由莉と璃音の会話

「ふんふんふ〜ん♪」


鼻歌を響かせながら、目の前の黒い部品たちを丁寧に磨いていく由莉。その様子を璃音は隣で、ただじっと見ていた。


(由莉ちゃん……本当に楽しそうにしています。……璃音がここに来たばかりの時、由莉ちゃんが『あの子』の手入れをしてくれたって聞いたけど……すっごく汚れていたんだろうなぁ……)


黒雨組にいた頃は手入れはたまにしかしてこなかった璃音は、由莉の話を聞いて手入れの重要さを嫌という程に思い知った。だからこそ、璃音は邪魔をせず、ただ由莉の様子を見ていた。この期間は由莉もあまり喋らなくなり、熱中しているから、余程じゃない限りは話しかけないようにしているのだ。……いつもだったら。


「……ねぇ、璃音ちゃん」


「っ!? 由莉ちゃんから話しかけるなんて珍しいですね……どうしましたか?」


突然、作業中の由莉に話しかけられ変な声を出してしまった璃音は、少し恥ずかしがりながら事情を聞いた。


「璃音ちゃんってさ、私以外の人のスポッターをお願いされてもやる?」


「……? 璃音は由莉ちゃんの相棒です。それに……璃音は由莉ちゃん以外とはあまり組みたくありません。それこそ、由莉ちゃんが認めるような人じゃないと…………でも、どうしてそんな事を……?」


不思議そうにしている璃音に由莉は『もしかしたら』の可能性がある話をした。すると─────、


「本当ですか!? そ、それなら璃音は何も言うことはありません!!」


璃音の不思議そうな瞳はたちまち爛々と輝きを見せて、首が折れるんじゃないかと言うくらい強く振っていた。そんな様子を由莉もいつかは……いや、すぐにでも来るかもしれない、そんな思いで見ていた。


「璃音ちゃんならそう言うって思ってたよっ。もしもの話だけど頭に入れておいてね?」


「はいっ!!!」



────────────────



銃の手入れが終わり、由莉と璃音は2人の待つ部屋へと戻ると、足音を聞いていたのか扉の前で目をキラキラさせて待っていた。


「おかえりっ、2人とも!」


「よっと、天音ちゃんただいま! こんな時間だから寝ちゃってるかなって思ってたよ〜」


「ゆりちゃんを置いて先に寝るなんてできないよ!」


2人に抱きつく天音をほんのちょっぴり羨ましそうに眺めている天瑠だったが、それを見た璃音は天音の腕の中からスルッと抜け出すと、押し倒す形で天瑠に飛びついた。


「こ、こら璃音っ、危ないってば」


「天瑠っ、ただいま〜!」


「も〜……まぁ、璃音がいなくて……ちょっとは寂しかったかな……。おかえり、璃音」


違う所がもはや着ている服装でしか判別がつかない天瑠と璃音はお互いにくすっと笑いながら、一方で由莉と天音もさながら別空間を作るような甘い時間を過ごしていたのだった。


────10分後





ぶくぶくぶく…………



ぷくぷくっ……



「ん〜〜〜〜っ! ぷはぁっ」


「ぷはっ、ふぅ……危なかったぁ……」


水しぶきが水面映る無数の波紋はまるで夢のように波と波が重なったり、通り過ぎたりと入り乱れる中に、大きく口をあけて息を吸う少女たちの姿はあった。


「うぅ……また負けた……」


雫を滴らせて髪を振る璃音と由莉。最近ではお風呂で潜伏競争をするのが好きだ。みんなで入ってはいつも競争しているが、1位は安定で由莉、2位が天瑠、3位に天音、4位に璃音となっている。

だが、今日は璃音も粘って粘りきり、由莉と僅か数秒まで耐えることが出来た……が、負けるのが悔しくて璃音は頬をぷっくりとさせながら蟹のように水面で泡を立てていた。


「由莉ちゃん強すぎます……3分半潜ったら……ぜぇ……璃音は……死んじゃい……そうです……ぶくぶく……」


「ふふっ、これでも肺活量は自信あるんだよ? 毎日3~4周(22~30km)は最低走ってるし、あの子を持って走ってて息切れなんてしたらスナイパーとしてやっていけないからねっ」


「ううぅ……由莉ちゃんに2周(15km)はついていけるようになったのに……」


負けて心底悔しそうな璃音に由莉はそっと肩を借りるようにして寄りかかった。2人の時はいつもこうやって入っているのだ。


「はぁぁ……幸せだよ〜」


「………っ(由莉ちゃん……本当にかわいいです……)」


璃音はなんだか照れくさくてほんの少しだけ顔を下を向くと……そんな気持ちがなくなるくらいにひどい痣のあとが由莉の胴体のあちらこちらに未だに残っていた。


(こんなことを由莉ちゃんにするなんて…………許せないです……っ、そんな人……璃音がバラバラに殺したいけど……)


殺意が滲み始めた璃音は一旦抑えて由莉の顔を見ると、気持ちよさそうにすやすやと眠ってしまっていた。お風呂で寝るなんて危険にも程がある。そのまま失神なんてすれば、そのまま溺れて死ぬことだってある。

だが、由莉はそんなこと、璃音なら絶対にさせないと信じているかのように可愛らしい吐息を繰り返していた。


本当ならいつまでも見ていたかったが、このままだと失神するかもしれないと、前にも由莉に言われていたのを思い出して、由莉の頬をちょんっ、とつついてあげた。


「由莉ちゃんっ、起きてください」


「むにゃあ……? あれ……えへへ、寝ちゃってた」


目を両手で擦りながらにっこりと笑う由莉の天使のような可愛さに璃音は直視出来ないと顔を横にそらした。そうでもしなければ璃音は由莉から抱きついて離れたくなくなりそうだったのだ。


「……1人で入る時は絶対にやめてくださいね? そのまま……死んじゃったら、死んでも恨みますから」


「うんっ。だけどお風呂に入る時はみんなといるし、璃音ちゃんならそんなことさせないでしょ?」


「それは……そうですけど…………ちょいちょい」


「も〜璃音ちゃんくすぐったいよぉ〜っ」


璃音は照れ隠しに由莉のぷにぷになほっぺを擦るようにつつくと、由莉もこしょばゆくて肩を縮めながら笑った。いっつも気の緩んだ由莉はこんな感じなんだと何ヶ月も一緒にいる璃音は、そのままのぼせる少し前まではしゃいでいたのであった。



─────────────



───そして、時は進んで1週間後……由莉の予感は現実へと変わった。


「由莉さん、お願いしてもいいですか?」


「阿久津さん、お願いがあります。……私の代わりに天音ちゃんに『それ』をやらせてあげてください」


「しかし……」


「大丈夫ですよ。天音ちゃんならきっと……ううん、絶対に出来ます。だって…………













私の弟子なんですから!」



次回  第6章2節『もう1人のスナイパー』

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