第1節 運命の中に生きる少女たち

スナイパーの少女とスポッターの少女

「今日もお疲れ様ですっ」


「うんっ、本当に誰かといると私も気がすごく楽になるよ〜」

 無邪気に話す2人の女の子たち。だが、その腰には普段の生活には絶対に不必要な物がぶらさがっていた。鈍く黒光りする───『それ』を。


「えへへっ、由莉ちゃんの役に立てて嬉しいですっ」


「よしよし、璃音ちゃんはかわいいなぁ〜」


 きゅううっと長い黒髪をたらりとさげてマフラーを纏った女の子───璃音を、黒みがかった茶髪の女の子───由莉が優しく抱きしめていた。


 気持ちよさそうにしている中で────その少女の傍らには無骨な銃が顔を覗かせている。


「由莉ちゃん……今日はすごかったですっ」


「そ、そう?」


「はいっ、同時に2人殺しちゃうなんて流石ですっ!」




 ────────────




 ────1時間前



 誰も使わなくなった建物の一室で、机を並べた上に2人の少女が腹ばいになって寝転がって、インカム機能がついたイヤーマフ越しに話していた。

 お互いの名前ではなく、『コードネーム』で、だ。こうしているのは盗聴でもされて本名を知られるのは絶対にまずいからである。


「『リリィ』……長いですね……」


「そうだね……『ラズリ』」


 由莉────コードネーム『リリィ』は寝そべったまま、自分の愛銃バレットM82A1のチークパッドに柔らかいほっぺたをぷにゃっとくっつけたまま標的が来るのを待っていた。



 ……6時間もだ。



「ラズリ、疲れない?」


「リリィといられるなら、このくらいの時間では疲れないですよっ」


「ラズリは頼もしいね。それなら、私も安心して交代を───」


「なっ、リリィは何を言ってるのですかっ。目標が来る地点まで1100mあるんですよ!? ふざけていると、外しちゃいますよ?」


 璃音───コードネーム『ラズリ』はリリィにからかわれ頬をぷっくりと膨らませながらスポッティングスコープを覗いていた。


 ……そう、2人はスナイパーとスポッターなのだ。まだ、身長だけ見れば2人とも小学生────いや、璃音に関しては10歳と年齢だけは完全に小学生だ。一方の由莉は璃音とほぼ同じ身長だが……年齢は分からない。本人は10歳と言うことにしているのだが、みんなから絶対に違うと言われている。


 そしてリリィはそんなラズリの怒りをくすっと笑いながら、一目さに否定した。


「大丈夫だよ、私は外さない。……私はスナイパーだし、敵を一発で仕留めるのが仕事だから。それに、『この子』がいるんだもん。外したりなんてしないよっ」


「……そうですねっ。……それにしても遅いです。本来なら2時間前には来ているはずなのですが……あぅ……お腹空きました……」


「うっ、考えないようにしてたのに……きっと、みんなは先に食べてるんだろうなぁ……」


 現在夜の11時、9時に終わるならとタカをくくっていたのが間違いだったと少々後悔している。


「早く来てくれませんかね……」


「うん……来たらこの子で狙撃して帰れるんだけどなぁ……そしたら、何か食べよっか」


「はいっ」


 それ以降はリリィもラズリも黙々と標的が来ることを信じてスコープを覗いていた。



 40分後


「っ、標的が来ました。距離1100、風速北西2m、射角0.18……誤差はありません。リリィの判断で撃ってください」


「うんっ、ありがと」


 ラズリの声をイヤーマフ越しに聞き取ると、頭の中に弾丸を放つイメージを展開させる。


(今日は1100mにゼロインするように調整したから……うん、誤差も1cmもないし簡単かな)


 リリィはそんな事を考えながら、白黒に映る暗視スコープを覗く。建物の中に入り、移動を止める2人の標的。その内の1人の頭部にレクティルの中心に合わせようとした。すると、その2人がぴったりとバレットの射線上に入り、リリィはほんの少しだけ頬が緩んだ。


(あっ、ラッキー……この子なら壁を破壊して標的2人同時に殺せる……そうだよね?)


 リリィは心の中で自分が構える愛銃にそっと問いかける。今まで培ってきた絶対的な信頼を込めて。中には全てを撃ち抜く徹甲弾を仕込んで。


「すぅ…………ふぅ〜〜〜」


 深呼吸しながらリリィはその小さくて細い指をバレットの引き金にかけるとゆっくりと引き絞っていく。焦らないように───練習通りに、いつも通りに……撃てばいいんだから。



 そして、リリィは魔法の言葉を唱えるようにゆっくりと声を発した。





「撃ちます」


 その瞬間、ぎりぎりまで引き絞られた引き金を引く人差し指の力をほんの少しだけキュッと強めた。リリィの意志を受け取ったバレットは自分の主人の思いに答えるべくその口からドパンっ、と咆哮を解き放った。

 辺りの埃をぶちまけてリリィの小さい体がプルンっ、と震え反動が肩に食い込み、全身になんとも言えぬ快感を残しながら机に吸収される。そして、自動的に弾き出された金色の空薬莢がくるくると回りながら床を転がっていった。


 放たれた徹甲弾はライフリングに沿って凄まじい回転と共に音速の3倍もの速さで冷たい空を駆け抜ける。目標と銃口を阻んでいたコンクリートの壁に到達し銃弾とコンクリートが容赦なく衝突する。


 ───あなたの弾は……そんなもの撃ち抜けちゃうんだから


 込められたエネルギーが、その信頼の強さを見せつけるようにコンクリート壁を一気にぶち抜く。そのまま、その場にいる標的の一人目の頭に到達すると、標的の男のぶよぶよに太った顔のど真ん中に着弾する。肉と骨をぶちぶちと引きちぎり、50口径の弾が通り過ぎる頃には弾の圧力に耐えきれず頭蓋骨が崩壊し、首から上が綺麗に吹っ飛んで文字通り『消滅』した。

 だが、そこで終わらない。そのまま銃弾は真後ろの男目掛けて飛翔すると、残ったエネルギー全てをその顔面にねじ込ませ、もう1人の男の顔はぺしゃんこに潰され、脳髄ごとぐっちゃぐちゃにして絶命させた。


「…………ヒット。標的1・2、共にヘッドショット。標的の沈黙を確認」


 ラズリは現場の状況を暗視スコープ越しに見ると、リリィに報告する。そうして、作戦が終わり立ち上がったリリィの表情は……なんとなくだが、笑っているようにもラズリには見えたのだった。


 ────────────────


「やっぱり由莉ちゃんはすごいですっ」


「璃音ちゃん、そんなに褒めても何もでないよ〜?」


 車の後部座席で無邪気に笑う2人、その様子はどこにでもいる普通の女の子のようではあった。

 腰のホルスターに入っている銃を除けばの話だったが。


「それにしても……由莉ちゃんのバレットは本当にすごいです。あんなに標的が遠くてもぐちゃぐちゃになるなんて……」


「あの子は本当にすごいんだよ? 遠くても、当たれば確実に殺せちゃうんだから、ねっ」


「……由莉ちゃん、璃音はスナイパーライフルで人を狙撃した事がないので分かりませんが……狙撃して人を殺した時の気分ってどうですか?」


 璃音は前から気になっていたことをここぞとばかりに由莉に質問する。すると、由莉は少し悩みながらも、大切な相棒の質問にしっかりと答えた。


「……狙撃する時、少し頭の中を過ぎるんだよ。この人にも家族とか友達とかがいるんじゃないかって。……ちょっとだけだけどね」


「……由莉ちゃん……」


「でも……こんな世界にいるなら、もちろん殺される覚悟だってあるんじゃないのかな?」


 出会ってから3ヶ月が経とうとしている今、漸く由莉に鋭い質問を突きつけることが出来た璃音は由莉の言葉の意味をゆっくりと噛み砕いていく。由莉の強さの真髄を探って……少しでも自分の役に立てることが出来ればと。



「ね、スナイパーってずるいと思う?」


「ずるい……ですか?」


 由莉の真意が分からず首を傾げる璃音に由莉は自分の言っていることが伝わってくれる事を願いながら、自分の想いを話した。


「遠くから、相手の届かない所から一方的に殺せるのはずるいと思う?」


「……そんな事ないと思います。狙撃はすごく集中力がいりますし、そう簡単には出来ないです。300mならまだしも……1000mなんて、普通の人には絶対に出来ないですよ」


「そうだね……でも、実際はスナイパーはその特異性から嫌われやすいんだよ。敵からも……下手したら味方からもね」


「っ! どうして……ですか?」


 仲間からも嫌われるという事実に信じられないように目を見開く璃音を片目に、由莉は靴を脱ぎ丸まるようにして足を両腕で抱え込んだ。


「…………もし、自分の大切な人を殺されたら……どうする?」


「……殺した相手をどんな手を使っても殺します」


「璃音ちゃんらしいね。それで……その人がなんの抵抗も出来ずに、スナイパーから狙撃されて殺されたとしたら?」


「っ! ……誰が殺したのか……はっきりと分かるから……殺意が一人に集中するんですね……」


「そうだよ。……味方の方にもそうやって狙撃で仲間を失った人がいたら、自軍のスナイパーでさえよく思わないんだよ」


 力なさげにそう話す由莉を璃音は心配そうに見つめていた。璃音と身長はほぼ同じなのに……背負ってるものが違いすぎるのだ。一方的に人を刈り取る力、敵からの殺意の集中、そして……その一発で仲間の命さえ左右する役目を担う、その意味を璃音も由莉の側で3ヶ月間も一緒にいればおのずと分かってきた。とてもじゃないが、今の璃音には……それをする自信は起きなかった。


「由莉ちゃん……」


「……それでも私はスナイパーとして生きるよ。みんなの役に立ちたいからねっ」


 璃音ちゃんと同じだよ、と言わんばかりに曇らせていたのが嘘みたいにニッコリ笑う由莉に璃音も少し安心する。……と、ここで由莉は本題から脱線していたことに気づいた。


「おっと、そうだったね。私は…………人を撃つ時は……なんだろう……身体の奥底がブルって震えるんだよ。…………きっと、私は興奮してるんだと思う……変だよね……璃音ちゃんは?」


「…………璃音は……人を殺す時は……あまり考えないようにしてました。けど……今は殺してもあまり何も思いません」


 対称的な2人の考え、交錯し合うお互いの思い……人を殺すとは何なのか。真っ先に答えを出したのは───由莉だった。


「……けどね、私にも一つだけ守りたいことがあるんだよ。……スナイパーかただの人殺しか、その違いを自分の中の基準を作ったんだよ」


「基準………ですか?」


「『標的は本当に殺さなきゃいけないか』───私は罪もない人を殺す気はない。……どうしても、マスターの邪魔になるなら話は違うけど……理由だけは考えるようにしてる。……天音ちゃんを助けた時に私は初めて人を殺したけど、自分の中でしっかりと理由を決めていたから何にも躊躇うこともなくあの子の引き金を引けたんだよ。悪い事をする人を生かす理由もあまりないしね」


 自分の心にしっかりと考えを宿す由莉の姿は璃音には心なしか眩しく見えた。


「……この世界で何かを選んで動くなんて……きっとやっちゃいけないことなのかもしれない。殺す時は誰であっても殺さなきゃいけないはずなんだと思う。……けど、私はそんなただの機械になんてなりたくない。しっかり考えて、自分の中で理解出来て初めて私は人を殺せる。それが……私の考えるスナイパーとして生きるための答えだよ」


「……本当に由莉ちゃんはすごいです。璃音はお姉様の望み通りにしか動いてきませんでした。殺す時は仲間の人でも敵でも殺して、理由なんて全然考えたこともありませんでした」


 由莉の意見をしっかりと聞いていた璃音はつくづく由莉という女の子の底知れぬ強さを目の当たりにしていた。自分ではこの子には届きそうにないと思ってしまうくらいだった。


「うん……それにね、きっと私は他の人から見れば狂ってると思う。人を殺すなんて普通の人じゃ絶対に出来ないことだし、殺しても後悔とかが一切ないから……もう、普通の人の生活は出来ない気がする」


「……由莉ちゃんが言っちゃったら璃音は尚更ですよ。この子でもう100人以上殺して血を浴びてきた璃音は、どう転んでも頭のおかしな子です」


 璃音は外から見えないように置かれた自分の相棒である散弾銃『M1897』にそっと手を触れる。黒い銃身の冷たさが璃音の幼い手に一瞬にして染み渡った。その触感に璃音は暫く浸っていると、唐突に由莉にある事を聞いた。


「由莉ちゃんは……ここに来て良かったと思いますか? 人を殺す……この世界に」


「それは愚問だよ、璃音ちゃん? 私はここに来たから生きてる。それに……」


 由莉はそういうなり、璃音の頬に指先を微かに触れる。璃音の体も突然の冷たさに体を跳ねさせた。璃音に触れる由莉……その表情はまるで咲き誇る大輪のようだ。


「ひゃ……」


「璃音ちゃんたちと出会えて、私はすっごく今が幸せだよ? 今か前か……どっちか選んでと言われたら……私は今の生活を選ぶよ。みんな、私の大切で大好きなものだから」


「ゆ、由莉ちゃん……」


 由莉の優しくも甘い言葉に璃音の頬がどことなく桜色に染まり、口元が緩んでしまう。こんな由莉だから、璃音の心は救われたし、一緒にいたいと思ってしまうのかもしれない。


「ともかく、今日もサポートありがとね、璃音ちゃんっ」


「えへへっ、由莉ちゃんの役に立てて璃音も嬉しいですっ」


 スナイパーとスポッター、お互いに絶対的な信頼関係にある由莉と璃音。2人は今回のお仕事もしっかり出来たと、その満足感に浸りながら、家に着くまでの間、ぐっすりとお互いに支えあって眠りについたのだった。

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