった。中途半端な覚悟で行って失敗なんてすれば……この組織にも大損害だろうし……最悪、天音も……璃音も死ぬ。そんなことになったら、由莉はまともに生きていける自信なんてこれっぽっちもなかった。


 由莉は……半端な気持ちでは送り出したくなかった。

 師匠として、真友として……天音を……璃音たちを助けた人として。


「厳しいことを言って……ごめんね。でも……私はスナイパーとして、天音ちゃんを安心して送り出したいから……っ」


 口ぶりと目は天音を激しく叱責する……が、その手は微かに震えていた。心なしか息を吸う音もいつもよりはっきり聞こえ、天音にはそれがなにを示すのか……すぐに分かった。


(ゆりちゃん……こんな……体を震わせて……ボクのことを……っ、そうだ……ボクがここで諦めたら……ゆりちゃんはきっと……ボクにも自身にも失望する。それくらい……ゆりちゃんはボクを信頼してくれてるんだ……っ、なのに……なのにボクはッ!)


 天音は握った拳を緩めると……その手で思いっきり自分の頬をぶった。自分の心の甘えに喝をいれるように───由莉が辛さを噛みこらえて自分のためにここまでさせてしまった自分を奮い立たせるように。


「ぐぅ……っ」


「天音ちゃん……?」


 天音はそのまま立ち上がると、由莉の左手を掴んで部屋を飛び出した。


「ちょっと、天音ちゃん!? なにするの……?」


「ゆりちゃんを納得させる。その為にボクは今からこれまで成果を……見せるよ」


 そのまま由莉の手を掴んだまま辿り着いたのは武器庫だった。そこをこじ開け、中の広いスペースを一切の迷いなく進み、ある一つの箱を開けた。

 いつも変わらず、ただ、主の到着を心待ちにしていた一丁の銃。天音の銃───狙撃銃『AWS』を天音は手に取った。


「この子で700m、800m……900mの距離から人形の的に3発ずつ、計9発を全弾を頭、心臓、足の順番で全弾着弾させることが出来たら……ボクに任せて? 









 もし、一発でも外せば……ボクはゆりちゃんの弟子をやめる。この子も……もう二度と触らない」

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