4人の少女
「ただいま〜」
「ただいまー」
2人が帰る頃には既に12時を迎えようとしていた。ここから、銃の整備を由莉はしなければならない。僅かな汚れさえ、精度の支障になるし、何よりも自分の子供みたいに可愛がってる銃を汚い状態にしておくのは我慢ならないのだ。璃音も銃は撃ってないにしろ、由莉の側で銃を整備しているのを側付きとしてみたいと思っていたから、お風呂入ってから寝るとなると、だいたい1時半くらいかなとお互いに苦笑いをしながら玄関に入った。
と、その前に────
「おかえり〜〜ゆりちゃん!!」
「おかえり、璃音っ!!!」
飛び出すように部屋から出てきた、明るい茶髪でショートボブの女の子────天音は由莉に、黒髪をワイン色のゴム2つでくくったツインテールの女の子───天瑠は璃音に思いっきり飛びついた。
「ただいまっ、天音ちゃん!」
「も〜心配したよ……時間になっても帰ってこないから何かあったのかもって……でも、ゆりちゃんなら大丈夫だって信じてたよ」
「うんっ、標的が来るのが遅れちゃって2時間も待たせちゃった……」
由莉は天音をゆっくりとおろすと、その琥珀色の瞳で天音の栗色の瞳をまじまじと見上げた。その瞬間だけは、2人だけの空間が形成されているようであった。……と、ふと由莉は思い出したように天音にもう一方での出来事を聞くことにした。
「天音ちゃんたちも、無事に仕事終わったんだね?」
「もちろん!7人全員1人で殺してきたよっ」
さも朝飯前のように言う天音に由莉は感嘆の声を漏らしてしまった。由莉は遠距離専門だから、まだ近接戦の実戦経験がない分、心の底からすごいと思った。
「やっぱり天音ちゃんつよいなぁ……天瑠ちゃんも?」
「うん! 天瑠は5人やったよ!」
璃音からくっついて離れない天瑠も由莉の問いかけに可愛らしい笑顔で答えた。……もちろん、天瑠の『やりました』も『殺りました』である。
と、そんな会話をしていると、天音が2人の『あれ』を案じたかのように、ささっと話に区切りをつけた。
「ね、由莉ちゃんも璃音も、お腹すいたでしょ?」
「うん……もう、お腹ぺこぺこだよ〜」
「はい……お腹と背中がくっつきそうです……」
2人に話すことに夢中になっていた由莉と璃音はようやく空腹を思い出したようにお腹を抑えた。
「ふふっ、そうだろうと思ってたよ。さっ、来て? 今日は天瑠にも手伝って貰ったんだよ。ね?」
「はいっ。璃音と由莉ちゃんの為に天瑠も頑張ったからたくさん食べて!」
天音にぎゅっと抱きつき、黒髪のツインテールを揺らしながら由莉と璃音に笑みを漏らす天瑠。このところ、璃音が由莉に付きっきりなのに対して、天瑠は天音にべとべとなのだ。璃音の甘え方を真似し続けたおかげでなんとなく甘える方法も分かるようになってきた天瑠は、甘えるところは今まで出来なかった分、めいいっぱい甘えるようになった。
そんな健気で可愛い天瑠の変化を天音は嬉しく感じながら、頭を撫でてやりながら、由莉と璃音を台所へと案内した。すると─────、
「こ……」
「こ……」
「「これわぁぁ〜〜〜!」」
由莉と璃音の瞳には宇宙のように煌めく星が写り、その場で2人ともへにゃっと倒れ込んでしまう。嗅覚から食欲へとダイレクトに語りかけてくる、由莉の大好物の───かつ丼の香りだった。
座り込んでいた時間、僅か2秒。その直後、由莉がクラウチングスタートの構えから一気に椅子の所まで全力疾走していった。璃音も由莉の速さに目を回しながら追いかけるように椅子に座った。
「かつ丼だぁ……じゅるり」
「ゆ、由莉ちゃん、よだれ出てますっ!」
「っ! あぅ……つい……」
由莉は知らず知らずに出ていたよだれを恥ずかしそうに拭き取ると、喜んでいる由莉たちを片目にキッチンから大きなどんぶりを持って天音と天瑠がやって来た。2つの器からは湯気が溢れんばかりに出ていて……だけど、なんだか微妙に匂いが混じっているような気がした。
「今日は別々で作ってみたんだよ〜」
「別々……?」
その別々とは、と由莉は首を傾げたが、すぐに答えは分かった。
天音が持ってきたどんぶりには山盛りの小麦色のとんかつが黄金の卵に綴じられているオーソドックスなかつ丼だった。以前に由莉に作ったのもこのかつ丼だった。
そして、天瑠が持ってきた方には───甘辛い匂いを漂わせ食欲を倍以上に唆るきつね色のとんかつと下に敷き詰められた千切りのキャベツがいいコントラストを生んでいるソースカツ丼だった。
「天瑠たちは先に食べたけど、すっごく美味しかったよ! さすがお姉さまです!」
自分の全てを天音への信頼に費やしているような尊敬の瞳を向ける天瑠を、どんぶりを2人の前に置き終わった天音は甘えたくて仕方のない天瑠をまた撫でてあげた。本当に今までどれだけ我慢してきたんだと天音も降参したくなるくらいに─────。
「ありがとっ、天瑠。由莉ちゃんも璃音も、かなり多めだけど、良かっ───」
「いただきますっ!!」
「いただきます!!!」
もう待てない!!と由莉と璃音は手を合わせてそう言うと、箸を手に取り、端っこのかつを摘むと、パクっと一口に頬張る。
真っ先に音をあげたのは由莉だった。
「美味しいぃ……卵はふわふわだし、とんかつは噛めば噛むほど肉汁が溢れてきて……そこにご飯の甘みとつゆだしの旨みが絡まって……たまらないよぉ〜」
幸せそうな笑顔で食べ進める由莉の姿は、天音と天瑠も顔を緩ませざるを得なかった。見てるだけでお腹いっぱい食べたはずなのに、まだ食べたいっ!と脳が語りかけてくるようなのだ。
(ゆりちゃん……本当に美味しそうに食べるなぁ……)
(由莉ちゃんの食べる姿を見てると……天瑠まで食べたくなってくるよ……)
そんな中で璃音も続くように足をバタバタさせながら頬を押さえ込んだ。
「ソースが……甘辛くて、とんかつとすごく合ってて……もぐもぐ……キャベツもシャキシャキで……いくらでも食べられます……ほっぺたがとろけ落ちそう……うぅ、こんなのずるいですよ……もぐもぐ……」
ソースを顔につけながら、自分のどんぶりだけを見つめる璃音の様子は……なぜか…………、
「………っ」
「………っ」
2人とも何かを堪えるようにぷるぷる震えながら見ていると、がっつきすぎてソースがさらに璃音の口の周りを侵食したのを見た途端────ついに堪えきれず…………
「……ぶふっ……ふふふっ……」
「お、お姉さま……何先に笑って……あはは……っ」
突如として天音と天瑠がお腹を押さえて笑い始め、不思議そうな表情で由莉も璃音もそれを見ていた。
「………?」
「どうしたの、2人とも? ……あっ、ふふっ」
「な、なんで由莉ちゃんまで璃音の顔を見て笑うのですか?」
由莉まで笑い出し、いよいよ自分が何かしたのかと頭を回す璃音に、由莉は水で濡らした布巾を持ってくると璃音の顔についたソースを残さず拭き取ってあけだ。
そこでようやく、璃音は自分の顔についていたものを理解し、顔を鬼灯のように赤く染めた。
「はうぅ……恥ずかしいです……」
「璃音ちゃんかわいいなぁ〜よしよし」
由莉に撫でられたことでさらに璃音は顔を赤らめる。そんな姿をみんなにずっと見られたのがよっぽど恥ずかしかったのだ。
「ううぅ……璃音はそんなに子供じゃないですよお……」
「ふふっ、ごめんごめんっ。……あっ、璃音ちゃん、そっちのソースカツ丼食べてみたいんだけど、ダメかな? 私のやつもあげるから!」
と、由莉がすぐさま切り出すと、内心食べてみたいと思っていた璃音は若干ふてくされるように俯きながらも、由莉にどんぶりを渡そうとしたが…………、
「はい、由莉ちゃん、どう……ぞ…………?」
「はいっ、あ〜ん」
璃音の目の前には黄金色の衣をまとった物体があった。状況の違和感に気づくと流れで開きかけた口を慌てて閉じた。
「な、なっ、何やってるんですか!?」
「いいからいいから、はいっ」
目の前から漂ういい匂い、だが、この状況はいかがなものかと璃音は2つの欲求の渦中にあった。
璃音の食欲
「食べようよっ! せっかく由莉ちゃんがいいって言ってるんだよ?」
璃音の理性
「な、なんだか……恥ずかしい……やめとこ?」
「ううぅ……うううううぅ………えいっ!」
迷い迷って、璃音が出した答えは────食欲サイドだった。やはり、理性は食欲には敵わなかったようだった。
「んん〜おいしいよぉ……もぐもぐ……、だったら……由莉ちゃんも、はいっ!」
やった側なんだったら、当然やられても文句は言わないよね?と言わんばかりにソースがたっぷりつけられたカツを由莉の前に箸で差し出す。
「いただきま〜す!はむっ……うわあ〜ソースもすっごくおいしいよ……」
箸ごとパクリと由莉にくわえられ、堪らず璃音も顔を赤くしたが、幸せそうに笑う由莉を見ていると心が癒され、なんとも複雑な気持ちだった。
(なんだろう……恥ずかしいのに……うれ……しい?嬉しいのかな?)
…………だが、璃音よりも、天瑠と天音の方が色んな意味で悶えていた。
(あああ〜! ゆりちゃんとやりたかったのに〜! 璃音め……羨ましい……)
(り、璃音が……由莉ちゃんと……むぅ……天瑠だって、今度は……)
「ゆ、由莉ちゃん! 器を交換しましょうよ〜!」
「はい、あ〜んっ?」
「……ぱくり。………って、ちゃっかり食べさせないでくださいよ〜!!」
「璃音ちゃんかわいいなぁ〜顔も赤くなってるよ?」
「由莉ちゃんがそんな事やってるからです!!」
天音も天瑠も、今、ギャーギャー言いながら食べあっている由莉と璃音を様々な欲望を滲ませながら見ていたのだった。
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