天音と天瑠の会話

「ごちそうさまでした〜!」

「ごちそうさまでした!!」


 元気な声と共に大きな丼を机の上に置く由莉と璃音。その表情は『満足』ただそれだけだった。


「天音ちゃんっ、天瑠ちゃん! すっごく美味しかったよ!」

「お姉様、天瑠!美味しかったです!」


「お粗末さまでした。ほんとずるいくらい、いい笑顔だよね、2人とも」

「全くですっ。おかげでたくさん食べたはずなのに、またお腹空いてきちゃいました」


 いい食べっぷりを見せてくれたもんだと、天音と天瑠も肩を竦めながら2人の食器を預かり、そのまま台所へ向かう。シミひとつ残さないようにピカピカになるように洗って、拭き終わった食器を棚に戻し終わると、舞い戻るように2人のいるはずの部屋へと向かった。


「ゆりちゃん、おまたせ〜」


「璃音、待った?」






 シーン───────


「…………って、ゆりちゃんも璃音も銃の整備に行ってたんだったぁぁーー!!!」


「お姉様……見に行きますか?」


 天音がショックで膝をつくのを見ていられなくなった天瑠はそう聞いてみたが、天音は静かに首を横に振った。


「……いや、ボクたちはここで待とう。自分の銃を手入れするのは大事なことだし、そんな中にわざわざ邪魔しに行くのはダメだよ。ボクらも仕事終わってから銃の手入れしたでしょ?」


「っ、……ごめんなさい、お姉様。そこまで考えてませんでした……」


 浅はかな発言だったと、天瑠はしょんぼりしながら謝ったが、天音は気にするなと首を横に振り、ベットの端に座ると天瑠を隣に座らせた。


「ね、天瑠。ちょっと髪解いて?」


「……? いいですけど……」


 不思議そうに天瑠は自分の髪を縛っている髪留めを解き、長くてつやつやな黒の髪の毛をサッと揺らした。もう、この姿では璃音と見分けが全くつかない。


「ほんと、その状態だと璃音と見分けがつかないね」


「お姉さまも由莉ちゃんも風呂上がりに間違えすぎですよ。ほんとに……何百回間違えば気が済むと……」


 璃音とそっくりな姿の天瑠は若干ぶーたれながらベットの上で体操座りをした。……時々、天音をチラッと見ながら。


「……ん?甘えたいの?」


「ちっ、ちだ……違います! ふんっ!」


 噛んだのにも関わらず、強がってそっぽを向く天瑠だが、さすがにここまで来たら天音にはお見通しだった。


「はいはい、分かったから。膝枕でもしよっか?」


「むぅ……うぅ…………」


 天音の膝枕……その誘惑に天瑠は抗う術もなく、そろーりと近寄ると天音の膝にそっと頭を乗せた。人の独特な柔らかさが天瑠にとっては極上の一時のように感じられた。それに……


「お、お姉さま、顔が……近くて……」


「ん? どうした〜?」


「なんでも……ない……です」


 天音の顔がすぐ側にあるのが少し……天瑠には恥ずかしいようで頬がもうピンク色だった。


「……ね、天瑠」


「な、なんですか、お姉さま……っ」


「天瑠も璃音も……本当に強くなったね」


 また何か言ってくるのかと身構えていた天瑠も、この天音の発言には呆気にとられ、反応が出来なかった。


「き、急にどうしたのですか……?」


「あそこにいた時より、天瑠も璃音も幸せそうだし、それに……見違えるくらい強くなった。いや、それぞれが輝ける分野に行ったって言えばいいのかな?」


 天瑠の黒い髪を優しく撫でてやりながら、天音は心底満足したような表情で笑っていた。

 天瑠にだけ向ける、天瑠のためだけの笑顔に天瑠は嬉しさと同時に変な気分を味わってしまう。


「おねえ……さま……?」


「もう、ボクがいなくても……2人とも一人前にやっていけるね。ボクは……天瑠のことも、璃音のことも何の心配もしてないよ」


「っ、お姉さま……やめてください……その言葉を聞くと……また……お姉さまが遠くへ行っちゃうような気がして……今度は……もう手が届かない所に……っ」


 嬉しかった。天音にはっきりと認めて貰えた天瑠は涙が出そうになった。だが、その涙よりも先に……天瑠と璃音、2人だけでいた時の事が脳裏によぎった。

 その言葉の後────天音は2人の前から姿を消すことになり、9ヶ月以上もの間、天瑠と璃音はたった2人で生きることになったのだ。


 辛くて、苦しくて、寒くて、寂しくて、それでも璃音と支えあって生きてきたあの9ヶ月───もう、二度と味わいたくなんてない。どんな寒さよりも、どんな飢えよりも………ただ、天音がいない寂しさが何よりの苦痛だった。

 天瑠は気づけば震えが止まらなくなり、天音の胸に抱きついていた。


「もう……天瑠の大好きな人が死ぬなんて……いやです……由莉ちゃんも、璃音も……お姉さまも!! みんな死んで欲しくない!!」


「…………」


「お願いです、お姉さま……『いなくなる』なんて言わないでください! 天瑠は……怖いです……怖くてしょうがないです……っ」


 顔を埋める天瑠の瞳には気がつけばうっすら涙が溜まっていた。裏の人間とは言えども、天瑠もまだ10歳の女の子なのだ。自分と璃音にとって、2年の間、育ててきてくれた天音は言わば母親も同然だった。そんな人にいなくなっても、なんて言われたら天瑠だって怖くなる。


「ほんと……天瑠はボクから離れようとしないね」


「天瑠は……もう、あんな思いをするのは……嫌なんです……っ」


「……でも、この世界は常に死と隣り合わせだよ。……ボクだってもしかしたら次の仕事で死ぬかもしれないしね。ここにいる限り、みんないつ死ぬか分からないよ?」


「っ、だから……それはやめてくださ───」


 やめてと言ってるのに更に言う天音に我慢が出来ず声を荒げようとした天瑠だったが………、




 天音は体勢を捻らせ、慌てる天瑠をそのまま思いっきり押し倒した。


「っ!?」


「ねぇ、天瑠。ボクはそんな簡単に死ぬと思う?」


「っ、そんなことないです! ……お姉さまは強いです。誰にも負けないくらい強くて……」


「ねこさんには負けてるよ?」


「ちがっ……そういう事じゃなくてっ!!」


 しっかりとした話をはぐらかされ、いよいよ怒りそうな天瑠だったが…………それを天音は遮るようにある事をした。


「ちゅっ」


「ぇ……っ!? ……ぁ、あぁぁ………お、お姉さまぁ……なにをぉぉ……っ」


 頬にキスをされ、天瑠はたまらず顔をめちゃくちゃに赤らめた。こんなにドキドキしたのは……天瑠でさえ初めてだった。


「変な捉え方させたね。ボクが言いたかったのは、そのくらい立派になったって事だけだよ。ボクは今度こそ……側から離れたりしないよ。もう、2人には寂しい思いはさせないって……決めたから」


「……っ!」


 その言葉を紡ぐ天音の表情は……本気そのものだった。何者にも決して邪魔させる気なんてない、そんな真の覚悟。その信念を持った瞳を見た天瑠は怒るのもなんだか嫌になり、顔を赤らめながらそっぽを向いた。


「……もう、いなくなるなんて……嘘でも言わないでください。いいですか?」


「分かったよ、もう言わない。ふふっ、やっといつもの天瑠になったね」


「ど、どういう意味ですか!!」


 変におちょくられ頬をぷっくり膨らませる天瑠だが、そんな姿を見た天音はそれがなんだか可笑しくて……内心、嬉しかった。


「あははっ、そうやって強気でいる方が天瑠らしいよ?」


「むぅ……天瑠は……(ただ……お姉さまに……甘えたくて……)」


「何か言った?」


「いいえっ! なんでもありません!!! ふんっ!!」


 またも機嫌を損ねてしまった天瑠に、やれやれと天音は肩を竦めながらも、変わらないなぁ……と微笑み、2人で由莉と璃音を来るのを暫くの間待っていた。

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