音湖の記憶

「ふぅ……今日も一日お疲れさま……かにゃ?」


 うち───斑猫 音湖は風呂に入って歯磨きしている途中に鏡を見て何となくそう言ってみたにゃ。別に大した事もしてないけどにゃ?


 ここに戻って時間は経つけど……まだ夢かも、なんて思う時があるにゃ。なんだろうにゃあ……由莉ちゃんに会ってから何もかも変わった気がするにゃ。


 そのまま、うちはベッドに倒れ込むと……なんとなくだけど、あの時の事を思い出していたにゃ。



 あの子……『瑠璃ちゃん』と会った……最初で最期の時を。



 ★★★★★★★★★★★★★


 ───あれから7年前


 名前? 特にはない。けど……コードネームならある。『カッツェ』────黒雨組No.1の位置にいる。


 周りから慕われている……というか、畏怖の目で見られているけど、あまり気にしたこともない。ただ……殺すだけ。その為に存在している。言われれば女でも子供でも殺す。……どのくらい殺したかと言われても分からない。古い記憶が人を殺した時の記憶しかないからしかたないけど。


 そして……今日も、3人ほど殺して帰ろうとした……その時、何となく近くに気配を感じた。何のためらいもなくその陰を踏みつけて殺そうとした……その気配の正体は……まだ小さな少女だった。青色の目が特徴的な子だ。


(子供……大人を殺すのより苦手なんだけど……しょうがない)


 それでもいつもと変わらない事をやるだけだと、せめて楽に死なせてあげようと銃口を額に向けた。すると…………


「えへへ」


 その女の子は……笑った。無邪気に、死を受け入れるように。


「なんで笑う?」


「お姉さんに殺されるなら……幸せです」


 この子は……殺すの意味を知っている……? それでも……笑っていられると……?


 ……なんだか……殺す気が失せてしまった。なんでだろう……初めての経験で分からない。けど……こんな逸材滅多にいないから、殺すくらいなら生かして利用しよう、そう思った。


「やめた。来い」


「ころ……さないのですか?」


「早く来い。気が変わらないうちに」


「っ! はいっ」


 その女の子は嬉しそうに……手を掴んだ。なんだろう……やっぱりよく分からない。どうして……っと、取り敢えず聞いておくか。


「で、名前は?」


「えっと……分かり、ません……一人だったので……」


「……そう」


 名前なしか……自分もそうだから特には何とも思わない。ただ……ちょっと寂しい気はした。


「……黒雨組に入れて、強くなればコードネームが自分で付けられる。基本は輝石か動物の名前が多い。輝石なら、ダイヤモンド、パール、アメジスト、サファイア、ガーネット、『ラピスラズリ』とか。動物なら、虎、狐、猫……それくらいか。その前に死ぬかもしれないけど、覚えておいて損はない」


「……はい……。優しい……ですね」


「優しい?」


 黒雨組の基本的な事を教えたつもりなのにそれだけで言われるのは理解に苦しむ。……本当に、この子はよく分からない。


「見ず……知らずの子供を助けるなんて……」


「助けてなんかいない。使えそうだから駒にするだけ。勘違いはするな」


「えへへ、分かりましたっ」


 なんで笑うんだ……? ……なんで…………






 ……と、その女の子を色々な権力を振り回しまくって入れ込む事が出来た直後に次の命令が来た。今回は少し期間が長いから……結構かかるか。その間は他の場所に移転しろと言われたから……ここに帰るのは2年くらい後か。


「それじゃ、ここでお別れ。あとは自分で強くなれ」


「……あえない……のですか?」


「………………分からない。……さようなら」


 寂しそうな感じはその女の子からしていたがなんでそう思っているのか分からず、その子の前から去ろうとした。


「……いってらっしゃい!」


「……ん」


 ……それが……その女の子と交わした……最期の会話になった。その時は……『いってらっしゃい』の意味も分からなかった。


 ★★★★★★★★★★★★★★


「ばっかだにゃ……うちは……」


 うちは……いまなら……分かるんだにゃ。由莉ちゃんに会って……分かっちゃったにゃ。


「あの子は……瑠璃ちゃんは……っ、うちと一緒にいたかっただけなんだにゃ………っ! 『いってらっしゃい』……無事に帰ってきて、そう……瑠璃ちゃんは言ったのに……なんでそんな事に気がつけなかったのかにゃあ……」


 にゃ……あ? うち……なんで、泣いてるにゃ。……もしかして……後悔してるのかにゃ? 今のうちなら……もしかしたら、瑠璃ちゃんだけ引っ張りだして……助けられる……いや、ここに来てからも……やろうと思えばやれたはずなのにゃ。


「由莉ちゃん……マジで恨むにゃ……うちまで……涙脆くなっちゃったにゃ……っ」


 うちが……気づいていれば、もしかしたら……時期がぴったり合えば瑠璃ちゃんごと天音ちゃんに天瑠ちゃん、璃音ちゃんまで全員助けられたかもしれない。


 ……机上の空論だけどにゃ。思わずにはいられないんだにゃ……その時期がずれていたら、瑠璃ちゃんだけ助けて、それで天音ちゃんが今もあの組織にいたかもしれないにゃ。

 瑠璃ちゃんと天音ちゃんを助けて、そのせいで今生きている天瑠ちゃんと璃音ちゃんが死んでいたかもしれないにゃ。


 ……けど、今がその答えにゃ。瑠璃ちゃんは死んで、残った3人はここまで生き延びてくれたにゃ。……なんだろうにゃ……この感じは……。


 なんだか……最近、瑠璃ちゃんの事が知りたくなるにゃ。……どんな子だったか。


「もっと……たくさん話しておくべきだったかにゃ……瑠璃ちゃん……」



 ★★★★★★★★★★★★★★



 ───時は再び遡って3年前


 黒雨組No.4コードネーム『ラピスラズリ』、それが『瑠璃』の名前です。


『あの人』に助けられてから4年が経ちました。瑠璃はあの人に言われた通り、強くなりました。……どこかから見ていてくれないですかね……また、お話がしたいです。そうですね……まずは思いっきりだきつきたいです。


 今も……あの日の幼い瑠璃の手が握ったあの人の暖かさは残っています。もし……もしもっ、もう一回会えたなら、名前を知りたいです。それに……瑠璃の名前も知ってもらいたいです。……強くなったって、自慢したいです。だって……No.4ですよ? 組の中で4番目に瑠璃は強いんですっ。


 人を殺す……のはもう慣れました。最初の数人は殺す時、手が震えて弾を無駄遣いして何回か殴られました。けど、それも今では瑠璃より上にいる3人以外には何も言わせないくらい強くなりました。




 そして、今日は一緒にいる同じくNo.2『クロ』と一緒に仕事でした。数が多くて大変だったけど、瑠璃の二丁拳銃で半分以上殺しましたっ。……と、ここでクロとは別れて、瑠璃は生き残りがいないか確認の作業をします。


(ちょいちょい……ぁ……動いた……)


 敵は全員殺す。それがルールだったので、少し残酷だけど楽にしてあげることにしました。


「っ!!」


 瑠璃の銃口から火薬の弾ける音が鳴り響くと、その人の頭から血が吹き出て今度こそ動かなくなりました。

 ……気持ちのいい仕事ではないけど、あの人がここに連れてきてくれたから瑠璃はこうやって生きてるのです。恩返し……ではないですけど、いつか……あの人に会えた時、瑠璃の立派な姿を見て欲しいのですっ。


 さて……一通りこれで終わりました。狙ったつもりでしたが……3人ほど殺しきれていなかったのは瑠璃の力不足ですね。クロの方が相手した人達はきっちり全員殺していたのに……さすがNo.2さまですね。No.1の人は今はいないみたいなので、No.持ちの中では今はクロが最強なのです。そんなクロと一緒にいれるのは楽しいです。許されるなら……ずっと一緒にいたい…………。



「ひぅ……」

「ひぅ……」


 …………? 今声がしましたよね? 瑠璃は一度しまった銃を両手に持つとその声がした方に銃口を向けました。そして、引き金を引こう、そう思い指をかけようとした時……




 見つけたのは双子の女の子たちでした。どっちがどっちかなんて……見分けがつきません。


「………」


 子供……しかも、女の子を殺すのは……瑠璃も何回かやった事はあります。……苦しいです。やった日の夜は4晩泣き続けました。助ける……なんて出来るわけないのに……瑠璃にはその力がないから……殺すしかなかった。それがその当時、No.27だった頃の一番辛い記憶です。


 ……No.4になっても……瑠璃にはあの人のような力はありません。あの人……本当に誰なのでしょうか……。


 でも……今は……この子達を殺さなきゃいけません。それがルールですから……。


「ごめん……ね」


 殺すことだけ考えて……引き金を引く……それだけなのに……瑠璃は心が食い尽くされそうです。手が……震えて止まりません。殺さなきゃ……でも……



 殺したくない…………っ、



「はぁ……はぁ……っ、ぐぅ……!」


 息を飲んで、唇を噛み締めて……もう一度、強引に銃口の震えを止めました。あとは……人差し指をほんの少し動かせばいい……はずなのに……撃てません……撃たなきゃ……いけないのに……っ、どうして……!





 ……結局、瑠璃はこの子達を殺せませんでした。瑠璃には……2人も……瑠璃が助けて貰った時と同じくらいの女の子たちを殺すなんて……そんな事できません……っ


「………?」

「………?」


 きょとんとしながら瑠璃を見つめる2人……瑠璃は……どうすればいいのでしょうか……瑠璃には2人を守る力はありません。瑠璃はどうしようもなく馬鹿です。戦う力はあっても、考える力は全くありません。けど……瑠璃は……この2人を……あの人が瑠璃を助けてくれたように、今度は瑠璃が助けたいです……。


 どうれば……



「………ね、2人とも。瑠璃と一緒に来て?」


「ぇ……?」

「ぇ……?」


「瑠璃が……2人を助けてあげるっ!!」


 気づけば瑠璃は2人の手を掴むと強引に引っ張り出していました。……もう後戻りなんて出来ない事をしようとしているのは分かります。けど……瑠璃は助けたいんです。今度こそ……あの人が守ってくれたみたいに……っ!



 瑠璃は……この判断を後悔する日はやってこない、そんな自信があります。



 瑠璃がどんな結果を迎えても……きっと。



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